灼熱の揺り籠
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
池袋ダンジョン、13層。
そこは、俺にとっての新たな試練の場であり、現在の主戦場だ。
洞窟内を血管のように流れる赤黒い溶岩。
吹き出す硫黄の煙と、肌を焼くような猛烈な熱気。
ここに出現するのは、火属性の大型蜥蜴『ラヴァリザード』と、黒曜石の硬質な肉体を持つ『バーンゴーレム』。
正直に言って、この層の攻略は苦行以外の何物でもない。
立っているだけで体力を削られる暑さはもちろん、ゴーレムの防御力は異常なほど堅い。
さらに、俺の遠距離攻撃の要であった火属性魔法が、ここでは全くの無力と化すのが痛かった。
「……暑苦しいな、全く」
俺は額の汗を拭い、闇属性の斬撃『ダークブレード』を構える。
幸い、この闇の刃はここでも有効だった。
そして、最近覚えたスキル『幻惑』。
相手に数種類のデバフをランダムで付与するこの能力が、ここでは驚異的な威力を発揮している。
だが、このスキルを使うたびに、俺の胸の奥には正体不明のモヤモヤした感覚が広がるのだ。
これが一体何なのか。
分からないことが、さらに俺を苛立たせていた。
ここまでの道のりで手に入れた魔石は、そのほとんどをグリムに食わせた。
7層を越えてからはドロップが『小魔石(青)』に変わり、11層を過ぎると、ついに『中魔石(赤)』が手に入るようになった。
これこそが、俺たちが短期間でここまで急成長できた最大の要因だ。
特に12層は最高の狩場だった。
蟻型のモンスターが無限に湧き出すエリア。
推奨レベルに満たないグリムを後方に待機させ、俺は押し寄せる蟻の群れに『エクスプロードボール』を叩き込む。
あるいは『幻惑』で狂わせ、蟻たちが互いに食らい合う地獄絵図を特等席で鑑賞しながら、俺はただ地面に転がる魔石を拾い集めるだけでよかった。
その「養分」を吸い上げて、グリムは見事に変貌を遂げた。
■名前:グリム 種族:グレイブリッチ レベル:22
HP:122/122
MP:149/149
筋力:F(71)
耐久:E(107)
敏捷:F(75)
器用:E(102)
魔力:D(162)
運 :F(58)
スキル:ダークボルト、死霊召喚、骨槍、マナドレイン、グレイブコール
進化したグリムは『グレイブリッチ』へと昇格し、新たなスキル『グレイブコール』を習得した。
今のグリムの周囲には、スケルトンナイト5体、スケルトンアーチャー2体、スケルトンメイジ2体という、統制された「軍勢」が控えている。
レベル的にはまだ未熟だが、グリムが成長すれば、この骨の軍団もまた、より凶悪な戦力へと変貌するだろう。
そして、俺自身の現在の力だ。
■名前:サク 種族:シャドウスティーラー レベル:39
HP:202/202
MP:184/184
筋力:E(112)
耐久:E(109)
敏捷:B(276)
器用:E(146)
魔力:C(212)
運 :D(164)
スキル:盗む、シャドウインベントリ、ファイヤーボール、強奪、アナライズ、バックスタブ、エクスプロードボール、影潜り、完全透明化、ダークブレード、影移動、幻惑
敏捷はついに『B』に到達し、魔力も『C』へと上がった。
どれだけレベルを上げても、真正面からの力比べでは化物たちに力負けしてしまう。
だからこそ、俺の戦法は常に「卑劣」だ。
『完全透明化』と『影移動』で翻弄し、『バックスタブ』で背後から急所を貫く。
高い運の値がクリティカルを誘発し、堅固な敵でさえも沈める快感。
まあ、俺には他にもいくつかの「切り札」がある。それさえあれば、この地獄も渡っていけるだろう。
◇
「主よ……不甲斐なくて、すまない」
グリムが、カタカタと顎を鳴らして申し訳なさそうに項垂れる。
従えるスケルトンたちも、主人の感情に同調するように、どこかしょんぼりと肩を落としているように見えた。
「アホか。俺が無理やりこんな下層まで連れてきてるんだ。気にするな。これは『パワーレベリング』ってやつだよ」
「そうは言ってもな。何もできず、ただ後ろに控えているだけの自分に腹が立つ」
「そう思ってくれるだけで十分だよ。それにさ、俺にとっては、話し相手になってくれるだけでもデカいんだ」
俺は本心からそう告げた。
孤独な暗闇を一人で歩き続けていた頃に比べれば、この骸骨の相棒がいるだけで、どれほど救われているか。
「この13層は、今は下見程度でいい。12層の蟻を狩りまくって、グリムが俺と同じくらいのレベルになれば、ここもただの通過点になる」
俺はさらに、今後の展望を口にした。
「俺もそろそろ、進化の時が近い。魔石が手に入れば進化まで半分俺にまわしてくれ。進化した後は、また全てグリムにまわすからな」
この先を進むなら、グリムの強化は絶対条件だ。
それなら12層で永遠にレベリングをすればいいと思うかもしれない。
だが、経験と情報。こればかりは実際に足を踏み入れなければ手に入らない。
それほどまでに、この層に居座る『バーンゴーレム』の存在感は重く、そしてネットに載っていた「エリアボス」の情報が俺の心をざわつかせていた。
正直、今の戦力のままでは届かない。
俺でさえ推奨レベルのギリギリだ。
グリムを守りながら勝てるような、甘い相手ではない。
◇
溶岩の激流を眼下に眺めながら進むと、壁面にぽっかりと口を開けた空洞を見つけた。
俺は空を飛び、その穴へと滑り込む。
内部は黒曜石で構成されており、外の狂ったような熱気から遮断された、意外なほど快適な空間だった。
「よし、ここを拠点にしよう。名付けて『13層黒曜石ハウス』だな」
俺は一度グリムの元へ戻り、スケルトンたちを再送還してもらう。
そしてグリムを抱え上げ、再び空を飛んで空洞へと運び入れた。
「なかなかいいスペースだろ?」
「ああ。ここならバーンゴーレムの突進も届くまい。ただ……」
グリムが指差す先、空洞の入り口付近の岩場に『ラヴァリザード』が2体、こちらを睨んでいた。
溶岩を泳ぎ、こちらの岸へ渡ってくるつもりだろう。
「グリム、ここでスケルトンたちを再展開して待ってて」
「わかった。……気をつけてくれ、主」
俺は空洞の影に身を隠し、『完全透明化』を発動する。
気配を殺し、灼熱の風と同化するようにラヴァリザードの背後へと回り込む。
意識を集中させ、渾身の力で『バックスタブ』を叩き込んだ。
短剣が、蜥蜴の脳天を深く貫く。
「ギャウッ!!」
断末魔の叫びと共に、1体がのたうち回る。
もう1体が異変に気づき、口内に巨大な火の玉を練り上げた。
俺は即座に『影移動』を起動。
相手の死角、後方の岩の影へと転移する。
姿の見えない敵に混乱したラヴァリザードは、闇雲に火球を連射し、周囲の壁を爆砕させている。
「……遅いよ」
俺は『ダークブレード』を展開する。
闇の斬撃が空を切り、標的に向かって数発連続で叩き込まれる。
反撃の隙さえ与えず、巨体は青い霧へと変わった。
レベルが上がっても、俺の防御力はこの層では紙屑に等しい。
「当たらなければどうということはない」
そんな強がりを体現するように、俺は距離を保って戦うしかないのだ。
地面に転がった2つの中魔石(赤)を拾い上げ、俺は拠点の空洞へと戻った。
「主、お疲れ様だ」
「おう。ほら、飯だぞ」
中魔石(赤)の1つをグリムに放り投げる。
俺自身も、今日のご褒美として残りの1つを手に取った。
より濃厚さを増した、高級の魔石。
俺はそれを、パクリと口に放り込む。
(……うーん、最高だ)
味を例えるなら、太陽の光をたっぷり浴びた完熟の苺。
強烈な甘さの中に、繊細な酸味のアクセント。
そして何より、喉を通る瞬間に弾ける、濃厚な魔力の果汁感。
あまりの美味さに、俺はそのまま黒曜石の床に仰向けに倒れ込んだ。
「ふぅ……ちょっと休もう。MPも回復させなきゃ……」
瞼を閉じようとした、その瞬間だった。
脳の奥底に、無機質なシステムの声が響き渡った。
『レベルが上がりました』
全身の細胞が沸騰するような衝撃が駆け巡る。
『レベルが40に到達しました。進化条件達成。進化先が解放されました』
「……っ、グリム。俺……進化、する」
「お、主!おめでとう!」
グリムの声が遠くに聞こえる。だが、祝福を喜んでいる余裕はなかった。
『特殊個体:シャドウスティーラーを確認。進化先が決定しました』
「倒れてる間……魔物が来るかもしれない……早めに、起こして……くれ」
「わかった!任せておけ!」
「スケルトンたち……グリムを……よろしくな……」
視界が真っ白に染まっていく。
身体が溶け、再構築されるような、恐ろしいほどの万能感と疲労感が同時に襲いかかる。
『進化を開始します』
ああ……この感覚。
どうか、何事もなく、新しい自分に目覚めることができますように。
俺の意識は、深い、深い深淵の底へと沈んでいった。
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