優しい魔王
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
紗奈と別れてから5日が経過した頃、水瀬綾香から連絡が入った。
面会の日取りは、今日から8日後。
彼女は再び、俺の元を訪れることになる。
紗奈め、忙しかったか、いや…俺が水瀬綾香と会うこと渋ったな。
……まったく、可愛いやつめ。
水瀬綾香は、すでに俺の正体をわかっている。
進化を重ね、俺の容姿が高梨朔の面影を強く宿し始めた以上、それは避けては通れない道だった。
俺は彼女に、一つの提案を投げた。
「これから配信を再開するから、もしよかったら出演してほしい」と。
彼女が出演を承諾すれば、それは『サナサクちゃんねる』が冒険者協会に正式に認められ、運営されているという強力な証明になる。
要するに、協会を巻き込んだ戦略的なコラボレーションだ。
たとえ公的な許可が下りなかったとしても、彼女と直接話す機会が得られればそれでいい。
俺の失われた記憶の断片を取り戻す為の、重要な鍵が手に入るはずだから。
彼女からの返信は、「必ず許可を取ります」という、決意の滲む力強いものだった。
これに関しては、紗奈も「今後を考えるならいい案だよ」とすぐに納得した。
それから約束の日が来るまで、俺とグリムは狂ったように狩り続けた。
背負った大鎌の扱いも、実戦の中で瞬く間に理解していった。
慣れてくれば、この武器の真価がよく分かる。
短剣のような手数はないが、巨大な刃が描く弧は、あらゆるものを一撃で引き裂く圧倒的な破壊力を持っている。
特に俺の得意とする、気配を殺した背後からの急襲には、これ以上ないほど相応しい武器だった。
蟻の群れが無限に湧き出す12層。
湧いては殲滅し、また湧いては殲滅する。
その単調な作業を繰り返し、俺たちは山のように積み上がった魔石を半分ずつ分け合い、メキメキと成長を遂げていった。
特に、グリムがレベル45で習得した新スキル『シャドウサモン』の存在が、俺たちの戦術を根本から変えた。
これは下位のスケルトンを呼ぶ『死霊召喚』や、数を並べる『グレイブコール』とは一線を画す、高位のアンデッドモンスターを直接影から引きずり出す禁忌の技だ。
今、グリムの周囲を固めているのは、首なき騎士『デュラハン』、漆黒の重鎧を纏う『デスナイト』、そして将軍『スケルトンジェネラル』。
後方には弓や魔法を操るスケルトン種が陣取り、グリム1人でも軍隊を相手にできるほどの、強固な軍勢が完成していた。
おかげで、俺は遊撃手として戦場を縦横無尽に駆け回ることができ、高位アンデッドたちが鉄壁の前衛を、グリムたちが精密な遠距離攻撃を担当する。
モンスターの集団でありながら、バランスの取れたいいパーティだ。
その恩恵は、かつてあれほど苦戦した13層の攻略に如実に現れた。
エリアボスである『フレアドレイク』。
巨大なラヴァリザードが翼を得たようなその竜は、黒曜石の如き硬質な鱗を纏い、傷ついても溶岩に潜れば瞬時に再生するという、極めて厄介な特性を持っていた。
本来なら、その鱗を少しずつ削り、露出した弱点を突くという持久戦を強いられる相手だ。
だが、今の俺たちにとって、それは単なる「作業」でしかなかった。
俺が『幻惑』で相手の意識を掻き乱し、動きを鈍らせた瞬間に、新スキル『ダークワイヤー』を放つ。
闇の拘束が竜の巨体を縛り上げ、その場に縫い止める。
そこへ俺の大鎌と、グリム隊の前衛組が殺到し、無防備な竜を文字通りの袋叩きにしたのだ。
反撃の隙さえ与えない、あまりにもあっけない幕切れだった。
俺たちは、このダンジョンに生きるモンスターとして、あまりにも異常な速度で成長している。
ダンジョンのシステムは、内部のモンスターがここまで貪欲に同胞の魔石を喰い漁る事態を想定していなかったのだろう。
イレギュラー。
その自覚はある。
だが、それでもまだ足りない。
次の目標は、レベル60の大台に到達すること。
そして、15層に君臨する「あいつ」をスカウトし、眷属に加えることだ。
◇
15層。
そこは、例えるなら「鬼の住処」だ。
広大なフロアを闊歩しているのは、巨躯を誇るオーガたち。
その周囲を、ゴブリンの上位種である『ゴブリンジェネラル』たちがパーティのように固めている。
現在、グリムのレベルは48、そして俺は51にまで達していた。
幸運なことに、俺達は眠りを必要としない種族だ。
それはグリムの召喚体たちも同様。
黄色い栄養ドリンクがなくとも、24時間戦い続けられるという、ブラック企業も驚きの超持続型戦士なのだ。
理論上、1日に1レベルアップを果たすことは、今の俺たちにとって決して不可能ではなかった。
水瀬綾香が訪れる頃には、目標とする数値に限りなく近づいているはずだ。
「うわぁぁぁあああ!!!!」
その時、フロアの奥から複数のニンゲンの絶叫が響いてきた。
視界の先、曲がり角から飛び出してきたのは、3人の冒険者たち。
そして彼らの背後には、地響きを立てて押し寄せる黒い津波が見えた。
少なくとも40体を超えるゴブリンジェネラルと、数体のオーガが混ざり合っている。
いわゆる「トレイン」だ。
敵に追われるうちに他の群れまで引き込み、最後には手に負えない行列となって獲物を追い詰める、ダンジョンにおける死の連鎖。
面倒なことになったが、放置するわけにもいかない。
「オイッ!!!ハヤク、コッチヘ、コイッ!!」
俺が喉を震わせて叫ぶと、涙も鼻水も垂れ流しながら必死に走っていた3人は、俺の声に顔を上げ、一直線にこちらへと向かってきた。
だが、俺の後ろに展開するグリム隊の、禍々しいアンデッドたちの姿を目にした瞬間、彼らの足がガクガクと止まりかけた。
「ダイジョウブダカラッ!タスケテ、ヤルッ!!」
ここで俺たちを信じられなければ、そこまでの命だったのだろう。
男たちは顔を見合わせ、死中に活を求めるように、覚悟を決めてこちらへ再び走り出した。
「前衛、あいつらをカバーしろ!後衛はトレインに速度低下のデバフを叩き込め!グリム、遠距離魔法で先頭を削れ!」
俺の指示が飛ぶと同時に、グリム隊が一糸乱れぬ動きで展開する。
迫りくるデュラハン、デスナイト、スケルトンジェネラルに対し、男たちは「うおぉぉぉぉ!!」と悲鳴に近い叫びを上げながら、その横を通り過ぎていった。
無理もない。
助けに来たのが自分たちを殺しかねないアンデッドの集団なのだ。
怖いのは当たり前だ。
後衛組のスケルトンメイジたちが、詠唱と共に広範囲の鈍足化魔法を放つ。
押し寄せるトレインの先頭集団が、目に見えて速度を落とした。
そこへ、俺が『ダークワイヤー』を地面に走らせ、足首を引っ掛ける。
バタバタと折り重なるように倒れるゴブリンたち。
その隙を逃さず、グリムが『ダークランス』を連射し、先頭のゴブリンジェネラルを次々と蜂の巣に変えていく。
男たちが、恐怖で顔を引き攣らせながら俺の背後まで辿り着いた。
「ダイジョウブダ。ウシロニ、サガッテ、イロ」
この異常事態に、彼らはもはや黙って従うしかなかった。
「前衛、叩き潰せ!!」
俺の命令一つで、3体の高位アンデッドが獲物の群れへと突っ込んだ。
盾を掲げ、剣を振るうその姿は、文字通り暴力の象徴だ。
俺もまた、一瞬で距離を詰める。
敏捷値は343に到達し、ランクはついに『A』となった。
世界が止まって見えるほどの加速。
その勢いのまま、背中の大鎌を一気に振り抜く。
巨大な刃が空を切り、1度のスイングで3体のジェネラルを纏めて引き裂いた。
そこからの殲滅は早かった。
圧倒的な戦力差。
数分後、そこには静寂と、夥しい数の消滅していく魔素の光だけが残っていた。
助けられた男たちは、もはや言葉を失い、呆然とその光景を見つめることしかできなかった。
俺は散らばった魔石と素材を淡々と回収し、ゆっくりと彼らの方へ歩み寄った。
後退りする冒険者たち。
「タスケタノニ、バケモノアツカイサレルノハ、カナシイネ」
俺が少しだけ皮肉を込めて告げると、彼らはハッとしたように姿勢を正した。
「い、いや!助かりました……!本当に、ありがとうございました!!」
深々と頭を下げる3人。
「ジョウダンダヨ。トレインナンテ、ウンガ、ワルカッタナ」
「はい……途中でメンバーが1人やられました。俺たちはどうすることもできず、ただ逃げることしかできなくて……」
「ソレデイイ。ソレデイインダヨ」
「えっ……?」
「タスケラレルナラ、タスケタダロ?デモ、ムリダッタ。ダカラ、ニゲルコトヲ、ユウセンシタ。ソレハ、ハズベキコトジャナイ」
「おっしゃる、通りです……」
「イノチガ、アルコトヲ、ヨロコブベキダ。チジョウニ、カエッタラ、シッカリト、トムラエバイイ。モシ、ギセイシャノ、モチモノガ、ミツカレバ、コチラデ、アズカッテ、15ソウノ、エントランスニ、オイテオクヨ」
「あ、ありがとうございます……。……あの、失礼ですが、あなた方は、一体何者なんですか……?」
「……『サナサクチャンネル』、シッテル?」
俺の問いに、男の一人が驚いたように顔を上げた。
「もちろんですよ!有名な配信者……モンスターが配信しているという……」
「ソレ。オレガ、サクダヨ」
「えっ……!?」
「ハイシンガ、トマッテイルケド、ライシュウカラ、サイカイスルカラ。トムライガ、オワッタラ、ミテクレ。コウヒョウカ、ヨロシクナ」
男たちは、狐につままれたような顔で困惑していた。
「し、信じるしかない……ですよね。正直、通りすがりの魔王が降臨したのかと……」
魔王。
悪くない響きだ。
「ヨシ、モラッタヨ。ヤサシイ、マオウニ、ナレルヨウ、ガンバル。オウエン、シテクレ」
俺はおちゃらけたように手を振り、彼らを見送った。
足早に立ち去っていく彼らの背中を、グリムが静かに見つめていた。
「主よ。度々、冒険者たちを助けているが、彼らへの怨みはないのか?」
「俺は、俺の仲間に危害を加える馬鹿なニンゲンは許さない。……だが、それ以外とは、できることなら共存したいからな」
そう。
俺は、俺のルールで生きる。
ここまで、何度か危機に陥った冒険者を助けてきた。
運が良いのか、俺を捕らえようとする阿呆な冒険者とは、あれ以来出くわしていない。
もし現れるのなら、唐沢が言った通り、相応の対処をするだけのことだ。
さて。
ハプニングもあったが、そろそろ腰を据えて「本番」に向かうとしよう。
俺たちの次の仲間――15層の覇者を、迎えに行くために。
俺は新しい大鎌の柄を握り締め、深淵のさらに奥へと足を踏み出した。
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