コボルトリーダー
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
今の俺には、切実な悩みがある。
この世界の理において、モンスターは他者を討伐する以外にも、魔素の結晶である「魔石」を摂取することで経験値を取り込み、急速に成長することができる。
俺には幸い、ドロップを待たずとも能動的に獲物を奪う『強奪』や『盗む』というスキルがある。
つまり、その気になれば魔石をバリバリと食い散らかして、際限なく強くなれるはずなのだ。
実際、今手元にある魔石をすべて胃袋に収めれば、レベルは1どころか2つ近く跳ね上がるだろう。
身体は頑強になり、魔力も増え、生存率は確実に上がる。だが……。
「……あ、サク。もしかして、ちょっと太った?」
太った? 太った? 太った……?
脳内で、紗奈の無邪気な声が何度もリフレインする。
正直、見た目なんてどうでもいいはずだった。
今は人間ですらないモンスターなのだ。
強くなって生き残るためなら、どんなに醜く巨大化しようが、腹がどれほど出ようが、切り捨ててしまえばいい。
だが、俺は「恥ずかしい」と思ってしまった。
いや、猛烈に悔しかったのだ。
俺を信じてデバイスまで用意してくれた女の子に、「太った」と指摘されることが、これほどまでにプライドを削るものだとは。
「絶対に……絶対にシュッとなってやる……だけど」
実際、パンパンに膨れた腹も、1日中ダンジョンを駆け回れば多少はへっこむ。
だが、1日動けば、また新たな魔石がインベントリに貯まる。
そして、強くなるためにそれを食う。
太る。
動く。
この無限ループ。
俺はまだ、この身体になっても、どこかで「人間の女子」の視線を意識しているのだろうか。
(……いや、違う。俺が強くなりたい本当の理由は、そこじゃない)
配信を盛り上げたいから? 紗奈に良く思われたいから?
それらも否定はしないが、心の最奥に溜まっているのは、もっとどす黒く燃えるような『未練』と『悔しさ』だ。
あの3年前の新宿。
俺を、仲間を、一瞬で蹂躙し、最後には俺を喰らったあの「龍」。
何もさせてもらえず、ただ絶望の中で命を散らした前世。
こうして意識を保って生まれ変わったんだ。
リベンジしたいと思うのは、生き物として当然の本能だろう。
(……龍をぶっ飛ばす。そのためなら、丸くなろうが何だろうが知ったことか!)
そう考えると、急激に腹が減ってきた。
俺は意を決して、シャドウインベントリから魔石を掴み出し、口の中へ放り込んだ。
ボリボリ、バリバリ……。
『レベルが上がりました』
ほら見ろ。食うだけで世界が変わる。
別にいいさ。
次会った時に、紗奈に腹をもにゅもにゅと触られたって構わない。
素材は彼女に渡すが、魔石だけは今後も俺の血肉として消費させてもらう。
すべては、いつかあの龍をこの手で斬り裂くために。
「ケプッ……」
勢いに任せて手持ちの魔石をすべて完食すると、俺のレベルは13まで上昇していた。
インプの正統進化なら、10レベルでグレムリンへと至る。
だが、俺は「シーフインプ」という未知の個体だ。
この先に何が待っているのか、データがない以上確かめようもない。
だが、 ただのモンスターのままで終わるつもりは毛頭ない。
俺は2本の短剣を握り直し、2層へ向かって走り出した。
◇
さて、もう何度目か数えるのも馬鹿馬鹿しいゴブリンリーダー戦だ。
『アナライズ』を覚えてからというもの、新しいスキルには目覚めていないが、戦い方は洗練されてきているはずだ。
道中、リポップするモンスターはスライム、ゴブリン、コボルトの3種類。
その出現数や比率はランダムに感じられるが、今回の周回はコボルトが多めだった。
だが、今の俺からすれば、奴らはただの「牙と爪と魔石」の塊に過ぎない。
目の前には、かつてあれほど苦労したゴブリンリーダー……の成れ果て、小魔石(赤)1つと、極小魔石4つが転がっている。
今の俺は、もう牽制の『ファイヤーボール』すら必要としていない。
純粋な短剣の技術と、レベルアップによって強化された肉体だけで、ボスの首を容易く刈り取れる。
リーダーはレベル4。
対する俺はレベル13。
いくらインプの基礎値が低いとはいえ、これほどのレベル差があれば、もはや勝負にすらならない。
俺は悠然とした足取りで、2層へ続く暗く長い階段を下りていった。
階段を下りた先に、湿り気を帯びた深い森が見えた。
エントランスに設置された、青白く光る「転移石」が、この原始的な風景の中で不自然に浮き上がって見える。
(人間はいいよな。あれに登録しちまえば、一瞬で地上まで戻れるんだから)
もしモンスターがこれを使えてしまったら、世界中に魔物が溢れ出す「ダンジョンブレイク」が起き、文明は崩壊するだろう。
「仕方ないよな」と自分に言い聞かせ、俺は黒いローブのフードを深く被った。
このローブは、光の差さないこの森では最高の擬装になる。
発達した嗅覚を持つ獣には通用しないが、視覚に頼る冒険者なら、俺の姿を捉えるのは難しい。
フォレストウルフやベビーウルフを屠りながら進んでいると、前方の茂みの先で金属音が響いた。
見れば、3匹のコボルトと、1人の冒険者がやり合っている。
『アナライズ』で解析する。
1層よりもレベルは上がっているが、ステータス自体は恐れるに足りない。
厄介なのは、奴らが持つ「槍」のリーチだ。
その冒険者は、槍の間合いに飛び込む勇気が出ないのか、盾を構えた防御の姿勢から動けずにいた。
じりじりと追い詰められ、このままでは数に押されるのは時間の問題だ。
(……助けてやるか)
俺は腹を括った。
冒険者にとって、横からの手出しは獲物の横取り……マナー違反だとされている。
だが、今の俺はギルドの規約に縛られた人間ではない。ただの気まぐれなモンスターだ。
知ったことか。俺は地を蹴った。
俺は2本の短剣を構え、巨木の根を踏み台にして高く跳躍した。
ターゲットは、一番右側で槍を突き出そうとしていたコボルト。
空中で身を翻し、重力と加速を乗せた右手の短剣を、その首筋へと振り抜く。
――ザシュッ!
手応えと共に、コボルトの身体が魔素の霧に変わる。
着地の衝撃を殺しながら、俺はそのまま低くしゃがみ込み、2体目のコボルトの脚の腱を左手の短剣で一文字に斬り裂いた。
「ガアッ!?」
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
驚愕の声を上げる冒険者。
魔石に変わった1体と、腱を斬られて無様に転がる 1体 。
いきなりの強襲に、生き残った3体目のコボルトと冒険者が、共に硬直して俺を見つめている。
(隙だらけなんだから、さっさと動けよ)
呆れながらも、俺は止まらない。
硬直したコボルトの懐へ潜り込み、下から突き上げるように短剣をその顎下へと叩き込んだ。
薄い皮を突き破り、刃が脳天まで達する。
コボルトは声も出せず、前のめりに倒れ伏した。
残るは、地面を這いずりながら槍を振り回す、手負いの1体 だけだ。
(……あとはよろしくな)
俺は一度も振り返ることなく、視線だけで「あとは自分で仕留めろ」と伝え、森の闇へと消えていった。
◇
(……ふぅ。助けてやったんだから、おにぎりの 1 つくらい貰えばよかったかな)
そんな打算的な後悔が頭をよぎる。
だが、こちらが勝手に割り込んだのだ。
あわよくばお礼を……なんて考えるのは、良くないか。
その時、俺の感覚が鋭い警報を鳴らした。
(……来る!)
前方から、殺気と共に3匹のコボルトが突進してくるのが見えた。
さらにその後方。他の個体よりも一回りほど強靭な肉体を持つ個体が、鋭い眼光で俺を射抜いている。
(コボルトリーダーか……!)
『アナライズ』の結果は、『統率』と『嗅覚強化』持ち。
ステータスの数値自体は俺が勝っているが、森という閉鎖環境で囲まれれば、耐久値の低い俺にとっては命取りだ。
「ギィッ!(『ファイヤーボール』!)」
俺は先制の火球を群れの中央に放ち、1体に着弾したと同時に距離を詰めた。
爆煙に紛れ、1匹のコボルトの背後を取って一閃。
こいつらは俺と同じ「敏捷特化」だが、耐久は並以下。
そして何より、今の俺の方が圧倒的に速い。
「ガウッ!?(後ろか!?)」
慌てて槍を振り回す残りのコボルト。
俺は最小限のステップでその突きを回避し、槍が空を切った瞬間に懐へ踏み込んだ。
2本の短剣がクロスし、コボルトの胸を十字に切り裂く。
そして、残るはリーダー1匹 。
俺は足を止めず、さらに2発連続で『ファイヤーボール』を放った。
リーダーは1発目を執念で回避したが、2発目の爆心からは逃れられず、その巨体が大きく吹き飛ぶ。
「ギィッ!(終わりだ!!)」
地面に叩きつけられ、受け身も取れないリーダーの喉元へ、俺は強い突きを繰り出した。
緑色の血が飛び散り、2層の強敵は1粒の「小魔石(赤)」を残して消えていった。
(……ふぅ。やっぱり、動くと腹が減るな)
俺は落ちた魔石を拾い上げると、さらに深い「獣の森」の奥へと進んでいった。
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