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ダンジョンで死んだらインプに転生したので、とりあえず盗みから始めてみる  作者: 道雪ちゃん


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協会からの接触

ゆるゆると書いてます。

変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。

鈍色の、重圧感を放つ巨大な扉の前に辿り着く。


その奥から漏れ出る、これまで戦ってきた魔物たちとは一線を画す禍々しい気配。


私は短槍を握る手に力を込めたが、すぐにその指を緩めた。


「……さすがに、今の私たちじゃまだ無理だよね」


焦燥感は、常に私の背中を焼いている。


けれど、無謀に突っ込んで全てを台無しにするほど、私は自分を信じてはいなかった。


この焦りは、サクの信じられないような攻略ペースを目の当たりにしているからだ。


普通の人間、普通の探索者のペースなんて、きっとこんなもの。


どこか大手のパーティに所属していれば、効率や安全性はもっと保証されていたのかもしれない。


けれど、手に入れた経験値を分配しなければならないし、何より人付き合いが致命的に苦手な私にとって、気心の知れたグレイやリリと歩む今のスタイルは、何物にも代えがたい救いだった。


「体力的にはもう少し行けそうだけど……ここからエントランスまで戻る体力を残しておかないと」


明日も仕事がある。


現実は、容赦なく私の背後まで迫っていた。


私たちは引き返すことを決め、途中で何度か休息を挟みながら、来た道を慎重に戻っていく。


エントランスへと辿り着く道中、今日手に入れたばかりの魔石をグレイたちに差し出した。


ストーンスライムとポイズンバットからは、極小魔石。


そして苦戦したオークからは、赤く鈍く光る小魔石。


「ほら、お疲れ様。今日も頑張ってくれてありがとう」


2体は、待ってましたと言わんばかりに魔石に飛びついた。


ガリガリと硬い音を立てて美味しそうに魔石を咀嚼する彼らの顔を見ていると、私の心に溜まっていた泥のような疲れが、少しだけ溶けていくような気がした。


その直後、2体の身体を淡い光が包み込む。


『グレイ、リリのレベルが上がりました』


システムの声が、彼らの成長を祝福する。


これで2体ともレベル12だ。


青く透明な光を放つ転移石に触れると、身体を包むフワリとした浮遊感と共に、一瞬で練馬ダンジョンの地上階へと引き戻された。


受付で手続きを済ませ、素材の買取を依頼する。


といっても、今日はほとんどの魔石をグレイたちの糧にしてしまったため、売却するアイテムはごく僅かだった。


かつては、生活のために魔石さえも売っていた。


けれど、サクから「強くなりたいなら仲間に与えるべきだ」と教わってからは、迷わず彼らに捧げるようにしている。


仲間の成長を、目先の数千円で売り払うなんて、今の私には考えられなかった。


番号札を受け取り、併設されているショップで装備品やポーションを眺めて時間を潰す。


並んでいる高価な魔銃や防具を見ていると、自分の装備の心もとなさを痛感するけれど、今の私に買えるものは少ない。


電光掲示板に私の番号が表示され、査定完了を知らせる。


数は少ないのだから、すぐに終わるのは当然だ。


受付で微々たる売却額を確認し、書類にサインをして振込の手続きを終える。


「よし、今日の攻略はここまで」


自分へのご褒美、そして目標だったレベル10に到達したことのお祝いで、今日は奮発してケーキでも買って帰ろう。


そう決めて、私はダンジョンを後にした。





「……うーん、美味しい」


練馬駅のすぐ近くにあるケーキショップで、王道のショートケーキと、抹茶とマスカルポーネのティラミスを購入した。


ゆっくりと浴槽に浸かり、冷え切っていた身体が芯から温まったところで、極上のスイーツを口にする。


甘みが、疲弊した脳と身体の隅々にまで染み渡っていく。


いつか始めようと考えていたSNSのために、お洒落な皿に盛り付けたケーキの写真を撮ることも忘れなかった。


登録しようとするたびに「私なんかが発信しても……」と気後れして、結局アカウントすら作れずにいたけれど。


「でも、サナサクちゃんねるのアカウントくらいは、作っておかないとだよね」


誰もが日常を呟いているCurrentというSNS。


サクが初めて配信をした際、爆発的にバズり、このCurrentでもトレンドの最上位を独占した。


それなのに、チャンネル公式のアカウントが存在しないのは、客観的に見て不自然だ。


有名になれば、そこから案件や仕事の依頼が舞い込むこともあるという。


人見知りの私にそんな対応ができるのか不安は尽きないけれど、これはサクがくれたチャンスであり、同時に私の未来を変えるための鍵でもある。


私はケーキを頬張りながら、意を決してスマホの画面を操作した。


アカウント名は『サナサクちゃんねる』。


プロフィール欄には「テイマーとパートナーモンスターによる実況攻略配信がメインのチャンネルです。お仕事の依頼はDMにてお願いします」と、教科書通りの文章を入力した。


文章を考えるのは苦手だけれど、今はこれで十分だろう。


アイコン画像は本当はサクの写真にしたいけれど、勝手に使うわけにはいかないから、とりあえずは初期設定のままにしておく。


「……あ、そうだ。10レベルになったこと、サクに報告しなきゃ」


デバイスを手に取り、彼に通話をかけようとした時――。


画面に表示された、未確認の不在着信が目に飛び込んできた。


『冒険者協会東京本部 水瀬綾香』


着信時刻は、ちょうどダンジョンの査定を待っていた夕方頃。


その瞬間、身体から一気に血の気が引いていくのが分かった。


「……やばい。サクのことが、バレた……?」


いや、バレていないはずがないのだ。


あんなに目立つ、規格外のモンスターが画面越しに何万人もの目に晒されたのだから。


いつか必ず、協会から何らかの接触があるだろうと覚悟はしていた。


けれど、実際にその時が来ると、ついさっきまで味わっていたケーキの甘みも、お風呂の温もりも、すべてが氷のように冷え切っていく感覚に襲われた。


無視することはできない。


放置すれば、もっと面倒なことになる。


私は震える指先で、発信ボタンを押した。


出ないでほしい。


いや、いっそこの世から電話という仕組みが消えてしまえばいい。


そんな子供じみた願いをあざ笑うかのように、わずかなコールの後、落ち着いた女性の声が耳に届いた。


「……もしもし」


凛としていて、それでいてどこか柔らかな、綺麗な声だった。


私は喉に張り付いたような声を、必死に絞り出した。


「あっ、も、もしもし。……あの、冒険者協会の方……でしょうか?夕方に着信があったのを、い、今気がついて……折り返しました。申し訳ありません」


言葉が震えているのが自分でも分かる。


胃のあたりが、ギリギリと嫌な音を立てて痛み出した。


「折り返しありがとうございます。私、冒険者協会東京本部、豊島区探索管理課の水瀬と申します。松田紗奈さんでよろしかったでしょうか?」


「は、はい。松田です」


「よかったです。協会に登録されている連絡先からお電話させていただきました。いきなりで驚かせてしまったかもしれません。申し訳ありません」


「いえ、その……少し、驚きましたけど。……それで、ご、ご用件というのは……?」


一秒でも早く、この通話を終わらせたい。


サクのことではない、事務的な確認か何かの間違いであってほしい。


けれど、無慈悲にも水瀬の口から出た言葉は、私の淡い期待を打ち砕いた。


「本日お話しさせていただきたいのは、松田さんが運営されている『サナサクちゃんねる』の件です」


終わった。


私は、心の中でそう絶望した。


隠し通せるはずがないと分かってはいても、いざ現実を突きつけられると目の前が暗くなる。


「お恥ずかしながら、話題になっていることは存じておりましたが、今日初めて拝見させていただきまして。とても興味深く、楽しい配信でした」


「ど、どうも……」


「それで、単刀直入に申し上げますと、パートナーである『サク』というモンスターについて、詳しく教えていただければと思いまして。といっても、無理に生態を調べたり、拘束したりという話ではありません。まずは、松田さんとサクさんにお会いしたいのです」


嘘だ、と直感が告げている。


そんなわけがない。


珍しい、しかも知性のあるモンスターを、協会が放っておくはずがない。


それに、サクだって人間に囲まれるような状況は嫌がるはずだ。


「さ、サクにも確認しないといけませんし……わ、私も冒険者が本職というわけではないので……」


「そうですよね。失礼いたしました。ただ、これは私事になりますが……私自身、サクさんの大ファンになってしまいまして。今回、同行を予定している職員もファンの1人です。危害を加えようなんて、これっぽっちも考えておりません。ですので、どうかサクさんに確認していただいて、前向きにご検討いただければと思います」


大ファン……?


そんな言葉で誤魔化そうとしているのか。


けれど、もし彼女の言っていることが真実だとしたら、それは今後サクと活動していく上で、大きな後ろ盾になる可能性もある。


断りきれない恐怖と、わずかな希望が頭の中で混ざり合う。


「わ、わかりました……。サクにも、ちゃんと確認して、また連絡させていただきます」


「ありがとうございます。お返事、お待ちしておりますね」


「はい……失礼します」


通話を切った瞬間、スマホが手から滑り落ちそうになった。


気づけば、パジャマの下の背中も手のひらも、じっとりと嫌な汗で濡れている。


緊張しすぎて、自分が何を喋ったのかさえ曖昧だ。


私、ちゃんと失礼のないように話せただろうか。


けれど、事態は一刻を争う。


協会が、牙を剥いたのか、それとも手を差し伸べたのかは分からない。


ただ一つ確かなのは、彼らが明確にサクに狙いを定めたということだ。


「サクに、連絡しないと……」


私は震える手で、もう一度デバイスを握りしめた。

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