約束
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
池袋ダンジョン、1層。
水源の近くにある、ゴツゴツとした岩場が入り組んだ隠れ家。
協会との心臓が止まりそうな交渉を終えた私たちは、ようやく人目を気にせず呼吸ができるこの場所へと戻ってきた。
「グレイ、リリ……出ておいで」
私がブレスレットに魔力を込めながら静かに唱えると、眩い光と共に2体のテイムモンスターが姿を現した。
キラーウルフのグレイは、そのしなやかな体躯を躍らせ、ライトフェアリーのリリは、鱗粉の光を散らしながら宙を舞う。
「モウイイヨ、オイデ。グリム」
サクが自身の影に向けて声をかけると、真っ黒な影がボコりと盛り上がり、そこから禍々しい法衣を纏った骸骨の魔導師、グリムが音もなく浮上してきた。
「オオ!オオキクナッタナ、グレイ!リリハ、ピカピカキレイダゾ!」
進化したサクの姿に一瞬だけ驚いた様子を見せたグレイだったが、すぐにその正体が「友人」だと理解したらしい。
大型犬のような勢いでサクの足元に纏わりつき、リリも嬉しそうにサクの肩に止まって、その頬に愛らしく顔を寄せた。
「グリム、コノコタチハ、サナガシエキシテイル、モンスターダ。ヨロシクナ」
サクの紹介を受けて、グリムは空洞の瞳に宿る紫の炎を優しく揺らした。
「( 狼よ、よろしく。そして妖精もな。主から話は聞いている。仲良くしようではないか )」
骸骨のその所作は、驚くほど丁寧で気品に満ちていた。
「ねえ、サク。……配信を再開するって言ってたけど、具体的な計画はあるの?」
私は岩場に腰を下ろし、隣に座ったサクの横顔を見つめた。
「カメラマンハ、グリムニマカセル。ヘンシュウハ、ヒキツヅキサナニオネガイシタイ」
「……もちろん。それは私の役割だもん」
私は強く頷いた。
サクが戦い、私がそれを世界に届ける。
その形だけは、何があっても変えたくなかった。
けれど、私の心の中には、どうしても吐き出さなければならない棘が刺さっていた。
私は膝の上で指を組み、少しだけ震える声でサクに問いかけた。
「ねえ、サク。……聞きたいことが、あるんだけど」
サクは不思議そうに首を傾げ、その金色の瞳でじっと私を見つめてくる。
「何か、思い出したの?……水瀬綾香さんのこととか」
言ってしまった。
言わなければ、私の心は嫉妬と不安で壊れてしまいそうだったから。
「……ジブンノコトヲシラベタトキニ、ミナセアヤカノジョウホウガ、アッタ。ボンヤリト、オレガシンダヒノエイゾウガ、ウカンデキタ」
私はサクの視線から逃げるように、彼の首元あたりに目線を落とした。
「カノジョノエガオ、オレヲヨブコエ。……ソレハ、オモイダシタヨ」
「……好きだったの?」
「ナゼ?」
「そんな気がしたから」
情けない。
自分でも呆れるほど子供じみた質問だ。
3年前に残酷な最期を迎え、モンスターとなったサクに、過去の女関係を問い詰めるなんて。
でも、一度溢れ出した不安はもう止められなかった。
「ワカラナイ。ケド、タイセツナナカマダカラ、オレハイノチヲカケタ。……デモ、イマハ、サナノタメニイノチヲカケルヨ」
サクの言葉は、迷いなく私の鼓動を震わせた。
「……命なんて、かけなくていいよ。それより、いつまでも一緒にいて。それが私の願いなんだから」
「……モンスターアイテニ、プロポーズカ?」
「なっ……!!そういうことじゃない!!パートナーでしょ!!」
揶揄うようなサクの言葉に、私の顔は一気に沸騰した。
心臓が爆発しそうなくらい、ドクドクと脈動を刻んでいる。
「( 私のようなモンスターには人間の機微はよくわからぬが……なんだろうな。見ていて骨がむず痒い心地だ )」
影からグリムまでが、カタカタと顎を鳴らして茶化してくる。
「……私だって、昔のサクを見たの。すごく、格好良かった。あんなに輝いているサクの隣に、あの水瀬さんみたいな綺麗な人がいて……。その頃のサクに出会っていたら、私なんか見向きもされなかったんだろうなって。……少し、いや、結構寂しくなっちゃったんだよ」
私が正直な気持ちを吐露すると、サクは少しだけ困ったように後頭部を掻いた。
「ナア、グリム。サナハ、カワイイヨナ?」
「( 主よ、私に振るな。私は骨だぞ。人間の美醜など判別できん )」
「マタジョウダンダ。サナハ、カワイイヨ。……モシ、アノコロノオレガサナニデアッテタラ……コッチガキンチョウシテ、ハナシカケラレナカッタトオモウゾ」
そんな、お世辞でも嬉しいことを。
もう、本当に。
好き。
大好き。
「……ありがとう。じゃあ、もし私が一生結婚できなかったら、その時はサクがもらってね」
「アホカ。ソトニデレナイ、コンナモンスターガ、モラエルハズナイダロ」
「命をかけるくらいなんでしょ?グリムをスカウトした時みたいに、何とかする方法をよく考えてよ」
今日は不思議と、自分の気持ちがスラスラと言葉になって溢れてくる。
水瀬綾香という存在を目の当たりにして、自分の立場を再確認したからかもしれない。
サクとグリムは、示し合わせたように考え込むような表情を浮かべた。
やがて、沈黙を破ったのはグリムだった。
「( お嬢さん。もしかしたら、外に出られるかもしれんぞ。それも、誰にもバレずにな )」
「えっ!?本当!?」
「コンセキ、カ」
サクが、何かに気づいたように呟く。
「( 主の『 痕跡 』が地上にあれば、その影に向かって『 影移動 』ができるかもしれないのだ。主の私物を、お嬢さんが肌身離さず持っていれば……そこへ跳ぶことが可能かもしれん )」
「( マア、カノウセイガアルッテイウ、ハナシダヨ。ソレニ、イマイキナリデタトコロデ、モンダイニナッタラ、サナガアブナイカラナ )」
「……なら、いつか、いつかは試してくれる?」
「モチロンダ」
サクの力強い返答に、私はパッと表情を明るくした。
サクが、ダンジョンの外へ。
もし、私の部屋にサクが来てくれるようなことがあったら……。
想像するだけで、胸の奥が温かな期待でいっぱいになる。
だけど、ここで問題を思い出す。
「あっ、そうだ。……もしかしたら近いうちに、私のバイト先のスタッフたちが、一緒に池袋ダンジョンに来るかもしれないの」
「ヘエ、ナカガ、イインダネ」
サクの無邪気な言葉に、私は思わず俯いてしまった。
「……違うよ。逆なの。ずっと嫌がらせをされていて、今回も同じ。あの人たちが冒険者になるから、私が案内しろって、無理やり言われていて……」
「ソレハ……。ワカッタ。ソノトキハ、カナラズオシエテ。グリムトイッショニ、アイサツニイクカラサ」
サクの声のトーンが、わずかに低くなった。
告げ口したようで申し訳なくなる。
でも、吐き出せるのはここしかないんだ。
「ソンナカオヲ、シナイデ。ダイジョウブダカラ」
「( お嬢さんは、安心して笑っていればいい。主の想い人は、この私が責任を持って守ろう )」
「想い人、なんて……そんなわけないよ」
「オヨメサンニ、ナルカモシレナイ、カラネ」
サクの言葉に、グリムは楽しそうにカタカタと笑い声を上げた。
「もう!今日はずいぶんとからかいが多いんじゃない?ひどいよ!!」
「……デモ、サッキヨリ、ゲンキニミエル。ヨカッタヨ」
確かに、さっきまで私の心に立ち込めていた暗雲は、いつの間にか綺麗に晴れ渡っていた。
「……うん。ありがとう」
「ソウイエバ」
サクは思い出したように、自身の影――シャドウインベントリから、大量の素材を山のように取り出した。
「ハイ、コレ。サナニ、プレゼント」
「ちょっと!こんなに沢山の高価な素材、もらえるわけないでしょ!」
「イマ、オレタチニヒツヨウナノハ、マセキダケナンダ。ソザイトオカネハ、イマハツカワナイカラ、サナガツカッテ。……ア、ハイシンデモウケタオカネノ、7ワリハモラウケドネ」
「……それはもちろんだけど。でも、本当にいいの?」
「( 受け取っておきなさい。それが、主の気持ちというものだ )」
グリムに背中を押され、私はその温かな想いをありがたく受け取ることにした。
「……ありがとう。大切に、本当に大切に使わせてもらうね」
「キャバジョウニ、ミツグッテ、コウイウコトナンダロウナ」
「( きゃばじょう?なんだ、それは )」
「違うし!!サク、変な知識をグリムさんに教えないで!!」
ああ、もう。
本当にこの2人は。
「ジャア、ナゴリオシイケド、オレタチハソロソロイクヨ。コチラニクルトキハ、マタオシエテ。ハイシンスルトキハ、コチラカラモレンラクスル」
「わかった。本当に、本当に気をつけてね」
最後に、進化した大きなサクと力強いハグを交わして、私たちは別れた。
去っていく漆黒の背中を見送りながら、私は自分の胸に手を当てた。
私も、頑張らなきゃ。
サクの隣に立つ者として。
彼が誇れるパートナーでいられるように。
洞窟の奥へと消えていく影を見つめながら、私はこれまでにないほど強く、前を見据えていた。
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