注意喚起
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
紗奈が師匠に確認をとった際、配信で神格化の件を公表しても良いかと尋ねると、師匠は笑いながらこう答えたそうだ。
「神様に口出しできるような人類は、この世界には一人もいない。……そこのバカ神様にそう伝えておいてくれ」
……全く、あの人は。
そう言うなら、あんたはその『バカ神様』の師匠なんだぞ、と言い返したくなった。
紗奈もその事実に気づいたらしく、「会長さんは、レジェンド冒険者で、協会の会長で……そして神様の師匠なんだね」と、おかしそうに笑っていた。
彼女は「帰って配信の準備をしておくね」と言い残し、名残惜しそうにしながらも家を後にした。
紗奈も多忙な身だというのに、こうして俺の都合で引っ張り回してばかりなのは、少し申し訳なく思う。
俺は一人になると、デバイスを開き、登録されている連絡先の一人一人にメッセージを送った。
池袋ダンジョンの完全攻略。
そして、俺自身の『神化』。
それを今夜の配信で発表するということ。
神化の具体的な内容については配信で語ればいい。
管理者との対話内容や世界の裏側については、師匠が然るべきルートで情報を流してくれるはずだ。
すぐに、友人たちから返信が届き始めた。
綾香からは『おめでとう。配信、絶対に見るから。頑張ってね』という、彼女らしい真っ直ぐな応援。
舞ちゃんからは『朔ちゃんが神様なんて……。神様の妻になるために、私ももっと自分を磨いて頑張るね!』という、冗談か本気か判別しづらい愛のあるメッセージ。
そして玲司からは『おめでとう。一度落ち着いたら、ゆっくりと酒でも飲みながら話したい。楽しみにしているよ』という、短いながらも熱い友情を感じさせる言葉。
その他、多くの知人からも一様に祝福や体調を気遣う返信があり、俺は改めて、ニンゲンたちの持つ温かさを噛み締めていた。
◇
配信開始の時刻が近づくにつれ、俺はいつになく気合が入っていた。
この配信は、ただの近況報告ではない。
これから訪れるであろう激動の時代において、俺の言葉が必ずニンゲンたちの後押しになる。
確信があった。
俺だけでなく、背後に控える配下たちも同じ思いであることを、その静かな闘志から感じ取れた。
現在、広々としたリビングには、グリム、ゴウキ、ノア子の3体に加え、進化した三少女、そして冥府大天将ノブナガを筆頭とする三英傑までが勢揃いしている。
彼ら全員の姿を見せ、世界に知らしめるためだ。
ノア子と三少女は、ノア子の自室から持ってきたお気に入りのビーズソファーを4つ並べ、その柔らかさに身を委ねてリラックスしている。
俺は三脚を用意し、デバイスをセットした。
正面の大きなソファーには、俺を中心に左右をグリムとゴウキが固めている。
その背後には、三英傑が微動だにせず立っていた。
「なんだよ、ノブナガたちも座ればいいだろ。遠慮するなよ」
俺がそう問いかけると、ノブナガは甲冑の音を僅かに鳴らし、静かに首を振った。
「いえ、私どもはこちらで十分。……主の背後を守ることこそが、我らの誉れでございます」
その声。
進化した彼らが、こうして流暢に言葉を操れるようになったことは、俺にとって何よりも嬉しい変化だった。
「……よし、じゃあ始めるよ」
俺は覚悟を決め、配信開始のボタンを押し込んだ。
:Currentから来ました
:今日はちゃんと事前に告知があったねw
:マジで告知ないとき気づかないから助かるわ
:紗奈ちゃん、今日も裏方お疲れ様です
:というか、カメラのピントおかしくないか?
:背景が歪んで見えるっていうか、ノイズが凄くない?
画面に流れるコメントの速さに驚きつつ、俺はすぐに原因に気づいた。
「あ、ごめん、みんな。……グリムたち、全員魔力を極限まで抑えてくれ。端末に影響が出てるみたいだ」
神格化した俺らの存在そのものが、デジタルデバイスにさえ物理的な干渉を引き起こしている。
今後の生活でも気をつけなければならない課題だな、と苦笑する。
:おぉぉぉぉおおお!! なんだこれ!?
:サクちゃん、髪染めたの?
:いや、グリムの美形度がカンストしてて草
:気軽にカラーリングするわけないだろw
:待って、他の仲間たちも見た目が変わりすぎてるんだが
:背後の鎧の三人は誰……?
「……うん。みんなの言う通りだ。今日は、それをみんなに報告しようと思ってカメラを回したんだ」
レベル90に到達した時、それが生物としての最終進化だと思っていた。
サクラーの視聴者たちも、そう信じていたはずだ。
「俺たちパーティ『フロントライン』は、本日……池袋ダンジョンを完全に攻略しました!」
コメント欄が、一瞬で爆発したような勢いで埋まっていく。
:うぉおおおおおお!!! マジか!?
:池袋踏破!? 世界初じゃねえか!?
:おめでとう! 流石サクちゃん!
:あれ、でも最終進化って言ってなかったっけ?
「ごめん。それなんだけど、どうやら俺の予測が外れていたみたいなんだ」
:てか、背景が普通に豪邸に見えるんだけど、本拠を改造したの?
:確かに、めちゃくちゃ豪華な家になってるんだが
:ここ、どこよ?
「ああ、これね。……これは、またあとで説明するよ。……それより、皆さんに一つ質問です」
俺は31層から33層に君臨していたボスの名を、順に挙げていった。
フェンリル、ヨルムンガンド、そして冥府の女王ヘル。
「……これらに共通するキーワード、わかるかな?」
:神話?
:え、わからん
:北欧神話だろ、常識的に考えて
コメントが次々と流れる。
:ロキの子供たちだ。巨狼に大蛇、そして死の女神。
:悪戯の神様の子供か
:博識な民、ありがたい
「そうだね。ロキの子供たちだ。……そして、俺はそれになった。厳密に言えば、その神の因子と統合され、サクという名の『神』へと至ったよ」
リビングに、一瞬の静寂が訪れた気がした。
:さすがに話がヤバすぎる
:嘘乙w エイプリルフールはまだ先だぞ
:神化なんてシステム聞いたことない
:茶番だろ? どういうことだよ
「……正式な種族名は『幻惑神サク』。信じられないかもしれないけど、これが事実だよ。証明は高等鑑定官さんや……そうだな、頑張れば、高レベルの解析や鑑定スキルを持つニンゲンならわかるはずだ。……だから、信じられない人は池袋ダンジョンの1層に来てほしい。俺たちはもう、1層を拠点にすることにしたから」
:俺、鑑定スキル持ってるから今度行ってみるわ
:いや、鑑定結果だってサクちゃんなら誤魔化せそうだしなあ
「そうだね。その疑いももっともだ。だから、そういう人でも分かりやすいように、直接会った時には、普段抑えている魔力を解放して見せるよ。……あとは、近いうちに公的な機関からも発表があるはずだから、それを待っていてほしい」
:え、今、ここで解放できないの?
:見てみたい!
:どれくらい凄いのか、画面越しでも感じさせてくれ!
視聴者のリクエストが加速する。
お願いという切実な声から、どうせハッタリだろ、やってみろよといった煽るようなコメントまで。
「……どうなっても知らないけど、いいかな?」
俺は念のため、念を押すように確認をとった。
コメント欄は『やってくれ!』という声で埋め尽くされている。
「……じゃあ、いくね」
俺は普段、戦闘中や信頼できる配下といる時以外は決して表に出さない、剥き出しの魔力を、一気に解放した。
その瞬間、画面が激しく明滅し、リビングの空気が物理的な重さを伴って軋む。
:おえっ……
:待って、マジで気持ち悪い……吐きそう……
:画面が歪みまくってる。やめて、死ぬ
:頭痛が凄い……なにこれ……
あ、やばい。加減しすぎたか。
俺はすぐさま、魔力を最小限に抑え込んだ。
「……ごめん。今の、少しは伝わったかな? 会いに来てくれたら、もっと丁寧に目の前でやってあげるよ」
:……ごめんなさい。完全に舐めてました
:無理、マジで無理……あれ、本能が逃げろって叫んだわ
:いつも交流してくれてる時って、あんなのを抑えてくれてたんだな
:神様、さっきは煽ってごめんなさい。許してください
「……ちなみに、隣に座っているグリムもゴウキも、あっちで寛いでいるノア子も、みんな等しく神化したから。全員で一度に解放したら、大変なことになっちゃうね」
:怖いこと言わないでくれ
:誰だよ、さっき神様を怒らせたやつ。今すぐ池袋に行って謝罪してこい
:サクちゃんが神なら、俺は一生サクラーとして信仰するわ
「怒ってなんていないよ! ただ、少しだけでも俺たちの言葉を信じてくれたら嬉しい。……それだけなんだ」
:まあ、サクちゃんのあれを隣で受けて平気な顔をしてるグリムさんたちが、同じ格だってのは理解できたわ
:サクちゃん、神を祀るなら神社を建てればいいの? それとも神棚?
「祀らなくていいよ! ここに来ればいつでも会えるし、こうして配信でも繋がれるんだから。……それよりも、もう一つ、大切な話があるんだ」
俺はここで声のトーンを落とし、画面の向こう側の視聴者全員を注目させた。
「……俺はこの身体になってから、初めて確信したことがある。……みんな、世界各地に現れている『厄災』と言われるモンスターのことは知っているよね?」
コメント欄は『知っている』という言葉で溢れる。
「……あの厄災は、ニンゲンが束になっても絶対に敵わない。……そして、その厄災が存在する場所では、スタンピードが起きやすくなるということが判明したんだ」
:マジかよ……
:そんな情報、どこの機関も発表してないぞ
:どこから仕入れたんだ? サクちゃん、情報源は?
「……それはまだ、公には言えない。けれど、そのうちに公的な動きがあるはずだ。俺はその人を信じている。……だから、みんなに注意喚起をさせてほしい」
俺は、一言一言を噛み締めるように続けた。
「……もし、万が一スタンピードが起きたとしても、パニックになりそうな心をグッと堪えてほしい。……なるべく大きな声を出さず、周囲の人と協力し合って、最善を尽くして逃げて。みんなで、みんなの命を守り合ってほしいんだ」
「……そして、もし。……もしも厄災と鉢合わせるようなことがあったら……」
俺は一度、言葉を切った。
かつて自分自身が喰われ、死の深淵を覗いた時のあの絶望。
あの圧倒的な無力感を知っているからこそ、無責任なことは言えない。
けれど。
「……諦めないで、全力で逃げて。防御なんて考えなくていい。……必ず、俺が助けに行くから」
:……どうやって?
:ダンジョンから出られないんだろ?
:気持ちは嬉しいけど、無理だよ……
「大丈夫だ。……魔王を、そして神様を舐めるなってことだよ」
俺の言いたいことは、すべて伝えた。
この言葉が、どれほどの重みを持って視聴者に届いたかはわからない。
けれど、伝わる人には確実に届いたはずだ。
配信はこのあとも続き、進化した配下たちの姿を映したり、質問にみんなが代わって答えたり、サクラーたちからの新しい企画提案を受けたりと、賑やかに進んでいった。
画面に流れる文字の端々から、彼らの感情が読み取れる。
恐怖は、いつの間にか熱狂と楽しみへと変わっていた。
あまりに濃密すぎる一日だったけれど。
この平和な光景が、一秒でも長く続いてくれればいい。
この時は、そう思っていた。
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