告白
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
1層の岩場。
微かな水音だけが響くその場所で、俺はかつての戦友であり、想い人でもあった女性、水瀬綾香と向かい合っていた。
「 さて、またあそこの岩場でお話しましょうか 」
俺が努めて冷静な声で提案すると、綾香はどこか緊張した面持ちで「 もちろんです 」と短く応じた。
俺たちは、緩やかに水が湧き出す岩場へと移動し、ゴツゴツとした岩肌に腰を下ろした。
ここには、俺たちの会話を邪魔する者はいない。
「 グリム、頼む 」
俺が短く合図を送ると、グリムの足元の影が不気味に揺らめき、そこから次々と異形たちが這い出してきた。
首なき騎士デュラハン、漆黒の重鎧を纏ったデスナイト、大剣を携えたスケルトンジェネラル。
さらに、彼らの背後には禍々しい魔力の光を放つ魔法陣が展開され、杖を構えた上位スケルトンたちが列をなして現れる。
「 こ、これは…… 」
綾香が思わず息を呑み、絶句する。
かつて「 最前線の聖女 」として数多の魔物と対峙してきた彼女でさえ、これほど高度に統制された不死者の軍勢を目の当たりにすれば、驚きを隠せないのは当然だろう。
「 グリムの召喚体たちです。種族の詳細については、あや……水瀬さんの方が詳しいでしょうから割愛しますが 」
「 ……これほどの高位モンスターを自由に使役しているのですね。もしよろしければ、グリムさんと、あちらの……ゴウキさんのお話も伺えれば 」
綾香はそこまで言って、ハッとしたように口を噤んだ。
おそらく、職業意識が、今のプライベートな、あるいは極めて繊細な空気に踏み込みすぎたと感じたのだろう。
「 いいですよ。水瀬さんには全てお話しします。……それを協会でどう扱おうと、今の俺には構わない。俺自身のことも含めてね 」
俺はそう告げると、グリムに周囲の展開と警護を指示した。
不死者の軍勢が、静かに、けれど完璧な警戒網を築き、俺たちの周りを鉄壁の静寂で包み込む。
「 あ、ありがとうございます、サクさん 」
「 協力すると言いましたから。俺たちを上手く使って評価が上がるなら、どんどん出世してもらって構いませんよ 」
俺はヘラヘラとおちゃらけて見せた。
かつての俺がそうであったように、重苦しい空気を振り払うための道化を演じる。
「 大将、姉ちゃんが偉くなったら、俺たちに何か得があるのか? 」
ゴウキが、太い腕を組んで尋ねてくる。
「 さあな。俺たちに直接のメリットがあるかは分からないが、まあ、人助けにはなるだろうさ 」
ははは、と俺は乾いた笑い声を上げた。
「 そんなつもりはありませんが、サクさんたちを最大限バックアップしていければと思っています。……私、大ファンなので 」
綾香の言葉。
けれど、その瞳の奥にある光は、画面越しの憧れなどではないことを語っていた。
俺は、ここらで全てをはっきりさせるべきだと覚悟を決めた。
ぼんやりとしていた記憶の断片を、彼女という鏡を通して、確かな真実へと繋ぎ止めるために。
「 本当に? 大ファン? 」
俺は、彼女の瞳をじっと見据えて尋ねた。
「 ほ、本当ですよ…… 」
「 『 フロントライン 』。……『 最前線の聖女 』、水瀬綾香 」
その名を口にした瞬間、綾香の肩がビクッと跳ねた。
「 ルミナスドラゴン……あの黄金の龍のことは、覚えているよね? 」
「 な……! なんで……。やっぱり、あなたは…… 」
綾香の瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
「 ああ。……俺は、高梨朔……だったものだ 」
「 えっ…… 」
そう。
「 高梨朔 」そのものではない。かつてその名で呼ばれた男の残滓。
「 あの日、新宿ダンジョンであの黄金の龍に遭遇したよね。記憶が曖昧で、はっきりしないところも多いんだけど 」
「 そうだよ。あの日、私たちは…… 」
「 俺は、男女2人を逃がして、あの龍に一矢報いようとした。……そこまでは、思い出せるんだ 」
「 リーダーが倒されて、気を失った私が玲司に抱えられて生還したと、私も後で聞いたの。そして、玲司から……朔が身代わりになって、私たちを逃がしてくれたと…… 」
綾香は泣き崩れ、両手で顔を覆って岩場に膝をついた。
俺はその震える肩に、そっと手を置いた。
「 いや、よかったんだ、それで。……だから、綾香と、その玲司って人が生きているんだ。俺の選択は間違っていなかった 」
「 うん……でも、朔は……一人で…… 」
「 うん。だけど、なぜかこうして池袋ダンジョンで生まれ変わった。覚えていたのは、女性を抱えて逃げる男性の背中と、あの龍と戦い……そして、喰われる瞬間の感覚だけだった 」
「 え……食べられた……? 玲司からは、リーダーは倒されたと聞いていたの。でも、朔の遺体がどうしても発見できなくて、だからまだどこかで生きているんじゃないかって、希望を持って今日まで……そんな…… 」
綾香の顔に、驚愕と落胆が入り混じる。
喰われた、という事実は、彼女にとってあまりにも凄惨すぎる結末だったのだろう。
「 仮説で申し訳ないんだけど、俺は喰われたからこそ、今ここにいると思っている。……なぁ、俺のこの目を見て、何も分からないか? 」
俺が顔を近づけると、綾香は息を呑んで俺の金色の瞳を見つめた。
「 金色の瞳……。まさか、あの龍と…… 」
「 ああ。あいつの因子と俺の魂が混ざり合って、何らかの変異を起こした。それが、俺がここにいる理由だと推測している 」
「 それは……詳しく調べないと分からないけれど。でも、その可能性はあると思うの。魔素の変異が極限状態で起きたのなら…… 」
けれど、俺は実験動物のようにホイホイと調べられたくはなかった。
「 綾香には悪いんだけど、研究所で大人しく縛られながら調べられたくないんだ。モンスターとして扱われれば、そうなるだろ? 」
「 私には……否定できないわ。そうなる可能性もある 」
「 だから俺は、協力はするから自由にさせてくれって思ったんだ。こうして成長して、情報を得て、綾香と再会して……。そうすることで、少しずつだけど、分かることが増えてきているから 」
俺の言葉に、綾香は長い沈黙の後、意を決したように顔を上げた。
「 ……うん。そうだよね。わかった。朔は、どんな形になっても朔だよね。私に、協力させて 」
「 違和感も、疑問も、やっと氷解したの。あなたの配信を見て、まさかと思ったけれど、こうして生きて会えて……嬉しい。そして、ずっと言えなかった。……ごめんなさい。あなたを一人にして、逃げてしまって 」
「 謝るなよ。俺が自分の意志で身代わりになったんだ。ありがとうでいいんだよ、綾香 」
「 朔……ありがとう。本当に、ありがとう 」
「 どういたしまして 」
俺は彼女の頭を優しく撫でた。
そんな俺に、綾香は子供のようにしがみついてきた。
嗚咽を漏らし、泣きじゃくる彼女。俺は彼女の心が落ち着くまで、その小さな身体を抱きしめ続けた。
◇
「 あぁ、もう! 昨日も寝られなくて、顔色が悪いからあんなにしっかりメイクしたのに! 台無しじゃない! 」
「 泣いたり怒ったり、本当に忙しい姉ちゃんだな、おい 」
ゴウキが呆れたように鼻を鳴らす。
「 主との数年越しの再会なのだ。感情が忙しく揺れるのも無理はあるまいよ 」
いつの間に準備していたのか、マジックバッグから手際よく化粧品を取り出した綾香は、涙で乱れた顔を鏡で確認しながら必死に直している。
「 そんなに化粧しなくても、綾香は十分に綺麗なのに。なぁ、そう思わないか? 」
俺が周囲に同意を求めると、グリムが冷たく突き放した。
「 ( 主よ。前にも言ったはずだ。骨に聞くな ) 」
「 いいんじゃねえか? 姉ちゃんは普通に綺麗だと思うぞ 」
肯定的なゴウキの言葉に、綾香の手が止まった。
「 朔……今、前にも、って言った? ……誰に、言ったの? 」
お、おう……。
「 いや、グリムの言い間違えじゃないか? な? なあ? 」
俺は冷や汗を流しながら、グリムに必死で念を送る。
「 ( いや、主よ。確かに前にもあったぞ。あれは、あのテイマーのお嬢さんに対してだったな ) 」
「 ほら! やっぱり!! 松田さんみたいな可愛い子がタイプなんだ!! あぁ……もう、信じられない! 」
「 本当に忙しい姉ちゃんだな…… 」
やめてくれ。
この正直すぎる骸骨め!
俺は顔を覆いたくなった。
「 いや、あれは……紗奈がひどく落ち込んでいたから、励まそうと思って…… 」
「 ふーん……。落ち込んでいたら、そういうことを言うんだ。確かに朔は、昔から流されやすいというか、チャラいというか、女性に弱かったもんね!! 」
「 いや、ごめん。記憶にごさいません…… 」
「 もう!! 」
いや、本当に思い出せないんだって。
けれど、今の綾香の怒りは、どこか懐かしくて、温かかった。
「 人間というのは面白いな。こんな短時間の間に、これほどコロコロと感情が変わるとは。見ていて飽きないぞ 」
「 ( だな。テイマーのお嬢さんも同じく面白い反応をするぞ。今後会えるのを楽しみにしておくといい ) 」
配下2体がやかましすぎます。
誰か助けてください。
「 ……私、ずっと好きだったんだから 」
「 へっ? 」
唐突な言葉に、俺の思考が停止する。
「 朔のこと、ずっと好きだったんだから。……やっと言えたわ 」
なんで、このタイミングで……。
「 うん……俺も。俺も、綾香のことが好きだったよ 」
「 知ってる。見ていれば分かったもん。……じゃあ、今は? 」
聖女様め。
なんて残酷な問いを投げかけるんだ。
「 ……俺は、モンスターだ。中身が人間だとしても、この種族という呪縛はどうにもできない 」
「 でも、朔は朔でしょ。私、ずっと待ってるから 」
どうにもできないんだって。
それに、こんな会話をしている最中でさえ、俺の脳裏には、健気に俺を待つ紗奈の顔が浮かんでいた。
「 聖女と悪魔か。……傑作だな 」
ゴウキがボソリと呟く。
「 まあ、やれることはやるさ。こうして再び話せるようになっただけでも、大きな前進だろう? 」
「 それは……そうだけど 」
俺は話を逸らすように、インプとして生まれた時の過酷な体験や、グリムやゴウキとの出会い、そして紗奈とのこれまでの歩みを詳しく話した。
人間には決して分かり得ない、モンスターとしての生存競争。
いつモンスターに、そして人間に襲われるかわからない永遠に続く時間。
ダンジョンの中で魔物たちがどのように秩序を保ち、あるいは争っているのか。
俺が知り得た情報の全てを、彼女に託した。
綾香は黙って、一言も漏らさずに俺の話を聞いていた。
「 この情報をどこまで使うかは、君に任せるよ 」
そう伝えると、彼女は真剣な眼差しで「 なるべく朔の意向に沿うように、まとめるわ 」と約束してくれた。
それから、彼女はもう一つ願い出た。
玲司と、彼女の姉である水瀬舞香にだけは、真実を伝えてもいいかと。
黒崎玲司はかつてのパーティメンバー。
ただ、水瀬舞香に関しては、全く記憶がなかった。
だが、俺のことを知っているんだろう。
「 よし、そろそろこんなもんかな。プライベートな記憶はまだ穴だらけだけど、これから連絡も取り合えるわけだし 」
「 そうね。もう……二度と離れないし、離さないから 」
う、うん。
少しばかりのプレッシャーを感じつつも、俺は立ち上がった。
さて、お化粧直しも終わったようだし、「 配信再開 」といきますか。
ブックマーク、リアクション、評価をしていただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。




