ノア子とニンゲン
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
池袋ダンジョン――21層。
実は、俺がこの階層付近で仲間にしたいと目星をつけていたのは、19層のフロアボスである『ヴァンパイアロード』だった。
だが、運命というのは分からないものだ。
思わぬ隠し部屋での出会いを経て、俺の新しい眷属となったのは、ノア子だった。
聞いたこともない『サングイスヒーラー』という種族。
彼女からスキルの詳細を教えてもらったが、その性質からしてヴァンパイアの系譜であることは間違いない。
ただ、通常の吸血鬼とは明らかに一線を画す、特異な進化を遂げた個体だった。
ノア子の回復スキルは、聖職者が使うような聖属性の『ヒール』とは根本的に異なる。
彼女は自らの、あるいは対象の「血」を媒介にして傷を塞ぎ、毒を浄化し、時にはその鮮血を鋭い刃に変えて攻撃にも転用する。
そして、俺たちを驚かせたのは彼女自身の能力だけではなかった。
今も、小さなノア子の後ろからトコトコと、まるでひよこのように並んでついてくる3人の少女たち。
これはノア子のスキル『ブラッドサーヴァント』という眷属召喚によって生み出された、彼女直属の親衛隊だ。
1人目は、グレイス。
ノア子と同じく低身長で華奢な体つきをしており、腰まで届く金髪は、陽光を反射する波のように柔らかく波打っている。
黒いドレスと修道服を基調とした衣装には、胸元や裾に淡い赤の刺繍が施され、彼女が動くたびに魔法の光を帯びて揺らめく。
瞳は慈愛に満ちた深い紅で、常に穏やかな微笑みを絶やさない。
彼女の周囲には癒しの力を秘めた血の粒子が淡く漂っており、ただ傍に立っているだけで心身が安らぐような気配があった。
彼女は回復量と広範囲の支援に特化しており、ノア子の魔力負担を最も軽減してくれる存在だ。
2人目は、シュナ。
3体の中で最も姿勢が正しく、背も少し高い。
金髪は活動的なポニーテールに纏められている。
黒いドレスの装飾は控えめだが、修道服の上から「硬質化した血」で形成された鎧のような層が部分的に重なっている。
瞳は鋭い赤で、感情を一切表に出さない無表情。
立っているだけで、背後の主を守る鉄壁の盾のような重圧を感じさせる。
彼女はダメージの肩代わりと耐久力に特化しており、ノア子を物理的な脅威から守る防衛担当だ。
3人目は、レイ。
最も小柄で細身な少女。
ショートボブの金髪は毛先が軽く跳ねており、活発に動き回るたびにぴょこぴょこと跳ねる。
黒いドレスは短めで、裾や袖が切り裂かれた影のように周囲の暗闇へ溶け込んでいる。
瞳は明るく鋭い赤で、口元には常に笑みを浮かべていた。
彼女の周囲からは影と血が棘のように鋭く伸びており、常に「今すぐ敵に飛びかからん」とする攻撃的な殺気を放っている。
闇属性攻撃と吸血による火力維持に特化した、パーティの殲滅役だ。
この3体の少女――『ブラッドメイデン』と呼ばれる眷属たちが、鉄壁の陣容でノア子を守っていた。
彼女たちは、主人の主人である俺や、主人の仲間であるグリムとゴウキには、それなりに懐いている。
だが、三英傑たちに対してはどこか近寄りがたいのか、少し距離を置いているようだ。
表情は読めないが、髑髏や動く鎧である彼らが、どことなく肩を落としているように見えるのは俺の気のせいだろうか。
そんなわけで、一気に大所帯となった俺のパーティ。
全メンバーが推奨レベルを大きく超えている上に、この数と連携だ。
もはやフロアボスにとってもトラウマ級の攻略速度で、俺たちはあっという間に21層まで到達してしまった。
現在のステータスを確認すると、俺のレベルは71。
ノア子は68。
グリムとゴウキが揃って67となっている。
ここからまた、獲得した魔石をグリムとゴウキに優先的に回して、俺と同じ水準まで引き上げておきたいところだ。
「……それにしても、そろそろパーティ名も決めたいよな」
これだけ人数が増えると、ただの眷属とか仲間と呼ぶのも味気ない。
次の生配信でリスナーのみんなに相談してみるのも手だが、流石に自分たちの名前を完全に人任せにするのも少し抵抗がある。
……あ、それなら紗奈に決めてもらおうかな。
そう考えた瞬間、俺は最近、紗奈とまともに会えていないことに気づいた。
最後に直接顔を合わせたのは、あのバイト先の失礼な連中を案内した時以来だ。
……と思ってカレンダーを数えてみたら、まだ2週間も経っていなかった。
俺は思い立ったが吉日と、デバイスを取り出して紗奈にコールした。
「あ、紗奈?いきなりごめん。今、大丈夫かな?」
『サク?うん、大丈夫だよ。どうしたの、何かあった?』
「いや、なんか最近全然会ってない気がしてさ。……まあ、よく考えたらまだ2週間くらいなんだけど」
『……ふふっ、何それ。可愛いこと言うね、サク』
可愛いのは紗奈の方だよ、と心の中で呟きながら、俺は本題を切り出した。
そういえば、以前の探索中に宝箱から手に入れた、紗奈にぴったりの武器があったことを思い出したのだ。
「紗奈に渡したいプレゼントがあるんだけど、どこかで会える日あるかな?」
『えっ、プレゼント?……なんだろう。私、いつでもいいなら今からでも行けるよ。動画の編集も一段落したし、今日はバイトも休みだから』
「本当?助かるよ。じゃあ、ダンジョンの入り口に着く前にメッセージをくれたら、1層のエントランスまで迎えに行くね」
『わかった!じゃあ、また後でね!』
通話を切る間際、紗奈の声が心なしか弾んでいるように聞こえた。
全く、あんなに喜んでくれるなんて。
本当に可愛い奴だ。
◇
紗奈から「もうすぐ着くよ」というメッセージを受け取り、俺たちは一旦1層のエントランスまで戻ってきた。
「……ここが、外の世界へと続く出口なのね」
ノア子が、地上へと続く光の差す通路を、不思議そうな表情で見つめている。
「そうだよ。そして、その外の世界へと繋がる大切な話し合いが、10日後に決まったんだ。ノア子も、みんなで行くからね」
表情筋があまり動かないノア子だが、俺の言葉を聞いて、心なしかその瞳が期待にウキウキと輝いているように見えた。
俺が3体の配下たちとエントランスで待機していると、今日も初心者らしい冒険者のグループが通りかかり、こちらに声をかけてきた。
「わぁ、魔王さんだ!こんばんは!……あれ?その隣にいる可愛い女の子は、新しい仲間ですか?」
この冒険者、グリムの新しい姿を見ても驚かないということは、ケンちゃんの配信をチェック済みなんだろうな。
俺もあの後、ケンちゃんの動画がどうなっているか気になってバッチリ確認していた。
コメント欄は荒れることもなく、皆が好意的に盛り上がっていたから安心している。
「あ、この子は新しくパーティに加わったノアだよ。ノア子、ちゃんと挨拶して」
「……ノア。……ねえニンゲン、何か美味しいお菓子持ってない?」
いきなりそれかよ!ぶっきらぼう過ぎるぞ、うちのヴァンパイアちゃんは。
言われた女性冒険者は、一瞬目を瞬かせたが、すぐに顔を綻ばせた。
「あ、うん!ノアちゃんっていうんだね、可愛い!持ってるよ、お菓子。ほら、これあげる」
彼女が鞄から取り出したのは、オレンジ味の飴と、市販のチョコチップクッキーだった。
それを受け取った瞬間、ノア子の瞳がこれまでにないほど大きく見開かれた。
今にも涎を垂らしそうな表情で、パッケージを食い入るように見つめている。
「……これ、今、食べていい?」
「もちろん!どうぞ、召し上がれ!」
ノア子は待ちきれない様子で箱をベリッと豪快に開け、個包装の袋からクッキーを取り出そうとする。
「こら、ノア子。貰ったら何て言うんだ?あと、食べる前は?」
「…………。……ありがと。……いただきます」
俺に促され、ノア子は渋々と、けれど行儀よくパンッと手を合わせた。
そして、クッキーを一口、大事そうに齧った。
「…………。美味しい。……ありがと、ニンゲン」
「きゃあ、可愛い!!ノアちゃん、私、これからここに来る時はいつもお菓子を持ち歩くようにするからね。見かけたらまたあげるから!」
女性冒険者は、悶絶するような声を上げながらノア子の頭を優しく撫で、満足そうに立ち去っていった。
……あの、お姉さん。
今、あなたが頭を撫でていたその子は、レベル68の強者なんですよ……。
そんなことを内心で思いながらも、俺は「ありがとう!」と彼女の背中に手を振って見送った。
ノア子は両手でクッキーを持ち、リスのように少しずつポリポリと食べ進めている。
「ノア、お前……そんな小さな欠片、一口でいけるだろう。何をもたもたしているんだ」
ゴウキが、そのちまちまとした食べ方を見て呆れたように言う。
「……バカ。ちょっとずつ食べないと、すぐになくなっちゃうでしょ。これは貴重な資源なの」
「そんなの、あの時々飛んでくる変なものに頼めば、いくらでも届くだろうが」
そういえば、ノア子が仲間になってからまだドローン配送を頼んでいなかったな。
後で時間ができたら、みんなでネットを見ながら欲しいものを注文してみるか。
後ろで「俺にもよこせ」「私にもよこせ」「嫌だ、これは私のだ」とじゃれ合っているのを眺めていると、ようやくエントランスの向こうから、待ちわびた紗奈が姿を現した。
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