2度目の配信、終了
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
俺たちは、池袋ダンジョン2層に広がる鬱蒼とした森の中を歩いていた。
この階層も1層と同じく、週末の余波か冒険者の姿が目についた。
進化した俺の新しい姿――『シャドウスティーラー』の外套が、森の深い影に溶け込んでいく。
「(グレイ、リリ。俺も周囲の警戒は怠らないけど、後ろからの急襲には特に気をつけて。紗奈を頼むよ)」
俺が指示を出すと、ベビーウルフのグレイは低く唸って紗奈の足元に寄り添い、フェアリーのリリはキラキラと鱗粉を振りまきながら空中で頷いた。
「サク、ありがとう。グレイ、リリ、よろしくね。……あ、えっと、サクが今『俺が前を見るから、君たちはサナを守ってね』って言ってくれました!」
カメラを回しながら、紗奈が視聴者に向けて俺の言葉を通訳する。
俺自身としては、この程度の階層の魔物なら大した脅威ではないのだが、紗奈はまだレベル5だ。
この2層の推奨レベルは6以上。
彼女にとっては、ここから先は一歩間違えれば命に関わる危険地帯だ。
慎重にならざるを得ない。
俺はふと思い立ち、紗奈が構えるデバイスのレンズを真っ直ぐに見据えた。
「(今これを観ている1万人の皆さん。もしダンジョンで俺を見かけても、いきなり討伐しようとしないでね。俺は悪いモンスターじゃないよ!)」
まあ、隙があればちょっくら「失敬」させてもらうこともあるかもしれないが、それは言わぬが花というものだろう。
「……今の、私からもお願いします!サクは私の大事な相棒なんです。もし見かけても、私の姿が近くになくても、攻撃しないでください。お願いします!」
カメラには映っていないが、紗奈が深々と頭を下げる気配が伝わってきた。
それに応えるように、コメント欄が激しく流れる。
:ここを観てるやつなら手は出さないだろw
:少なくとも俺は応援するわ。サクちゃんマジで可愛いし
:サクちゃんにプレゼント持っていってもいい?w
:いや、でも「話題のレアモンスター見つけた!」って攻撃してくる可能性は高いよな
:PKみたいな奴らに目をつけられないといいけど
「(プレゼントはとてもありがたいです!食べ物ください!おにぎりとかお菓子とか大歓迎!)」
:草
:やっぱり食いしん坊モンスターw
:罠かもしれないから、変なもん混ぜられてないかだけは気をつけてくれよな!
「(攻撃に関しては……まあ、最大限警戒はするよ。でも、万が一の時はなんとかしますわ!要は、売られた喧嘩を買っても負けないくらい、もっともっと『強く』なっておけばいいだけの話だしね)」
実際、冒険者同士でも小競り合いや事件は無くはない。
俺がモンスターである以上、向こうから殺しに来るなら、返り討ちにする正当な理由はある。
だが、それはあくまで最終手段だ。
「(でも、それは俺があんまり望んでないんだよなぁ。沙奈にも迷惑をかけるし、何より後味が悪いだろ?)」
そんな話をリスナーと共有しながら、俺たちは森の奥へと進んでいく。
出現するモンスターの数は多くはなかったが、時折コボルトやベビーウルフが牙を剥いて飛び出してきた。
その度に、リリが遠距離攻撃の『ウインドアロー』で敵の体勢を崩し、その隙を突いて俺が接近し、短剣で命を刈り取っていく。
グレイは常に紗奈の盾となるように寄り添い、背後の気配を嗅覚で探っている。
(……パーティの戦闘って、本来はこんな感じなんだよな)
前世の記憶は朧げだが、こうして仲間と連携し、互いの死角を補い合う感覚は、俺の魂に深く刻まれているはずだ。
討伐したモンスターからドロップした魔石は、すべてその場でグレイとリリに食わせた。
俺はすでにレベル20で進化を果たしたが、2体の成長は紗奈のこれからの安全に直結する。
今の俺にできるのは、彼らを少しでも強くしてやることだ。
◇
2層の深部、ボスエリア付近。
この近くには俺が拠点にしている樹洞があるのだが、今の配信で紹介するのは却下だ。
万が一にも居場所がバレてしまえば、安眠の地が観光スポットか、的にされてしまう。
新スキルの『影潜り』があれば、影の中で生活できるのではないかとも考えたが、発動中は10秒ごとにMPを消費するらしい。
引きこもるには燃費が悪すぎる。
ダンジョンとは、なかなか人間にもモンスターにも厳しい環境だ。
紗奈に正式にテイムされることも考えたが、それも現時点では見送っている。
テイムの条件は、基本的には主従がお互いを認め合えば成立する。
俺と紗奈の関係なら、システム上の条件は簡単にクリアするだろう。
だが、俺はただのモンスターではない。
中身は人間であり、自意識を持っている。
テイムされることで何らかの行動制限や「ペット」としての扱いを受けるのは避けたかった。
何より、紗奈に余計な負担や責任を背負わせたくない。
今のこの「自由な協力関係」というスタンスが、俺には一番心地よいのだ。
それに、今回の進化で少しだけ人間に近い姿になれたのなら、将来的には完全に人間に擬態できるのではないか、という淡い希望もある。
そうなれば、いつかダンジョンの外へ……。
いや、外に出れば即座に「ダンジョンブレイク」と見なされて包囲されるのがオチか。
協会が認めてくれても、国や世間が許すはずがないもんな。
だが、可能性はゼロではない。
俺は気長に、このダンジョンの中で成長していくしかないのだ。
そんな思索に耽りながら、襲いくるコボルトやウルフを淡々と処理していく。
道中、愛用の短剣が1本ポッキリと折れるというアクシデントはあったが、大きなトラブルもなく、俺たちは2層の最深部――ひときわ緑が濃く、冷気が漂う大樹の前に到着した。
俺はシャドウインベントリから予備の短剣を取り出し、腰のベルトに装着し直す。
目の前の木々の間から、巨大なプレッシャーが漏れ出していた。
「(さて、皆さん。次がいよいよ2層のフロアボス、フォレストベア戦だ。こいつは『脳筋』モンスター。正面から殴り合うと、俺のような敏捷特化のステータス構成にはちょっと面倒な相手なんだよね)」
:初心者はあの見た目に圧倒されるんだよな
:そりゃ熊だもんな……
:物理防御がマジで硬い。攻撃を受けても怯まないから、一気に距離を詰められるのが怖いんよ
「(そうなんだよね。俺みたいな非力がチクチク短剣で突いても、あの分厚い毛皮と脂肪には効きそうにない。……じゃあ、俺がどうやってあいつを攻略するか、その正解を見せたいと思うよ)」
俺は背後を振り返り、紗奈たちに絶対に近づかないよう厳しく言い聞かせた。
「(紗奈、大丈夫だとは思うけど、絶対に離れて見ててね。グレイ、リリ、紗奈を頼んだぞ)」
「うん、わかった。サク、頑張ってね!絶対無茶しちゃダメだよ!」
紗奈の声に送り出され、俺は鬱蒼とした木々の隙間を抜けて広場へと踏み出した。
そこには、立ち上がれば巨躯を誇る、森の王――フォレストベアが鎮座していた。
「(こいつ、知性がないから会話にならないんだよなぁ。……おい、熊さん!喧嘩しようぜ!)」
:気軽に喧嘩を売るヤンキースタイルw
:やっぱりモンスター同士でも意思疎通できない個体もいるんだな
「ガァァァァァッ!!!」
俺の挑発に応えるように、フォレストベアが鼓膜を震わせる咆哮を上げた。
凄まじい威圧感。
だが、俺の心は冷静だった。
「(挨拶くらい返せよな!!)」
俺は吠える熊の懐へ入るのではなく、その場に留まったまま、両手を突き出した。
練り上げるのは、火属性中位攻撃スキル。
「(『エクスプロードボール』!!)」
それも、1発ではなく間髪入れずに2連続。
バチバチと火花を散らす、太陽のような巨大な火球が、空気を切り裂く轟音と共に撃ち出された。
それは逃げる暇さえ与えず、巨漢のフォレストベアの胸元へと吸い込まれるように着弾する。
――ドォォォォォンッ!!ドォォォォォンッ!!!
視界が真っ白に染まり、爆風で周囲の樹木が大きくしなる。
森の静寂を切り裂く、暴力的なまでの破壊エネルギー。
「うわあぁ……っ!」
爆音と衝撃に、紗奈が言葉を失って立ち尽くすのが分かった。
:エグいってw
:熊さん、一瞬で消し飛んだぞ
:サクちゃん、見た目はシーフなのに、魔力パラメータも相当高いだろこれ
:遠距離から爆撃してくる暗殺者とか怖すぎるわw
爆炎がゆっくりと収まっていく。
俺は悠然とした足取りで、先ほどまで「主」がいた場所へと歩み寄った。
そこには焦げた地面が広がり、2層の主の攻略証明である『小魔石(青)』と、素材の『フォレストベアの爪』が転がっていた。
小魔石(青)はグレイたちにあげたかったが、今回は1つしかない。
レベル20を超えた俺自身の燃費も考慮し、これは俺がもらっておくことにした。
代わりに、大きな爪を拾い上げる。
「(はい。見てもらった通り、俺のような非力なモンスターは、近寄らずに遠距離から焼き払うのが大正解でした。ね、簡単でしょ?)」
:この層で中位魔法を連発するやつなんていねぇよw
:オーバーキルにも程があるだろ
:このモンスター、やってることが配信者としても冒険者としても面白すぎるw
「(今日は運良く、青い魔石と爪が落ちたね。この爪は、いつも支えてくれるサナにプレゼントだ!)」
「サク……ありがとう!あんな凄いの見せられたら、私ももっと何かお返ししなきゃね!」
:イチャイチャすなw
:これはこれで……尊いな
:俺もモンスターに貢がれるテイマーになりたかった人生だった
「(よし、じゃあ2層も無事に攻略したということで、今日のライブ配信はここまでにするよ!最後まで観てくれた人間たち、本当にありがとうな!)」
俺はカメラに向かって大きく手を振り、紗奈が最後の言葉を通訳し終えたところで、配信の接続が切れた。
◇
「(ふぅ……こんな感じでよかったかな?)」
配信終了のロゴが浮かぶデバイスを覗き込みながら、俺は人心地ついた。
「配信のときのサクは、本当に人気Qtuberっぽくていいと思うよ!私も緊張したけど、最後の方は楽しんじゃった!」
身内の意見とはいえ、楽しんでもらえたなら大成功だろう。
本来はここで別れて俺は3層へ向かうはずだったが、俺は2層のエントランス近くまで紗奈たちを送っていくことにした。
その道中、俺たちはこれからの活動について具体的な話し合いをした。
一番の収穫は、金銭面のやり取りだ。
紗奈によれば、配信で飛んできた投げ銭や収益を、手数料を引いた上で『DPay』という電子マネーに換金し、俺の持つデバイスへ送金してくれるという。
「このDPayなら個人間送金として、サクの端末でも受け取れるはずだよ」
ありがたい。
これで俺も、ダンジョン内にいながらにして経済活動に参加できるわけだ。
そして、配信の頻度は、あまり頻繁にやりすぎないことに決まった。
自分の居場所を全世界に晒し続けるのはリスクが高いし、何より俺自身の攻略のペースが乱れてしまう。
週に1回程度の定期配信をベースにし、彼女が通訳兼コメント担当として協力してくれることになった。
「もし私が来れないときは、前の配信みたいに通訳スキルのあるテイマーさんが来るのを祈るしかないね。……あ、そうだ!お金が入れば、これからは『ダンジョンドローン』の配送サービスも使えるよ!」
「(ドローン配送……!)」
一定の利用料はかかるが、自分のデバイスの位置までか、ダンジョン内にある特定の受取ポイントまで、地上のショップから商品を届けてくれるハイテクサービスだ。
これがあれば、わざわざ紗奈に持ってきてもらわなくても、自分でおにぎりや必要な備品を注文できる。
俺は自分の住処へ帰ったら、早速ショップのラインナップを眺めて何を注文するか選ぶのを、今から楽しみにした。
「サク、今日も本当にありがとうね。私は帰ったら、今日の配信を編集して動画にしてみるよ!まだまだ不慣れで時間がかかっちゃうと思うんだけどね」
「(こちらこそだよ、ありがとう。紗奈が作ってくれた動画、楽しみにしてるよ。……それじゃ、またな)」
俺は2層の転移石の前で、光に包まれて地上へと戻っていく紗奈の姿を、見えなくなるまで手を振って見送った。
独りになった静かな森の中で、俺は自分の新しくなった掌を見つめる。
(さて、3層でしっかり魔石を貯めて、下を目指すか)
俺は外套のフードを深く被り直し、影の中に溶け込むようにして、さらなる深淵へと足を踏み出した。
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