飛翔
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
時刻は深夜2時。
池袋ダンジョンの空気は重く、冷たく、死の静寂を孕んでいる。
辺りに人の気配はないが、俺は微かな振動も見逃さないよう警戒を解かずに進む。
あの知性あるリッチとの戦いを終えた俺は、4層のエントランスに辿り着いたところで、迷いを断ち切るように紗奈へ連絡を入れた。
「( 冒険者に襲われそうになった。……やっぱり、懸念していたことが現実になったよ )」
デバイス越しに、紗奈が息を呑む音が聞こえる。
「大丈夫なの!?」
「( 影に潜んでやり過ごしたから、俺は大丈夫だよ。だけど、今後こういうことが増えると思うんだ。俺だけならまだいい。だけど、あいつらは紗奈についても……クソッ…… )」
「 私……? 」
「( そうなんだ。俺を生け捕りにして、テイマーの女も攫うと言っていた。その場の調子に乗った発言ならまだいいけど、実際に紗奈に被害があれば俺は……俺は、自分を許せなくなる。……だから、しばらく会わないほうがいい )」
「 心配かけてごめんね。……大丈夫って言いたいけど、私はまだ駆け出しだから。サクの足を引っ張りたくない 」
紗奈の絞り出すような声が、胸の奥をキリキリと締め付ける。
「( 俺だって、今すぐ隣にいて守りきれるならいいんだけど、悔しいけど今の俺には、そのための力が足りない。……配信もしばらく控えて、奥に進んで力をつけるよ。誰にも手出しをさせないほどに )」
「 わかった。……でも、心配だから。連絡だけは、絶対にできるようにしておいてね 」
短く「わかった」と返して、通信を切った。
暗い洞窟に独り残されると、紗奈と話したことで抑えていたあのニンゲンたちへの苛立ちが、黒い泥のように再び溢れ出してきた。
確かに、寂しさと退屈と死の危険をごちゃ混ぜにしたこのダンジョン生活を変えたくて、意図せずとはいえモンスターの身で配信を始めた俺に非があるのかもしれない。
だが、これほど早く、執拗な悪意をぶつけられなければならない理由がどこにある?
それに、紗奈に対してまで……。
自分の身を狙われるより、彼女が恐怖に晒されることの方が、今の俺には精神的に堪える。
「( 壊してやる……全部だ )」
むしゃくしゃした気持ちをぶつけるように、俺はこの層に巣食う様々なスライムを殲滅する勢いで討伐し続けた。
毒や溶解液を撒き散らす個体も、魔法を使う個体も、今の俺の逆鱗に触れた「薪」でしかない。
最奥に鎮座していた、ポイズンスライムの上位種『 ベノムスライム 』さえも、巨大な炎の玉で跡形もなく蒸発させた。
その結果が、現在である。
大量の小魔石(赤)を確保しつつ、いつの間にかレベルは2つ上がり、俺の『透明化』は『完全透明化』へとスキル進化を遂げていた。
これは、攻撃を受けてしまえば解除される制約は変わらないものの、よほど強力な探知スキルを持った者でなければ、俺の存在を確認することさえできないという隠密技だ。
これに『影潜り』を組み合わせれば、このダンジョンにおいて俺を見つけ出せる者はなかなかいないだろう。
だが、守りだけでは足りない。
欲を言えば、もっと決定的な殺傷力を持つ攻撃系スキルが欲しいところだ。
それと……インプは種族的には悪魔の末端だ。
このまま成長の果てに、強力な個体を呼び出す『召喚』や、屈服させた相手を従える『眷属化』などを覚えられたら、どれほど心強いか。
今の戦闘スタイルならソロでも効率は良いが、やはり、この静寂は心細い。
まあ、そんな便利な力は、まだまだ先の話なのだろうが。
◇
洞窟だった4層から一転し、5層は2層をさらに不気味に、巨大化させたような森のステージだった。
デバイスから得た事前情報によれば、この層の主役は虫型のモンスター――『キラービー』や『ポイズンモス』だ。
縦横無尽に飛び回る敵に対し、炎の魔法で撃ち落とすのは定石だが、それではMPの消費が激しすぎる。
広大な森を埋め尽くす羽虫をすべて焼き払うには、膨大な魔力が必要だ。
「( こういう時、魔法職の仲間がいれば楽なんだがな…… )」
と、思うじゃん?
確かに仲間は欲しいが、俺はそれ以外の解決手段を、この数日間で身につけていた。
前方の巨木の合間から、ブンブンと鼓膜を震わせる、不快で攻撃的な音が響いてくる。
姿を現したのは、全長60センチほどもあるスズメバチのような化け物、キラービーだ。
俺の姿を認めるなり、毒針をこちらへ向け、カチカチと大顎を鳴らして威嚇してくる。
飛行型のモンスターとの本格的な初陣。
だが、その結果はあまりにも呆気ないものだった。
俺は助走をつけるため、バックステップで大きく距離を取る。
キラービーが警戒を強め、一気に加速しようとしたその瞬間。
俺は逆に強く地面を蹴り、その勢いのまま、背中の翼を羽ばたかせた。
――「 飛翔 」。
自慢の敏捷値から生み出されるトップスピードで、俺は空中で静止していたキラービーを通り抜けざまに一閃した。
断末魔すらなく、首を断ち切られた蜂の骸が、地面へと墜落しながら黒い霧に消えていく。
それを、俺は空中で静止して眺めていた。
特訓の末、やっと翼の使い方が馴染んできたのだ。
魔力の消費もなく、取れる戦術の幅は劇的に広がったが……とにかく、驚くほど体力を消耗する。
これも実戦で慣れていけば、無駄な力みを抜いて舞えるようになるのかもしれないが。
空を飛べるようになったとはいえ、単体相手には有効でも、数に物を言わせて現れた時はやはり面倒だ。
そういう時は容赦なく、魔法で焼き払うようにしている。
◇
気づけば更に小魔石(赤)を貯めた代わりにMPもかなり削られてしまった。
一旦、休憩が必要だ。
俺は現在、巨大な木の根の間にできた、わずかな空洞に身を潜めている。
だが、外からは絶えず「ブンブン」と不快な羽音が響き渡り、神経を逆撫でしてくる。
流石にここを拠点にしようとは思えない。
こんな五月蝿い場所で安眠できるはずがないのだ。
ある程度魔力が回復したら、すぐにここを立とう。
というか、この5層はどこへ行ってもこんな感じなのだろう。
一気にこの層を駆け抜けて、6層を目指した方が賢明だ。
「( でもなぁ…… 6層もなぁ…… )」
デバイスの情報によれば、6層は再び洞窟フロアになる。
ただし、出現するモンスターは最悪だ。
蜘蛛型がメインらしい。
森よりも密閉された空間で、あいつらが糸を張り巡らせて待ち構えているのだ。
隠れる場所など、果たしてあるのだろうか?
「( あぁ、神様。俺のような不憫な生き物に、都合よく『聖域』に入れるようなスキルを、ひょっこり生やしてはくれませんかね……? )」
俺は小さな溜息を吐き、暗い空洞の中で、次に進むべき闇を見据えた。
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