聖女と残念な悪魔
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
池袋ダンジョン、1層。
薄暗い回廊に、場違いなほど穏やかな声が響いた。
「おはようございます……あの、失礼ですが、上級の探索者の方ですか?」
声をかけてきたのは、まだ装備も真新しい初級探索者の女性2人組だった。
俺は足を止め、努めて穏やかな笑みを浮かべる。
「まあ、そんなところです」
「召喚士の方……なんですか?」
「んー、似たようなものですね。お姉さんたちのジョブが上がれば、様々な可能性が待っていますから。頑張ってくださいね」
俺が爽やかにエールを送ると、彼女たちは顔を赤らめてぺこりと頭を下げ、足早に去っていった。
背後から「かっこよかったね」「サインもらえばよかったかな」なんて囁き声が聞こえてくる。
(うーん。耳が良くなりすぎたかな。でも、褒められるのは悪い気分じゃないな)
内心で鼻を高くしていると、背後から冷ややかな声が突き刺さった。
「まあ、今日の目玉として『進化シーン』を提供しようとして、誤って直前に進化してしまう残念さがある男だがな。大将」
「そういうなよ。お前だって『うめぇ、うめぇ』ってバリバリ魔石を食ってただろ」
「主よ、あれほどもうやめておけと言ったのに。まだいける、まだいけると、ゴウキと競うように貪り食って……残念だ」
俺はガックリと肩を落とした。
こいつら、一応は俺の配下だよな。
そう、俺は進化してしまった。
それも、最悪のタイミングで。
今日、水瀬綾香と会う直前に進化の輝きを見せつけ、貴重な情報提供の見返りに何かを……なんて目論んでいた「駄インプ」な俺の計画は、食欲という本能の前に霧散した。
結果として、俺は今『ミラージュデーモン』という高位個体へと至っている。
俺の後ろに控えるのは、グリム。
そして、新たに従えたゴウキだ。
ゴウキは元々、15層のフロアボスだった『鬼人』だ。
2メートルほどの体躯は筋骨隆々の人間そのものだが、額には誇り高き2本の角が伸びている。
和装に身を包み、身の丈を超える大剣を背負ったその姿は、まさに戦鬼。
グリムの時と同じように、何度も何度も階層へ通い詰め、戦鬼の大剣、中魔石(青)、オーガの素材を揃え、タイマンでボコボコにした末にスカウトに成功した。
オーガからオーガソルジャー、グレートオーガ、そして鬼人へと至ったゴウキは、俺が喉から手が出るほど欲しかった『盾役』だ。
……まあ、俺にツッコミを入れる役まで増えてしまったが。
■名前:ゴウキ 種族:鬼人 レベル:48
HP:355/355
MP:161/161
筋力:A(305+30)
耐久:B(252+25)
敏捷:E(118+11)
器用:E(123+12)
魔力:E(115+11)
運 :F(83+8)
スキル:豪打、踏み込み、気合い、連撃、闘気纏い、見切り、鬼砕き、戦鬼解放、烈震脚
■名前:グリム 種族:ネクロシェード レベル:55
HP:409/409
MP:324/324
筋力:D(157+15)
耐久:C(212+21)
敏捷:D(145+14)
器用:C(223+22)
魔力:A(318+31)
運 :E(134+13)
スキル:ダークボルト、死霊召喚、骨槍、マナドレイン、グレイブコール、死霊強化、ダークランス、ネクロフィールド、シャドウサモン、ソウルストック
■名前:サク 種族:ミラージュデーモン レベル:60
HP:517/517
MP:257/257(-40)
筋力:C(183+45)
耐久:C(180+46)
敏捷:S(366+25)
器用:B(237+34)
魔力:S(322+42)
運 :B(234+21)
スキル:盗む、シャドウインベントリ、ファイヤーボール、強奪、アナライズ、バックスタブ、エクスプロードボール、影潜り、完全透明化、ダークブレード、影移動、幻惑、シャドウドミニオン、シャドウワイヤー、シャドウミラージュ
これが現在の俺たちのステータスだ。
ミラージュデーモンとなった俺の姿は、身長175センチほど。
角は消え、見た目は完全に人間と変わらない。
背中の羽は幻体となり、意志一つで漆黒の翼を広げることができる。
そして、顔。
過去の自分がはっきりとわかるわけではないが、例えるなら高校生の頃の高梨朔だ。
なんか、若くなった気分で少し得をした気分だ。
装備も漆黒のコートを纏い、闇に溶けるような装いへと一新された。
人類の最高到達点、"勇者"アルフレッド・ノーマン。
彼はレベル100で全ステータスがB、筋力と魔力に至ってはSに到達している。
そこに装備の補正値も足される。
だが、人間はレベル100で成長が止まる。
これは彼が、提出したデータによってわかったことだった。
ならモンスターは?
そう、100以上に成長する可能性がある。
これも公式に載っている、イレギュラー『ポセイドンレヴィアタン』。
それがレベル103と解析されていた。
これは多くの犠牲がでたイレギュラー事件の5件あるうちの1件で、生還者が報告し、データも確認されたものだ。
もう1件のルミナスドラゴン事件。
名前の解析は出来たが、レベル等の詳細は取れなかった。
その他3件は、生還者なし、記録なしだ。
まあ、ルミナスドラゴンも100を超えているんだろう。
俺はそいつを倒すために、強くなる。
どんな手を使ってもね。
◇
約束の時間が近づき、俺はソワソワとエントランスを眺めていた。
進化の恩恵か、モザイクがかかっていた過去の記憶がほんの少しずつクリアになっている。
ザラザラな感情や景色が、ぼんやりとわかるようになり、そして「高梨朔」が水瀬綾香に抱いていた淡い恋心まで。
(……俺はサクだ。高梨朔じゃない)
自分に言い聞かせるが、鼓動は早まるばかりだ。
その時、転移石が淡く輝き、人影が現れた。
青い魔石のサークレットに、純白のローブとスカート。
百合の花を模した杖。
かつて隣で見ていた、"最前線の聖女"――水瀬綾香だ。
その姿を見て、俺の彼女への記憶はさらに鮮明になる。
彼女は周囲をキョロキョロと見渡し、俺を見つけるなり足を止めた。
「あや……水瀬さん!」
前よりスムーズに言葉が出る。
彼女はこちらへ駆け寄ってきたが、抱きつこうとした勢いを直前で殺し、恥ずかしそうに立ち止まった。
「さ……サクさん。また、お姿が変わって……」
「申し訳ありません。水瀬さんに貴重な進化シーンをお見せしようと思っていたんですが、直前で……その」
俺が頭を掻きながら謝ると、すかさず後ろからヤジが飛ぶ。
「大将が魔石をバカみたいに食うからだろ」
「ゴウキ、お前だって食っていただろ。言う権利はないぞ」
綾香はそんな俺たちのやり取りを眩しそうに見つめ、ふわりと微笑んだ。
「ふふ、いいんです。確かに協会にとっては貴重な場面ですが、私は今こうしてサクさんとお話しできていることの方が、ずっと貴重ですから」
「……そう言っていただけると助かります。ありがとう、水瀬さん」
俺の言葉に、彼女はしばらく放心したように俺の顔を見つめていた。
そしてハッとしたように表情を引き締め、俺の背後を伺う。
「失礼しました。サクさん、後ろのお二方は?」
「あ、紹介します。左の骸骨の魔導師がグリムで、右の鬼人がゴウキ。一応、俺の配下です」
「(主と共に歩んでいる、ネクロシェードのグリムだ。よろしく頼む)」
グリムが念話で挨拶を送り、ゴウキがニカッと笑って大剣の柄を叩く。
「同じく鬼人のゴウキだ。よろしく頼むぜ、姉ちゃん」
「改めまして、冒険者協会、豊島区探索管理課の水瀬綾香です。冒険者時代は聖術師でした。皆様、よろしくお願いします」
綾香が丁寧に頭を下げる。
穏やかな再会。
だが、ここからが本番だ。
俺の失われた過去、そして綾香の心に触れる話し合いと、久しぶりの配信が始まる。
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