魔石の味と、経験の記憶
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
(……暇だ)
俺は、池袋ダンジョンの1層にある、湧き水が流れるエリアの片隅で、岩のくぼみに身を隠しながらぼんやりと壁を眺めていた。
つい先ほど、命がけで手に入れた唯一のまともな食料――唐揚げ弁当を、あの醜いゴブリンに台無しにされた。
思い出すだけで、腹の底からじりじりと熱い怒りが込み上げてくる。
俺は、花柄の巾着袋から取り出した「みかん」を、鋭利な爪で慎重に剥きながらもぐもぐと食べた。
度々、俺が隠れている場所の近くを新人冒険者たちが通り過ぎていく。
本来なら『盗む』を発動させて、次なる獲物を狙うべきなのだろうが、今はそんな気力も湧かなかった。
ただ、ゴブリンに対する理不尽な怒りと、失ったお弁当への未練だけが胸に重く残っている。
(それにしても……インプの身体って、意外と不便だな)
みかんを1粒1粒食べながら、俺は自分の小さな身体を見つめる。
人とは違う視点、人とは違う筋肉の動き。
だが、その不便さの中に、モンスターとしての新たな発見もあった。
例えば、岩の僅かな隙間に身体を滑り込ませる感覚や、微かな空気の振動で生物の接近を察知する本能。
俺は2個目 のみかんに手をつけながら、これからの生存戦略を練り始めた。
モンスターは、討伐されると黒い霧となって霧散してしまうため、食料にすることはできない。
だが、稀にドロップ品として肉を残す個体もいる。
オークの肉やミノタウルスの肉などは、地上では高級食材として広く認知されているものだ。
俺が人間だった頃……どこかの上質なレストランでそれを食べたような、そんな想像に近いイメージが霞んで頭に残る。
住処に関しても、課題は山積みだった。
冒険者たちは稀に「モンスターの巣」を発見することがあるが、多種多様な魔物が蠢くこの広大な迷宮の全てを把握することは不可能だ。
そもそも、睡眠すら必要としない個体もいるらしい。
モンスターたちは、常に人類から狩られる対象であり、ここは一瞬たりとも気の抜けない戦場なのだ。
普通、モンスターは成長する前に冒険者に狩られて終わる。
だがその分、人類よりも遥かに成長速度が早いとされている。
同種や異種間での小競り合いを繰り返し、生き残った個体だけが急速に強くなっていく。
中には、経験値……すなわち魔素を豊富に取り込んだ冒険者を「喰らう」ことで、戦闘の最中に進化を遂げる個体すら目撃されているという。
(……いや、人間を喰らうなんて、今の俺には考えられない)
身体が魔物になっても、心にはまだ「人間」としての意識が残っている。
できることなら戦闘も避けたい。
だが、そんな甘い考えでは、いつか踏み潰されるだけだ。
とにかく今は、成長して生き残ること。それだけを考えなければならない。
俺はみかんを食べ終え、身体を動かして感覚を確かめる。
まだこの身体の「敏捷」の高さを使いこなせていないし、背中に生えた小さな羽の使い方もさっぱりだ。
意識すればパタパタと動かすことはできるが、浮き上がる感覚が掴めない。
飛べるようになれば、生存率は飛躍的に上がるはずだ。特訓しなければ。
(あとは娯楽がなさすぎる。人としての意識がある以上、楽しみがないといずれ精神が壊れてしまうかもしれない。いまは、二の次だが……せめてスマートデバイスさえあれば、状況は変わるんだがな)
モンスターがネットを楽しむなんて滑稽な話だが、中身は人間だ。
ダンジョン内でもネットが繋がり、電池切れの心配もないデバイス。
それをなんとかして手に入れたい。
俺は、自分と意思疎通ができる特殊なジョブ……『テイマー』や『召喚士』を持つ人間を見つけ、交渉できないかと考えた。
そのためには、彼らが欲しがる「魔石」や「素材」を交渉材料として大量に確保する必要がある。
まあ数少ないとされるジョブだから、こればかりは待つしかない。
結局、やるべきことは1つだった。
成長し、スキルを磨き、敵を討伐してアイテムを集めること。
「あぁ……それでも、あのお弁当が食いたかったなぁ……」
俺はポーチ……いや、盗んだ花柄の巾着をガサゴソと探り、のど飴を取り出そうとして、ふと思いついた。
目の前にある、さっきのゴブリンのドロップ品。
紫色に輝く小さな魔石。
(……これ、飴みたいで美味そうだな)
人類にとって、魔石はあくまでエネルギー源や加工素材であり、体内に取り入れることなどあり得ない。
過去に試した人間もいたようだが、全く意味がなかったと聞いている。
では、モンスターの身体ならどうだ?
俺は、意を決して魔石を口の中へ放り込んだ。
(……! 甘い!)
驚いたことに、魔石は見た目通りキャンディのように甘かった。
どこかブドウのような芳醇な味が口いっぱいに広がる。
俺はそれをガリガリと噛み砕き、飲み込んだ。
『レベルが上がりました』
『スキルを取得しました』
脳内に響く、システムメッセージの無機質な音声。
魔素の塊を直接取り込んだことで、地道な戦闘よりも遥かに効率よく、純粋な経験値として吸収できたらしい。
俺はすぐさまステータスを確認した。
名前:なし 種族:インプ レベル:2
HP:17/17
MP:23/23
筋力:G(8)
耐久:G(5)
敏捷:E(124)
器用:G(35)
魔力:F(54)
運:F(53)
■スキル
透明化、盗む、シャドウインベントリ
(おぉ……収納スキルか!)
俺はさっそく、新スキルの名前を呼んでみた。
(シャドウインベントリ)
すると、俺の足元の影がまるで水面のように波打ち、黒い口を開けた。
試しに手元の巾着を放り込んでみると、吸い込まれるように消えていく。
視界の端には、影の中に何が収納されているかのリストが表示され、念じるだけで自由に取り出すことができた。
さらに驚いたのは、魔石を食べたことで空腹感まで満たされたことだ。
討伐して経験値を得て、その後に魔石を食べてさらに成長できる。
しかも腹も満たされるなんて、最高じゃないか。
(……よし、ぼーっとしてる時間は終わりだ)
俺は仮の住処にしていた岩のくぼみから飛び出し、さらなる獲物を求めてダンジョンの奥へと歩みを進めた。
◇
池袋ダンジョンの1層をさらに深く進んでいく。
普段は人で賑わう人気ダンジョンだが、今は冒険者の姿も疎らだ。
時計も日付も分からないが、おそらく今は深夜の時間帯なのだろうか。
俺が新宿で命を落としてから、どれほどの月日が流れたのか。
それに、この世界は、俺のいた世界と似ただけの違う世界なのではないか。
考え出せばキリがないが、今の俺には確認する術もない。
もやもやとした思考を振り払うように、俺は意識して身体を動かした。
歩き回るうちに、インプの筋肉の癖が解ってきはじめる。
走る速度を上げると、トテトテというコミカルな足音に反して、風を切るような鋭い動きができるようになってきた。
(ふんっ!!!)
全速力で走りながら、大きくジャンプする。
空中でぴょこぴょこと羽を動かしてみるが、数秒ほど滞空しただけで、ストンと地面に落ちてしまう。
インプなら飛べるはずだ。
こればかりは特訓を繰り返して、感覚を身体に叩き込むしかない。
何度も走り、跳び、羽をバタつかせる。
それを100回 以上 繰り返すうちに、ようやく「落下」が「滑空」へと変わり始めた。
着地したい場所まで、ふわりと風に乗る感覚。
いつかこれが、俺の命を救うことになる。
そう確信し、俺は特訓を続けた。
一度、拠点の近くまで戻ろうと引き返していた時だ。
エリアを抜ける通路の先で、何やら騒がしい争う声が聞こえてきた。
身を隠しながら覗き込むと、そこでは3匹のゴブリンと、2 匹 のコボルトが小競り合いをしていた。
見れば、コボルトのうち1匹 は既に深手を負って気を失っている。
状況から察するに、ゴブリンたちが集団でコボルトを襲っていたところに、もう1匹 の仲間が駆けつけた……といったところか。
(……あいつら、全部狩れないかな)
俺は本能的にそう思った。
今は『盗む』でアイテムを狙うよりも、とにかくレベルを上げるための魔石が欲しい。
それに、こんな狭い乱戦の中でスキルに失敗してバレるリスクを負うより、こちらから先手を取る方が賢明だ。
(透明化)
MPを消費し、俺の姿が景色から消える。
ここからはスピード勝負だ。
俺はシャドウインベントリから、あのゴブリンから奪った「錆びた短剣」を取り出した。
「こいつが先に絡んできたんだ!」
「うるさい! 醜い小鬼どもめ!」
モンスター同士の罵り合いが聞こえる。
そして、ぶつかり合うモンスター達。
俺は音を殺して近づき、俺の存在に全く気づいていないゴブリンの1匹の背後に立った。
そして、その首筋へ、正確に短剣を突き刺す。
「グギャァァッ!!」
鮮やかな緑色の血が噴き出し、ゴブリンが崩れ落ちる。
他の連中は何が起きたのか分からず硬直したが、コボルトの1匹が、鋭い嗅覚で俺の気配を察知したのか、ギロリと俺の方へ視線を向けた。
(……視えてるのか?)
一瞬、背筋に冷たいものが走ったが、コボルトの視線は俺の少し横を泳いでいた。
どうやら、はっきりとは見えていないらしい。
なんとなく「そこに何かがいる」と感じた程度か。
だが、ゴブリンよりは嗅覚に優れるのか、近づけばバレるはずだ。
それにその場に留まるのは危険だ。
俺は再び「透明化」を掛け直し、隙間を縫うように動く。
敵が空振りをし、大きな隙を見せた瞬間を逃さない。
スッと懐に潜り込み、2匹目のゴブリンの喉元を掻き切った。
これでゴブリンは残り1匹、コボルトは2匹だ。
だが、コボルトの1匹は瀕死。
実質的な脅威はゴブリンとコボルトが1匹ずつ。
次は、感覚の鋭いコボルトからだ。
俺はコボルトが武器を構えた瞬間、あえて首ではなく、脚の腱を狙って斬りつけた。
「ガァァァッ!!」
ぱっくりと腱を切断されたコボルトが、悲鳴を上げて転倒する。
立ち上がれなくなったコボルトは、半狂乱になって手元のナイフを周囲に振り回し始めた。
俺はその間合いから逃れ、恐怖で顔を引き攣らせている最後のゴブリンの胸を一突きにした。
『レベルが上がりました』
『スキルを取得しました』
再びシステム音がレベルアップを告げる。
俺は残ったコボルトたちを見据え、新しく習得したスキルを確認した。
(……『ファイヤーボール』か。ちょうどいい)
俺が手のひらをかざすと、そこに熱り立つような魔力の塊が凝縮され、真っ赤な火球が形成された。
必死にナイフを振り回し、見えない敵から逃れようとするコボルト。
(死ね)
ゴウッ、と激しい音を立てて火球が放たれた。
ドンッ!!
至近距離で爆炎が上がり、コボルトの身体を焼き尽くして霧散させる。
最後に、気を失ったままのコボルトの首筋に短剣を刺し、介錯を終えた。
(……ここまで、よく動けたな)
息を切らしながら、自分の動きを振り返る。
まるでもう何千回も実戦を経験してきたかのような、迷いのない一撃。
前世の記憶はないが、魂に刻まれた戦闘の経験だけは、今の俺を助けてくれているようだった。
俺は辺りに散らばった戦利品を回収した。
ゴブリンの爪が1つ、コボルトの牙、そして待ちに待った小さな魔石が3つ。
「交渉の材料にしたいけど……今は、俺自身が強くなるのが先だ」
俺は3つの魔石を、1粒ずつ飴のように口に放り込み、ガリガリと噛み砕いた。
芳醇な魔素が身体の隅々まで行き渡り、心地よい熱を帯びる。
『レベルが上がりました』
脳内のアナウンスを聞きながら、俺は最新のステータスを表示させた。
名前:なし 種族:インプ レベル:4
HP:27/27
MP:29/29
筋力:G(12)
耐久:G(9)
敏捷:E(132)
器用:G(41)
魔力:F(62)
運:F(59)
■スキル
透明化、盗む、シャドウインベントリ、ファイヤーボール
(よし……順調に強くなってる。モンスターの成長速度、恐ろしいな)
俺は確かな手応えを感じながら、影の中に武器をしまい、軽やかな足取りで住処へと引き返した。
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