報告と、神様からのお守り
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
「俺たちは、31層のフェンリル、32層のヨルムンガンド、そして33層の女王ヘラの討伐を、すべて完了しました」
静まり返ったリビングに、俺の言葉が響いた。
既に事情を聞いていた紗奈に驚きはなかったが、師匠と春原さんの二人は、椅子に座ったまま目を見開いて絶句していた。
……無理もない。
この国が、いや人類が総力を挙げても踏破できないと言われていた深層の主たちを、俺たちがすべて屠ったのだから。
「……坊主、34層はどうなっている。その先はあるのか?」
師匠が、絞り出すような声で問いかけてくる。
「ありません。33層こそがこのダンジョンの最深部。あそこがこのダンジョン世界の果てです。推奨レベル2が基準のダンジョンは54層、もしくは55層が最深部です」
「……ということは、管理者という存在に会ったのだな?」
「会いました。そこでこの世界の理について、一通りの話を聞いてきました。……今日お呼びしたのは、その情報を共有するためです」
俺は、管理者から聞いた『4種類のダンジョン』の定義、そして衰退ダンジョンが消失する際のメカニズムについて順を追って説明した。
さらに、管理者の口から語られた追加の情報を包み隠さず伝えていく。
・スタンピードは中枢、成熟、衰退の各段階では発生しない。
・この国の中枢ダンジョンは『新宿ダンジョン』である。
・ダンジョンは中枢によって日々生み出されているが、発展段階での攻略が進んでいるため、現在は均衡が保たれている。
・成熟ダンジョンをすべて攻略すれば、新たな成熟ダンジョンが生まれない限り中枢へのエネルギー供給が止まり、中枢そのものが衰退へと変質する。
「……だけど、ニンゲンが深層のモンスターを倒せるとは、俺には到底思えません」
俺は、実感を込めて自分の感想を付け加えた。
下層へ行けば行くほど管理者の統制は強まり、モンスターのイレギュラー化は抑制される。
この池袋ダンジョンの管理者が杜撰だったからこそ、俺のようなバグが生き残れたのだ。
……皮肉な話だけどね。
「……なるほどな。だが、前回の会談で聞いた通り、我ら人類の力では深層の攻略は不可能。ならば完全な消失は起きないという理屈になるが……。そうか、人外の存在を失念していたか」
師匠が苦しげに頭を押さえる。
「そうです。世界には『厄災』と呼ばれるイレギュラーモンスターが存在します。あのルミナスドラゴンのような個体が、他国の中枢や成熟ダンジョンを次々と潰し回っているそうです」
「何だと!? 攻略されたという噂は聞いていたが、それほどまでに深刻な状況なのか?」
「他国から正確な情報が共有されていないのか、あるいは深層の出来事ゆえに現地のニンゲンが異変に気づいていないのか……。そして、その厄災と呼ばれる領域に、俺は至りました」
俺の言葉に、部屋の空気が一瞬で凍りついた。
三人は息を呑み、言葉を失った。
「正確には、『俺たち』ですが。……春原さん、どうぞ、俺たちのステータスを覗いてみてください」
俺は配下たちに、そして自分自身に、魔力を極限まで抑えるよう合図を送る。
それほどに俺たちの格や魔力が高く、春原さんの持つ鑑定官としての力でも抑えないと読み取れない。
春原さんは震えるように、俺たちの姿を捉えた。
「……あ、ありえない……。会長……、この方たちは……、いえ、この方たちは、もはや神の領域です」
「何を言ってい……。……そうか、あの玄関の表札か」
師匠が納得したように呟く。
やはり、この人は察しが早い。
「グリムは『冥王』。神話で言うところのハデスのような存在です。ゴウキは『阿修羅』。これなら日本人にも馴染みが深いでしょう。ノア子は『ブラッドアーク』。神というよりは、血の救世主……方舟のような役割を担っています」
「……坊主、お前自身はどうなったのだ」
「種族名は『幻惑神サク』」
「幻惑神……。……ちょっと待ってください」
ここで春原さんが何かに気づいたように声を上げた。
「フェンリル、ヨルムンガンド、ヘルは北欧神話に登場する三兄妹です。そして、その父である神の名は……」
「ロキ。悪戯、幻惑を司る神。……そしてその名の意味は、『終わらせる者』」
さすがは高等鑑定官、春原さんは博識だ。
「よくご存じで。俺が進化した際、システムから神化先と既存個体……つまり俺自身の統合を告げられました。そうして生まれたのが、この『幻惑神サク』という存在です」
「……信じるしかないようだな。バカ弟子がモンスターに生まれ変わったと聞いた時もひっくり返りそうになったが、まさか神になるとはな」
師匠は頭を抱え、困ったような苦笑いを浮かべた。
「……話を戻します。管理者から提示された選択肢は3つ。1つ目は、今すぐニンゲンがダンジョン資源をすべて放棄すること。2つ目は、俺がこの国を守りつつ、現れる厄災を討伐すること。3つ目は、俺自ら他国へ出向き、厄災を狩り尽くすこと。どれも容易な道ではありません」
「ですが、俺は2つ目の道に希望を持っています。これは今、あの方が動いてくれていますから。俺自身としても、これが最善だと信じています」
師匠は深く頷き、情報を整理するように沈黙した。
「あと2点。もしも世界からダンジョンがすべて消滅したとしても、俺と俺の配下は消えません。俺を殺せる者が現れない限り、俺たちは永遠に生き続けます。……神に寿命なんてありませんから。そして最後、これが最も重要です。厄災が現れたダンジョンは、スタンピードが起こりやすくなる。……管理者からは、対応するなら早いうちがいいと忠告されました」
「ああ、忘れてた……。最後にひっくり返り返されたんだ。厄災が発生した場合、中枢だろうが、成熟だろうが、4種類のダンジョンどこにでもスタンピードが起こり得る。安全はないと言われました」
そこまで聞き終えると、三人は顔を見合わせ、重苦しい沈黙の中に沈んでいった。
「そこで、俺から提案があります。……すべてとは言いません。各支所に、俺の私物を置かせてもらえませんか?」
「それは、一体どういう意図だ?」
「俺は、自分の痕跡がある場所の『影』になら、どこへでも転移できます。これがあれば、どこかで異変が起きても、俺が即座に駆けつけることができる」
師匠の目が大きく見開かれた。
「……わかった。すぐに手配しよう。春原、いいな?」
「はい。直ちに準備を進めます」
俺は用意していた100枚ほどの紙を手渡した。
そこには『優しい魔王 サク』という文字と、俺が描いた下手くそなインプのイラストが添えられている。
……そう、俺の直筆のサインだ。
「これは俺のサインです。直筆の魔力がこもっている。これを各地の支所に配ってください。足りなければいくらでも書きます。……それと、この情報を至急、あの方へ伝えてください」
「坊主、助かる。……何かあれば、すぐに連絡を入れる」
「こちらも、そのうちに厄災の位置を把握できるようになると管理者から言われています。管理者同士のネットワークを通じて情報が入れば、俺にも伝わるはずです。……この池袋は、俺の支配下です。安心してください」
師匠はふぅ、と長く重い息を吐き出し、天井を見上げた。
混乱するのも当然だ。
だけど、この国の冒険者の頂点に立つ者に、立ち止まっている時間は残されていない。
「春原、今すぐ連絡を入れろ。お前が聞いたことをすべて、一字一句漏らさず伝えるのだ」
「承知いたしました」
「よし、私らはこれで引き上げる。……それとな、坊主。お前たちの神化の件は、世間に発表しても構わんのか?」
「もちろんです。その方が動きやすいでしょう。……必要なら、発表の場に俺自身が出向きましょうか?」
「冗談を言うな。坊主がダンジョンの外に出たことは、依然としてトップシークレットだ。あの方の結果が出るのを待て。我々も全力で動く」
そう言い残すと、師匠と春原さんは立ち上がり、足早に家を後にした。
俺はその後ろをついていき、通路とフロアの境界線で彼らを見送った。
◇
「……びっくりしすぎて、私、一言も話せなかった。……私が来た意味、全然なかったよ……」
リビングに戻ると、紗奈がソファーで肩を落として落ち込んでいた。
「紗奈、主はお前に会えるだけで、それだけで心の底から喜んでいるんだ。……意味なんて、それだけで十分にある」
グリムが、静かな声で紗奈を慰める。
「そうだぞ。大将にとってお前は『番い』なんだからな。なあ、大将? ずっとここに居させてやればいいだろう」
ゴウキがニヤニヤしながら、とんでもないことを言い出した。
「……無理を言うな。紗奈はニンゲンなんだ。この家がどれほど快適でも、ここはダンジョンの中だ。普通の生活なんてできるわけないだろ。……あと、番いじゃねえよ!」
俺は全力でツッコミを入れるが、ゴウキは肩をすくめて笑っている。
「……ツッコミのキレが甘いな、大将。もっと修行が必要だ」
お笑いを観すぎたせいで、ゴウキの性格がどんどん変な方向へ向かっている気がする。
「……なら、私たちが外に出ればいい。……そうしたら、一緒に暮らしましょう、紗奈」
不意に、ノア子が優しい声で言った。
「……ノアちゃん、ありがとう。……そうなれるように、私も祈っているね」
「祈らなくていいわ。……必ず、そうしてみせるから」
ノア子は紗奈に抱きつき、その頭を愛おしそうに何度も撫でた。
紗奈の不安を、彼女なりに受け止めているのだろう。
「他の番いとも一緒に暮らせるように、もっとデカい家を用意しないとな。ガハハ!」
「……おい、バカゴウキ。せっかくの良い空気をぶち壊すなよ」
「……ううん、もういいよ。……神様に法律なんて通じないもんね。お嫁さんが何人いても、きっと誰も文句なんて言えないよ」
……ん?
紗奈さん?
今、何て言いました?
「……それだ。……そうだよ、紗奈。それだよ」
「えっ? お嫁さん?」
「違う違う! 俺が外に出た時、誰が俺に文句を言えるんだ? ……確かに、今はあの方が法整備のために動いてくれている。でも、もしそれが叶わなかったとしても……俺は自分の意志でここを出る。誰にも文句は言わせない。……俺は魔王で、神様なんだから」
俺の宣言に、紗奈はやっと笑顔を見せ、はははと声を上げて笑った。
「……そうだね。サクには誰も文句なんて言えない。……そうだ! 配信で『神様になりました』って言っちゃいなよ!」
「……わかった。あとで配信しよう。……一応、師匠にも配信で発表することを伝えておいてくれるか?」
「うん、了解! ……確認しないと怒られちゃうもんね」
紗奈は自分の頭をポンポンと叩き、明るい表情を取り戻した。
「……あと、もう1つ。紗奈に渡したいものがあるんだ」
「ええっ? もういいよ! 今までもたくさんもらってるもん」
俺はシャドウインベントリから、女王ヘラのドロップ品である『冥界の女王の首飾り』と、ティアラ『生死の境界線』を取り出した。
「……これを受け取ってほしい。肌身離さず身につけて、大事にしてくれ。……必ず、紗奈を守ってくれるから」
紫色の魔石が怪しく、けれど神々しく輝く装飾品。
「これ……ダメだよ! 前の槍だって凄かったのに、こんな凄そうなもの、受け取れない!」
「……サク、紗奈にフラれちゃったの?」
ノア子が、不思議そうに俺を見つめる。
……俺、今フラれたのか?
神様なのに?
「……紗奈、なぜ主の求婚を断るのだ。番いになるのだろう?」
「きゅ、求婚!? 違うでしょ!? ……こ、こんなに凄いものはもらえないって言ってるだけだよ!」
俺はわざとらしく下を向き、いじけたふりをする。
「……紗奈が……受け取ってくれない……。……俺の贈り物が、嫌だったんだな……」
「わかった! わかったから! ……ありがとう、サク。大切にするよ」
根負けした紗奈に、ノア子が首飾りをそっと着けていく。
ティアラも紗奈の頭へと置かれた。
「……ねえ、やっぱりこれ、凄すぎるよ……」
紗奈の口から語られた性能は、人類の常識を遥かに超越していた。
首飾りは、耐久+40、魔力+30。
さらにMP消費軽減(極大)と、即死無効。
ティアラは、耐久+40、運+30。
HP満タン時に筋力値が極大上昇し、HPが減少するほど耐久値が上昇する。
売れば一生どころか、何回か楽しんだニンゲン生活を送れるだろう。
「……ダメじゃない。……これは、俺からの『お守り』なんだ」
リング、槍、そしてこの首飾りとティアラ。
これらすべてが、紗奈を脅威から遠ざける最強の盾となる。
「……ありがとう。神様からのお守りなんて、最高に贅沢だね」
紗奈の言葉に、俺は満足げに笑った。
「……綺麗ね、紗奈」
ノア子が慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「……ありがとう。ノアちゃん。……みんな、本当にありがとう」
紗奈の明るい笑顔が、新居のリビングを眩しく照らした。
その光に包まれて、俺たちも自然と笑顔になった。
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