公表 2
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
「……サクは、決して、人間を攻撃したりしません」
静まり返った本拠地に、紗奈の震えながらも芯の通った声が響き渡った。
彼女はカメラの向こう側にいる、目に見えないとんでもない数の視聴者を見据え、言葉を紡ぎ続ける。
「池袋ダンジョンに足を運んでいる冒険者の皆さんなら、サクが日頃から多くの人と交流を持ち、時には窮地を救っているのを、既にご存知ではありませんか?」
その言葉に、コメント欄の滝のような流れが僅かに変化し始める。
:確かに魔王さん、普通に話してくれるよな。
:俺は下の層に攻略を進めちゃったから中々会えないんだよ。羨ましい。
:昨日、勇気を出して話しかけたら凄く丁寧に返してくれました。ありがとう、魔王様。
:サインの画像とか、Currentにいっぱい上がってるよね。
:あの、何ていうか……下手くそな猫?それとも犬みたいなイラストのやつだろ?
「……失礼な。あれは猫じゃない、インプだ!!」
俺が思わず割って入ると、画面越しに爆笑の渦が巻き起こった。
:草w
:猫が横になったみたいなやつかwww
:俺ももらったよ!家宝にしてる。
:クマガイフーズの公式アカウントにも、大事そうに飾られてる写真があったよね。
「……ははっ、ありがとう。……でも、俺はみんなに嘘をつきたくないから、正直に言うよ。……これまでに、俺を襲ってきた相手に対して反撃をしたことは、確かにある」
:それは……まあ、そうだよな。
:マジか。やっぱり戦うこともあるのか。
:知らなかった。誰と戦ったんだ?
「でも、俺はニンゲンを殺したことは、一度も、ただの一度もない。……相手の武器を壊したり、気絶させたりして追い返しているだけだ。……まあ、襲ってくる奴らのほとんどは、再生数稼ぎの迷惑系Qtuberみたいな連中なんだけどね」
:あぁ、あいつらか……。
:みたことあるわ。サクちゃんに手を出して即ダウンしてたやつ。
:くっそ炎上してたな、あいつ。自業自得だわ。
:迷惑かけんなよ、ってコメントで埋まってた動画のやつか。
「……証拠に、池袋ダンジョンの公式死者数を見てほしい。……俺が配信を初めてやった日から今日まで、1人だ。トレインによる事故で、実際に俺が生存者と遭遇して助けたものだよ。これは冒険者協会が公式に出している紛れもない数字だよ」
そう。池袋ダンジョンにおける事故の確率は、俺がこの場所を管理し始めてから劇的に低下している。
「俺は、みんなと交流を持つときに、必ず注意喚起をしている。……せっかくダンジョンに来たなら、最後は笑顔で地上に帰ってほしいんだ。……俺を危険視するのは、モンスターだから当然の反応だと思う。……けれど、これだけは信じてほしい」
俺は、カメラに向かって深く頭を下げた。
「……これは前にも一度言ったけれど。……俺や仲間を、ただモンスターだというだけで、無条件に排除しようとする人たちは……もし自分がニンゲンに襲われても、同じことが言えるのかな?……攻撃されても耐えろ、反撃するな、ただ黙って逃げるだけにしておけ。……君たちは、それを自分自身に強いることができるのかい?」
一瞬。コメントの滝がピタリと止まった。
「……俺はもう、死にたくないんだよ。……ただ一方的に殺されるのを待って、逃げ続けることが、果たして正解なのかな?……逃げても、逃げても、相手は武器を持って追ってくるんだ。冒険者の君たちなら、その恐怖が分かるはずだろ?」
沈黙の後、画面を埋め尽くしたのは、否定の言葉ではなく、賛同と共感の声だった。
「だから、俺は最低限の反撃をする。……けれど、それは決して相手を傷つけるためじゃない。……細心の注意を払いながら、大人しく帰ってもらうためだよ。……こんなことを言えば、怖がる人もいるかもしれない。……けれど、もし俺が本気で対応していれば、公式の死者数カウンターは、0ではないはずだよ」
俺は言葉を畳み掛ける。
「俺は、中身はニンゲンのつもり。……君たちは、同じニンゲンに攻撃されたからといって、相手を殺すまで徹底的に反撃するのか?……俺は、絶対にしない。……たとえそれが、『モンスター対ニンゲン』の合法的な殺し合いだったとしても、俺は命を奪うようなことはしない」
「冒険者協会は、嘘をつけない組織だよ。……冒険者が受付を通って探索に向かい、誰が帰ってきたのか、誰が帰ってこなかったのか。……それはすべて厳格に管理されている。死者が出れば、隠し立てせず公式に発表がある。……俺の潔白は、協会が証明してくれているんだ」
ここまで言葉を尽くせば、否定的な意見はほとんど目立たなくなった。
心から納得した者もいれば、ただ言い返せずに黙り込んでいる者もいるだろう。
けれど、空気は確実に見守る方向へと変わっていた。
「俺は、ニンゲンたちに寄り添いたい。……すべてを受け入れる覚悟はできている。……だから、怖いかもしれないけれど、ほんの少しだけ勇気を持って、俺たちの世界へ踏み出してきてほしい。……俺が、必ず受け止めるから」
視聴者数は、いつの間にか160万人を超えていた。
俺はここで、これまで誰にも、ネットの海のどこにも漂っていない、俺自身の「核」となる情報を口にすることにした。
「……俺には、家族がいなかったんだ。……幼い頃に両親を事故で亡くしたんだ。……中学生になった頃、育ての親だった祖母も亡くなり……俺に残されたのは、古い家と、保険金だけだった」
隣で俺の手を握っていた紗奈が、ハッとして俺の顔を見つめた。
彼女にさえ、詳しく話したことはなかった過去だ。
紗奈は悲しそうに視線を落とし、握る手に力を込めた。
「だから、俺が高梨朔本人であると、血縁として証明できる家族はこの世に一人もいない。……もし生きていれば、ここに登場してもらっていただろうけどね。……この話を知っているのは、ごく限られた同級生くらいだ。……かつてのパーティメンバーにすら、重い話にしたくなくて黙っていた。……唯一、師匠だけはすべてを知っているけれど」
「……俺が嘘をついていると思う人は、俺の師匠が正式に証明してくれるのを待っていてほしい。……必ず、証明してくれるから。……俺が、自らニンゲンを襲うようなことは決してしないということもね」
そして、俺は最後にこう付け加えた。
「……それでも、どうしても信じられないという人がいるかもしれない。……無理に信じてほしいとは言わない。……けれど、俺は、俺を救ってくれた紗奈を、決して悲しませるようなことはしない。……これは、紗奈への誓いだ。……仲間の幸せのため、そしてこの世界のみんなを笑顔にするため、俺はこれからも行動を続ける。……それを、ここに誓うよ」
はあ。
言い切った。
腹の底に溜まっていた、すべての想いを吐き出した。
俺は、配信を締めくくるための準備を整える。
「……たくさんのコメント、本当にありがとう。色んな意見があったけれど、今日、こうしてみんなの前で配信できて、本当によかったと思っているよ。……じゃあ、次の配信も楽しみにしててね!ばいばーい!」
俺と紗奈は笑顔で手を振り、配信を終了させた。
「……サク、本当に、お疲れ様。……わかってくれる人がたくさんいて、本当によかったね」
紗奈が、安堵した表情で俺の肩に頭を預けてきた。
「そうだね。……あとは、自分にできることをコツコツとやっていくだけだよ」
やるべきことは山積みだ。
けれど、今日という大きな一歩を踏み出せた。
あとは、頼みましたよ、師匠。
◇
配信が終了した後の、支援者たちの行動は驚くほど迅速だった。
冒険者協会は、即座に俺の発言を事実として認める公式声明を発表。
翌日には大規模な記者会見が開かれ、政府公認の『真実視』スキルを持つ高等鑑定官・春原さんも同席した。
彼女は各メディアの厳しい追及に対し、俺の発言に一切の虚偽がないことを、自らのキャリアを賭けて公言したのだ。
「春原が嘘をついているのではないか」という疑念を口にする者は、ごく一部の偏った層に限られていた。
なぜなら、彼女のような高等鑑定官が公務において嘘をつけば、即座に資格を剥奪され、職も名誉も、そして世間からの信頼もすべて失うことになるからだ。
会長である師匠も、テレビカメラを真っ直ぐに見据え、俺との師弟関係と全面的な支援を力強く表明した。
協会としての協力体制がもたらすメリット――ダンジョン攻略の効率化や安全性。
それを国民に分かりやすく説明する師匠の姿は、まさに剛腕そのものだった。
俺の配信者としての人気、高等鑑定官による証明、そして会長でありレジェンド冒険者である師匠の圧倒的な信頼感。
これらが重なり合い、世論は急速に俺たちの味方へと傾いていった。
メディアの質問の一部には、相変わらず攻撃的なものも含まれていたが、報じられた記事の多くは肯定的、あるいは慎重ながらも期待を寄せる内容だった。
ただ、ある週刊誌が掲載した記事には、一つの懸念点が鋭く指摘されていた。
「サクを国家の武力として、戦争に利用するのではないか」「日本が彼の力を背景に、軍事的な優位性を主張し始めるのではないか」という危惧だ。
……そんなわけ、あるか!!
むしろ、俺がいれば日本は、ダンジョン資源という生命線を巡る他国からの干渉に対して、最強の抑止力を手に入れることになる。
避けるべきは、他国で確実に起こるであろうダンジョン資源を奪い合う、血で血を洗う未来だ。
これを受け、絹川総理は異例の速さで閣議決定を行った。
「特定の個体――サクを、国家安全保障上の最重要協力者と見なし、政府の厳重な管理下に置く」という方針だ。
現在、この決定を法的に裏付けるための臨時国会が開かれている。
野党からの激しい追及に対し、絹川総理は管理者が語った「ダンジョン消滅の危機」という極秘情報を、世論を見極めながら巧みに小出しにし、国全体を説得し続けていた。
この政府方針に対する国民の支持率は、驚くほど高かった。
「人権に準ずる権利を持つ特別指定個体」としての定義。
「特殊技能保持者」としての新たな地位。
あるいは、死亡と処理されていた高梨朔の戸籍を、超法規的措置によって復活、改変させる案。
CurrentやQtube上では、一般人から企業、果ては動物愛護団体までが、俺という存在について日夜熱い議論を交わしている。
中には「“凶星”高梨朔の生涯・徹底解説」という動画までアップされており、興味本位で観てみたが、中身があまりにもデタラメで思わず吹き出してしまった。
師匠を通じて、総理からは「あと2ヶ月だけ、この騒がしい状況を辛抱してくれ」という伝言を預かっている。
絹川総理……。
ただでさえ激務のはずなのに、俺のため、そしてこの国のために、泥を被ってまで戦ってくれている。
こちらも、ただ待っているわけにはいかない。
俺たちは現在、最終進化という一つの到達点を済ませ、ついに全員がレベル90という領域に足を踏み入れていた。
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