帰還
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
俺は今、猛烈に怒っている。
ここ梅田ダンジョンの管理者と対話を重ねた結果、池袋ダンジョンの管理者がいかに職務をサボり、杜撰な運営を続けてきたかが確定してしまったからだ。
こちらの管理者は、極めて真面目だった。
上層から下層に至るまで、しっかりと管理している。
それだけでなく、隠しルートや隠しフロアなども、緻密な計算の上で配置しているという。
俺はノア子の扱いを管理者に聞いてみたが、それを受けた管理者は絶句したまま沈黙してしまった。
やる気がないという話で収まる話ではなく、仕事の放棄ともとれる怠慢に言葉も出ない、といったところだろうか。
あの野郎、池袋に戻ったら一度締め上げてやる……。
「……俺の自宅は池袋ダンジョンにあるけど、何か異変があれば、またここにも助けに来るよ」
俺がそう告げると、管理者は「ありがとうございます……ありがとうございます……」と、何度も深々と頭を下げる気配を見せた。
俺は一応、移動の痕跡となる『サイン』を1枚床に置いておき、適当な場所に置いておいてほしいと頼んだ。
管理者は「承知いたしました。大切に管理いたします」と、どこまでも丁寧に応じた。
これで、次からは池袋から直接ここへ飛んで来られる。
「じゃあ、そろそろ帰るよ」
「……はい。お気をつけてお帰りください。神のご加護……いえ、あなた様のご武運をお祈りしております」
見送りまで完璧な礼儀を見せてくれた。
池袋のアイツと違いすぎて、危うくこっちの管理者を好きになってしまいそうになる。
見た目もあいつと違うのだろうか。
色違いか、あるいは全く別の造形をしているのか……。
◇
俺は『影移動』を使い、一気にグレイスの影へと跳んだ。
影を抜けると、そこは16層のエントランスだった。
グレイスたち3名が、俺の帰還を待機状態で待ち受けていた。
確かに、救助後の詳細な指示を出していなかったからな。
ここで待っていてくれたのは正解だ。
「グレイス、シュナ、イエヤス。ご苦労さま! みんなのおかげで助かったよ」
俺は労いの言葉をかけながら、グレイスとシュナの頭を優しく撫でた。
イエヤスには、その分厚い肩を軽く叩いて感謝を示す。
実際に死者を蘇生させたのはノア子のスキルだが、その後の繊細な回復魔法と、何より彼らを安全な場所まで送り届けるという大役を完璧に遂行してくれたのは、この3体だ。
彼女たちがいてくれて、本当に良かった。
帰り道、ダンジョンの通路を歩きながら、俺は師匠のデバイスへと連絡を入れた。
「もしもし、師匠。……無事に終わりましたよ。厄災は討伐し、管理者への挨拶も済ませました。スタンピードの消滅、ダンジョン内のニンゲンの避難も確認が取れています」
『……ああ、よくやってくれたな。現場からの詳細は、既にこちらの耳にも入っている。……だが坊主、今、大変なことになっているぞ。メディアの連中が、お前たちを今か今かと待ち構えて、入口を完全に包囲しているらしい』
まあ、そうなるだろうな。
この規模のスタンピードを収束させた立役者の一人なのだから。
もちろん、一番の主役は極限状態を生き抜いた冒険者たちだけど、話題の物がニンゲンを助けるなんて、飯のタネにしかならない。
「仕方ないですよ。俺が外に出た以上、いつかはバレる。猛獣が檻から出れば、ニュースになるのは当然ですから」
『……猛獣ではなく、自称魔王で神なのだがな。……だが、問題はそこではない。坊主……お前たち、あそこで『蘇生スキル』を使っただろう』
師匠の声が、一段と重くなる。
ニンゲンには決して到達できない、命を弄ぶ禁忌の領域。
誰もが一度は夢想し、けれど不可能だと諦めていた奇跡。
『――死傷者0名。……実際には、現場で9名が死亡し、多数の重傷者が出ていた。その残酷な現実を、お前たちが一瞬でひっくり返したのだ。助かった冒険者たちが狂喜乱舞して、その話が既にメディア中に拡散されている。……どうするつもりだ?』
「……あのスキルには、使用者にあまりにも重すぎるデメリットがあるんです。ノア子は今、命を削って眠っている。それを承知の上で、今回は緊急事態だから使いました。……もし、これを無理にでも乱用させようとする連中がいるなら、少しばかり『理解』を深めてもらわないといけないですね」
今回は特別だ。
厄災の出現、そしてスタンピード。
これは俺自身の領域を侵す事態でもあったから、手助けをした。
けれど、会ったこともない誰かの病や死を救ってくれと言われても、俺にそんな義務はない。
神社や寺に祈って、死人が生き返るのか? ……そういう話だ。
『……ふぅ、まあ、やりすぎないでくれよ。……今回の件で、坊主への世論の評価は爆発的に跳ね上がった。我々協会側も、批判を覚悟で正式な救援要請の声明を出したところだ。総理も、この結果を受けて迅速に動いてくれている。……分かってくれよ、坊主』
「大丈夫ですよ、分かってます。……とりあえず、少しだけ顔を出してから池袋に戻りますね」
『ああ、そうだ。……協会の私の部屋に、以前預かった坊主のサインが置いてある。次からは、そこに直接移動してくればいい。……以上だ』
「了解しました。では、行ってきます」
通話を切り、俺はふぅ、と小さく息を吐いた。
さて、地上でのもう一仕事、片付けにいくか。
◇
梅田ダンジョン――地上階。
俺は配下たちを影に収容し、たった一人で地上へと上がってきた。
師匠からの連絡通りであれば、今の状況で配下たちまで表に出すのは、さすがに刺激が強すぎる。
「――きたっ! 英雄が来たぞ!!」
「神様!! ありがとうございます!!」
ロビーに足を踏み入れた瞬間、凄まじい熱気と歓声に包まれた。
無事に戻ってきていた多くのニンゲンたちが残っているようだ。
先ほど救助した冒険者たちの姿もあり、彼らは協会の職員から聞き取り調査を受けている最中だったが、俺の姿を見るなり一斉に立ち上がった。
俺たちと今回のスタンピードで直接は関わっていない者たちも、興味深そうに視線を送り、中にはサクラーなのか、興奮を隠せずに近寄ってこようとする者までいる。
俺は足を止めず、ロビーを横切っていく。
一人一人の感謝に丁寧に返したい気持ちはやまやまだが、このニンゲンの数では収拾がつかなくなる。
俺は穏やかな笑顔を浮かべ、「ありがとう」と短く返すに留め、まっすぐ受付へと向かった。
その時、集団を割って、スーツ姿の男性が小走りで近づいてきた。
「――サクさん、ですね。……私、冒険者協会大阪支部の支部長を務めております、永野と申します。この度は、我が管轄のダンジョンを救っていただき、本当に……本当にありがとうございました! ……ここでは人目が多すぎます。どうぞ、こちらへ」
永野と名乗った支部長は、額に汗を浮かべながら深々と頭を下げた。
俺は彼の案内に従い、騒がしいロビーを抜けて、奥にある静かな会議室へと通された。
部屋に入ると、外の喧騒が嘘のように遠のいた。
俺は差し出された椅子に腰を下ろし、永野と話を始めた。
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