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ダンジョンで死んだらインプに転生したので、とりあえず盗みから始めてみる  作者: 道雪ちゃん


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自立

ゆるゆると書いてます。

変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。

池袋ダンジョン、1層。


湿り気を帯びた冷たい空気が肌を撫で、遠くで魔物の蠢く音が反響する。


これが、紗奈を苦しめ、その心を削り続けてきたニンゲンたちか。


俺の視界の端で、薄ら笑いを浮かべながらカッコつけているゴミども。


……指先1つ。


それだけの動作で、この世から消し飛ばせる程度の存在。


もしも俺がその気になれば、このフロアを彼らの血で染め上げることなど、呼吸をするよりも簡単なんだ。


だけど、そんな短絡的な暴力を振るえば、何よりも心優しい紗奈が罪悪感に押し潰されてしまうだろう。


それは俺の本意ではない。


男2人は、女2人の気を引こうと、不慣れな手付きで武器を振り回し、これ見よがしに戦い方を説いている。


その滑稽な光景を、俺と紗奈は後ろから生暖かい目で見守っていた。


俺は、隣に立つ紗奈の横顔を盗み見る。


彼女の瞳には、まだ拭いきれない不安と、けれどその奥に小さな火が灯っているのが見えた。


「ねえ、紗奈。あいつらにどうなってほしい?俺が、君の思い通りにしてあげるよ」


耳元で囁く。


彼女が望むなら、絶望の淵に叩き落とすことも、精神的に再起不能にすることも自由自在だ。


……。


……いや、待て。


俺はいつから、ニンゲンをこうも簡単に「殺せる」対象だと思い始めたんだ?


あれほど、俺の中身は人間だと自負していたはずじゃないか。


それを今では、同族であったはずの存在を「ニンゲン」などと見下している。


いつからか、俺の心もこの異形の肉体と同じく、モンスターの精神に侵食されていたのかもしれない。


だが、紗奈がこうして理不尽な思いをさせられ、それが積み重なった果てに、いつか彼女が最悪な選択をしてしまう可能性を考えれば……。


……。


………。


…………ああ、ダメだ。


やはり、殺すか。


「 ……ク? ……サク?? 」


「 ああ、ごめん。ちょっとぼーっとしてたよ 」


紗奈の声で、俺の意識は急速に冷え固まっていた殺意から引き戻される。


危ないところだった。


「私は、サクに別にどうしてほしいとかはないよ。……強いて言うなら、強くなりたい。あいつらに、ちゃんと言い返せるくらいに」


どこまでも健気な願いだ。


俺というカードを振るえば一瞬で済む話を、彼女は自分の力で解決しようとしている。


「でも、あの感じだと、ただ言い返すだけじゃあいつらは変わらないよ?」


「 ……今日は、ちゃんと言うことは言ってみるから。それでもダメだったら、その時はお願い……」


「わかったよ。俺は後ろで見守っているから。どうにもならなくなったら、いつでも言って」


俺は過保護になりすぎているのかもしれない。


あるいは、彼女の成長という貴重な機会を、俺の力が奪ってしまっているのかもしれない。


……ニンゲンというのは、面倒で、複雑なものだな。





「松田、何してんの? そういえばあんた、冒険者やってるってことだけは知ってたけど、実際どんなもんなのよ?」


「興味ないから今まで聞かなかったわ。アハハ!」


数体のゴブリンを、男たちの加勢を受けながらようやく倒し終えた後、名前も覚えていない女たちが紗奈を嘲笑うように話しかけた。


戦い終わった後の高揚感からか、彼女たちの態度はますます不遜になっている。


「 レ、レベルは……14です 」


紗奈が、震える声を精一杯張り上げて答える。


レベル14。


初心者にとって、遥かに上の存在だ。


彼女が仕事の合間に、どれほど血の滲むような努力を重ね、グレイやリリと共に頑張り続けてきたか。


その重みを、俺は誰よりも知っている。


「嘘でしょ!? 松田が14とか、マジでやば!」


ゲラゲラと、下品で甲高い耳障りな笑い声が静かなフロアに響き渡る。


「紗奈ちゃん凄いじゃん! 逆に俺らにもコツとか教えてよ!」


「俺も槍を使ってみようかなぁ。ねえ、紗奈ちゃん。手取り足取り教えてくれるよね?」


下卑た笑みを浮かべ、ネチャネチャとした視線で距離を詰めてくる男たち。


クソどもが。


その汚い手で彼女に触れようものなら、魂ごと消し去ってやる。


「そ、それぞれ向き不向きがありますから。……色々試すのは、良いことだと、お、思います」


紗奈が、不快感を堪えながらも必死に言葉を繋ぐ。


「カッコいいねぇ、松田!」


「じゃあさ、次は松田にモンスターを倒してもらおうよ。お手本、見せてよ!」


「わ、私はテイマーなので、私一人だけで戦うんじゃないんです」


その言葉を待っていたかのように、女2人がさらに詰め寄る。


「なにそれ。結局、松田自身が凄いんじゃないんじゃん」


「一緒に戦うやつが強いだけでしょ? あんたが強いわけじゃないじゃない」


……なんだ、この茶番は。


こいつらは、教わりに来たのではないのか?


自分たちの未熟さを棚に上げ、努力している者を貶めることでしか、自尊心を保てないのか。


見ていて虫酸が走る。


ごめん、紗奈。


もう、俺は黙っていられない。


「ごめん。ちなみに、4人のジョブは何かな?」


俺が静かに尋ねると、女2人は剣士と魔法使い、男の1人は戦士、もう1人が拳士だと答えた。


「 なるほどね。えーと、名前は……まあ、いいや。剣士の武器はその剣だよね。戦士もそう。魔法使いは杖と魔法スキル。拳士はナックル。……違うかな? 」


4人は、自分たちの手に握られた安物の武器を見つめる。


「紗奈はテイマーだ。彼女にとっての武器は、自分の足でダンジョンを歩き、命懸けで心を通わせた『最高の仲間』なんだよ。君たちは性能の良い武器を持つ冒険者を否定するの?」


俺が言い終わると、女2人はバツが悪そうな表情を浮かべて沈黙し、男たちは不貞腐れている。


論理的に考えれば、テイマーの強さはその使役する魔物の強さに直結する。


それを否定することは、戦士が良い剣を持つことを否定するのと同じだ。


「紗奈、いいじゃないか。君の最高の仲間たちを、彼らに見せてあげれば。君の積み重ねてきた努力は、何よりも本物なんだから。……ごめんね、勝手に口を出して」


「ううん、ありがとう、サ……マオ。……そうだね。私が、一人で強いわけじゃない。私の最高の仲間たちが、強いの。……出ておいで!」


紗奈が力強く叫ぶと、彼女の手首に輝くブレスレットが眩い光を放ち、その光の中からキラーウルフのグレイと、ライトフェアリーのリリが姿を現した。


1層のモンスターしか知らないニンゲンたちは、進化をしているモンスターというその存在感に、顔が引き攣る。


「グレイ、リリ。……私たちの戦いを見たいんだって。できるよね?」


その問いに、グレイは腹に響く咆哮で応え、リリは紗奈の肩に留まって凛々しく頷いた。


2体とも、主である紗奈の信頼に完璧に応えようとしている。


「じゃ、じゃあ……4 人とも、見てて」


紗奈を先頭に、俺たちは次のエリアへと足を踏み入れる。


少し進んだ先の広間に、3体のコボルトが出現していた。


「こ、この層では、この子たちには物足りない相手かもしれないけど……ふ、普段やっている、私たちの全力を見せるよ!」


紗奈が短槍を掲げ、的確に指示を飛ばす。


「 リリ!『フェアリーライト』!! 」


リリが空中で円を描くように舞うと、眩い光がグレイを包み込む。


敏捷値上昇のバフを受けたグレイの全身が青く発光し、地を蹴った。


「 グレイ! 『 フラッシュバイト 』!! 」


3体いるうちの1体へ、一気に駆け抜けた速度をそのままに、その強力な顎でコボルトの喉笛を捉える。


ゴキッ、という生々しく、破壊的な音が響き渡り、コボルトの巨体は一瞬で霧散した。


そのあまりにリアルで、かつ容赦のない「戦闘」の光景に、女たちは言葉を失って固まる。


続いて、紗奈の傍らでリリが小さな手をかざした。


「『 ウインドアロー 』!!」


鋭い風の矢が3本、唸りを上げて放たれる。


それは逃げ出そうとしたコボルトの頭部を正確に貫き、衝撃で吹き飛ばしながら魔素へと還元させた。


息をつかせぬ連携。


残る1体が背後を向けて逃げようとした瞬間、すでに回り込んでいたグレイがスキル『ダブルファング』を発動。


交差する爪の閃光が獲物を寸断し、そこにはただ、鈍く光る魔石だけが転がっていた。


わずか10数秒。


1層の魔物では、今の紗奈たちの相手にすらならない。


だが、冒険者を、そして紗奈をバカにしていた連中を黙らせるには、これ以上ないほど雄弁な証明だった。


「どうかな。紗奈たち、最高に強いだろ?」


俺は、顔面を蒼白にしている女2人に、静かに問いかける。


「う……うん。なにあれ……」


「本当に……本当に松田なの……?」


「これが、彼女が仕事の合間に、眠い目を擦りながらダンジョンに通い、真剣に命を懸けて頑張った結果の強さなんだよ。……誰にも、バカにできるものじゃない」


俺の言葉は、冷たく、けれど確かな重みを持って彼らの胸に突き刺さったはずだ。


「ど、どうだった……?」


紗奈がドロップした魔石をグレイとリリに食べさせた後、こちらへ戻ってきた。


「ご、ごめん……凄かった。マジで凄かったわ」


「正直、冒険者を舐めてた。……松田、こんな世界で、ずっと頑張ってたんだね」


流石に、初心者のレベル1と、実戦を重ねた紗奈の間には、目に見えて分かるほどの、「壁」が存在する。


紗奈は、誰の力でもなく、自分自身の実力で彼女らを黙らせたのだ。


「そ、それぞれ戦い方が違うの。……確かに、私は一人じゃ弱いかもしれない。そ、それでも、私はこの仲間たちと一緒に、冒険者を頑張っていくの。……教えられることは教えるから、わ、わからないことは聞いて。……ケガをされても、困るから」


いつの間にか、紗奈の言葉から余計な敬語が消えていた。


彼女は自分の気持ちを、自分の言葉で、はっきりと伝えられるようになったのだ。


その凛とした立ち姿を見て、俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。


よかった。


彼女はもう、俺が守るだけのか弱い女性ではないね。


自らの力で運命を切り拓く、立派な冒険者なのだから。


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