巨獣の終焉
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ。
俺は、目の前で深く飲み込まれてしまいそうな漆黒のドームを見つめながら、MP回復ポーションを喉に流し込んだ。
さて、この厄災は、『悪夢』による絶望にどこまで耐えられるだろうか。
もし、耐えられるのであれば、それはそれで今後のための良いデータになる。
だが、どれほど深層を喰らい、上に至ったとは言え……結局のところ、このベヒモスは単なる『化物』に過ぎない。
そこまで、だ。
自分を驕るつもりはないけど、今の俺と奴との間には、ステータスの数値やスキルの次元において、埋めようのない差が顕著に現れている。
ほら、見えてきた。
幾重にも重なり、ベヒモスの絶望を閉じ込めていた漆黒のドームが、ドロドロと溶け出し、足元の影の中へと沈んでいく。
最後の境界が溶け去ったとき、その中心にいた『化物』……いや、もはや化物だった残骸は、ピクリとも動かず、静かに終わりの時を待っていた。
「カ……カハッ……っ」
「へえ、まだ意識があるのか。頑張ったね。でも、動けなくなっちゃったら、もう何の意味もないよ」
俺は、仕上げの作業に取り掛かる。
「『シャドウミラージュ』」
影の分身を作り出し、攪乱や囮として機能させる、幻覚スキルだ。
一瞬で、俺の姿は4つに増える。そこに、俺はさらなる権能を重ねる。
「『リアリティブレイク』」
幻覚を実体化させる、レベル95で習得した幻惑系最上位スキル。
これを重ねることで、本来は虚像に過ぎない俺の分身たちは、殺傷能力を持った実体へと変貌を遂げる。
「いくよ」
俺は静かに息を吐き、背中から引き抜いた2本の大鎌を両手に構えた。
同時に、4体の俺が一斉に地を蹴る。
空を舞い、影を滑り、猛然と襲いかかる8本の大鎌。
もはやただの巨大な肉の的と化したフルグル・ベヒモスは、痛みの絶叫を上げる余裕すら与えられず、瞬く間に切り刻まれていく。
どれほど堅牢な耐久を誇る巨獣であっても、因果を歪められ、防御不能の斬撃を絶え間なく浴びせられれば、耐えられるはずがない。
何十、何百という死の舞踏が繰り返された結果、梅田を揺るがした轟雷の巨獣は、その質量ごと霧散し、完全に消滅した。
厄災が遺したものは、漆黒の神魔石、巨雷の心臓、そして紫電の天震角。
霧散した膨大な魔素が、怒涛の勢いで俺の身体に流れ込んでくる。
『レベルが上がりました』
「……たった1体でレベルが上がるのか」
それほどまでに、厄災という存在は、世界中の魔素を強引に溜め込み続けてきたということか。
手に入れた素材は、まとめて『シャドウインベントリ』へと放り込む。
そして今、俺の掌の上にあるのは、禍々しく輝く漆黒の神魔石だ。
俺はそれをおもむろに、口の中へと放り込んだ。
「……ッ、不味い」
熟れすぎて腐り落ちた果実のように、あまりにも多くの魔素を溜め込み、濁りきった魔石は、お世辞にも食べられたものではない最悪の味だった。
『レベルが上がりました』
だが、これでレベルが2つも上がるのなら、許容範囲内か。
俺は今しがたの戦闘を思い返し、ふと、残酷で、冷酷で、けれど最高に効率的な案を思いついた。
「……何で今まで思いつかなかったんだろう」
口角が自然と吊り上がる。
この案は、次の戦いまで温めておくことにしよう。
さて、これ以上は時間を食ってられない。
グリムたちに追いつかないとな。
◇
19層――フロア。
俺が追いついた先には、異常な光景が広がっていた。
グリムが『アビスゲート』を解放したらしく、前衛には重厚な鎧を纏ったグレイブウォーカーが50体、後衛には骨の弓を構えたボーンスリンガーが50体、計100体の死霊兵士たちがフロアを埋め尽くしていた。
これでは、どちらがスタンピードなのか判別がつかない。
深層ではせいぜい囮や肉壁にしかならない召喚体たちも、この19層近辺では、その1体1体が圧倒的な強者だ。
それに加え、グリムが『死霊強化』を重ねがけしているため、もはや戦いではなく、ただのオーバーキルでしかない。
俺が到着した頃には、下層へ逃げ込んだモンスターたちは一掃されており、負傷した冒険者たちは三少女のレイが放つ回復魔法に包まれていた。
俺はグリムに指示を出し、召喚体たちをさらに下の階層へと進ませる。
そこへ、ノブナガとヒデヨシも同行させ、徹底的な残敵掃討を命じた。
通報から時間が経っているが、念のため確認はしておきたい。
ここでも、救助された冒険者たちの多くから「いつもチャンネルを見ています」と声をかけられた。
彼らは皆、口を揃えて、俺が配信でした注意喚起のおかげでパニックにならず、協力し合えたと感謝を伝えてきた。
だが、俺は首を振る。
本当に感謝されるべきなのは、俺ではない。
「……俺は何もしてないよ。あの極限の状態の現場で、死力を尽くして隣にいる仲間を守り合った、君たち自身が凄いんだ。誇りに思っていいよ」
俺がそう告げると、冒険者たちは堪えきれなくなったように涙を流した。
そりゃあ、そうだろう。
神という種族になった俺であっても、彼らの抱えていた恐怖は痛いほど理解できるし、想像もできる。
ニンゲンというあまりにも脆い身体で、この地獄を耐え抜いた彼らを、俺は心から讃えたかった。
最後の一人の治療が終わり、俺たちは彼らをエントランスの転移石まで護衛することにした。
「……神様に護衛してもらえるなんて、曾孫の代まで自慢できるわぁ」
「ほんまやな。一時はどうなるかと思ったけど、諦めんと頑張ってよかったわ」
移動の間、冒険者たちは安堵した様子で次々と感想を口にしている。
死の淵から生還したことで、ようやく余裕が生まれたのだろう。
俺はそれを、穏やかな笑顔で見守っていた。
「……魔王……いや、神様か。神様に助けてもろたんやから、お礼参りに行きたいんやけど、どこ行けばええの? 神社? それとも教会?」
「この際、魔王でも神様でもどっちでもええやんな! ははは! ……うーん、種族的には教会になるんかな?」
「俺を祀るなら、公式の教会はQtubeの『サナサクちゃんねる』だから。そこに来てくれればいいよ」
俺が冗談めかしてそう言うと、冒険者たちは納得したように笑い声を上げた。
「そらそうやな! 毎回欠かさずお参りに行かなあかんわ!」
「お布施……いや、スパチャも忘れんようにせんとあかんなぁ!」
賑やかに笑い合う彼らの姿を見て、俺はこの梅田ダンジョンが少しだけ気に入った。
俺たちは手を振り、地上へと戻っていく冒険者たちを、笑顔で見送った。
◇
この梅田ダンジョンの最高攻略階層は、28層。
そこまで行けば、もう救助を待つニンゲンはいないはずだ。
俺たちは『神速』を維持したまま、一気に深層へと探索を続けた。
幸い、スタンピードの影響があったのは20層付近までで、それ以降の階層に異常は見られなかった。
杞憂に終わったことに、俺は胸を撫で下ろす。
俺たちは28層のフロアボスの前へと降り立ち、威圧を含んだ魔力を軽くぶつける。
ボスは戦う意志すら失い、俺たちを顔パスのように通してくれた。
そのまま、俺たちは29層のエントランスへと到達する。
「おい、管理者。……見てるんだろ。反応してくれ」
俺は、空間を支配しているであろう梅田の管理者に問いかける。
一瞬の間をおいて。
『……は、はいっ。……ごめんなさい、すぐに反応できなくて……っ』
脳内に響いたのは、驚くほど弱々しく、消え入りそうな声だった。
池袋のあの傲慢で不遜な野郎とは、あまりにも大違いだ。
「……あ、ごめん。別に怒ってるわけじゃないんだ。……なあ、スタンピードはもう収まっただろ?」
『……はい。おかげさまで、すべて収束しています。……ニンゲンたちも、このダンジョン内にいません。……本当に、ありがとうございました……っ』
怯えるように言葉を紡ぐ管理者の様子に、俺はなんだか調子が狂ってしまう。
「……なあ、せっかくここまで来たんだし、話がしたいんだけど、俺たちをそっちの部屋まで転送できないか?」
『……む、無理です……っ! このダンジョンの魔物ならまだしも、他所の……それも、あなたのような厄災級の方々を転送する力なんて、私にはありません……』
……まあ、そりゃそうか。
今の俺たちの存在は、システムから見れば巨大すぎるバグそのものなんだろう。
「分かったよ。なら、ここで話せばいいか」
『申し訳ありません……色々と不手際が重なってしまって……』
「いや、謝らなくていいよ。これは事故みたいなもんだし、な?」
震える声で謝り続ける管理者に、俺はなんだか可哀想な気持ちになってきた。
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