練馬ダンジョン
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
練馬ダンジョン、3層エントランス。
湿り気を帯びた地下特有の冷気が、肌を刺すように撫でていく。
この1ヶ月、私は時間がある限りここへ通いつめた。
手に入れたばかりの鉄の短槍を握り直し、私は小さく息を吐く。
脳裏をよぎるのは、ビジネスパートナーであるサクの背中だ。
「サクも……今この瞬間、必死に戦っているんだよね」
彼は私に希望をくれた。
そして、戦うための糧も。
仕事、あるいは泥沼のような人間関係……。
そんな日常のストレスをすべて剣尖に乗せてぶつけるように、私は2層を完全に攻略し、今は3層の半ばまで足跡を刻んでいた。
命を奪い合う戦場は、今の私にとって、ある種の安らぎさえ感じさせる場所になっていた。
倒した魔物からドロップした素材は、こまめに売却して生活費と装備の蓄えに回した。
そして、何よりも優先したのはテイムモンスターたちの成長だ。
ドロップした魔石は、すべてグレイとリリに与えた。
それがテイマーとしての私の責任であり、愛情の形。
その結果が、目の前のウィンドウに鮮やかに刻まれている。
■名前:グレイ 種族:キラーウルフ レベル:11
HP:57/57
MP:31/31
筋力:G(35)
耐久:G(33)
敏捷:F(97)
器用:G(43)
魔力:G(26)
運 :G(25)
■スキル
嗅覚強化、気配察知、ダブルファング、フラッシュバイト
■名前:リリ 種族:ライトフェアリー レベル:11
HP:56/56
MP:56/56
筋力:G(23)
耐久:G(23)
敏捷:F(83)
器用:F(70)
魔力:F(89)
運 :F(51)
■スキル
ヒール、ウインドアロー、ハイヒール
2体のテイムモンスターは、この1ヶ月で進化を遂げた。
グレイは、かつての子犬のような愛らしさを卒業し、しなやかで強靭な四肢を持つ「殺戮の狼」としての風格を漂わせている。
リリは、その愛らしい大きさこそ変わらないものの、全身から溢れ出す光が密度を増し、暗い洞窟を優しく、それでいて力強く照らす灯火となった。
そして、私自身の現状。
■松田紗奈 種族:人間 レベル:9
職業:駆け出しテイマー
HP:70/70(+10)
MP:48/48
筋力:G(18+3)
耐久:G(18+18)
敏捷:G(21)
器用:G(28+5)
魔力:G(24)
運 :G(38+10)
スキル:テイム、共感、応援
装備:
鉄の短槍(筋力+3、器用+5)
丈夫な革のベスト(耐久+8)
ゴブリンリーダーリング(HP+10、耐久+10)
幸運のミサンガ(運+10)
必死に食らいついて、レベルは9まで上がった。
それでも……。
今の私にとって、レベルを1つ上げることは、血の滲むような日々の積み重ねだ。
1週間にレベルが1上がるか上がらないかという、亀の歩みのような進捗。
今はまだいい。
けれど、これから先、レベルが高くなればなるほど、必要となる経験値は莫大なものになっていくはずだ。
サクが今、どれほど高い場所へ辿り着いたのか、私はあえて聞いていない。
けれど、見せてもらったあの異常な攻略速度。
モンスターと人間の成長ペースの差は、時に残酷なまでの断絶となって私の足を止めそうにする。
「……サクに、置いていかれちゃうな」
ポツリと漏れた独り言が、冷たい風に混ざって消える。
モンスターは24時間、常に死の危険に晒されている。
突出した個体が現れにくいのは、それだけ狩る側と狩られる側のバランスが過酷だからだ。
それでも、サクのあの加速は間違いなくイレギュラーで、冒険者としての私からすれば、羨ましくて仕方のない特別な力だった。
でも。
私にだって、可能性はある。
足元で静かに牙を研ぐグレイ。
肩の上で心配そうに頬を寄せてくるリリ。
「力を借りる」なんて、人間としてのプライドを考えれば情けないかもしれない。
でも、私はテイマーだ。
仲間の力を信じ、それを束ねることが私の戦いなんだ。
「大丈夫だよ。……じゃあ、行こうか」
自分に言い聞かせるように、私は洞窟の奥へと一歩を踏み出した。
◇
3層の空気は、これまで以上に重い。
ここに出現するのはオーク、ストーンスライム、そしてポイズンバット。
ストーンスライムとポイズンバットについては、リリの「ウインドアロー」が極めて有効だった。
レベル差があることも相まって、これまでは難なく対処できていた。
最大の問題は、オークだ。
丸太のような腕から放たれる一撃は、筋力と耐久に乏しい私のパーティにとって致命傷になりかねない。
私の耐久値は、サクからもらった指輪やベストで補強してようやく人並み。
「一撃でももらえば終わり」という緊張感が、常に背筋を凍らせる。
「リリ、お願い!」
「ぷりぃ!」
リリが放つ風の矢がオークの視界を遮る。
けれど、MPの消費を考えれば乱発はできない。
回復アイテムはサクからの報酬で備えてはいるが、1本で数千円もする高価な代物だ。
今の金銭事情では、頻繁に飲ませてあげることはできないのが、何よりも心苦しかった。
「ガウッ!」
グレイが風のように地面を滑り、オークの脚に鋭い牙を立てる。
巨体がよろめき、咆哮が洞窟内に響き渡る。
私にもっと、彼らを支える力があれば……。
「えいっ!!」
グレイがオークに膝をつかせたその一瞬。
私は全身のバネを使い、鉄の短槍を突き出した。
鈍い手応えと共に、槍の先端がオークの喉元に吸い込まれていく。
「ふぅ……っ、はぁ……」
崩れ落ちる巨体を見届け、私は激しく上下する肩を落ち着かせる。
何度戦っても、オークは苦手だ。
圧倒的な「個」の暴力。
それを前にするたび、自分たちの弱さが浮き彫りになる。
「もし、耐久値の高いモンスターをテイムできれば……。グレイやリリの負担も、もっと減らせるのにね」
これまでも、隙を見てオークのテイムを試みたことはあった。
けれど、結果はすべて失敗。
力で屈服させるのか、心で通じ合うのか……。
どちらにせよ、今の私にはまだ何かが足りないのだ。
「まあ、今は成長が第一。焦っちゃダメだよね」
自分を納得させるように呟き、私は再び歩き出す。
テイマーという、ステータス上昇値が決して芳しくないジョブ。
そして、私自身の元々の素質の乏しさ。
それを補えるのは、装備と、そして経験だけだ。
人類のステータスの低さを埋めるための武器。
それを扱うための技術を、1つずつ、確実にこの身体に染み込ませていくしかない。
「やることが、いっぱいだなぁ」
私は苦笑しながら、暗い洞窟の先を見つめた。
時折、他の冒険者のパーティとすれ違う。
彼らの装備はどれも使い込まれ、その眼光には確かな経験が宿っている。
私も、いつかあの中へ……。
出現する魔物を確実に仕留め、私たちは洞窟の最深部を目指して進み続けた。
ポイズンバットの群れを潜り抜け、最後の一体をグレイが引き裂いたその時。
頭の中に、透き通ったシステムの声が響き渡った。
『レベルが上がりました』
『スキルを取得しました』
『レベルが10に到達しました。ジョブ進化条件達成。ジョブ:テイマーになりました』
「――っ!」
その瞬間、身体の内側から温かな光が溢れ出すような感覚に包まれた。
視界が晴れ、身体が少しだけ軽くなる。
駆け出し、という不名誉な冠がついに外れたのだ。
私は震える指先で、新しく取得したスキルの詳細を確認する。
スキル:『リンク強化』
パッシブスキル。テイマー、および全従魔同士の連携能力を常時強化する。
「……これは、嬉しいかも」
思わず口元が綻ぶ。
単なるステータスの底上げではない。
グレイの撹乱に合わせ、リリが通常攻撃方法である光弾で追撃するタイミング。
そして、私の槍が従魔たちの動きと完全に噛み合うための、目に見えない「絆」の強化。
リリの光弾の使い方も、これからはもっと鋭くなるはずだ。
私自身にも、その恩恵は間違いなく及んでいる。
ステータスウィンドウの数字には現れない。
けれど、この過酷なダンジョンで生き残るために最も必要な「連携の力」が、今、私の魂に刻まれたのだ。
「行こう、グレイ、リリ。――ここからが、私たちの本当のスタートだよ」
私はサクからもらったゴブリンリーダーリングをそっと撫でた。
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