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ダンジョンで死んだらインプに転生したので、とりあえず盗みから始めてみる  作者: 道雪ちゃん


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追憶

ゆるゆると書いてます。

変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。

『本当に姉さんがごめん』


池袋ダンジョン16層。


薄暗いフロアの片隅で、俺はデバイスに届いた綾香からのメッセージを読み返し、小さく息を吐いた。


なるほどね、そういうことか。


昨日の配信でのお姉様の乱入、そして「行くね」という一言。


視聴者も俺も、てっきり最強の冒険者が俺の討伐に乗り込んでくるのだと勘違いしてパニックになったけれど、本当の意味は文字通りの「お話」だったわけだ。


というわけで、現在。


『16層のエントランスに来てほしい』と伝えた通り、俺は入り口付近で彼女を待っていた。


お姉様は国内トップクラスのパーティ『レガリア』に所属する超有名人だという。


池袋ダンジョンの16層程度は既に踏破済みらしく、転移石を使ってすぐにでもこちらへ飛んでこれるという。


俺は待っている間、ネットに流れている彼女の情報や写真を何度も見返していた。


けれど、どうにもピンとこない。


どうしても、思い出せないのだ。


「クール」「笑わない」「まるで精巧な人形のようだ」「冷たい美しさ」「孤高の女王」。


画面の中の彼女には、そんな形容詞ばかりが並んでいる。


綾香とよく似た顔立ちをしていながら、その瞳には凍てつくような鋭さと、見る者を圧倒する威圧感があった。


綾香は凛としていながらも、ふとした瞬間の笑顔が柔らかくて表情も豊かなんだ。


淡い栗色の髪をフワッと巻いている綾香に対し、お姉様であるお姉様は、青みがかったグレーのシャープなショートボブ。


双子のように似ているはずなのに、纏っている空気がまるで違う。


「……絶対に、失敗できないぞ」


もしも俺の対応一つで彼女を怒らせ、その瞬間に斬りかかられたらどうしよう。


その場合は、死に物狂いで空を飛んで逃げるしかない。


一応、グリムたちは影の中に潜んで待機してもらっているけれど、彼らの出番がないことを祈るばかりだ。


というか、俺がやられるような状況なら、グリムたちだってアウトだろう。


いや、一般的にはニンゲンのステータスはモンスターより劣る。


これは、ジョブや才能にもよるけど、大体がモンスターのステータスの補正値抜きで55%〜70%と言われている。


武器の補正値があっても、同レベルのモンスターの100%のステータスには届かない。


だからこそ、ニンゲンは武器を持ち、パーティを組み、複数人で1体のモンスターと戦うのだ。


ソロで自分と同格以上のモンスターを倒すのは、不可能な領域。


けれど、お姉様はトップ層だ。


綾香から聞いた話では、彼女のレベルは84。


超高速のスピードアタッカーであり、魔法剣士系ジョブ。


奇しくも、俺と同じ戦闘スタイルだ。


人類の最高到達点、レベル100の"勇者"のアルフレッド・ノーマンのステータスを参考にするとステータスは装備補正値はなしで、オールB+筋力と魔力がS。


それならお姉様も、敏捷値と魔力値はSの可能性もある。


だが、俺も負けてはいない。


既に敏捷値はSS、魔力値はSに到達しているのだ。


これは完全に、シャドウドミニオンというスキルの補正のおかげなんだけどね。


「よし……何があっても、まずは落ち着いて対応しよう」


最悪の事態になったら、迷わず逃げる。


そう心に決めて、俺は転移石が光を放つのを見つめた。





「さぁぁぁくぅぅぅちゃぁぁぁんっ!!」


ん?


んん??


転移石から現れたのは、ネットの情報通りの姿をした女性だった。


表情の変化に乏しい、人形のように端正で綺麗な女性だ。


彼女は現れるなり、キョロキョロと辺りを見回していた。


そして、俺の姿を視界に捉えた瞬間。


その大きな瞳をさらに大きく見開き、俺の名前を――もはや叫びというよりは、悲鳴に近い声で呼びながら、全力疾走でこちらに突っ込んできた。


そりゃ、俺だってビックリしちゃう。


記憶がないとはいえ、事前に「お話し合い」と聞いて身構えていたところに、トップ冒険者の猛チャージだ。


「どふっ!?」


ドンッ、という衝撃と共に彼女がぶつかってきたかと思えば、次の瞬間には折れそうなほど強く抱きしめられていた。


「朔ちゃん……!会いたかった……ずっと、ずっと会いたかったの……!」


ネット民の嘘つきめ。


どこが「氷の女王」だよ。


「あ、あ、ありがとうございます……あの、舞香さん……?」


「ねぇ、朔ちゃん。……本当に、本当に私のことを覚えていないの?」


顔を離した彼女の瞳には、大粒の涙が溜まっていた。


「残念ながら……ごめんなさい。どうしても、思い出せなくて」


「……そう。じゃあ、私たちがいずれ結婚しようねって、熱い約束を交わしていたことも、忘れちゃったの?」


「嘘つけッ!!」


あまりにも突拍子もない嘘に、思わず全力でツッコんでしまった。


「……ふふっ。バレたか。てへっ」


涙を流していたはずなのに、彼女はニコッと笑って、茶目っ気たっぷりに舌を出した。


あ。なんだろう。


この、どこかいたずらっ子のような表情。


見たことがある気がする。


「……お姉様」


「違うわ。舞ちゃん」


「……舞ちゃん。……その、ずっと笑顔でいてください」


「ん?えっ?」


「今の、ニコッと笑った顔。なんだか、ずっと昔から隣で見ていたような気がするんです。……気がするだけ、なんですけど」


本当に、理屈ではなく感覚の問題だ。


けれど、その笑顔を見た瞬間、俺の心のどこかがじんわりと温かくなるような、不思議な感覚がしたんだ。


「なぁに?朔ちゃん。この舞ちゃんの笑顔が好きだったの?ん?やっぱり私のこと、愛してるんでしょう?」


彼女は顔をこれ以上ないほど近づけ、ニヤニヤとした表情で見つめてくる。


「氷の女王」の面影は微塵もない。


俺はあまりの距離の近さに気恥ずかしくなり、そっと目を逸らした。


すると、彼女は俺の頭をヨシヨシと、慈しむように優しく撫でてきた。


あぁ、これも。


以前、何度もされていた気がする。


柔らかな手の感触と、そこから伝わってくる確かな温もり。


俺は無意識のうちに、猫のように目を細めてしまっていた。


「……やっぱり、朔ちゃんは朔ちゃんだね。こうして撫でられると、いつも気持ちよさそうに目を細めるんだから」


「……そうだったんですね。……そうかもしれません。あ、そうだ。舞ちゃんに見せたい場所を見つけたんです。ちょっと失礼しますね」


俺は背中の幻体の羽根を実体化させ、可視化させる。


そして、戸惑う彼女の体をふわりと持ち上げた。


お姫様抱っこ、というやつだ。


「えっ、ちょっ……えっ!?朔ちゃん!?てか羽根!宙に浮いて……!?」


俺は驚く舞ちゃんを抱えたまま、力強く羽ばたいて空へと舞い上がった。


フロアを流れる川の上空を、風を切りながらしばらく進んでいく。





「……やっぱり綺麗。私、ここ好きだわ」


「綾香も同じことを言ってましたよ」


「……綾ちゃんの話はしないで。今は私と一緒でしょう?私のことだけ見てて」


膨れっ面をする彼女に、俺は思わず「ごめんなさい」と謝ってしまう。


少し進んだ先。


岩肌の上部に、大きな窪みがある場所を見つけた。


そこはちょうど川を見下ろしながら、2人で並んで腰をかけられる、俺が事前に見つけておいた特等席だった。


「お待たせしました。到着です」


「わぁ、いい眺め……。もしかして、私のために探してくれたの?」


「まあ……そういうことです」


怒らせないように、斬られないように、必死になってこのフロア中を探し回りましたとも。


「ふふっ、朔ちゃんも大人になったのね。エスコートなんてしちゃって」


「い、いや……あはは……」


まだ転生して0歳です、なんて言える雰囲気じゃない。


「私は……もう、いい歳になっちゃったけれど」


ネットの情報では、彼女は綾香の3歳上、28歳。


けれど正直なところ、紗奈とほとんど変わらない年齢に見える。


俺も高梨朔として生きていれば、綾香と同じ25歳だったはず。


正直、年上のお姉さんという感じが全然しないんだよな。


「舞ちゃんは可愛いですから。年齢なんて関係ないですよ」


「……朔ちゃんが、死んじゃったって玲司から聞かされた時さ。私にはもう、冒険者として戦うことしか残されていないと思ったの」


舞ちゃんは、そこからぽつりぽつりと、俺の知らない「あの日」のことを語り始めた。


愛する妹である綾香が意識を失い、信頼していた後輩の相馬武晴が死亡。


優秀な魔導師だと思っていた黒崎玲司は、全身を震わせながら、悲劇の状況を語った。


そして、大好きだった高梨朔が、妹と仲間を庇って犠牲になったこと。


泣きながら、何度も何度も「ごめんなさい」と謝り続ける玲司に対し、彼女はたった一言、「そう」としか返せなかったという。


そう返して、その場を離れるのが精一杯だった。


もしその場に留まっていれば、彼女は悲しみと怒りで、どうにかなってしまっていたかもしれないから。


そこからは冒険者として、来る日も来る日もダンジョンに潜る毎日。


モンスターを斬っていないと不安だったという。


いつか憎いドラゴンをぶった斬る時が来るまで、動き続けないと崩れてしまうかもしれないと。


「『氷の女王も、朔の前だとドロドロに溶けちゃうよね』なんて、よく綾香に揶揄われていたんだけどね……」


それほどまでに、舞ちゃんは俺――高梨朔に対して、深い愛情を持って接してくれていたのだろう。


弟のようで、後輩のようで、手のかかるペットのようで。そして、時には頼もしい彼氏のよう。


舞ちゃんは高梨朔という存在を、そう例えた。


俺の思い出を語るうちに、彼女の白い頬には、静かに涙が伝っていた。


それでも彼女は、俺の手をしっかりと握りしめ、俺との思い出を話し続けてくれる。


その優しさが、痛いくらいに胸に響き、そして同時に、たまらなく温かかった。


気づけば俺は、舞ちゃんの肩を優しく抱き寄せていた。


そして舞ちゃんも、当然のように俺の肩に頭を預けてくる。


「……ぼんやりと、わずかだけど。そんなことがあったかもしれないって、そんなふうに思えました。ありがとう、舞ちゃん。話してくれて」


「いいの。これから、ゆっくり思い出してくれれば。……それに、もし思い出せなくてもいいの。また新しく、今の朔ちゃんと過ごせたら、それでいいんだから」


俺はここで、何故かどうしても言わなければならないと思った言葉があった。


それは、サクとしての言葉ではなく、高梨朔の欠片が言わせているような、そんな不思議な感覚だった。


「舞ちゃん。高梨朔を、こんなにいっぱい愛してくれてありがとう。……たぶん、最高に幸せだったと思うよ」


「……やめてよ。そんな、過去のことみたいに終わらせないで……」


俺は高梨朔であって、今の俺はモンスターのサクだ。


「これからは『サク』として、また仲良くしてほしいです。俺はモンスターだからさ、舞ちゃんが望むような形にはなれないかもしれないけれど。でも、高梨朔をあんなに大切にしてくれた人のことは、俺も大切にしたいから」


「……うん。……うん。わかった。朔ちゃんは、それでも変わらない。私はこれまでも、そしてこれからも、ずっと朔ちゃんの味方だよ」


俺はその力強い言葉に、ただ「ありがとう」としか返せなかった。


込み上げる何かを堪えるのに必死だった。


川のせせらぎだけが聞こえる静かな岩場で、俺たちはしばらくの間、寄り添いながら流れる水面を眺めていた。

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