お話し合いという名の
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
池袋ダンジョン、1層。
魔素を帯びた微かな光を放っている。
周囲を囲むのは、荒々しく削り出されたような岩場だ。
俺がいるからなのか、モンスターたちは現れない。
俺達はゴツゴツとした岩場に腰を掛け、向かい合う。
静寂を破ったのは、整ったスーツを皺1つ見せずに着こなした、男の声だった。
「先程は誠に申し訳ありません。改めまして、豊島区探索管理課の唐沢と申します」
男――唐沢は、完璧な礼節をもって深々と頭を下げた。
その隣で、肩を震わせている女性が続く。
「水瀬と申します……」
先程、取り乱してしまったという後悔と不安が入り混じっているように見える。
「サナサクちゃんねるの松田紗奈です」
「ドウモ、サクデス。ワルイモンスタージャナイヨ」
俺がおどけたように首を傾げると、唐沢が思わずといった様子で「ブフッ」と吹き出した。
彼はすぐに我に返ると、慌てて握り拳を口元に当て、わざとらしい咳払いで誤魔化す。
「い、いやぁ、失礼。動画で拝見させていただいた姿とは、あまりにも大きく変わっていたのでビックリしてしまいましたよ。ハハハ」
笑っているが、その目は笑っていない。
俺の細部を、その能力を、そして脅威度を測るような、鋭い観察眼。
俺はあえて、とぼけたように言葉を繋ぐ。
「スコシマエニ、シンカシタンデス」
口下手な紗奈をフォローするように、俺は会話の主導権を握りに行く。
本題を先延ばしにするつもりはない。
相手の出方を探る時間は、もういらない。
「デ、タブンソチラノヨウボウハ、オレノカクホ、チョウサ。ソレガノゾメナケレバ、コウリュウヲモチ、キョウリョクカンケイヲ、ムスブ。チガイマスカ?」
俺の問いかけに、唐沢の目がわずかに細まった。
彼は隣の水瀬と短く視線を交わし、観念したかのように肩の力を抜いた。
「参りました。仰る通りです。新種と見られるサクさんの調査ができれば、こちらとしては望ましい。……ちなみに、確保は一切考えておりませんのでご安心を」
「協力関係を結ばせていただきたいです」
水瀬が、唐沢の言葉を継ぐように熱を込めて言った。
「サナサクちゃんねるさんは、すでにチャンネル登録者数も多く、日本中……いえ、世界中の人々が注目しています。協会としては、あなた方を敵に回すのではなく、公式にコラボという形を取ったり、様々な支援をさせていただきたいと考えているんです」
彼女の言葉は真摯だった。
それは「組織」としての建前だけではなく、何かの想いが込められているように感じた。
ここで、ずっと俯いて自分の膝をきつく握りしめていた紗奈が、消え入るような声で口を開いた。
「自由に……自由にやらせてもらうことは、ダメなんですか? こちらにも、いろいろと事情があるんですよ」
その切実な訴えに、洞窟の空気が一瞬だけ固まる。
数秒の沈黙の後、唐沢が冷静なトーンで答えた。
「配信は自由ですからね。私共も、サナサクちゃんねるさんの自由な配信を楽しませていただいております。しかし……どんなに世間を驚かせ、楽しませる存在であっても、サクさんは……『モンスター』なんです」
知っている。
その一線を、彼らが決して譲らないことを。
モンスターは管理されるべき対象であり、討伐する対象であり、決して人間と対等な権利を持つ存在ではない。
それがこの社会の、ルールだ。
「カラサワサン……オレ、ワルイモンスタージャナイヨ?」
俺はあえて、子供が媚びるような仕草で、ウルウルと潤んだ瞳を彼に向けた。
無害なマスコットを演じ、相手の出方を伺う。
「……もう」
水瀬がポロリと漏らした。
俺でなければ、聞き逃しちゃうね。
だが、唐沢の表情は一変した。
「私共も、それを信じたい。だけど、確証がないんです。……失礼を承知で伺いますが、サクさんは、ちゃんと『テイム』されているんですよね?」
空気が、一瞬で凍りついた。
唐沢の顔から表情が消える。
管理職としての「本性」が顔を出した。
彼が求めているのは、絆や信頼なんていう曖昧なものではない。
主従関係という名の、絶対的な安全装置だ。
なんだ、結局それが聞きたかったのかよ。
これが本性か。
「カラサワサン、キョウハ、タダアイタイトイウコトデ、ソチラノオネガイヲ、ノンダ」
俺の声から、おどけた響きを完全に消した。
低く、腹の底に響くような、威圧を孕んだ音。
隣で、紗奈の肩がビクッと跳ねる。
彼女は下を向き、小刻みに震えていた。
その恐怖が、俺の肌に伝わってくる。
「オワリデ、イイデスカ?」
これ以上の対話は、彼女をさらに追い詰めるだけだ。
俺は明確な拒絶の意志を示す。
「ま、待ってください!!」
水瀬が慌てて割って入ってきた。
必死な形相で、俺と唐沢の間に割り込む。
「イヤ、マテナイ。……オレガナニヲシタ? ニンゲンヲオソッタカ? ギャクダ。ニンゲンハ、オレヲ、ソシテ、サナヲオソオウトシタ」
俺の糾弾に、唐沢も水瀬も、何も言い返せずに黙り込む。
「ソノセイデ、ハイシンモデキナイ。ソレデモ、オレハ、ニンゲンヲオソワナイ。ナンデカワカルカ?」
「い、いや……」
「パートナーニ、カナシンデホシクナイカラダ。ソレニ、ニンゲンノコトハ、ワカッテイルツモリダ」
俺は、震える紗奈の小さな手を、そっと自分の手で包み込んだ。
温かい。
この温もりを、冷たい檻の中に閉じ込めるような真似は、絶対にさせない。
「オマエラガ、ジジョウガアルヨウニ、オレラニモ、アル。ソレヲ、コンゴノツキアイデ、ハナセテイケバ、イイネ」
俺の言葉に、水瀬がようやく表情を緩めた。
「そうですね。サクさんのお気持ちは分かりました。……まだ、十分な信用もないのに、すべてをお話しできるわけがありませんよね」
「ソウダヨ。ジャア、オレガイマ、スベテヲサラケダシタトスル。ソレヲ、オマエラハ、シンジルカ? ……マア、ミナセサンハ、シンジテクレルカモネ」
俺は少しだけ皮肉を込めて言った。
「ダカラトイッテ、テキタイスルワケデハナイ。キョウリョクハ、モチロンスル。タダ、サナニ、チャントアポヲトッテ。……サナ、イイ?」
俺が確認すると、紗奈は俺の手を強く握り返し、小さく頷いた。
「……サクがいいなら、いいよ」
その一言を聞いて、唐沢は椅子代わりの岩から立ち上がり、再び丁寧に頭を下げた。
「そのお言葉を聞けただけでも、今日は十分です。……失礼なことを申し上げてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
慇懃な態度。
だが、俺は確信している。
この男は、腹の中ではまだ別の計算をしているはずだ。
「松田さん、サクさん、ありがとうございます。……私個人としては、大ファンだということもありますが、サクさんのことを心から信じたいと思っています」
水瀬の瞳には、嘘偽りのない熱が宿っていた。
「ミナセサン、タスカリマス。アリガトウ」
俺がそう告げると、彼女は驚いたように目を見開いた。
そして、我慢しきれなかったかのように、一筋の涙が彼女の頬を伝い落ちる。
「……いいえ。こちらこそ、ありがとうございます」
「ヒトツダケ、イイタイコトガアル」
立ち去ろうとする彼らを、俺は再び引き止めた。
唐沢は即座に反応し、真剣な眼差しをこちらに向ける。
「アルボウケンシャタチガ、オレヲツカマエルト、サガシニキタ。ソシテ、サナモサラッテシマオウトモ、イッタ」
「そんなことが……」
水瀬が絶句する。
「ナカマ、カゾク、アイスルヒトガ、モシ、ホントウニソンナメニアッタラ」
俺は一歩、岩を蹴って踏み出す。
「ソノトキ、オレハ、ドウナルカワカラナイ。……サナダケハ、マモリタイ」
空気が一気に重さを増す。
俺の奥底から漏れ出る魔力の残滓が、周囲の小石をカタカタと震わせる。
「ナカマノタメニ、イノチヲカケル。コトバダケデハ、ナイ」
それは、ただの宣言ではない。
俺という存在を定義する、絶対的な誓いだ。
水瀬は俺をジッと見つめ、その瞳に俺の姿を焼き付けているようだった。
誰も、言葉を発することができない。
沈黙が重く降り積もる。
だが。
「サクさん。あなたがテイムされていないと仮定して、お話しします」
唐沢が、静かに口を開いた。
「サクさんは、モンスターだ。このダンジョンという場所において、人間があなたを襲おうが、捕獲を試みようが、それはルールの上では自由だ。……しかし、松田紗奈さんは、我々と同じ、守られるべき『人間』です。冒険者協会として、市民が犯罪に巻き込まれるような事態は、決して看過しません。もし、そのようなことが起きようとするなら、私たちが組織の総力を挙げて、必ず力になります」
唐沢の言葉には、先程までの冷徹さとは違う、鋼のような確信が宿っていた。
「あなたの言葉、そしてパートナーを想う気持ち。……それは、信用します」
「アリガトウ、カラサワサン」
「……それに、先程の言葉ですが。逆もまた然り、です。あなたはモンスターだ。襲いかかる者に対し、黙ってやられろとは、私には言えません。……この先の言葉は、協会の人間としては口にできません。どうか、ご理解ください」
なるほど。
やるじゃん、唐沢。
「正当防衛」を公には認められないが、黙認はするということか。
組織の理屈と個人の良心のギリギリのライン。
「ワカッタヨ。キョウハ、ハナセテヨカッタ」
「こちらこそです。また何かありましたら、松田さんを通じてご連絡させていただきます。本日はありがとうございました」
二人は礼儀正しく一礼し、踵を返して岩場を去ろうとする。
俺は出口に向かう水瀬を、そっと呼び止め、近寄るように手招きをする。
声を潜め、彼女の意識だけをこちらに向けさせる。
「サナニ、オレノデバイスノ、レンラクサキヲ、キイテ。……コンドハ、ヒトリデオイデ」
水瀬は一瞬、息を呑んだ。
驚き、そして微かな期待に瞳が揺れる。
彼女は深く頷き、力強く答えた。
「サク……さん。分かりました。必ず」
そう言い残して、彼女たちは地上へと消えていった。
静寂が戻った1層の岩場で、俺は一つ、大きな溜息をつく。
唐沢は、俺たちを「泳がせる」ことに決めたのだろう。
監視下に置きつつ、有効活用する。
それが今の彼らにとっての最善策だ。
俺たちにしても、今はその流れに乗っかるのが一番マシな選択肢だ。
「サク……怖かったよ」
紗奈が、俺の腕にしがみついてくる。
その細い指が、俺の体躯をきつく握りしめている。
その震えを止めるように、俺は彼女を優しく、力強く抱き寄せた。
「ダイジョウブ、サナ。……オレガ、ゼッタイニ、マモルカラ」
たとえこの先、どれほどの理不尽が襲いかかろうとも、俺は紗奈を守る。
何があってもだ。
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