それぞれの想い
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
「……もしもし、サク?」
身体をベッドに投げ出し、私は震える指先でデバイスを耳に当てた。
冒険者協会からの心臓に悪い電話のあと、真っ先にその声を聴きたかった。
スピーカーから返ってきたのは、これまでのような"鳴き声"ではなかった。
それは、少年のようで、どこか無機質で、けれど少し温かさを孕んだ「言葉」だった。
「ドウシタノ?」
「――っ!えっ……喋れるようになってる!」
驚きのあまり、私はベッドから跳ね起きた。
これまでも意志疎通はできていたけれど、はっきりとした発音で言葉を返されたのは初めてだ。
サクの声は、耳の奥に心地よく残る響きをしていた。
「ウン、チョットイロイロ、アッテネ」
サクは照れ隠しをするように、淡々とした口調で答える。
色々……ね。
彼が今の姿として生き抜くために、どれほどの不条理を越えてきたか。
その片鱗を想像するだけで、胸の奥がチリチリと痛む。
けれど、今はそれを追求している場合ではない。
私は深呼吸をして、本題を切り出した。
「あっ、そうそう。さっきね、協会の探索管理課の人から連絡があったんだ。私とサクに会いたいんだって。……どう思う?」
「ドウトイワレテモ、オンドカンガワカラナイカラ、ナントモイエナイヨ」
サクは、からかうような、少しだけ笑みを含んだ声で返してくる。
私の不器用な説明を面白がっているのが分かって、少しだけ顔が熱くなる。
「私が話すのが下手なのはわかってるよ!もう!」
「ソウイウトコロモ、カワイイトオモッテル」
「もう!モンスターなのに何言ってるの!!あぁ、もう……話が脱線したでしょ!」
叫びながらも、胸の鼓動が激しくなるのを止められない。
サクと話していると、彼が恐ろしい力を持つ魔物であることを忘れてしまう。
それどころか、彼がいつか語っていた「元は人間だった」という言葉が、すとんと胸に落ちてくるような気がするのだ。
「えっと、その人いわく、サクのファンでもあるから、無理に生態を調べたり危害を加えたりすることはないって。……信じられる?」
「ソンナウソ、モンスターデモツケルケドナ。ハハハ」
自嘲気味なサクの笑い声が聞こえる。
嘘だ。
協会という強大な組織が、サクのような規格外の存在を放置するはずがない。
私だってそれは分かっている。
けれど、あの水瀬という女性の声は、単なる事務的な響きではなかった。
そこには、もっと個人的で、切実な何かが混ざっていたように思えて。
「チナミ、ソノタントウハ、ドンナニンゲンダッタ?」
サクの声のトーンが、わずかに変わった。
探るような、どこか警戒の色を含んだ問いかけ。
「女性で、すごく綺麗な声の人。サクの話をする時に、少しだけ熱が入ったように喋ってた。……名前は、水瀬綾香さんだって」
その瞬間。
通話の向こう側で、時間が止まったような沈黙が流れた。
デバイスを通じて伝わってくる、サクの気配が揺れている。
激しい動揺、あるいは、深い思考の深淵。
やがて、サクは絞り出すような、けれど決然とした声で言った。
「ミナセ……アヤカ……?………ソノハナシ、ウケヨウ」
「えっ!?どうして?危険じゃないの!?」
「ダイジョウブ……ト、シンジタイ。トニカクオレハ、イツデモイイカラ、キマッタラオシエテネ」
驚く私を置いていくように、サクは言葉を続ける。
なぜだろう。
彼がその名前に、何か特別な意味を見出したのは明らかだった。
私が知らない「彼」の過去。
そこに、その女性はいるのだろうか。
「……待って。今、サクって何層にいるの?」
「ソレハ、アッテカラノ、オタノシミ」
「……わかった。サクがそれでいいなら、そうするね。……ねぇ、サク?」
私は、湿った前髪を指で弄りながら、不意に口を突いて出た言葉をそのまま紡いだ。
「私も、少しずつだけど頑張ってるよ」
なんでこんなことを言ったのか、自分でも分からない。
仕事での理不尽、ダンジョンでの恐怖、ジョブ進化の苦労。
誰にも言えない孤独を抱えて戦っているのは、私だけじゃない。
でも、今の私にとって、全てを剥き出しにして話せる相手は、この世界にサクしかいなかったから。
「ウン。サナハ、ヨクガンバッテル。オレモタスカッテル。アリガトウ。デモ、ムリシテハダメダヨ」
優しく、重みのある言葉。
サクに認められたという実感が、ケーキの甘みよりも深く私の心を癒していく。
だから、つい悪戯心が芽生えてしまった。
「ありがと、サク。じゃあ、決まったら教えるね。――大好き」
「チョッ!!」
サクの焦りを含んだ絶叫を切り裂くように、私は通話終了ボタンを押し込んだ。
あの落ち着き払って私をからかっていたサクが、最後に見せた狼狽ぶり。
「ざまぁみろ」と心の中で叫び、私は枕に顔を埋めた。
やり返してやった、という勝利感。
けれど、枕越しに伝わってくる自分の頬は、これまでの人生で一番熱く、真っ赤に染まっていた。
◇
「……もしもし」
私は、震える右手を左手で押さえながら、話した。
ドクドクと、耳の奥まで響く鼓動の音が、夜の静寂をかき乱している。
窓の外には、3年前と変わらぬ東京の夜景が広がっていた。
「冷静に、ならないと……」
自分に言い聞かせるように、彼女は冷え切った水を飲み干す。
松田紗奈。
電話の向こうで震えていた女性。
その幼さの残る声には、紛れもない「恐怖」と、それを上回るほどの「守護の意志」が宿っていた。
テイムモンスターに対して、あれほどの感情を注ぐ者がいるだろうか。
『本日お話しさせていただきたいのは、松田さんが運営されているサナサクちゃんねるの件です』
自分の放った言葉が、脳内でリピートされる。
警戒を解くために、最新の注意を払って「ファン」という言葉を選んだ。
それは嘘ではない。けれど、完全な真実でもなかった。
あの配信動画の中で戦うサク。
その無駄のない動き、時折見せる仲間への配慮、そして何よりも、敵を見据えるあの眼差し。
(……そんなはずはない。魔物が、彼(朔)であるはずがないのに)
でも、もしサクがただの魔物なら、テイマーである紗奈が「サクに確認します」なんて言葉を吐くはずがない。
テイムされた魔物は、主人の絶対的な支配下にあるはずだ。
確認が必要だということは、そこに「対等な対話」が存在しているという証拠。
「なにかある。……絶対に、なにかが」
綾香は、デスクの上に置かれた古い写真を見つめた。
そこには、少しだけ引き攣った笑顔を浮かべる朔と、彼の隣で屈託なく笑う自分の姿があった。
彼女の指先が、写真の中の朔の肩をなぞる。
「……待っていて。必ず、あなたを確かめるから」
彼女はスマホを手に取り、同僚、唐沢へのメッセージを打ち始めた。
◇
「チョッ!!」
暗闇の中で、俺は思わずスマホを握りしめたまま絶叫していた。
「大好き」だと?
モンスター(おれ)に対して、人間の紗奈が、そんな言葉を。
脳の片隅に、以前どこかで目にした『盗んだキャバクラの名刺』の記憶が掠める。
キャバクラなんて行った記憶はない。
だが、知識として知っている何かが、俺の理性を激しく揺さぶっていた。
「……今の俺は、ピュアボーイなんだぞ」
独り言を漏らし、俺は溜息をつく。
からかった仕返しにしては、あまりにも破壊力がデカすぎる。
心臓が激しく打ち鳴らされ、身体の中を流れる魔力が熱く脈打っているのが分かる。
魔物の俺が、人間の紗奈にドキドキするなんて、おかしな話だ。
「主、何やら楽しそうだな。カカカ」
背後から、低く掠れた声が響く。
「ハハハ、パートナーからの連絡でね」
「ほう、主が守りたいと言っていたお方か」
「そうだよ。グリムももうすぐ会えるから、楽しみにしてて」
「あぁ、主の想い人に会えるなんて。楽しみだな」
「違うっての。……大切な人間ではあるけど、そういうのじゃない。たぶん」
否定しながらも、俺の脳裏には別の影が差していた。
水瀬綾香。
紗奈の口から出たその名前に、魂が激しく共鳴した。
俺が人間だった頃の記憶は、ルミナスドラゴンとの戦いと、ぼんやりと逃がした仲間の背中くらいしか残っていない。
けれど、かつてネットで自分の「記録」を探した時に見つけた記事。
『フロントライン、最前線の聖女・水瀬綾香』
写真の中で、人間だった頃の俺――高梨朔の隣で微笑んでいた、光のような女性。
俺が命を懸けて逃がしたかったのは、彼女だったのか。
前世の俺が守り抜いた女性。
彼女が今、冒険者協会として俺の前に現れようとしているのかもしれない。
(……どんな顔をして、俺を見ているんだろうな)
会えば、何かが変わってしまうかもしれない。
俺が魔物であるという現実を突きつけられ、彼女を傷つけることになるのかもしれない。
けれど、逃げることはできなかった。
俺の魂が、彼女に会わなければならないと叫んでいる。
「よし、グリム。そろそろ行こうか」
俺は、記憶の断片にある「ぼやけたシルエット」と、写真の彼女の姿を重ね合わせながらダンジョンを進んだ。
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