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ダンジョンで死んだらインプに転生したので、とりあえず盗みから始めてみる  作者: 道雪ちゃん


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孤独と忍び寄る悪意

ゆるゆると書いてます。

変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。

練馬区桜台。


西武池袋線の駅からもほど近い、築年数の経過した 1K、6畳の部屋。


ここが私の、誰にも邪魔されないはずの「聖域」であり、同時に逃げ場のない「檻」でもあった。


私の地元は、都内の西側に位置する八王子。


けれど、高校を卒業した私は、逃げるようにこの場所へと移り住んだ。


「都心の専門学校に通いたいから」


親や教師、数少ない知人にはそう説明した。


けれど、それは単なる表向きの理由に過ぎない。


本当の理由は、もっと暗く、惨めなものだ。


幼い頃から人と上手く付き合えず、クラスの輪の中にどうしても馴染めなかった私の性格。


それが原因で受けてきた執拗な「いじめ」。


私は、自分を誰も知らない場所へ、過去の私を知る者が1人もいない場所へ、ただ逃げ出したかったのだ。


結局、環境を変えたところで自分自身が変われるわけではなかった。


専門学校は何とか卒業こそしたものの、そこでもやはり周囲と打ち解けることはできず、いつしか私は浮いた存在になっていた。


卒業後、就職という高い壁を越えられなかった私は、今のカラオケ店でアルバイトをしながら、細々と冒険者としての日銭を稼ぐ生活を続けている。


その、唯一の収入源であるはずのカラオケ店でも、最近は居心地が悪くなっていた。


きっかけは、ある男性スタッフに仕事を教わっていた時のことだ。


不器用な私を見かねた彼が親切にしてくれたのを、一部の女性スタッフが「媚を売っている」と勘違いし、それ以来、嫌がらせや陰口が絶えなくなった。


オドオドしてしまう私の性格を面白がり、からかいの標的にする。


面倒な仕事を「松田なら暇でしょ? 」と押し付けてくる。


辞めたい。


今すぐにでも、こんな場所とは縁を切りたい。


けれど、明日の生活費を考えれば、そんな勇気などどこにもなかった。


部屋に独りでいても、虚しさが募るばかり。


窓の外を流れる電車の音を聞きながら、私はよく、以前の自分を思い出しては溜息を吐く。


けれど、そんな私にとって、おかしい話だが「ダンジョン」の中にいる時だけが、唯一の心の安らぎだった。


そこには、私の拙い命令に従い、私を守ってくれるグレイとリリがいるから。


そして……何より、サク。


あの、愛らしくて、けれど誰よりも頼りがいのある「特殊なモンスター」。


彼は「元人間だ」なんて、到底信じられないような話をしてきた。


けれど、その言葉の一つひとつに宿る生々しいリアリティ。


モンスターが知り得るはずのない、人間社会の細かな機微や、深い知識。


それらに触れるうちに、私は自然と彼の言葉を信じていた。


今ではもう、単なるビジネスパートナーという言葉では片付けられない。


私の日常を、私の世界を根底から変えてくれた、特別な「お気に入り」のパートナー。


サクからは、大量のドロップアイテムを預かっている。


それらの売却額の3割と、配信の収益の3割を私の取り分としてもらう契約だ。


最初はサクから「折半しよう」という、あまりにも破格な提案をされた。


けれど、撮影と編集、換金の手伝いだけで半分も貰うのは、どうしても受け入れられなかった。


「それは申し訳ないよ」と何度も押し問答をした結果、ありがたく3割を受け取ることにしたのだ。


けれど、その3割だけでも、一般の感覚からすれば異常な額だった。


今まで配信した2本の本編動画。


そして、私が独学で切り抜いて編集した6本の動画。


その再生回数と、世界中から投げ込まれる「投げ銭」の総額を確認するたび、私の指先は震える。


今月、私に入る予定の報酬額は、これまでのアルバイトと冒険者の収入を合算したものを遥かに超える計算になっていた。


『 サナサクちゃんねる 』の登録者数は、投稿本数がまだ10本にも満たないにも関わらず、すでに50万人を突破している。


その登録者は日本国内に留まらず、世界中から、あの小さな魔物の動向を固唾を呑んで見守っているのだ。


登録者がさらに増えれば、収入はもっと増えることになるだろう。


けれど、私はそれでも、カラオケ店のバイトも、1 人での冒険者生活も辞めるつもりはない。


仕事が終われば、夜遅くまで動画編集の参考書を広げ、慣れないソフトの操作を必死に覚える日々。


なぜなら、そうしていなければ、私はサクの隣に立つ資格を失ってしまう気がしたからだ。


ただサクにぶら下がって、甘えているだけ。


そんな自分になれば、きっと彼とまともに喋ることさえできなくなる。


私は、彼に見合う「誇れるパートナー」でありたかった。


あの日、サクから連絡が来た時のことを思い出す。


冒険者に襲われそうになったこと。


私の身にまで、悪意の牙が剥かれようとしていること。


「今の俺には、隣にいて守りきる力がない。だから、力をつけてくる」


そう告げられた時、私は恐怖よりも、激しい悔しさで胸がいっぱいになった。


守られるばかりの自分。何もできない自分。


あの日以来、サクの安否を案じて定期的に連絡を取り合いながら、私は私にできる精一杯の努力を続けてきた。


モンスターと違って、人間はレベルの成長が遅い。


モンスターのように魔石を喰らって、一足飛びに強くなることなんて不可能なのだ。


それでも、サクと出会った時から数えれば、私は私なりに強くなった。


練馬ダンジョンで、ヘトヘトになるまで戦い続け、私のレベルはついに9へと上がった。


そして、一緒に戦い抜いてきたグレイとリリも……彼女たちは一足先にレベル11へと到達し、より精悍な姿を見せるようになっている。


けれど、現実の「檻」は、私を容赦なく引き戻す。





「ちょっと、松田ぁ。仕込みが全然溜まってるんだけど。これ、全部やっておいてよね」


カラオケ店のバックヤードに、キンキンと高く、傲慢な声が響き渡る。


声の主は、派手なメイクを施した成瀬結愛。


その隣で、嘲笑うようにこちらを窺っているのが、江藤凛花だ。


「私たちは307号室と308号室の掃除に行ってくるから。ね、凛花 」


「そうそう。結愛、あそこの部屋、結構汚れてたもんねー。時間かかりそーだわ」


嘘だ。


どうせ誰もいない部屋に入って、スマホをいじりながらサボり、お喋りに興じるつもりなのだ。


店長はと言えば、従業員同士のトラブルを極端に嫌い、何も見ていないふりをして事務所に閉じこもっている。


そして私も……何も言い返すことができない。


「はい、わ、わかりました」


そう短く答えて、私は山積みにされた冷凍食品や、ドリンクの原液の箱へと向き合う。


私が黙ってやっていれば、少なくとも店内の仕事は滞りなく回る。


それでいいのだ。


彼女たちとシフトが被るたびに繰り返されるこの光景に、私はもう、絶望することにさえ慣れてしまっていた。


けれど、今日の彼女たちは、それだけでは終わらなかった。


20時を過ぎた、シフト終わりの更衣室。


私が疲れ果てて制服を着替えていると、背後でロッカーを閉める鋭い音がした。


「そういえば、松田ってさ。一丁前に冒険者なんてやってるんでしょ?」


結愛が、鏡越しに私を冷たく睨みつけながら言った。


「は、はい……。一応、登録はしていますけど」


「私たちもさ、今度冒険者登録しに行こうと思ってるんだよね。最近、動画とかでも稼げそうだし。……だからさ、あんた、攻略のこと色々教えてよ」


「ってか、今度連れて行けよ。ガイド役。あんた、それくらいしか取り柄ないでしょ?」


凛花が、ニヤニヤと品定めをするような視線を投げかけてくる。


目の前が真っ暗になるような感覚。


最悪だ。


ダンジョンという、私の唯一の聖域に、この悪意の塊のような二人を連れ込むなんて。


「あ、あ、じ、時間が合えば……考えますけど……」


私が震える声でそう答えた瞬間、結愛が私のロッカーを力任せに叩いた。


「はぁ? 何言ってんの? そこは無理にでも予定合わせなさいよ」


「松田のくせに、調子に乗るなよ。底辺冒険者が。……じゃあ、よろしくね」


捨て台詞を残して、二人は香水の匂いだけを残して去っていった。


更衣室に残された私は、崩れ落ちそうになる膝を必死に支える。


私が弱いから、つけ込まれる。


もし、ダンジョンで彼女たちに何かあれば、バイト先での当たりはさらに苛烈なものになるだろう。


どうすればいい。どうすれば、私はこの地獄から抜け出せる?


「……無理をしてでも、もっとレベルを上げるしかないのかな 」


一人、冷え切った夜道を桜台に向かって歩く。


足元を照らす街灯の光が、滲んで見えた。


ああ、なんて憂鬱な夜だろう。


( サク……サクに、会いたいよ……)


口に出せば涙が溢れそうで、私はただ、固くデバイスを握りしめた。


その画面の中には、私の世界の中で一番優しくて強いモンスターの姿がある。


それだけが、今の私の、たった一つの希望だった。

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いい子なのに可哀そう いい子だからつけこまれるのか
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