3層の主、リッチ戦
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
翌日。
24時間戦えると言ったな。
あれは……本当だ。
モンスターによっては睡眠を必要とする個体もいるだろうが、インプ系統の俺は、睡眠という生理現象を必要としない。
だが、それでも瞼を閉じ、住処の静寂の中で横になる時間は必要だった。
肉体が疲れずとも、精神という器には休息という名のメンテナンスが不可欠なのだ。
スッキリとした感覚で身体を起こし、俺は3層の「家」からフロアへと踏み出した。
目的は明確だ。
朝飯となる魔石の調達。
そして、このフロアの主であるボスの討伐。
紗奈から貰ったあんなに豪華なプレゼントと、山のような魔石を平らげたはずなのに、腹はもう空いている。
レベルアップという名の進化は、俺の代謝を恐ろしいほどに加速させているようだった。
「(さて、サクサクとスケルトンを狩って、朝のポリポリタイムといこうか)」
軽快な足取りで遺跡を進む。
だが、運が良いのか悪いのか、通路の先々ではすでに冒険者たちがスケルトンと交戦中だった。
俺はターゲットを奪うような真似はせず、気配を殺してスルーすることに徹する。
それにしても、今日は冒険者の数が多い。
俺は常に『アナライズ』を先行させ、相手が「感知系スキル」を持っていないか確認しながら慎重に動いた。
しばらく歩くと、ようやく手付かずのスケルトンの群れを見つけた。
ナイトを筆頭にした5体編成。
俺は迷わず『透明化』を発動し、空気と化す。
まずは司令塔であるスケルトンナイトの背後を、音もなく奪う。
「(……一撃)」
短剣を頸椎の隙間にねじ込む。
音もなく崩れ落ちるナイトに、残されたスケルトンたちがカタカタと顎を鳴らして狼狽える。
俺はその動揺を見逃さず、死角から次々とその骨を砕いていった。
小魔石(赤)と極小魔石をインベントリに放り込み、ふぅと吐息をついたその時だ。
「……おい、さっきの音、こっちじゃねえか?」
背後から、無機質な骨の音ではない、生きた人間の声が響いた。
この通路は遮蔽物が少ない。
咄嗟の判断で、俺はスキル『影潜り』を選択した。
足元の影が波打ち、ドロリとした闇に俺の身体が沈み込んでいく。
現れたのは2人の男だった。
戦士風の装備で、1人はショートソードにバックラーを構え、もう1人は大振りのロングソードを肩に担いでいる。
「あのモンスター、一体どこにいやがるんだ。この層に潜伏してるのは確定してるんだろ?」
「ああ、配信で3層にいるのは確定。進化してガキみたいな見た目になったらしいじゃねえか。……先に進んだか、それとも隠れてやがるのか」
……間違いなく俺のことだ。
「サナサクちゃんねる」の知名度は、俺が思う以上に「危険な好奇心」を呼び寄せてしまったらしい。
「へへっ、あの特異個体をぶっ倒してSNSに動画を上げりゃ、一気にバズるぜ。フォロワーも投げ銭も思いのままだ」
「殺しちまうより、生け捕りにして売っぱらったほうが稼げるんじゃねえか?……あははは!」
「あのテイマーの女も攫っちまうか?一度で二度美味しいってこういうことだよな!」
品性の欠片もない笑い声が、遺跡の石壁に反響する。
やっぱり、こうなったか。
配信で進化した姿を晒し、中位攻撃スキルまで披露してしまったのだ。
俺のレベル帯は大体予測されているはず。
それでも俺を「狩り」に来たということは、奴らはそれなりの実力者か、あるいはよほど自分たちの力を過信しているかだ。
影の中にいる間は『アナライズ』が使えないため、相手の正確なレベルは測れない。
……今は、やり過ごすしかないか。
俺は影の底で息を潜め、奴らの足音が完全に遠ざかるまで、冷たい闇の中で待機し続けた。
◇
「(……くそ、腹が立つ)」
奴らが見えなくなった瞬間、影から這い出した俺は、誰もいない地面を思い切り蹴り飛ばした。
いつかの豹柄パンツの冒険者のように、装備品を『盗んで』やればよかったか。
……いや、もし返り討ちに遭えば、紗奈にまで累が及ぶ。
今はとにかく、警戒を強めることだ。
その場に留まらず、常に動き続け、圧倒的な速度で強くなるしかない。
俺は奴らが向かった方向とは逆の、さらに深部へと続くルートを選んだ。
胸の奥で渦巻くモヤモヤとした苛立ちを、遭遇するスケルトンたちを破壊することで発散していく。
道中、幾度となく冒険者の影を見たが、その度に『透明化』と『影潜り』を併用してやり過ごした。
MPの無駄遣いだが、今は安全を最優先すべきだ。
配信を観ている者なら、俺が「意思疎通の可能な平和的な魔物」であることを知っているはず。
それでも討伐に来るということは、彼らにとって俺は「言葉の通じる獲物」でしかないのだ。
配信をやめる気はない。
紗奈は協力してくれているし、俺自身、外の世界と繋がっている感覚を捨てたくはない。
「(なら、やることは1つ。誰にも文句を言わせないほど、圧倒的に強くなればいいだけの話だ)」
コツコツと「骨ども」を魔石に変えながら進むこと数時間。
俺はついに、趣味の悪い骨の装飾が施された、巨大な大扉の前に辿り着いた。
3層の主との対面。
気合を入れ直し、俺はその扉を押し開いた。
中に入ると、そこは暗くも整えられた、広間を思わせる空間だった。
足音がコツン、コツンと静寂に響く。
その時、壁に設えられた松明に、ボッと紫色の炎が灯った。
入り口から奥へと、波打つように順番に点火されていく。
中央の最奥まで火が灯った瞬間、爆発するように巨大な炎が上がり、広間を妖しく照らし出した。
そこには、陣形を整えた「骨の軍団」が待ち構えていた。
前衛にスケルトン2体と、鎧を纏ったスケルトンナイト1体。
後衛には弓を番えるスケルトンアーチャーと、杖を構えるスケルトンメイジ。
そしてその中央、一段高い場所に、法衣を纏った死霊の魔導師が鎮座していた。
――3層のフロアボス、リッチだ。
「(派手な演出じゃん。推奨レベルギリギリのソロなら、ここでビビるレベルだな)」
俺は油断なく『アナライズ』を発動する。
名前:なし 種族:リッチ レベル:10
HP:92/92
MP:108/108
筋力:F(51)
耐久:F(77)
敏捷:F(55)
器用:F(72)
魔力:E(112)
運 :G(38)
スキル:ダークボルト、死霊召喚、骨槍
ドロップ:小魔石(青)、魔力を帯びた骨、古びた魔導書
魔力はなかなかのものだが、レベル22となった今の俺の敵ではない。
すると、リッチが眼窩に宿る不気味な光を揺らし、口を開いた。
「……人間ではないようだな。何者だ。何のためにここへ来た」
「(一応、モンスターだよ。こうやって意思の疎通ができる相手に出会えるのは、正直すごく嬉しいよ。……で、ここに来た理由は、お前も分かってるだろ?)」
「カカカ……なるほど。戯れにここまで来る者はおるまい。無用な問いであったな。……許せ、同胞よ」
「(お前みたいな話せるモンスターがいるなら、本当は仲良くしたいところなんだけどな。だが、ここはダンジョンだ。……恨みっこなしでいこうぜ)」
俺が言い終わると同時に、リッチが手にした杖を高く掲げた。
戦闘開始の合図。骨の軍団が一斉に動き出す。
◇
リッチは王道の戦術を心得ていた。
前衛のナイトに壁をさせ、自分は後方の安全圏から魔法を叩き込む構えだ。
だが、俺の機動力は奴らの計算を遥かに超えている。
「(まずは……邪魔な後ろからだ!)」
俺はナイトの突進を最小限の動きで回避し、空中でスキルを展開する。
「(『エクスプロードボール』!!)」
放たれた灼熱の塊は、前衛を飛び越し、後衛のスケルトンアーチャーとメイジのど真ん中で炸裂した。
凄まじい衝撃波と炎が、骨の身体を木っ端微塵に粉砕する。
遠距離攻撃の脅威を、まずは一瞬で排除した。
「ギガァァッ!!」
ナイトが激昂し、大剣を振り下ろす。
俺はそれを影のようにすり抜ける。
踏み込みと同時に、逆手に持った短剣でスケルトンの首を切り裂く。
崩れるスケルトンを横目に反転し、回転斬りのように一閃し、もう1体のスケルトンも魔石に変える。
続けて、ナイトの盾を足場にして高く跳び、脳天から刃を突き立てた。
頭蓋が粉々に弾け、ナイトの身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
残るは、ボスのリッチただ1体。
「……素晴らしい。その速さ、その魔力。貴様、種族は何なのだ!?」
「(インプからの進化だ。少し特殊みたいだけど……って『ダークボルト』か!)」
リッチが放った闇の弾丸を、横に転がって回避する。
着弾した石床が黒く腐食するのを見届ける間もなく、リッチは次々と『骨槍』を射出してきた。
鋭利な骨の槍が雨のように降り注ぐが、敏捷値200を超える俺には、それらはなんの障害にもならない。
俺は影を滑るように距離を詰め、リッチの懐へと潜り込む。
魔法特化の魔導師にとって、インファイトは苦手だ。
「(これでおしまいだ。……またな)」
「ガ、ハッ……カカ……見事……だ……」
俺の短剣が、リッチの胸の中央にある魔力の核を真っ直ぐに貫いた。
その瞬間、リッチの身体を繋ぎ止めていた禍々しい魔力が霧散し、カタカタと震えながらその骨格が崩壊を始める。
ボロボロボロ……。
法衣が虚しく地面に落ち、その中身であった骨が乾いた音を立てて山を作る。
かつて3層の主として君臨していた者の末路。
後に残ったのは、静寂と、青く輝く『小魔石(青)』
俺はリッチが残した魔石を拾い上げ、その冷たい感触を確かめた。
「(……強くなれば、いい。そうだよな)」
自分だけではなく、紗奈にまで危険が及ぶ可能性がある。
テイムモンスターである、グレイとリリにはもちろん守ってほしいが、自分のせいで紗奈に何かがあれば……
誰に聞かせるでもなくそう呟くと、俺は手に入れた戦利品をインベントリに放り込んだ。
リッチを倒した経験値がドクドクと全身を駆け巡り身体を満たす。
いつかまた現れるであろう「欲深いニンゲン」たちに対抗できるように強くなる。
ニンゲン……?いや……。
俺は満足感と、少しの違和感を抱えながら、紫色の火が消えゆく広間を後にした。
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