鳴かないホトトギス
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
池袋ダンジョン、16層、エントランス。
配信という名の熱狂的な時間を終え、俺たちは静寂が支配する新たな階層へと足を踏み入れた。
目の前に広がるのは、これまでの岩場や土の匂いがする階層とは一線を画す、幻想的な光景だった。
視界の先には、どこか優雅に流れる巨大な地下河川がうねり、壁面に埋め込まれた青い結晶が、その飛沫を浴びて淡く、神秘的な光を放っている。
ここはミストレイスやリバースケイルサーペントといった、水属性を纏う強力な魔物たちが跋扈する領域。
最奥に鎮座するボスは、龍種の一角であるアクアドラゴン。
……もっとも、俺たちの手にかかれば、すでにそれは「過去の討伐対象」でしかない。
俺たちの現在の真の目標は、さらに下層の19層。
そこには、俺がどうしても手に入れたい「お目当てのあいつ」が潜んでいる。
その決戦に備え、俺は19層に挑む前に、まずは頼れる相棒であるグリムとゴウキのさらなる進化を済ませておくつもりだった。
背後では、綾香が転移石の登録作業を行っていた。
作業を終えた彼女が、装備を鳴らしながらこちらへ歩み寄ってくる。
「 ……ここ、凄く神秘的で綺麗なところだね 」
結晶の青い光が水面に反射し、ダンジョン内をキラキラと、まるで星空のように照らしている。
その光に照らされた綾香の横顔を見て、俺は思わず口を開いていた。
「綾香の付けているサークレットの青い石と、よく合ってる。……綺麗だね」
「どっちが?」
綾香が、悪戯っぽく瞳を細めて俺を見上げる。
「……どっちもだよ」
俺が照れ隠しに視線を逸らしながら答えると、横で控えていた配下2体が、面白そうにニヤニヤと俺たちを眺めていた。
「朔、この後はすぐに攻略を進めるの?」
「いや、この後ちょっとした用事があってね。……人助けだよ」
「ふーん……。……そっか」
少しだけいじけたように、唇を尖らせる綾香。
彼女のその「独占欲」が透けて見える反応を、俺は優しく宥める。
「またいつでもおいで。綾香なら、俺たちはいつでも大歓迎だからさ」
「……本当? ……あ、そうだ。配信のことなんだけど、姉さんが勝手に騒がせちゃって、本当にごめんね」
水瀬舞香。
コメント欄を騒然とさせた、あの「氷の女王」の二つ名を持つ冒険者。
聞けば、彼女は国家戦略級とされるレベル84に到達した、国内屈指のパーティ『 レガリア 』のメンバーなのだという。
「お姉さん、か。……ごめん、今の俺にはまだ、彼女の記憶がないんだ」
「……姉さんがそれを知ったら、きっと本気で悲しむだろうね。……朔は、あの氷の女王を唯一溶かすことができる男、なんて言われていたんだから」
それは……想像するだけで背筋が寒くなるような、恐ろしい話だね。
「あとで彼女の情報もしっかり見ておくよ。何か思い出すきっかけになるかもしれないしね。もし彼女と話すことがあれば、俺に記憶がないことを、それとなく伝えてもらえると助かるよ」
「……わかった。……やっぱり、優しいんだね。記憶はなくても、姉さんのことまで気遣ってくれるなんて」
「俺は、みんなに優しい魔王を目指しているからね!」
「 ……もういい加減、番( つがい )になっちまえよ、大将。見てるこっちがむず痒くて仕方ねえぞ 」
ゴウキの身も蓋もないツッコミに、グリムがカタカタと乾いた笑い声を上げた。
「( 全く、その通りだ。テイマーのお嬢さんもいるのだし、二人ともまとめて番いとなれば良かろう。魔王を名乗るなら、それくらいの器量と度量が必要ではないか? )」
今度はその不穏な提案に、ゴウキがガハハと豪快に笑う。
本当に、賑やかすぎる配下を持って幸せだよ、俺は。
「残念ながら、この国の法律では多重婚は認められていないんだよ」
俺が冗談めかして説明すると、綾香がさらりと言ってのけた。
「え、でもその前に、朔は今はモンスターなんだから、人間の法律なんて関係ないんじゃない?」
乗り気かよ、この聖女様は。
「はいはい、話をややこしくしないの。……とにかく、俺のことを知っている人たちに、よろしく伝えておいてくれ。あとは、協会の件も上手く立ち回ってくれると嬉しい。分からないことがあれば、いつでもメッセージをくれ」
「 わかったよ……もう。……じゃあ、そろそろ行くね。またすぐに会いに来るから。グリムさんも、ゴウキさんも、ありがとうございました。朔のことを、よろしくお願いしますね 」
綾香は一抹の名残惜しさを瞳に宿しながらも、転移石の光に包まれ、地上へと戻っていった。
◇
18層、エントランス。
地下墓地( カタコンベ )をモチーフにしたと思われるこの階層は、空気が重く、死の臭いが立ち込めている。
グリムと同系統の、アンデッドたちが蠢く領域だ。
カースナイトやスカルワイバーンといった、中型で厄介な特性を持つ魔物たちが群れをなして出現する。
ボスはまだ未挑戦だが、今の俺たちの戦力なら攻略は造作もないだろう。
紗奈がダンジョンに来るまでにはまだ時間がある。
俺は修行を兼ねて、魔石集めのためにこの階層まで足を伸ばしていた。
「グリム隊、展開。周囲を警戒しろ」
俺の指示に従い、影から不死者の精鋭たちが這い出してくる。
この層まで来ると、さすがに高位アンデッドとしてのステータスのアドバンテージは薄れてくる。
モンスターとしての格、魔力の総量。
それらはほぼ互角だ。
通常、レベル55辺りでようやく召喚可能になるはずのこれらのモンスターを、グリムがレベル45で従えることができているのは、ひとえに俺の「眷属」となったことで、強力な闇属性のバフを受けているからだという。
そして最近、俺は彼らを種族名で呼ぶのが少しばかり忍びなくなっていた。
せっかくの仲間だ。
俺は勝手にあだ名をつけて、彼らを呼ぶことにした。
デュラハンの『 ノブナガ 』。
デスナイトの『 イエヤス 』。
スケルトンジェネラルの『 ヒデヨシ 』。
かつての偉人たちにあやかって、最強の軍勢になるようにという願いを込めて名付けた。
グリムがその名で呼び始めると、それは言霊となって彼らの個体名として正式にシステムに刻まれた。
俺から見れば配下の配下、いわば「孫」のような存在だね。
その三英傑と、カースドリッチ5体が、墓地の暗闇から襲い来る魔物たちを淡々と討伐していく。
「それにしても、大将。……ニンゲン共がうじゃうじゃと俺たちの行動を、遠く離れた場所から眺めているなんて、実に不思議な気分だな」
「遠くにいても、俺たちの戦いを楽しんで、最高だ、強いなと褒めてくれる。……なかなか、こちらも面白いものだろ?」
「 ……悪い気はしねえな。あの喧しい姉ちゃんもそうだが、ニンゲンという生き物は、つくづく興味深い」
「グリムの念話も、配信のみんなに届けばもっと面白くなるのにな」
「( ふん。まあ、そのうち喋れるようにもなるだろうさ。強く願っていればな。……主も、そうであろう? )」
……うーん。
俺は一体、何を願っていたんだっけな。
あまりにも多くのことが起こりすぎて、少しだけ忘れてしまったよ。
ただ、紗奈を守りたい、彼女の力になりたいと願い続けた結果が、この姿なのだとしたら。
この高梨朔の形をした入れ物には、きっと何らかの意味があるはずなんだ。
さて、予定の時間まではまだたっぷりある。
紗奈たちに「挨拶」をする前の、軽い準備運動でも始めるとしよう。
◇
「……もしもし」
「もしもし、姉さん。……配信、観てくれたんだね。ありがとう」
私は、豊島支所へと帰還する道中で、姉である水瀬舞香からの着信に応答した。
「……やっぱり、朔ちゃんでしょ。あの子」
ほら、やっぱり姉さんには分かっていたんだ。
朔は、誰よりも姉さんのお気に入りだったから。
水属性、そしてその上位である氷属性を武器とする姉。
高い敏捷性と器用さを活かした、超高速のスピードアタッカー。
クールで、誰にも媚を売ることのない孤高の美女。
国内トップクラスのパーティ『 レガリア 』の象徴。
そんな姉を唯一、子供のようにニコニコと甘い顔にさせていたのが、同じスピードアタッカーとして活躍していた朔だった。
昔は、私に見せつけるようにして朔を甘やかし、よく私と喧嘩をしていた。
あの忌まわしい事件の後、私がまだ眠りから覚めていなかった頃。
玲司から朔の戦死を聞かされた姉は、たった一言、「そう」とだけ吐き捨てて部屋を出ていったという。
その時の室内の空気は、一瞬ですべてが凍りつき、呼吸をするだけで肺が痛くなるほどだったらしい。
そんな朔が、モンスターの姿を借りて生きているかもしれない。
それだけで、普段はクールな姉の心は、今頃ぴょんぴょんと飛び跳ねているに違いない。
……私だって、そうなのだから。
「うん。厳密に言えば、かつての朔そのものではないけれど……。でも、確かに朔だったよ、彼は」
「どういうこと? 詳しく教えて」
私は朔から得た許可の範囲内で、公表しないことを条件に、彼に起きた変異の全てを話した。
黙って聞いていた姉だったが、最後には震える声でこう漏らした。
「 ……そう。でも、偽物なんかじゃない。朔ちゃんなんだね。……よかった。本当によかった…… 」
ただ、一つだけ、姉には残酷な事実を伝えなければならなかった。
サクには、姉の記憶が欠落している。
「姉さん、あのね。……朔には、あまり記憶が残っていないの。私のことですら曖昧で、リーダーのことも思い出せていない。玲司のことも、かろうじて男性がいたと覚えているだけ。……だから、姉さんのことも……」
怒るかな。
それとも、絶望して、またあの時のように凍りついてしまうかな。
けれど、私の心配は杞憂に終わった。
「 ……ふーん。なら、もう一度、新鮮な態度と反応を返してくれる朔ちゃんを、一から甘やかせるじゃない。……あぁ、今から凄く楽しみになってきたわ。池袋にいるんでしょ? 今度、直接行ってみるから」
朔という「太陽」が戻ったことで、あの氷の女王が、少し早口になるほど興奮している。
結果的には、最悪の事態は避けられたのかもしれない。
けれど、私の胸の奥は、なんとも言えないムズムズとした焦燥感に包まれていた。
「( 姉さん、先を越されるわけにはいかないからね…… )」
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