裁き
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
「 お前、なんだよさっきから。どんだけ偉いんだよ 」
その怒鳴り声は、池袋ダンジョン1層の静まり返ったフロアに、不快な波紋となって響き渡った。
ああ、こっちの問題はまだ片付いていなかったのか。
俺は、心の奥底で冷たく燃える火を意識しながら、ゆっくりと声の主へ視線を向けた。
ヅカヅカと苛立ちを隠さず、俺の方へ歩み寄ってくるのは……ええと、名前は何だったか。
うん、拳士の男でいいや。
男は顔を真っ赤に染め、浮き出た血管を震わせながら俺に突っかかってくる。
「 ああ!?後ろで黙って見てるだけで、後は余計なことしか言わねえじゃんかよ。何をそんなに偉そうに語ってんだよ、ああ!? 」
俺は男の挑発に揺らぐことなく、むしろ慈悲深い仏のような笑顔を向けた。
その余裕が、さらに男の自尊心を逆撫でしたらしい。
「 お前ら、揃って調子に乗ってんじゃねえよ。だから結愛ちゃんたちにも馬鹿にされるんだよ、この役立たずが! 」
……それは違うな、ニンゲン。
お前が口にしたその言葉こそが、この場所で吐き出されるべきではなかった「 禁忌 」だ。
フロアの片隅では、攻略を終えて地上へ戻ろうとしていた冒険者のグループが、こちらの揉め事をあたふたとした様子で伺っていた。
「 俺はどう思われてもいいさ。……だが、紗奈がいつ、お前らに調子に乗ったような真似をした? 良いところを見せようと思って空回りし、実力の差を見せつけられて苛立ち、挙句に自分たちを助けようとしてくれた紗奈への暴言か。……クソダサいな、お前ら 」
俺の静かなる嘲笑が、男の理性を完全に吹き飛ばした。
「 ふざけんなぁ!! 」という叫びと共に、男は拳を固め、俺の顔面を目掛けて全力で殴りかかってきた。
俺はそれを避けることも、防ぐこともしない。
ただ、無防備にその一撃を「 受けて 」やった。
「 あっ!! 」
紗奈、成瀬、江藤、そして見ていた冒険者たちが悲鳴を上げる。
「 サクッ!! 」
紗奈が悲痛な声を上げ、俺の元へ駆け寄ろうと足を踏み出す。
だが、その直後に聞こえてきたのは、俺の苦悶の声ではなく、殴ったはずの男の絶叫だった。
「 痛てぇぇええええええええ!! 」
違うよ、紗奈。
心配しなくていい。
心配すべきなのは、俺ではなく、この愚かな男の拳の方だ。
俺の肉体は、進化を重ねたモンスターのそれだ。
人間と変わらない見た目だからといって、その強度はモンスターなのだ。
全力で俺を殴った男の拳は、その耐久値に耐えきれず、自らの骨を砕いてしまったのだろう。
「 おい、もういいだろ!何やってんだよ、お前…… 」
戦士の男が慌てて駆け寄り、のたうち回る拳士を抱え上げた。
その時、先程までこちらを見ていた冒険者の一人が、おずおずと声をかけてきた。
「 ちょっ……魔王さん、大丈夫ですか? 協会に連絡しましょうか? 」
その冒険者の瞳には、動画配信で見覚えのある「 優しい魔王 」への純粋な心配の色があった。
「 大丈夫。こちらで適切に対処するから。心配してくれてありがとう! 」
俺は努めて穏やかな笑顔で礼を言った。
「 何かあったら、カメラも回してましたし、応援してますから!頑張ってください! 」
そう言い残し、冒険者たちは足早に地上へと戻っていった。
「 ……は? 魔王って、なんだよ…… 」
拳を抑え、脂汗を流しながら、男がうわごとのように口を開いた。
「 そうそう。マオじゃなくて、魔王なんだよ。自称、優しい魔王だからね。覚えておいてよ 」
「 なんだよそれ……馬鹿じゃねえのか……? 」
馬鹿はお前の方だよ、ニンゲン。
「 今日の配信で、冒険者協会の方とお話ししたんだけどね。モンスターがニンゲンに襲われた時、モンスターはやり返してもいいっていうお墨付きをもらったんだ 」
「 ……何、言ってんだよ…… 」
「 これがニンゲン対ニンゲンなら、ただの喧嘩で済むかもしれない。……じゃあ、もし俺がモンスターだったら? それはただの戦闘……『 殺し合い 』になっちゃうね 」
その言葉の真意を、彼らはまだ理解できていないようだった。
「 サク……ダメだよ。悔しいけれど、こんな初心者の人たちを相手にしちゃ…… 」
紗奈が俺の袖を掴み、必死に訴えかける。
その優しさが、今は切ない。
「 うるせえ!!馬鹿にすんなよ、このゴミがぁ!! 」
自分を庇おうとした紗奈にまで牙を剥く男。
俺は紗奈の前に立ち、男の肩をガッシリと掴んだ。
「 違う違う。相手を間違えるなよ、ニンゲン。……お前の相手は、俺だろ? 」
俺は背中の幻体の羽根を禍々しく可視化させ、背負っていた巨大な大鎌を手に取った。
エントランスの空気が一瞬で氷点下まで凍りつく。
「 う、うわぁぁああああ!! 」
男は腰を抜かし、這いずるように後ろへ下がった。
「 バ、バケモノ……バケモノだ!! 」
「 お前、大きな勘違いをしていないか? 俺はいつ、自分をニンゲンだと言った? 俺は紗奈のパートナーだと言ったじゃないか 」
成瀬、江藤、そして男たち。
4人のニンゲンは、俺から放たれる圧倒的な死のプレッシャーに圧し折られ、その場に崩れ落ちた。
「 紗奈はテイマーだ。そのパートナーがモンスターであることに、何の不思議がある? 勘違いするなよ、ニンゲンども 」
俺は動けずにガタガタと震えている拳士の男に歩み寄り、その髪を乱暴に掴んで、耳元で呪文のように囁いた。
「 お前が売った喧嘩だ。……さあ、始めようか。俺の楽しみを奪わないでくれよ 」
その瞬間、恐怖が生存本能の限界を超えたのか、男は白目を剥いてその場に崩れ落ち、気絶した。
鼻を突く失禁の臭いが漂う。
「 調子に乗っているのはどっちかなぁ、戦士くん 」
「 は、は、はいぃぃいいいいいい!! 」
「 元気がいいねぇ。俺は自称、優しい魔王だからね。今回は特別に見逃してあげるよ 」
「 あ、ありがとうございますぅぅぅぅ!! 」
戦士の男は、額が砕けんばかりの勢いで地面に頭を擦り付け、泣き叫びながら土下座した。
俺は冷たい視線を、今度は女たちへと向けた。
「 女ぁ……聞いてるか? 」
自分たちは攻撃されないと思っていたのか、肩を並べて震えていた成瀬と江藤が、心臓が跳ね上がったような音を立てて硬直した。
「 紗奈から、これまでの話は全部聞いてるんだよ。それと、ここでの君たちの態度も全部、この目で見ていた。……俺が何を言いたいか、わかるよね? 」
困惑と恐怖のあまり、彼女たちは金魚のように口をパクパクとさせるだけで、言葉一つ紡ぐことができない。
「 わからないか。俺の命よりも大切なパートナーを、散々いいように使って、心を削ってくれたな。……お前らの罪は、万死に値するほど重いぞ 」
そして、俺は影の中からグリムとゴウキを呼び出した。
足元の影が、俺の怒りと共鳴するようにドス黒く波打ち、そこから骸骨の魔導師と、筋骨隆々の鬼人が姿を現す。
グリムは俺の指示を待つまでもなく、配下を解放し、三英傑とカースドリッチたちを呼び出した。
俺の背後に整列する、配下と8体のアンデッド軍団。
その光景は、もはや1層で起こるべき出来事ではない。
「 悔い改めるか、それともここで死ぬか。……俺は優しい魔王だからね。好きな方を選ばせてあげるよ 」
俺は、一滴の慈悲も込めずに殺気を放った。
紗奈は、俺の服の裾を震える手でギュッと掴み、「 サク……ダメ……ダメだよ、そんなことしちゃ…… 」と泣きそうな声で繰り返している。
こんな時まで、自分を虐げてきたニンゲンの心配をするなんて。
このお人好しちゃんめ。
わかっているよ。
最初から殺すつもりなんてない。
ただ、彼女たちに"わかって"もらう必要があると思っただけだ。
「 ご、ご、ごめんなさい……っ! 本当に、ごめんなさい……っ!! 」
女2人は、喉を掻き切るような悲鳴と共に、絞り出すように謝罪の言葉を繰り返した。
「 戦士くん。お前は、この気絶した馬鹿を連れてさっさと帰れ。今日ここで見たこと、感じたことを一生忘れるな。……命があることに、心底感謝するんだな 」
戦士の男は、失禁した拳士を担ぎ上げ、何度も何度も頭を下げながら地上へと逃げ去っていった。
さて、落としどころをどうするか。
紗奈も本当に心配しているようだしな。
俺は、腰を抜かして固まっている女2人の元へ歩み寄った。
「 アッ……カハッ…… 」
剣士の女、成瀬の方が、過呼吸で上手く呼吸ができなくなっている。
「 紗奈、背中を擦ってやって。こいつ、このままだと死んじゃうから 」
紗奈は「 大丈夫だから、落ち着いて 」と急いで駆け寄り、彼女の背中を優しく擦った。
その様子を、グリムが眼窩の奥の紫色の炎を激しく燃やしながら、冷徹に見つめている。
グリムもまた、紗奈を深く気に入っている。
宝を傷つけた者たちへの怒りは、俺と何ら変わりはないのだろう。
「 さて、あいつらは行ったね。……よし、君たち 」
俺は声色をいつものトーンに戻し、世間話でもするかのように話しかけた。
「 正直に言うよ。紗奈から話を聞いた時、殺しちゃった方が早いと思ってたんだ。だって、彼女が前を向く邪魔でしかないだろう? 」
「 ヒッッ…… 」
「 でもね、さっき。君たちは紗奈が頑張ってきた実力を、ほんの一瞬だけど認めたよね。それに、俺がこうして君たちを追い詰めている時でさえ、紗奈は君たちの身を案じていた。……だから、今回は何もしないよ 」
「 あ、あ、ありがとうございますぅぅ!! 」
泣き叫び、嗚咽を漏らしながら彼女たちは崩れ落ちた。
「 ただし。……俺は、これからの君たちを、ずっと見ているから。何かあれば、すぐに分かるんだよね。……俺は、優しい魔王だからさ 」
脅しはこれで十分だろう。
俺は、彼女たちの精神に、見えない鎖を巻き付けた。
「 改めます……今後、松田さんに対して、心を入れ替えて改めます……っ! 」
「 全てに対してだ。……紗奈、それでいいかな? 」
「 サク……やりすぎ。もう……。二人とも、ごめんね。パートナーが私のことを心配しすぎて、こんなことになっちゃって…… 」
こんな状況でさえ、相手に「 ごめんね 」と言えてしまう紗奈。
お人好しにも程があるが、それが彼女の美徳であり、俺が惹かれた理由でもある。
「 わたしたちが……私たちが、全部悪かったんです……反省します…… 」
「 よし。なら今日はもう帰っていいよ。……これから、紗奈のことを『 よろしくね 』 」
逃がさない。
よろしくと伝えた以上、彼女たちはこれから、紗奈に対して最大の誠実さを尽くさなければならない。
俺は呪いにも似た「 義務 」を彼女たちに与えた。
これをどう果たしていくかは、彼女たちのこれからの行動次第だ。
「 申し訳ありませんでした 」と、震える声で言い残し、2人は逃げるように去っていった。
「 もう! ありがたいけど、凄く怖かったよ! バカッ!! 」
俺の袖を掴み、ブンブンと引っ張ってくる紗奈。
俺は「 ごめんごめん 」と笑いながら、彼女の頭をヨシヨシと撫でた。
「 仕方ないじゃないか。紗奈が心配だったんだもん。やりすぎたとは思っているけれど、最初から彼女たちに実害を与えるつもりはなかったよ 」
「 ……そうなの? 」
「 当たり前じゃん! そんなことしたら、紗奈は俺を拒絶しちゃうだろう? 」
紗奈は黙って下を向いた。
「 ……分からない。分からないよ、サク。でも、本当に怖かった。……ありがとう 」
最後に、消え入りそうな小さな声で、彼女は「 ありがとう 」と呟いた。
「 ……嫌いになった? 」
「 ……好き 」
「 ありがとう、紗奈 」
俺はもう一度、慈しむように彼女の頭を撫でた。
「 あ、そうだ。紹介するね。ゴウキ、この子が紗奈だ。……よろしく頼むよ 」
「 テイマーのお嬢ちゃん、俺がゴウキだ。よろしくな! 」
満面の笑みを浮かべるゴウキに対し、紗奈は目を白黒させながらも、小さく手を振り返した。
「 う、うん。紗奈だよ。よ、よろしくね、ゴウキさん 」
俺は、精神的にひどく疲弊したであろう彼女に、今日は早く帰って休むように伝えた。
そして、集めた素材を、お土産として渡すことも忘れなかった。
「 ごめんね、いつもありがとう。……今日の配信の編集は、明日やるから。……サクの優しさに、今日は甘えるね 」
「 うん、そうして。また何かあったら、すぐに言うんだよ。紗奈、バイバイ 」
俺は、重い荷物と少しだけ軽くなった心を持って地上へと帰っていく紗奈を、穏やかな笑顔で見送った。
さて、これでなんとかなったかな。
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