追憶の凶星
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
豊島区椎名町。
築年数の浅いワンルームマンションの、少し手狭なリビング。
水瀬綾香は、帰宅してすぐに着替える気力もなく、仕事用のタイトスカートを緩めただけでソファに深く体を沈めていた。
右手には、コンビニで買ったばかりのレモンサワー。
キンキンに冷えたアルミ缶の表面をなぞる結露が、彼女の疲弊した熱を奪っていく。
目の前のローテーブルに置かれたデバイスのモニターには、勤務中に目が離せなかった例のチャンネルが映し出されていた。
画面の向こうで、小さな、だが洗練された動きを見せる黒い影。
見たこともない新種のモンスター。
本来なら恐怖の対象であるはずのその存在は、驚くほど「 人間臭い 」仕草を見せる。
獲物の喉元を的確に突く短剣の軌道。
シーフそのものの軽やかな足運び。
そして、その名。
「 朔…… 」
レモンサワーの苦味が舌に残る。
どうしても、彼の姿を重ねてしまう。
そんなわけがない。そんなはずがない。
自分たちを逃がして死んだはずの仲間が、あんな異形の姿でダンジョンを徘徊しているなど、荒唐無稽な妄想でしかない。
わかっている。
モンスターに彼を重ねるなんて、きっと仕事で神経をすり減らして、疲れているだけなのだ。
そう自分に言い聞かせながらも、胸の奥底で燻り続ける火種は、どうしても消えてはくれなかった。
ふと視線を落とすと、机の隅にある写真立てが目に留まった。
そこには、かつて世界が輝いていた頃――パーティ『 フロントライン 』の4人が、取材を受けた時の写真が飾られていた。
◇
「 飛ぶ鳥を落とす勢いとか、新進気鋭とか言われてはいますが、私たちは着実に、しっかりと攻略を進めていくだけです 」
リーダーの相馬が、少し硬い表情で記者に答えていた。
正直、自分たちでも驚くほど、トントン拍子でここまで登り詰めてきた感覚があった。
このパーティのどこが優れているかと問われれば、個々の能力が高いのはもちろんのこと、それ以上にバランスが完璧だったのだと言える。
言い合いや衝突は日常茶飯事だったけれど、心の奥底にある信頼が揺らいだことは、ただの1度だってなかった。
元々、タンクとして鉄壁の防御を誇ったリーダーの相馬。
そして、分析と広域殲滅能力に長けた魔導師、玲司。
そこに、先に冒険者をやっていた姉の紹介で入ったのが、ヒーラーの私だった。
最後に、ダンジョンでたまたま出会い、その動きに惚れ込んだ私と玲司が、無理やりスカウトして引き入れたのが朔だった。
当初、生真面目なリーダーは、剣士などの分かりやすいアタッカーを希望して、シーフ職の朔を招き入れることに渋っていた。
けれど、シーフの有用性と、何より朔という青年の持つ「底知れなさ」を見抜いていた私と玲司が、強く希望したのだ。
結果として、遊撃手としてアタッカー以上の戦果を叩き出し、敵の戦列をグチャグチャにかき乱す朔の姿を見て、「 悪かった、俺が間違っていた 」と潔く謝ってきたリーダーの姿を思い出す。
あの時、私と玲司が顔を見合わせて、お腹を抱えて笑ったこと。昨日のことのように思い出せる。
記事に載せるための写真を撮影する時。
リーダーと玲司は、プロのカメラマンの前でも堂々としていた。
注目されている冒険者パーティのメンバーという自覚があるのか、それとも単に度胸が据わっているのか、どちらにせよ様になっていた。
私も、それなりに格好良く撮れたと思う。
『 最前線の聖女 』なんて、気恥ずかしくもありがたい二つ名を贈っていただけるくらいには、精一杯背伸びをしていたのだから。
ただ、たった1人。
「 おい朔、いつものヘラヘラしたおちゃらけ顔はどうした? 」
リーダーに突っ込まれた朔は、よほど緊張していたのか、見たこともないほど引き攣った笑顔を浮かべていた。
そのあまりの不器用さに、私たちは吹き出してしまった。
「 しょうがないだろ! こんなの慣れてないんだよ! 逆になんでお前らは、そんなにキメ顔ができるんだよ、おかしいだろ! 」
攻略中のあの、息を呑むほどに格好いい姿はどこへ行ったのか。
情けなくて、滑稽で。でもそんな残念な姿さえ、私には愛おしくてたまらなかった。
ありがたいことに、私たちのパーティにも多くのファンがいた。
その中でも、私の肌感覚では、朔が1番の人気者だったと思う。
本人は「 俺なんて地味だしさ 」なんて言っていたけれど、危険で難しい仕事を、まるで造作もないことのようにサラリとこなしてみせる彼の姿を、見ている人はちゃんと見ていたのだ。
「 いや、これも『 凶星 』さんの『 味 』になるでしょう 」
記者が笑いながらシャッターを切る。
朔は、その呼び名を聞くたびに顔を赤くしていた。
「 やめてくださいよ……まだその二つ名、慣れてないんで…… 」
高い敏捷値で戦場を縦横無尽に駆け回り、罠を仕掛け、デバフを撒き散らし、二振りの短剣から繰り出される容赦のない連撃。
出会った相手には逃れられぬ災いとなるだろうということから、いつの間にか、彼は『 凶星 』なんて呼ばれるようになっていた。
本人は照れていたけれど、その星のような煌めきに、私はずっと救われてきた。
あーあ。懐かしいな。
本当に、何もかもが。
◇
懐かしい思い出の温度に浸りながら、私は重い腰を上げ、ある人物へと発信ボタンを押した。
数回のコールの後、少し低く、聞き馴染んだ声が響く。
「 もしもし、玲司? 」
連絡をしたのは、かつてパーティ『 フロントライン 』の魔導師として、全ての戦局を冷徹に裁いた『 裁定者 』黒崎玲司だった。
「 珍しいな。元気だったか? ……協会の方には、もう慣れたのか 」
「 総務から異動して、今は探索管理課に配属されたよ。……とりあえず、元気。でね、玲司…… 」
綾香は、上司の関口から依頼された仕事の内容を、努めて冷静に伝えた。
新種のモンスターの調査。
その背後にいるテイマー、松田紗奈への接触。
「……で、今、そのチャンネルの動画を観てるんだけど 」
「 ああ、そのチャンネルなら知っている。ネットでも盛り上がっているしな。ひょうきんで奇妙なモンスターが、配信を始めたと 」
玲司の声は、どこまでも平坦だった。
だが、綾香にはわかった。
彼もまた、その画面を何度も見つめていたはずだということが。
「……何か、思うことはない? 玲司 」
その問いに、沈黙が返ってくる。
数秒、あるいは数分にも感じられた空白の後、玲司は短く、吐き出すように言った。
「 あいつに似ている。……だが、似ているだけだ。それ以上でも、それ以下でもない 」
「……やっぱり。玲司も、そう思ったんだ 」
「 変なことを考えるなよ、綾香。……俺だって、朔には感謝している。あいつの献身がなければ、今頃、俺もお前もこの世には存在していない。だが、な…… 」
「 別にいいじゃない。私自身も、純粋に興味が出てきたの。彼……サクに、会ってみたいって 」
玲司の言葉は、そこで止まった。
彼はそれでも、あそこに映っているのはモンスターに過ぎないと、自分に言い聞かせるように繰り返す。
それは理解している。
理性では、嫌というほど分かっているのだ。
それでも。
「……こちらも、あいつに関して何かわかったら、必ず連絡する。あまり無理しすぎるなよ。……じゃあな 」
そう言って、電話は切れた。
部屋に再び、無機質な空気感と、モニターから流れるゲームのような羽音が戻ってくる。
はぁ。
とりあえず、これ以上考え込んでも仕方がない。
ゆっくりお風呂にでも入って、温かい布団で眠ろう。
明日も仕事は待っているのだ。
そう立ち上がろうとした時、机の上でデバイスが激しく震え、着信音を鳴らした。
画面に表示されたのは、夕方にこちらから発信した、調査対象からの着信。
「……もしもし 」
綾香は、緊張で少し喉を強張らせながら、通話ボタンを押した。
「あっ、も、もしもし。……あの、冒険者協会の方……でしょうか?夕方に着信があったのを、い、今気がついて……折り返しました。申し訳ありません」
受話器の向こうから聞こえてきたのは、少し幼さの残る、女性の声だった。
調査対象、松田紗奈。
交渉の始まりを告げるその声に、綾香の心臓が、ドクリと大きく跳ねた。
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