トップとの会談
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
冒険者協会――豊島支所、探索管理課。
「水瀬、本当に大変なことになったな」
関口課長が、どこか遠い目をして苦笑いを浮かべながら、私に話しかけてきた。
あの運命の会談から1週間以上が経過した。
会長――直継さんは、事態の重大さと、自らの愛弟子の覚悟を汲み取り、その剛腕ぶりを遺憾なく発揮した。
会談の翌日には、協会本部にて最高レベルの緊急会議が招集された。
そこでは朔への今後の対応と指示が、驚くべきことに満場一致で可決されたのだ。
中には慎重な議論を求める声もあったと聞くが、「この国、そして世界の危機を前にして、何を悠長なことを言っているのか」と、師匠が力技で説き伏せたらしい。
その様子は、後日ご本人から届いた連絡からも容易に想像できた。
協会内にも政治はある。
彼を「英雄」として祭り上げるのか、あるいはその愛称の通り「魔王」として危険視するのか。
結局、「協力的ならば、徹底的にその力を利用してしまえ」という、極めて現実的で冷徹な判断が下された。
それを受けて、朔の正体が公表され次第、協会は速やかに彼を正式なパートナーとして認め、全面的な協力体制を敷くための準備を整え始めた。
その指示は、毛細血管のように広がる全国の各支所にまで、極秘事項として既に落とし込まれている。
会長はそこからさらに、外務省、防衛省、そして経済産業省といった主要閣僚にも直接話をつけ、現在は国を挙げた協議の真っ最中だという。
「モンスターの言葉など虚偽ではないのか」「甘言に惑わされているのではないか」といった疑念の声は、当然のように上がったはずだ。
けれど、それを封じ込めたのは一つの確かな「証明」だった。
会談の場にいた会長秘書の春原さんだ。
彼女は優秀な解析者であると同時に、探知系スキル「看破」の上位互換である「真実視」の持ち主だった。
これは国が正式に認定した稀少な能力であり、彼女の証言を疑うことは、国が自ら定めた基準を否定することに他ならない。
『高等鑑定官』。
その、国家資格を与えられた者。
「朔は嘘をついていない」
その一点を、国は認めざるを得なかったのだ。
「本当に……これから、日本中、いえ世界中が大騒ぎになりますね」
「うちの支所としては、盛り上がってくれるのは歓迎なんだがな。それにしても、これほどまでの事態になるとは、想像もしていなかったよ」
関口課長の言葉に、私は深く頷いた。
朔からも「週末には正式な公表のための配信をする」という連絡を受けている。
週明けからは、間違いなく問い合わせと取材の嵐になるだろう。
それでも私は、彼を支えると約束して、彼と共に歩むと決めたのだ。
しっかりと、前を向いてやっていこう。
◇
首相官邸――裏門。
正直なところ、俺自身もこれほど早く外の世界へ自由に出られるようになるとは思っていなかった。
これも「一刀」と呼ばれた師匠の、人脈と剛腕のおかげだろう。
『力を貸してくれ。坊主にしかできないことがある』
紗奈を通じて届いた師匠からのメッセージは、短くも切実だった。
ダンジョンにまで、協会のシークレット部隊が迎えに来たのだ。
俺は目立たないように、手渡された地味な魔導師風のローブを深く被らされ、真っ黒な車に押し込められた。
内容は聞かされていないが、とにかく緊急であることだけは伝わってきた。
「……今から、総理に会うぞ」
「はっ……?」
車内での師匠の爆弾発言に、俺は思わず間抜けた声を上げた。
「馬鹿弟子。聞こえなかったのか?」
「そうじゃなくて……総理?……総理大臣ですか!?いくらなんでも、飛び級が過ぎませんか」
「他に誰がいる。春原を通して、坊主の語った情報の真偽は既に確認済みだ。それを私が直々に各省のトップへ突き出したんだよ」
やっぱりか。
俺を解析した春原さんの能力が、解析だけではなく、看破のような、見抜く力があることを予測していた。
各省か。
まずは外務省だろう。
それに防衛省、経済産業省もか。
警察庁は関係……ないか。
日本の舵取りを担うすべての部署を、師匠が一人で動かしたというわけだ。
「なるほど……。それで、最終的に総理まで上がった、と」
「そうだ。管理者が語った情報の真偽は、今の段階では確認のしようがない。だが、『坊主が確かに管理者からその情報を聞いた』という事実に嘘はないことが証明された。あとは、総理自身がお前に会って、最終的な判断を下すということだ」
随分と、豪快な人だ。
モンスターなんて、ニンゲンからすれば凶悪なイメージしかない存在だろうに。
よく周囲がそんな危険な面会を許可したものだ。
……いや、それも師匠がいたからこそか。
この国のダンジョン資源による発展を支え、最前線を走り続けてきた伝説の冒険者が保証人なのだから。
「ちなみに、総理はどんな人なんですか?」
「絹川敏郎。一言で言えば、豪快な方だ」
やっぱりそうか。
そうでなければ、こんな非常識な決断を下せるはずがない。
「『歯に衣着せぬ絹川』。思ったことをそのまま口に出し、良くも悪くも話題に事欠かないが、国民からは深く愛されている。ダンジョン資源によって急成長を遂げた日本を、さらに盤石なものにしようと尽力している男だ。元外務大臣として、他国のドロドロした事情も知り尽くしている」
なんだか、誰かさんに似ているな。
「……師匠みたいな人ですね。言いたいことを言って、剛腕で押し通す。それでいて、周りからは信頼されている」
俺が笑って軽口を叩くと、師匠がニヤリと笑った。
「……私はあの方よりもずっと繊細だ。なんだ、坊主も私のことをそんな風に愛してくれているのか?」
「当たり前じゃないですか。世界で唯一の、愛すべき師匠ですからね」
俺がハッキリと言い切ると、師匠は「馬鹿弟子め。本当に口だけは達者だ」と満足そうに鼻を鳴らした。
これから始まる、国の命運を懸けた会談を前にしているとは思えないほど、車内には和やかな空気が流れていた。
◇
官邸の裏門を抜け、厳重な警備を潜り抜けて隣接された公邸へと入る。
ここならば報道陣の目を完全に避けられるというのが、師匠の判断だった。
車内から窓の外を伺うが、配置されているSPや警備の数が尋常ではない。
普段からこうなのか、あるいは、俺という「モンスター」を迎え入れるための特別警戒態勢なのか。
俺は黙って「アナライズ」を展開した。
「……へぇ、これは凄いな」
警護に当たっている者たちのレベルは、70台がざらにおり、中には80台に達している猛者も数名混ざっている。
まあ、ステータス的には、万が一ここで全員から一斉に襲いかかられたとしても、今の俺なら余裕を持って対処できる範囲ではある。
今日は、グリムやゴウキ、ノア子といった配下たちはダンジョンに置いてきた。
俺の留守の間にさらにレベルを上げておくと言ってくれた彼らも、今日の会談の重要性を理解してくれているのだろう。
今この瞬間も、彼らはダンジョンで戦い続けているはずだ。
よし、俺も彼らの努力に応えるだけの結果を残さないとな。
車が正面玄関に到着する。
扉の前には、殺気立った警護が壁のように立ちはだかっていた。
中に案内されると、さらに8名の精鋭警護に前後左右を囲まれながら階段を登り、4階にある応接室へと通された。
室内には、一人の70代と思わしき、けれど矍鑠とした老人が待ち構えていた。
この人が、絹川総理か。
「鷹栖さん。よく来てくれた」
「総理からの呼び出しとあれば、地の果てからでも飛んできますよ」
二人は親しげに握手を交わす。
「……で、その後ろにいるのが?」
「はい、高梨朔。私の自慢の弟子です」
まだ喋っていいのか判断がつかなかったため、俺は無言で深く頭を下げるに留めた。
俺と師匠は、総理に促されてソファに腰を下ろした。
背後からは、こちらの一挙手一投足を逃すまいとするSPたちの、刺すような鋭い視線が注がれている。正直、かなりうざったい。
「……なんだ、高梨くん。なにか不満でもあったかな?」
流石は一国のトップだ。
俺が僅かに視線を警護の方へずらしただけで、その微かな感情の揺れを完璧に読み取っていた。
「……俺が発言しても、よろしいのでしょうか?」
「ガハハ!喋らなければ呼んだ意味がないだろう!そんなに気を遣わなくていい。……もしかして、中身は日本人かな?」
「……苗字は高梨ですから」
「だろうな!ガハハ!!」
本当に愉快な人だ。
「……で、どうしたんだ?」
「いえ……。背後のSPの方々の、殺気が混じった警戒する視線が。……その、少しばかり鬱陶しいなと思いまして」
俺も師匠に倣って、歯に衣着せぬ物言いをしてみた。
「……いや、これは失礼したね。でも許してやってほしい、彼らもそれが仕事なんだ」
「承知しています」
俺はそこから、先日の会談で説明した内容を、改めて俺自身の口から詳細に伝えた。
俺の正体を公表すること。
そして、管理者が語った「4つのダンジョン」の謎と、持論であるその先にある資源枯渇による戦争の危機。
情報の提供と引き換えに、俺は宿敵であるルミナスドラゴンの討伐を必ず成し遂げると、改めてこの国のトップへ約束した。
「……わかった。こちらも、君が動きやすいように最大限の便宜を図る」
「ありがとうございます。……ついでに総理、一つだけ質問してもよろしいですか?」
「ああ、構わんよ」
「……もし俺の持論が正しかったとして、総理はこの情報をどう捉え、これからどう扱っていかれますか?」
俺は確かめたかった。目の前にいる絹川敏郎という男が、何を思い、何を成そうとしているのかを。
「……面白い話だな。いや、『笑えない』が、『興味深い』が正しいか」
総理は一度だけ鼻で笑うと、深くソファに座り直した。
「……結論から言おう。この情報は、『国家機密の最上位』として扱う。……公表はしない。少なくとも、今の段階ではな」
彼は指を組み、真っ直ぐに俺の目を見つめた。
「理由は3つある。
一つ。……ダンジョンがいつか消滅し、国が衰退するという情報が広まればどうなるか。……君の持論通り、世界中で資源確保のための略奪戦争が勃発するだろう。しかも、どの国も『自国を守るためだ』という大義名分を掲げてな」
「二つ。……中枢、成熟ダンジョンの完全攻略が、必ずしも正解とは限らん。君の話によれば、人類ではそもそも攻略不可能な難易度なのだろう?……ダンジョンを攻略して安全を手に入れたとしても、その後に待っているのは『資源枯渇による緩やかな国家の死』だ」
「三つ。……とんでもない化物が、既に中枢、成熟ダンジョンを潰している可能性がある。君を葬った龍のようなな。そんな状況で、『正しいルート』などというものは今の世界には存在しない」
総理の声が、低く重く室内に響く。
「……だから、私の答えはこうだ。――『選択肢を残す』。中枢や成熟ダンジョンは、すぐには落とさない。かといって、完全に放置もしない。……管理し、育て、そして『いざとなればいつでも落とせる状態』を維持し続けることだ」
そして総理は、射抜くような視線を俺に向けた。
「……そのために必要なのは、何だと思う?……君のような、理を超えた存在だよ」
ありがたい言葉だった。
この人は、俺の存在意義も、俺の抱えている葛藤も、すべて汲み取った上でそう言ってくれている。
「……戦争?上等だ。だが、仕掛ける側にも、仕掛けられる側にもならん。……『勝てる準備を完璧に整えた者』だけが、ルールを決める権利を持つのだ。……高梨くん。君を、この国で全力で支援する。好きにやりなさい。ただし、報告だけは欠かさないこと。そして、我々の意見にも耳を傾けてほしい」
ハハハ……。
本当に、とんでもない人だ。
「……総理、ありがとうございます。俺は、あなたを信頼します。その想いには、必ず結果で応えてみせます」
俺がそう告げると、総理はゆっくりと手を差し出してきた。
俺がその手を取ろうとした瞬間、背後のSPたちの警戒度が最大まで跳ね上がるのが分かった。
「……水を差さないでくれ。彼は私の客だ」
その一言で、室内に張り詰めていた殺気がピタリと消え去った。
俺は、差し出されたその大きく温かい手を、力強く握りしめた。
政治の難しいことは分からない。
これからの舵取りは、総理や師匠に任せるしかないだろう。
俺は俺にしかできないことをやり、どんな事態が起きてもすべてをねじ伏せられるように、ただ強くなり続けるだけだ。
今日、ここに来て本当によかった。
俺は、窓の外に広がる日本の街並みを眺めながら、新たな覚悟を胸に刻んだ。
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