調査報告
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
「……いやぁ、なかなか凄かったね。心臓が止まるかと思ったよ」
池袋の喧騒を背に、協会へと向かう公用車の車内。
ハンドルを握りながら、唐沢さんがどこか安堵したような、それでいて呆れたような声を私に投げかけてきた。
私は助手席で、まだ熱を持ったままの自分の両手を膝の上でぎゅっと握りしめていた。
「唐沢さんの無神経な質問のせいで、危うく全てがご破産になりかけましたけどね」
「でも、結果としては上手くいっただろ? 向こうの本音も引き出せたしな」
本当、この人は……。
隣で涼しい顔をしている唐沢さんに、私は小さく溜息をついた。
確かに、彼のあの無遠慮な「テイム」に関する踏み込みが、サクの「牙」を剥き出しにさせた。
けれど、そのおかげで分かったこともある。
サクという個体は、組織の枠組みに大人しく収まるような器ではないということ。
そして、彼が発した「パートナーを守り抜く」という言葉に、微塵の嘘もなかったということだ。
「上層部は管理したがっているけれど、あれを籠に閉じ込めるのは不可能だ。共存を考えるのが現実的だろうね。それに……あの目は、本気だった。仲間のために命をかける、か。……なかなか言えることじゃないよ」
唐沢さんの言葉が、私の胸の奥に深く突き刺さる。
その重みは、私には痛いほど分かった。
なぜなら、私は3年前、あの日。
高梨朔という男に、文字通り命を懸けて「生かされた」からだ。
「そうですね。……私も、そう思います」
「まぁ、水瀬が突然取り乱して、抱きつきに行ったときは、俺の職員人生で1番終わったと思ったけどな」
「も、申し訳ありません……」
謝りながら、私は窓の外を流れる景色を見つめた。
分かっている。
公務員として、協会の職員として、あの行動は失格だ。
けれど、どうしても抑えられなかった。
配信の画面越しに見ていたときは、まだ彼はモンスターの姿をしていた。
今日も、その姿で現れるのだと思っていた。
けれど。
実際に目の前に現れたサクは、かつての朔の面影を色濃く残していた。
それだけではない。
あのおちゃらけたような態度も。「水瀬さん、助かるよ。ありがとう」という、温かい響きを持つ言葉も。
かつて私が、戦場でも、何気ない日常の中でも、何度も何度も見聞きしてきた朔の癖そのものだったのだ。
あれは、間違いなく朔だ。
問題は、彼自身にどれほどの記憶が残っているのか。
思いつく疑問は、次々と溢れてくる。
けれど、それはあくまで私の「私情」だ。
それ以上に、私の胸を焦がしていたのは、もっと醜い感情だった。
松田紗奈。
あの、まだ幼さの残る少女。
サクが彼女に向ける、あの真剣で、執着とも思える守護の意志。
彼女に向けられる眼差しに、私は耐え難いほどの嫉妬を覚えてしまったのだ。
あんなにも大切にされていて、羨ましかった。
「ああ……朔は、ああいう可愛い子がタイプなんだ」と。
守ってあげたくなるような、放っておけない危うさを持つ子。
凛として、戦場に立ち続けてきた私とは、正反対のタイプ。
……こんなことを口に出せば、きっと唐沢さんは「モンスター相手に何を言っているんだ、病院へ行け」と呆れるに違いない。
けれど、止められなかった。
「水瀬。これからあいつらとは上手く付き合えよ。俺もバックアップはするからさ」
「私に任せて、嫌われた自分は逃げるってことですね」
「はっきり言うなよ……」
唐沢さんの苦笑いに、私は少しだけ口角を上げた。
でも、それは私にとって願ったり叶ったりだ。
サクの隣に堂々と立てる権利を、公式に得られるのだから。
「さあ、帰って『 上 』を納得させるために、ひと踏ん張りしますか」
「 はい! 」
◇
冒険者協会、豊島区探索管理課。
関口課長の低く落ち着いた声が響く。
「ご苦労さん。どうだった? 実際に会ってみた感触は」
関口課長は、労いの言葉と共に、机の上に置かれた書類に目を落としながら問いかけてきた。
「いやぁ、動画でも十分に人間臭くてコミカルでしたけど、生( ナマ )は違いますよ。威圧感も、知性も、想像以上でした」
唐沢さんが、大袈裟に肩を竦めて答える。
「いいなぁ、俺も会いたかったよ。娘もあのチャンネルを熱心に観ていてな。最近更新がぱったりと止まってしまったから、『パパ、サクちゃんたちに何かあったの? 』って、家で詰め寄られて大変なんだ」
関口課長が、良き父親としての顔を見せて苦笑する。
私は、それに対して真面目な顔で、更新が止まった理由を説明した。
「冒険者に襲われそうになったらしいんです。まぁ、モンスターならダンジョン内で狙われるのは仕方のないことですが、テイマーである松田さんまで連れ去ろうとする会話を聞いてしまったらしくて」
「それで、身の安全のために更新を控えていたわけか……。不届き者は、きっちり成敗せにゃならんな。唐沢、その辺の説明はしたんだろうな?」
「もちろんですよ。サクというモンスターは、自分のことよりも、松田さんの安全を最優先に考えていました。命を懸けてでも彼女を守る、と。そう断言していましたよ」
「良い漢じゃねえか。気に入ったよ。……でもなぁ、肝心の『 上 』は、そんな漢にこそ首輪を嵌めたがっている。そっちの方はどうなんだ?」
関口課長の視線が鋭くなる。
現場の感情と、組織の論理。
その断絶こそが、今この部屋にある最大の懸念事項だった。
「協力関係を築くという言質は取りました。ですが、物理的な確保や、無理な調査は難しいでしょう。それに、彼らは近いうちに配信を再開するはずです。世間の注目が集まっている中、力尽くで抑え込むような真似をすれば……」
「協会に批判の火の粉が飛んでくる、か。賢明な判断だな」
課長は頷き、思考を整理するように顎をなでた。
「つまり、主張を纏めるとこうだ。松田紗奈の安全を保証し、サクの自由を認めるのであれば、彼らは協力に応じる。だが、調査や確保という名の拘束は一切認めない。……そういうことだな?」
「はい。危険性についてですが……モンスターに使う言葉ではありませんが、その『人間性』なら十分に信用に足ると判断します。ただし、モンスターとしての実力は、すでに計り知れない脅威になり得る。それも全て、松田紗奈というコントロール役次第ですが」
唐沢さんの冷静な分析に、課長は「わかった」と短く答え、最後に私の方を見た。
「 他に、報告すべきことはあるか?」
唐沢さんは、私とと短く視線を交わし、意を決して口を開いた。
「あのモンスターが、なぜここまで人間を深く理解し、人間の如く振る舞えるのか。それが単なる『 イレギュラー 』という言葉で片付けられる現象であっても、その根底には、何らかの理由があるはずです」
「……担当は、水瀬に任せる。上手く付き合えよ」
「承知いたしました」
私の考えが正しいとしても、今の協会内でそれを信じる者が何人いるだろうか。
「モンスターに惑わされている」
「過去の未練を魔物に投影しているだけだ」
そう言われるのが関の山だろう。
玲司や、姉さん……。
あの頃の朔を知る者たちが実際に彼に会えば、また話は変わるのかもしれない。
けれど、今は私一人がこの重圧を背負うしかないのだ。
責任は、重大だ。
私はデバイスを取り出した。
まずは、松田さんに朔の……サクの連絡先を聞き出さなければ。
私は、慎重に言葉を選びながら、松田紗奈にメッセージを送信した。
「朔、待っていて。今度は私が、あなたを救う番だから」
私の静かな決意が、青白い画面の光に照らされていた。
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