骸骨の魔導師
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
池袋ダンジョン、3層住処。
瓦礫の山にひっそりと残されたドーム状の空洞に、俺は身体を滑り込ませた。
「はあ……やっとここまで戻ってきたか」
今となってはどこか懐かしささえ覚えるこの場所を、俺は勝手に『3層ハウス』と名付けている。
前の俺は、床に盗んだハンカチを敷き、巾着を枕代わりに置いた。
せっせと盗……いや、拝借してきた小物を飾り立てて、少しでも「部屋」らしく整えた。
そして何より、ここは紗奈からもらったおにぎりと唐揚げを頬張り、温かい味噌汁を飲んだ、俺にとっての聖域だ。
なぜ、わざわざこんな面倒な思いをしてまで、すでに踏破した下層に戻ってきたのか。
理由は2つある。
1つは、新しく覚えたスキル『影移動』の活用だ。
このスキルは、自分の影から、視界内にある他の影や、自分の痕跡の影へと瞬時に転移できる。
移動距離に応じて消費MPは跳ね上がるが、戦術の幅を劇的に広げるものだ。
ネットの情報によれば、これはニンゲンには取得不能な、悪魔系モンスター特有のスキルらしい。
スレタイ『ほしいスキルで打線組んだ』というスレッドでも、多くの冒険者がほしいと語っていた。
個人的には、一番センターで使っているスレ主のセンスが好きだ。
俺が注目したのは、その注釈にあった「自分の痕跡があれば、目視できずとも移動可能」という一文だ。
「なら、各層の拠点に俺の私物を置いておけば、そこへいつでも跳べるんじゃないか?」
思いついた瞬間、俺は行動に移した。
シャドウインベントリに溜め込んでいた私物を、各層の拠点に一つずつ設置して回った。
結果は、大成功だ。
層を跨ぐ移動には最大MPの半分を消費するが、7層から5層へと2層分を一気に跳んでも、消費量は変わらず半分で済む。
これなら、俺の現在地を特定されるリスクを最小限に抑えつつ、効率的にダンジョン内を移動できる。
ちなみに、最近は配送ドローンサービスを利用するようになったから、泥棒家業は卒業した。
ドローンのが運んできた物のパッケージやゴミも「俺の私物」として拠点に置いて、転移のマーカーに再利用している。
俺は久しぶりの『3層ハウス』で、溜め込んでいた魔石を頬張る。
ここ最近は、自分でも狂っていると思うほど不眠不休で攻略に明け暮れていた。
そのおかげで、現在のレベルは38にまで到達している。
ニンゲンなら何年も、あるいは到達する前にやめてしまうかどうかのレベルだ。
眠る必要がなく、戦い続けられるスタミナがあり、何より経験値効率が異常にいい。
「モンスターって、素晴らしいな」
その代償として、数えきれないほどの死線を潜り抜けてきたけれど。
◇
道中で気づいたことだが、レベル差が開きすぎると、低層のモンスターたちは俺の姿を見るだけで怯え、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
無理もない。
生まれたての赤ん坊の前に、下層から這い上がってきたレベル30超えの化物が現れれば、腰を抜かして動けなくなるのも当然だ。
食料の確保に困るかと思ったが、この3層は幸いにもスケルトンの宝庫だ。
見つけ次第、片っ端から粉砕して膨大な数の魔石を確保し……いや、正直に言おう。
空腹に耐えかねて、拠点でその大半を食べてしまった。
俺の中に巣食う「駄インプ」の根性は、進化してもなお、しぶとく残っていたらしい。
「ああ、つくづく俺はダメなやつだ……」
そんな自己嫌悪に浸りながらも、俺はもう一つの目標――このフロアの主である、あの骨の魔導師に会うために、紫色の炎が揺らめくボス部屋へと足を踏み入れた。
目の前には、リッチと、その手下であるスケルトン軍団。
「同胞よ……なぜ、お前のような強者が、ここに居る」
リッチが、空洞の眼窩に宿る魔力の光を揺らしながら問いかけてくる。
「そりゃ、お前をスカウトしに来たんだよ」
そう。
俺はこの、意思疎通が可能なリッチをずっと仲間にしたいと考えていた。
現在攻略中の10層まで、ソロでも特に支障はなかった。
だが、単純に……寂しかった。
話し相手が欲しかったし、何より強力な後衛魔法使いの存在は、これからの戦いに不可欠だ。
何より、初めてこいつと戦った時の会話が、頭から離れなかったんだ。
「スカウト……?なんだ、それは」
「俺の仲間になってくれ、ってことだよ」
「カカカ!そんなことが、この理の場所でできるわけがなかろう。私はこの部屋で生まれ、人間を屠るために戦い、死に、そしてまた生まれる。それが、ダンジョンから与えられた私の唯一の役割だ」
ほう、こいつ、自分の置かれた状況を理解しているのか。
「そのクソみたいな役割に、疑問を持ったことはないのか?」
「ない。そもそも、こうして言葉を交わす者もいなかったからな。カカカ」
「まあ、お前とは前にも一度やり合ってるんだけどな」
「そうか。ならば記憶にはないが、前の私が不甲斐なくも敗れたのだろう。ならば、今回の私も、不甲斐なく散るまで戦うのみだ」
やはり、対話だけでは落ちないか。
「わかった。だけどな、俺は何回でもお前に会いに来るぞ。お前を倒して、リポップしたらまた交渉しに来る。お前が首を縦に振るまでな」
「カカカ!同胞は私に、随分と執着しているようだな。愛されているな、私は。……ならば、次の私によろしく伝えておいてくれ」
リッチが杖を高く掲げると、骨の兵士たちが一斉に俺へ牙を剥く。
三顧の礼、なんて言葉もあるが、俺は3回どころか、何十回でも通い詰めてやる。
◇
それから、どれほどの時間が経過しただろうか。
21回目のボス討伐を終え、俺は静寂に包まれた部屋で、リッチの再出現を待っていた。
シャドウインベントリの中には、これまでの戦利品である小魔石(青)の山と、数本の「魔力を帯びた骨」、そして一つだけドロップしたレアアイテム「古びた魔導書」が収まっている。
交渉は、毎回失敗に終わった。
けれど、あいつとの会話は、俺にとって唯一の娯楽にさえなりつつあった。
毎回同じような挨拶を交わし、短い会話の後に戦いになる。
そして、今の俺の敵ではないリッチは、あっけなく霧となって消えていく。
それはどこか、悲しい儀式のようでもあった。
あいつはボスというシステム上の立場に縛られ、立ち向かわなければならない。
そして死んで、また戦うために、何もかもを忘れて生まれてくる。
「その呪縛、俺が解き放ってやるよ」
空気の振動が変わる。リポップの瞬間だ。
◇
「よう、また来たぞ」
「何を言っている、強き同胞よ。私は今、初めてお前と相見えるのだぞ」
リッチの言葉に、俺は少しだけ切ない笑みを浮かべる。
「これで今日だけで22回目なのに、忘れちゃうなんて酷いな……」
「それはすまない。私には、記録も記憶もないのだ。許してくれ」
全く、相変わらず面白いやつだ。
「冗談だよ。まあ、22回目っていうのは本当なんだけどな。毎回断られてるけど、今日もお前をスカウトしに来た。……それとな、お前の記憶も記録も、全部俺が持ってるんだよ」
「……私の、魔石か」
「ああ。この青い魔石。それと、これだ」
俺はインベントリから、リッチの身体の一部だった「魔力を帯びた骨」と、以前の彼が守っていた「古びた魔導書」をその場に放り出した。
「ほう……。それは間違いなく、私の骨……そして、私の宝物だ。それを持っているということは、そうか。私は何度も、お前に敗れているのだな」
リッチは、床に転がった自分の欠片を、愛おしむように見つめた。
「同胞よ。私はここで生まれ、死に、また戦うために生み出される装置だ」
「前のお前も、そのまた前のお前も、全く同じことを言ってたよ」
「そうか。……ならば、死を繰り返しても、私は私、ということか」
リッチは、目玉のない空洞をじっと俺に向けて固定した。
「スカウト、と言ったな。そんなことが、本当にできると思うか?」
「分からない。このダンジョンは謎だらけだ。でも、可能性がゼロだとは思わない。お前のような逸材が、こんなところで永遠に使い潰されるのは勿体ないだろ。お前くらい、ここからいなくなってもダンジョンは困らないはずだ」
「……そうだな。……そうかもしれないな。だが、私にはここを離れる術が分からないのだ。この場所そのものが、私を繋ぎ止める鎖なのだから」
「なら、案がある。……お前の身代わりに、この魔石と骨と魔導書をここに置いておく。こいつらがここにある限り、ダンジョンは『リッチはまだ健在だ』と勘違いしてくれるかもしれない。その隙に、俺と一緒に外へ出よう」
「カカカ……。試してみる価値はあるかもしれんな」
俺は、祭壇のような場所に3つのアイテムを丁寧に並べた。
一瞬、何も起きないかと思われたが――。
地面が淡く発光し、供えられたアイテムたちが底なしの沼に沈むように吸い込まれていった。
同時に、リッチが驚愕の声を上げる。
「なんだ……これは……!」
「どうした、何が起きた!?」
「頭の中に、声が響いたのだ。……『個体名:グリムを獲得しました』……と」
「おっ、ということは!」
「……どうやら、ここでの私の役割は、用済みになったらしい」
よし、成功だ!
「じゃあ、次のお前が現れる前に、ここをおさらばしようぜ、グリム」
リッチは、傍らに控えていたスケルトンたちに向き直り、静かに告げた。
「次の私によろしく伝えてくれ。……同胞……いや、主よ。私の名はグリム。リッチのグリムだ。……今日から、主に付き従おう」
「俺はサク。種族は……よく分からないが、シャドウスティーラーってやつらしい。よろしくな、グリム」
俺が差し出した手を、グリムの骨の手がしっかりと握り返す。
ずっと一人で戦い、孤独な暗闇を歩き続けてきた俺に、初めての仲間ができた。
死の連鎖から解き放たれた骸骨の魔導師、グリムが仲間になった。
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