到達
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
絹川総理から「2か月待ってくれ」と言い渡されてから、早いものでその約束の期日がもうすぐ巡ってこようとしていた。
この2か月という時間は、俺にとって、そして俺たち『フロントライン』にとって、ただ待つだけの空白期間ではなかった。
俺はQtubeでの生配信や、下層の手に汗握る実況攻略動画の投稿といった活動を精力的にこなしつつ、それ以上に大切にしてきたことがある。
それは、ダンジョンを訪れる冒険者たちとの、交流だ。
特に、全国各地からこの池袋ダンジョンへと足を運んでくれる「サクラー」と呼ばれるファンたちは、日に日にその数を増やしていたんだ。
ネット上では「1層のエントランスに行けば本物のサクに会える」という情報が拡散されていて、今やダンジョン内では到底あり得ないような、人だかりができる現象が日常茶飯事となっていた。
押し寄せる群衆。
交わされる歓声。
俺は、自分に会いに来てくれたニンゲンたち一人一人に対し、可能な限り丁寧に向き合い、言葉を交わした。
これもまた、俺たちがニンゲン社会と融和するために不可欠な活動だと確信していたからだった。
そんな中、以前から交流のあったクマガイフーズの常務取締役、熊谷さんからも嬉しい連絡が入った。
「サクさん、ついに新商品の試作が完成しましたよ!」
その言葉を受けて、この期間の間に一度、俺たちの本拠地である19層の本拠へと、重要な来客があった。
常務の熊谷さんをはじめ、営業部の黒田さん、営業企画部の桜井さん、そして商品開発部の坂下さん。
前回この場所へ訪れたメンバーが、この魔物の巣窟へと足を踏み入れた。
彼らが自信を持って持参した新商品の名は、『ブラッド・ベリー・ルージュ』。
それは、宝石のように美しい、深い赤色のグミだった。
開発担当の坂下さんの説明によれば、この商品のモチーフは他ならぬノア子と三少女たちの、深く澄んだ赤い瞳なのだという。
見た目の美しさだけでなく、鉄分をはじめとしたマルチビタミンを豊富に含み、現代人の健康維持にも寄与する。
まさに「美と健康」を体現したような、完成度の高い商品だった。
試食したノア子は、その一粒を静かに口に運び、ゆっくりと咀嚼した後、満足げにこう言い放った。
「……合格。美味しいわ、これ」
その一言で、現場の緊張は一気に解け、歓喜へと変わった。
商品は即座に製造ラインへと乗せられることが決まり、さらに完成の暁には、ノア子と三少女によるテレビCMへの出演も正式に決定した。
……正直、俺もちょっとだけ出演したかったんだけどな。
また、国内トップのパーティの一つである『レガリア』を筆頭に、多くの著名なパーティやギルドが、俺と協会への全面的な支持を次々と表明してくれた。
水瀬舞香……舞ちゃんから聞いた話では、これは俺の知らないところで、師匠が自ら各地を飛び回り、頭を下げて回ってくれた成果なのだという。
「……直継さんだって、朔ちゃんが戻ってきてくれたのが、本当は一番嬉しいのよ。愛する弟子の為だもの、あの人なりに必死なの」
舞ちゃんはそう言って笑っていた。
普段は「馬鹿弟子」だの何だのと怒鳴られてばかりだが、師匠の不器用で深い愛情は、言葉にしなくても痛いほど伝わってくる。
早く、俺も目に見える形での「結果」を出して、師匠へ、そして支えてくれるすべての人へ、俺なりの愛を示さなければならないな。
◇
池袋ダンジョン――33層。
31層から続くこの深層の構造は、エントランスを抜ければそのまま一本道が続くという、極めて単純明快なものだった。
俺たちは、この2か月という歳月をかけて、ついに全員がレベル99という領域にまで到達していた。
1日に一度レベルが上がっていたペースが、5日に一度、6日に一度となっていたが、なんとかここまで来た。
その道中で、31層の守護者であるフェンリル、そして32層に君臨していたヨルムンガンドとも戦闘をしたが、今の俺たちの敵ではなかった。
俺たち一人一人のステータスが、既にフロアボスの基準値を大きく上回っており、それが一糸乱れぬ軍団として機能しているんだ。
結果は火を見るよりも明らかだった。
おそらく、進化した三少女や三英傑、アビスカースメイジたちのパーティだけでも、フロアボスと対等以上に渡り合えるかな。
俺たちが揃って負けるなどという光景は、もはや想像することすら難しかった。
「……さて、ここのボスは、一体どんな奴なんだろうね」
俺は静かに呟きながら、33層の最深部、ボスフロアへと繋がる重厚な大扉を押し開いた。
扉の向こうに広がっていたのは、ここが地下深くの洞窟内であることを忘れさせるような、壮麗な景色だった。
そこは、厳かな空気が満ちる『玉座の間』。
そして、広大なフロアの中央、一段高い場所に設置された玉座に、一体の存在が静かに佇んでいた。
それは、モンスターと呼ぶにはあまりにも神々しく、それでいて目を背けたくなるほどに禍々しい威厳を放っていた。
白と黒の対比が鮮やかなドレスに身を包み、頭上には漆黒のティアラが輝いている。
瞳は、妖しく、そして煌々と紫色の光を放っていた。
「……『アナライズ』」
■種族:死の女王ヘル レベル:99
読み取った結果は、北欧神話に名を連ねる死の女神、ヘル。
フェンリル、ヨルムンガンド、そしてこのヘル。
この池袋ダンジョンの深層は、北欧の神話をなぞるように構成されていたわけだ。
彼女のステータスの数値そのものは、今の俺たちと比較すれば、決して高くはない。
だけど、そのスキル構成を一目見た瞬間、俺は嫌な感覚と、妙な繋がりを感じた。
「デバフ」の極地。
そして、無慈悲なまでの「即死スキル」。
これは、並のニンゲンが束になって挑んだとしても、指一本触れることすらできずに全滅させられる、最悪の初見殺しだ。
どこか、俺の戦い方に似ているな……。
そう思った直後だった。
「――キャァァァアアアアアアアッ!!!!!」
ヘルの瞳が大きく見開かれ、鼓膜を劈き、脳漿を直接かき混ぜるような絶叫がフロア全域に轟いた。
案の定、先手必勝のデバフ攻撃だ。
即座にステータスを確認すると、俺の耐久値にマイナスの補正がかかり、さらに身体が強張る『硬直(小)』の異常状態が表示されている。
俺を以てしても、効果を完全には無効化できず(小)の影響を受けるのか。
もし、これを一般的な冒険者が受けていれば、その瞬間に心臓が止まって死に至っていたに違いない。
「――『スカーレットサークル』」
即座にノア子が動いた。
彼女から放たれた清浄な赤い光が俺たちを包み込み、ヘルの呪いを瞬時に浄化していく。
「……助かった、ノア子。よし、じゃあ次は俺の番だ」
俺は自身の魔力を爆発させ、最強のデバフ権能を解放する。
「――『トリックスター』。――『カオスフィールド』。……そして、『ナイトメア』」
俺は、自身のスキルのデバフ効果を極大まで引き上げる『トリックスター』を発動させ、続けて敵の命中率と判断力を奪う『カオスフィールド』を展開した。
さらに、その仕上げとして、精神に直接的な壊滅的ダメージを与え、絶対的な恐怖を刻み込む『ナイトメア』を叩き込む。
ヘルの周囲を、幾重にも重なる漆黒のドームが包み込んでいく。
それはまるで空間そのものが腐食していくような光景だった。
ドームの上空にはドロリとした黒い靄が現れ、それが物理的な質量を伴ってドームへと溶け落ちていった。
音が消え、空気の流れが止まり、時そのものが凍りついたかのような完全なる静寂が訪れる。
「……全員、靄が晴れたら一斉に総攻撃だ。……多分、あの子はもう、指一本動かすことはできない」
俺は背後の仲間に向かって静かに指示を出した。
俺のこのスキルをまともに浴びて、自我を保てる存在はいなかった。
これまで、31層や32層の神獣級のモンスターたちに対しても何度も試してきたけど、その結果はすべて同じ。
例外なき「精神の死」だ。
俺が魅せる悪夢は、だれも耐えられなかったんだ。
「……ああ。この子は、随分と長い時間、夢をを見てしまってるみたいだね」
俺は、暗黒に覆われているドームを見て、ぽつりと呟いた。
悪夢に囚われる時間が長ければ長いほど、逃げ場のない孤独、悲しみ、酷く深く沈み込んでいく黒い泥のような感情が、その魂を内側から飲み込んでいく。
やがて、彼女を覆っていた黒いドームがドロドロと溶け落ち、その姿が再び露わになった。
そこに神々しさはなく、女王としての威光も、すべてを深淵へと置き忘れてきたかのように、彼女はただ、ぺたんと床に座り込んでいた。
口を僅かに開き、虚空を見つめるその瞳は、煌々としていた紫の輝きを失い、どす黒く濁った絶望の色へと変貌していた。
「……終わらせてあげよう。安らかにね」
俺の言葉を合図に、死の女王への総攻撃が開始された。
「――『鬼神覇気』。……『黒雷連斬』ッ!!」
ゴウキが咆哮する。スキル『修羅ノ型』により、既にEXという限界を超えていた彼の筋力は、一時的に計測不能な『ERR』の領域にまで膨れ上がっていた。
雷光を纏った太刀が、無抵抗のヘルの胴体へと叩き込まれる。
凄まじい衝撃波と共に吹き飛ばされ、壁に激突するヘル。
そこへ、グリムが冷徹に死の宣告を重ねる。
「――『アビスノヴァ』」
漆黒の小さな中性子星ともいえるような球体。
空間ごとすべてを吸い込み、圧潰させる絶対的な質量兵器が、逃げ場のないヘルへと吸い込まれていく。
そして、その破壊の渦に合わせるように、俺も手に持つ大鎌を振り抜いた。
「――『影葬』」
二つの俺たち固有のスキルが寸分の狂いもなく重なり合い、ヘルの存在へと直撃した。
閃光すら吸い込むような暗黒の爆発。
その衝撃で、辺り一面の床や壁がまるで最初から存在しなかったかのように削り取られ、吹き飛ばされた瓦礫が後方の入口の大扉へとドカドカと激突して、凄まじい音を立てた。
やがて土煙が晴れ、ヘルの姿が消え去ったその場所には、神々しさと禍々しさを併せ持つ三つの遺物が残されていた。
中央に落ちていたのは、見る者の魂を惹きつけるような大鎌『冥府の権鎌』。
その傍らには、妖しく光る『冥界の女王の首飾り』。
そして、かつて女王の頭上で輝いていたティアラ『生死の境界線』。
俺はそれらを一つずつ手に取り、その手応えを確認した。
「……この首飾りとティアラは、地上に戻ったら紗奈にあげよう。性能はまだわからないけれど、間違いなく彼女を守る助けになるはずだ」
そして俺は、自らの武器として『冥府の権鎌』を手に取り、それを背中へと装着しようとした。
その瞬間だった。
脳内に、これまでとは明らかに質の異なる、無機質で圧倒的なシステムメッセージが鳴り響いた。
『ーーレベルが上がりました』
『――スキル:神の悪戯を取得しました』
視界の端で、数字が書き換わる。
『――レベルが100に到達しました』
ついに、辿り着いた。
ニンゲンの限界値。
『――神化条件を達成。……神化先が解放されました』
「……えっ?」
俺は思わず、隣に立つ配下たちの顔を見た。
グリムも、ゴウキも、そしてノア子までもが、自分たちの身に起きている異変に、かつてないほどの動揺を隠せない様子だった。
『――警告。個体名:サクを確認』
『――神化先と、既存個体の情報を統合します…………完了』
身体の奥底から、沸騰するような熱が溢れ出し、俺の意識を真っ白に塗りつぶしていく。
俺は、押し寄せる情報の濁流に抗うのをやめ、ゆっくりと瞼を閉じた。
(……どうか。俺が次に目を覚ました時。……あの日、俺たちからすべてを奪っていったあの厄災を、跡形もなく消し飛ばせるほどの力が、俺の手にありますように――)
世界が、激しく脈動を始める。
システムの声が、最後の一言を告げた。
『――個体名:サクの、神化を開始します』
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