轟雷の巨獣
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
俺は、文字通り神速の領域で梅田ダンジョンの階層を駆け抜けながら、冷静に思考を巡らせていた。
厄災という異常事態。
その出現階層を境に、知能の低いモンスターたちはパニックを起こして四散する。
上の階層へ逃げた群れは『スタンピード』となり、下の階層へ向かった個体は、さらに下の冒険者を襲い、あるいは深層に潜む高レベルモンスターの格好の餌食となるだろう。
どちらに転んでも、ダンジョンの生態系は崩壊し、ニンゲンへの被害は計り知れない。
「……やるしかない。厄災を討伐したら、このダンジョンの管理者と話がしたいな」
そんなことがぽつりと口から溢れる。
その時デバイスが大音量で鳴り響く。
緊急通知だ。
デバイスには緊急通知機能がついており、こういったスタンピードのような災害などの際に、アナウンスが出来るようになっている。
また、個人での通報機能も、協会や周囲へ救助要請、現在位置自動送信、救助隊や助けに来た冒険者の誘導などが出来るようになっている。
この機能のおかげで、助けられる命が増え、死者数は減っている。
それでも通報をする余裕のない者や、一撃で瀕死となってしまった者は残念ながら死んでしまう。
冒険者だから仕方ないところではある。
通知があったということはニンゲンが、スタンピードか厄災に遭遇したんだろう。
通知場所は15層か。
俺は、目標に向けてさらに速度を上げた。
11層、12層と、風景が光の線となって後ろへ流れていく。
この短時間では、まだ上層まで異変は波及していないようだった。
逃げ惑う冒険者の姿はなく、避難が完了したのか、誰もいないフロアが続く。
だが、14層に入って、進んだエリアで空気が一変した。
耳を劈くような無数の足音。
そして、前方の通路から溢れ出してきたのは、血の匂いと絶望を背負った冒険者たちの大集団だった。
驚いたのは、彼らの様子だ。
パニックに陥って叫び声を上げる者はおらず、皆が歯を食いしばり、一点を見据えて黙々と走っている。
その後方、僅かに距離を置いた位置には、100や200では到底収まらないであろう魔物の津波――スタンピードが、おぞましい唸り声を上げながら迫っていた。
最後尾では、魔法職やシーフ職の冒険者が必死に牽制の攻撃やデバフを放ち、剣士職の男たちが盾となって仲間を守りながら、一歩も引かずに退却を続けている。
中には深い傷を負った者もいたが、仲間が肩を貸し、荷物を預かり、脱落者を出さないよう見事に協力し合っていた。
「……よくやった。本当に、よく耐えたな」
彼らが何層から逃げてきたのかは分からない。
だけど、あの人数の冒険者だ。
この層だけということはないはず。
転移石を使えば良いと思うかもしれないが、これほどの密集地帯では一人一人転移していれば、後方から押し寄せる魔物の勢いを考えれば、転移の隙に蹂躙される可能性もあった。
彼らはリスクを避け、階段で上層へ上がるという選択をしたんだ。
俺は彼らの頭上を飛び越え、冒険者と魔物の群れの間へと滑り込むように着地した。
「――みんな!! もう大丈夫だ!!! あとは俺が引き受ける!!!!」
喉が裂けるほどの咆哮と共に、俺は両手を広げた。
「『メテオストライク』……『シャドウカラミティ』!!」
俺の意志に応じ、上空の空間が歪み、巨大な隕石を模した4つの火球が降り注ぐ。
同時に、地面からは影の棘が無数に、そして残酷に突き出し、魔物の津波を根こそぎ飲み込んで消失させた。
轟音と爆炎が収まった時、そこにはチリ1つ残っていない、静まり返った通路だけが横たわっていた。
「い……一瞬で……消えた……?」
呆然と立ち尽くす冒険者たち。
彼らの瞳に、俺の姿が映り込む。
「よく頑張ったね。連係もしっかり取れていたよ。……素晴らしい」
俺がそう声をかけると、1人の剣士がふらふらと歩み寄ってきた。
「サ、サクちゃん……!?」
「どうしたの? 俺のことを知ってるの?」
「も、もちろんや! 俺ら、みんなサクラーなんや。……配信、いつも見てるんや……っ!」
ドロドロになった剣士。
殿を務めて怖いだろうし、辛かっただろう。
「いつもありがとう。……怪我をしてるみたいだけど、大丈夫。この上からノア子たちが降りてきてるから、みんな治してもらって」
「あ、ありがとう……。でも待ってや。……サクちゃんの配信を見たお陰で、俺ら、落ち着いて協力してここまで来れたんや。……絶対に助けに来てくれるって、信じてた……っ!!」
剣士の男は、安堵からか大粒の涙を流し、声を震わせた。
「ありがとう! サクちゃんを信じて本当によかったわ!!」
「サクちゃーん! ありがとう!!」
後ろからも、次々と感謝の声が上がる。
その声は地響きのように重なり合い、俺の肌を震わせた。
俺は再び宙へと浮かび上がり、彼らを見渡した。
「……みんな、違うよ。俺を信じてくれて、ありがとう。……何より、ここまで仲間を見捨てずに協力してくれた君たちは、冒険者の……ニンゲンの誇りだ。さあ、ノア子たちに治療を受けてきて。俺は、さらに下に向かうから」
歓声を背に、俺は再び下へと飛び込んだ。
◇
15層。
ボスフロアの入口は、まるで巨大な質量で抉られたように破壊し尽くされていた。
厄災がここを通った、明白な痕跡。
幸いなことに、ここまでニンゲンの死体は見ていない。
喰われた可能性も否定できないが、今は皆が逃げ切れたのだと信じたかった。
階段は無惨に砕け、瓦礫の山となっている。
俺は穴の開いた階下へと飛び降り、16層を目指した。
そして、16層。
そのボスフロアに近づいた時、俺の視界に最悪の光景が飛び込んできた。
焼け焦げ、炭化して物言わぬ塊となった、かつて冒険者であっただろう9名の死体。
間に合わなかった。
絶望が胸を焼く。
だが、俺はすぐに自分のサインをその場に置いた。
「『影移動』」
俺はすぐさま、後方を追走していたノア子の影へと跳んだ。
「ノア子、来てくれ」
俺のただならぬ気配を察したのか、ノア子は何も聞かずに俺の影へと潜り込む。
再び死体の場所へと戻り、ノア子を呼び出した。
「サク……。……この人たちを、生き返らせるのね?」
「……ああ。助けられるのは、ノア子、君しかいないんだ」
「わかった。……でも、これを使うと、私は厄災とは戦えなくなる」
ノア子の秘奥、高位蘇生スキル『レッドリザレクション』。
それは死者さえも呼び戻す完全蘇生だが、代償はあまりにも重い。
1人の蘇生につき、術者の最大HPを10%、一時的に封印し、全ステータスを大幅に低下させる。
それを9人分。
ノア子のHPは残り10%となり、戦闘など困難なほどに弱体化してしまう。
「大丈夫だ。俺の影の中で、ゆっくり休んでいて。……必ず、俺が守るから」
「……うん。分かった。あの子たちは、ここに残しておくから」
ノア子は静かに頷くと、1人目の蘇生を開始した。
炭化した遺体に、ノア子の指先から鮮血のような魔力が流れ込む。
触れた箇所から、徐々に、だが確実に、失われた肉体が再生していくのが見えた。
これで、彼らは助かる。
作業の途中でグリムたちも合流したが、蘇生は万能ではない。
神の技であっても、一度失われた命を繋ぎ止めるには、時間と代償が必要だった。
9名全員の蘇生が完了した頃には、ノア子の顔色は透けるほどに白くなっていた。
「サク様」
グレイスが、真剣な眼差しで俺に声をかけてきた。
「サク様、ここは私とシュナで看病を引き受けます。再生が完了次第、回復魔法を重ねますので、サク様はどうぞ、先へ進んでください。このニンゲンたちは、目が覚め次第転移石まで護衛しておきますから」
その申し出は、今の俺にとって何よりの救いだった。
護衛としてイエヤスも残し、俺はノア子に歩み寄った。
「グレイス、頼んだよ。ノア子、ありがとう。……おやすみ」
「……うん」
力尽き、フラフラと崩れ落ちそうになったノア子を影の中に収容し、俺は再びトップスピードで戦場へと飛び立った。
◇
17層。
ここでも、運が良いことにニンゲンの死体はなかった。
だが、通路の所々に、凄まじい熱量で焼け焦げた跡がある。
立ち上る煙はまだ新しく、すぐ近くに『奴』がいることを知らせていた。
そして、俺はついに見つけた。
ボスフロアの堅牢な扉と壁を、その巨体で無理やり粉砕しながら突き進む、1体の巨大な怪物。
それはサイのようであり、ゾウのようでもある、山のように巨大で堅牢な獣だった。
その山のような巨体の周囲には、常に凶悪な紫電が走り、触れるものすべてを瞬時に炭化させている。
「『アナライズ』」
■名前:??? 種族:フルグル・ベヒモス レベル:103
HP:1553/1553
MP:515/515
筋力:EX(???)
耐久:EX(???)
敏捷:B(???)
器用:B(???)
魔力:A(???)
運 :A(???)
スキル:???
……間違いなく、化け物だ。
ステータスの傾向はゴウキに近いが、総合的な魔力値ではあちらを上回っている。
詳細なスキルは読み取れないが、今の俺なら、なんとかなる。
俺は配下たちが追いつくのを待たず、たった1人で厄災へと襲いかかった。
「――『神の悪戯』」
俺は小さく呟き、神の権能を発動させた。
だが、何も起きない。
ベヒモスはゆっくりとその巨体をこちらへ向け、地を揺らすような声で喋り出した。
「……何だ貴様。ほう、同類の気配か」
俺は脳をフル回転させ、言葉を紡ぐ。
「……『何だ貴様』だって? こんなに近くにいるのに、俺の存在に気づかなかったのか。ずいぶんと節穴な厄災もいたもんだね」
あえて挑発的に、ニヤリと笑って見せる。
「……調子に乗るなよ、小僧。……貴様の身に纏う魔力、確かに異質だが、今は邪魔をするな。気分が良いので、今回だけは見逃してやる」
厄災としての、余裕のつもりだろうか。
「ああ、それは助かるよ。……じゃあ最後に教えてくれ。……なんで、わざわざダンジョンを襲うんだ?」
「……知らないのか? ククク……。強くなるためだ。雑魚をいくら食っても、俺たちのレベルは上がらない。ならば、管理者の保有する魔素を、根こそぎ頂いちまったほうが効率が良い」
管理者を食う……。
目的は、さらなる進化か。
「なら、ニンゲンは食ってないってことか」
「ああ」
よし、これならいける。
「まあ、管理者を1つや2つ落としたところで、劇的には変わらんがな。……何より、この世界は移動が楽じゃない。……お前も、いずれ分かることだ」
「……移動? 残念ながら、俺は最近こうなったばかりで、そんな便利な方法は知らないんだ。……どうすればいいのか、教えてくれないか?」
情報を引き出すため、俺は無知を装って問いかける。
「……小僧だと思っていたが、なるほどな。……案ずるな、そのうちに嫌でも理解することになる」
「……ちなみに。俺のステータス、覗いたかい?」
「……覗く? ああ、鑑定のことか。必要ない。……小僧1匹、俺の興味を引くには足らん。……さらばだ」
傲慢な野郎だ。
だが、そのバカさ加減には感謝するよ。
背後から、グリムたちの気配が近づいてくるのを感じた。
俺は、魔力を極限まで抑えた初級スキル『ファイヤーボール』を、ベヒモスの背中に向けて放った。
「ボンッ」と情けない音を立てて着弾するが、当然、ダメージなど皆無だ。
「……おい。……じゃれているのか? ……遊びで済むと思っているのか、小僧!!」
ベヒモスの全身から、バチバチとおぞましい音を立てて紫電が溢れ出す。
集束された膨大な雷エネルギーが、咆哮と共に俺へと放たれた。
『轟雷』。
俺はそれを……一切避けることなく、真っ向から受けた。
――ドォォォォォンッ!!!!
「……避けることすら出来ぬか。……愚か者が。俺に喧嘩など売らなければ、まだ生き永らえたものを」
立ち込める煙。地面は紫色の雷光に焼かれ、おぞましく輝いている。
ベヒモスが勝利を確信し、踵を返そうとした、その時だった。
フルグル・ベヒモスの巨体を覆うように、漆黒のドームが突如として形成された。
幾重にも、重厚に。
逃げ場を塞ぐように。
「な、何だ……これは!? 空間が……!?」
「……お前は、思っちゃったんだな。自分の雷で、俺が死んだって。……俺は、その『結果』を書き換えただけだ。……『当たらなかった』という事実にね」
神の権能、『神の悪戯』。
攻撃が当たったという『結果』を、当たらなかったという『事実』に。
避けたという『結果』を、当たったという『事実』に。
助かったという『結果』を……。
因果律を逆転させ、望む結末へと強制的に誘導する、究極の理不尽。
「……ああ、もう聞こえていないか。……色々教えてくれたお礼に、俺ももっと早く教えてあげればよかったよ。……『お前はここで終わるんだ』ってね」
残酷な悪夢が充満するドームの中。
漆黒の結界は、ベヒモスの絶望を誰にも届かせない。
そして、グリムたちが到着する。
「グリム、みんな。……先に行ってくれ。この下にはまだ冒険者や、逃げ惑うモンスターたちがいるはかもしれない。……迅速に対応してくれ」
「……分かった。……救助に向かう」
グリムたちは一瞬だけ俺を見つめ、頷くと即座に階下へと姿を消した。
その後姿を見送り、俺は目の前の、巨大な漆黒の棺桶――『悪夢』のドームを見据え、微笑んだ。
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