理の外側、世界の真実
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
「ダンジョンには、大まかに分けて4つの種類がある。……以前、そんな話をしたよね。中枢、成熟、発展、衰退。……ここまでは、いいかな?」
真っ白な、顔のない管理者は、首を僅かに傾げて確認するように問いかけてきた。
その無機質な声には、感情というものが一切宿っていない。
俺は答える代わりに、顎で先を続けろと促した。
「ニンゲンたちが呼ぶところの『安全なダンジョン』。それは、暴走……君たちの言葉で言えばスタンピードというやつだね、それが起こらない場所。そして、継続的に資源が採取できる場所のことだ。その条件に当てはまるのは、中枢、そして僕のような管理者のいる成熟、それから終わりに向かう衰退ダンジョン。この3つだよ」
管理者はソファに深く背を預け、淡々と言葉を紡ぐ。
「この国にも、中枢ダンジョンは1つだけ存在する。そして、僕が管理するここを含めた成熟ダンジョンが複数。……ダンジョンというものはね、各国にある中枢ダンジョンが日々生み出しているんだ。ペースはそれほど速くないし、攻略されるスピードもそれなりだから、今のところバランスは取れている。生まれたての発展ダンジョンなんて、層も浅いし、大した脅威じゃないからね」
そこまでは、概ね俺たちが理解していた範疇だ。
だが、管理者の次の言葉で、俺は黙らざるを得なくなる。
「ダンジョンがすべて安全なものになるためには、各国に存在する中枢ダンジョンを完全攻略する必要がある。……もしそれが達成されれば、その国にあるすべてのダンジョンは衰退へと向かう。……そうなれば、ニンゲンたちはどうなるかな?」
管理者の問いに、俺は答えを返さない。……答えは、明白だ。
これまでダンジョン資源に依存しきってきた文明は崩壊し、残り少ない資源を奪い合う、醜い争いが世界中で巻き起こるだろう。
「……そう。凄惨な奪い合いが起きるだろうね。でも、安心してよ。これも前に話したと思うけどさ、ニンゲン風情が中枢を、成熟すら攻略できるはずなんてないんだよ。……今の君なら、よく分かるだろう?」
確かに、その通りだ。
今の俺だからこそ断言できる。
ニンゲンの限界値であるレベル100程度のステータスでは、31層のフェンリルどころか、そのさらに手前の層で蹂躙され、脱落するのが関の山だ。
「そうだね。君はよく分かっている。それにさ、ニンゲンには成長の限界があり、老いがあり、そして何より短すぎる寿命がある。……そんな脆い存在に、中枢の踏破なんてできっこない。……ああ、そう思っていたよ。……昨日まではね」
「……思っていた? 過去形かよ」
俺の言葉に、管理者は顔のない顔をこちらに向けた。
「君だよ。モンスターには本来、レベルの限界値なんて設定されていない。けれど、下層に行けば行くほど、システムや僕たち管理者の統制が強くなる。無意味な共食いも過剰な成長も抑制されるから、フロアモンスターのレベル差は一定の範囲内に落ち着くんだ。……さっき君が倒したヘルが良い例だね。あの部屋に閉じ込められて、彼女がそれ以上成長することなんて、物理的に不可能だ」
なるほどな。
だから、深層は一本道だったのか。
管理しやすいように、成長の余地を奪っていたわけだ。
「でもさ、その分、上の階層の管理なんて適当になるでしょ? ニンゲンだってそんなもんでしょ? だから、君のような個体は、僕たちからすればイレギュラー中のイレギュラー。完全に見逃しちゃったよ。……君たちニンゲンはそれを『厄災』と呼んでいるらしいけれど、僕たちから見れば、それはシステム上のバグのようなものなんだ。こちら側でも事前には感知できない。……君も、もうその領域にいるよ。僕が君を認識できているのは、こうして近くにいるからに過ぎない」
管理者は、くすくすと笑い声を上げた。
「でも、イレギュラーっていうのは、中には君のような高い知性を持った子もいただろうけれど、すぐに死んでしまうんだよ。……弱肉強食、世界そのものに拒絶されるようにね。……まあ、僕もすべての個体を知っているわけじゃないけれど」
そうなのか。
だけど、俺の場合は違った。
グリム、ゴウキ、ノア子。
彼らが配下となり、パーティとして互いを補い合ってきたからこそ、今日まで生き永らえてこれたのだ。
すぐに死んでしまうというのも、理解はできる。
それほどまでに、このダンジョンのは地獄のような環境だった。
◇
「……君は、本当に不思議な存在だね。1つの身体に、あまりにも多くの因子が混ざり合っている。……そりゃ、生き残るわけだよ」
ははは、と管理者は乾いた笑い声を上げた。
「君は、紛れもなく『厄災』と呼ばれる存在へと至ったわけだ。僕は他の厄災を直接見たことはないけれど、今の君なら、彼らとも対等以上に戦えるだろうね。……さて、さっきの話の続きだよ。……中枢ダンジョンへ、ここのような成熟ダンジョンは常に魔力エネルギーを送っている。……じゃあ、もしも成熟ダンジョンがすべて完全攻略されて消滅したら、中枢ダンジョンはどうなると思う?」
「……エネルギーの供給が絶たれて、衰退に変わる。……そう言いたいのか」
「その通り。あ、正しくは発展ダンジョンが成熟するのを待つというのもあるよ。だけど中枢ダンジョンは発展ダンジョンの完全がされなければ、供給を失い、衰退ダンジョンへと変質するんだ。……管理者にはね、世界規模のネットワークのようなものがあってさ、そこから情報が入ってくるんだよ。……君のようなイレギュラーが、今、各地で暴れまわっているんだって」
「……ルミナスドラゴンか?」
「ああ、この国の新宿に出たあいつかい? いや、違うよ。別の、もっと質の悪い厄災だよ。そいつが今、他国の中枢ダンジョンや成熟ダンジョンを次々と潰し回っている。……中枢を失ったその国は、もう終わりだね。エネルギーの循環が止まり、国全体のダンジョンが消え去るんだから」
新宿は、中枢ダンジョン。
……もしあそこが、他国と同じようにイレギュラーに狙われたら。
間違いなく、この国は……。
資源を失った国、あるいは資源を死守しようとする国による、血みどろの争いだ。
「そうなる可能性が、現実味を帯びてきちゃったんだよねえ。ね、言ったでしょ。君なんだよ、って。君だって動こうと思えば、世界中のダンジョンを潰し回れる力を持った厄災なんだ」
管理者は、無機質な手を広げてみせた。
「僕たち管理者は、確かにある程度は強い。でも、今の君たち1体1体よりは確実に弱い。……厄災が、僕たちの管理を超えて暴れ回っている以上、この世界は、いずれ終わるよ。……さあ、サクくん。君なら、どうする?」
「……どうしろって言うんだ。そいつを見つけ出して、討伐すればいいのか? ……クソッ!!」
俺は拳を強く握りしめた。
ようやくレベル100になり、神格化したというのに、突きつけられたのは世界の終焉へのカウントダウンだ。
「……君も、そのうち分かるはずだよ。厄災同士は、何か目に見えない糸のようなもので繋がっているらしいからね。……この国を、あるいはこの世界を本当に守りたいなら、選択肢はいくつかあるよ。今すぐニンゲンたちにすべてのダンジョン資源を手放させ、ダンジョンが現れる前の生活に戻るよう説得するか。……あるいは、君がこの国に留まって厄災から守るか。……もしくは、君が自ら外の世界へ出て、各地のイレギュラーを片っ端から討伐しに行くか。……はは、どれも大変な道だね」
管理者は、他人事のように楽しそうに笑う。
「ああ、そうだ。これも教えておかないとね。理から外れた君たちは……君も、君の配下たちも、もしも世界からすべてのダンジョンが消え去ったとしても、消滅することはないよ。君たちはもう、ダンジョンというシステムに紐付けられた存在じゃない。完全に独立した、新しい種族……神様なんだからね」
そうか。
モンスターは通常、ダンジョンと運命を共にし、ダンジョンが消えれば魔素に還る。
だけど、俺たちはそこから逸脱したわけだ。
「それとね、もう1つ。話をひっくり返り返すようで悪いんだけどね、厄災が発生したダンジョンは厄災が発生しやすいということ。これは、4種類のダンジョンどこにでもあり得ちゃうんだ。だから安全なダンジョンなんてないんだよね。……まあ、君ならそのうち身を以て理解することになるだろうから、対応するなら早めにしたほうがいいかもね」
管理者は、さて、と深く息を吐くような仕草を見せた。
「……どうするかい? 僕はもう、この役に疲れたんだ。……殺したいなら、今ここで殺してくれても構わないよ。話すべきことは、すべて話したからね」
こいつ……。
悟ったような声色をして、死を望んでいるのか。
もしここでこいつを消せば、この池袋ダンジョンはいずれ消滅し、資源も得られなくなる。
「……ふざけるな」
俺は低い声で、管理者の言葉を撥ね付けた。
「お前は、ここで一生管理を続けろ。……休むな。死んでも働け」
「……ええ? そんなパワハラみたいなこと言わないでよ。もう疲れたって言ったじゃないか」
管理者は、心底嫌そうに肩を落とした。
「それでもやれ。……あとな、俺をこのダンジョン内で自由にさせろ。……いいか、俺から絶対に目を離すな。他の中層や上層の様子も、今まで以上に厳重に監視し続けろ」
管理者は、やれやれといったポーズをとる。
「無茶を言わないでよ。僕には目は2つしかないんだよ? ……ああ、そもそも僕には目なんてなかったね、ははは。……困った神様だね、君は」
「……お前に神様なんて呼ばれる筋合いはないんだよ。とにかく、俺が望んだことをすべてやれ。……まずは、この1層のエントランス近くに、隠しスペースを作れ。誰にも見つからない、俺たち専用の場所だ。……俺が、ここを……この国を、厄災から守ってやる」
俺の宣言に、管理者は一瞬だけ沈黙し、それから面白そうに声を漏らした。
「……素晴らしい考えだよ、サクくん。……僕はもうさっさと引退したいと願っているんだけどなあ。……まあいいや、わかったよ。君の望み通りにしよう。……それから、君もそのうち気づくだろうけど、もし他の管理者からイレギュラーや、厄災に関する新しい情報が入ったら、すぐに君に伝えるよ。……それでいいかな?」
「……ああ。それでいい」
俺は、管理者の言葉を再確認し、部屋の出口へと向かった。
ルミナスドラゴンとは異なる、未知の厄災。
世界各地で始まっている、ダンジョンの消滅と崩壊。
そして、将来的にこの国を狙うであろう他国の影。
また、解決すべき問題が増えた。
……だけど、不思議と絶望感はない。
俺の背後には、最強の仲間たちがいるから。
「……頼んだぞ、管理者。……あと、今聞いた情報は、然るべき立場の人間にすべて伝えるからな」
「どうぞ、ご自由に」
背後で、管理者の気の抜けた声が響いた。
俺は一度も振り返ることなく、部屋を後にした。
一刻も早く、師匠と総理に伝えなければならない。
この世界が今、どれほど危うい均衡の上に立っているのかを。
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よろしくお願いいたします。




