事故
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
池袋ダンジョン1層の静寂の中、俺は順調に攻略を進めていた。
霧散させたモンスターたちが残した魔石や素材は、残さず『シャドウインベントリ』へと放り込んである。
カメラの向こう側にいる視聴者……いや、未来の視聴者に向けて、俺は少し調子に乗った実況を続けていた。
「さぁ、みなさん! ここまで出会ったモンスターたちは、一匹残らずアイテムに変わってくれました。……ということで、ここで一度、おやつターイム! なんてな……」
俺はインベントリから極小魔石を一つ取り出し、ポリポリと景気よく音を立てて齧る。
魔素の甘みが口に広がるが、今の俺が本当に求めているのは、こんなエネルギーの塊ではない。
「やっぱり美味ぇ。……でもな、本当は俺、米が食いてぇんだよ。揚げたての唐揚げも食いてぇし、熱々の味噌汁が飲みてぇんだ……グスン……」
脳裏に浮かぶのは、出汁の香りがふんわりと立ち上る、なめこと豆腐の味噌汁。
その夢の汁を啜る自分を想像して、思わず目頭が熱くなる。
いや、いかんいかん。
俺は今、カメラの前なんだ。
格好悪いところは見せられない。
「……よし。これからボスに挑戦だ。油断せず、気合を入れていくぞ!!」
俺は自分を鼓舞するように小さく鳴くと、重厚な石造りの扉へと手をかけた。
◇
扉の先、ボスフロアに足を踏み入れる。
もう何度目になるだろうか。
俺がこの部屋の主なら、いい加減に顔パスで通してほしいくらいだ。
もし自分がフロアボスとして転生していたら、毎日毎日、同じ部屋で殺され続ける羽目になっていた。
そうならなかったことを、心から神様に感謝したい。
(撮れ高、撮れ高! ケンちゃんや、 Qtube で見た有名配信者たちみたいに、派手に行くか!)
俺はカメラの角度を意識しながら、中央に鎮座するゴブリンリーダーへと歩み寄った。
「……なんだ、お前。……嫌な匂いがするな」
「ボス、こいつが匂うんですか? お前、ボスの鼻が曲がるほど臭ぇってよ! ギャギャギャギャ!!」
醜い顔を歪めて嘲笑してくるゴブリンたち。
その時、俺の意識の端で『ピコンッ』という電子音が鳴った。
(なんだ……? 今の音。まあいい、今は集中だ)
俺はわざとらしく鼻を鳴らし、リーダーを指差して言い放った。
「……多分、お前らのボスが言ってるのはそういう意味じゃないと思うぞ? まぁ、お前らみたいな馬鹿に説明しても理解できないか。“鬼のなり損ない”で、俺の養分にしかならない存在だもんな」
俺はこれでもかというほど煽り立てる。
「ほら、どうせやられるんだからさっさと来いよ。“鬼さんこちら、手の鳴る方へ”……あ、悪い。鬼ですらなかったな」
そこまで言い終わった瞬間、沸点の低いゴブリンたちは、リーダーも含めて完全な逆上状態に陥った。
連携もクソもない。
ただ殺意に任せて、一斉に俺へと突進してくる。
(ヤバい、ちょっと煽りすぎたか!)
「アイツを殺せぇぇえええ!!!!」
「ギャギャァァアア!!!」
「『ファイヤーボール』!)」
俺は間髪入れずに3連発 の火球を放った。
ドォォォォォンッ! ドォォォォォンッ!! ドォォォォォンッ!!!
狭いフロアに爆炎が吹き荒れる。
盾代わりにされた配下たちが一瞬で霧散し、爆風に煽られたリーダーが床に転がった。
「ごめんな、ちょっと言い過ぎた。次に来る時は、もう少し優しくしてやるから」
俺はトドメの言葉と共に、倒れたリーダーの首筋を短剣で鮮やかに斬り裂いた。
戦利品は、極小魔石 4 つ と小魔石(赤)。そして、いつの間にか部屋の隅に出現していた宝箱には、幸運にも『ゴブリンリーダーリング』が入っていた。
「……これ、紗奈にあげたら喜ぶかな」
ニコッと笑う彼女の顔を想像して、思わず頬が緩む。
その時、再び『ピコンッ』という音が鳴り響いた。
(なんだよ、さっきから……。……通知音か?)
俺は不審に思い、急いで腰のデバイスを取り出した。
◇
画面を見て、俺の思考は完全にフリーズした。
・着信 5 件
・メッセージ 1 件
すべて、紗奈からだった。
嫌な予感が全身を駆け巡る。
俺は震える指でメッセージを開いた。
『サク! 間違えて録画開始じゃなくて、配信開始ボタンを押したでしょ!! 今、生配信になっちゃってる! どうしよう……!!』
「(は……?)」
俺は血の気が引くのを感じながら、Qtubeのアプリ画面を確認する。
自分のチャンネルページに飛ぶと、そこには忌々しいほど鮮やかな「赤い丸」のマーク。
その隣には、はっきりと『 LIVE 』の文字が躍っていた。
終わった。
完全に、終わった。
後でカットされると思って、めちゃくちゃな独り言や煽り文句、挙句の果てには「味噌汁が飲みてぇ」なんていう泣き言まで、すべてがリアルタイムで世界に垂れ流されていたのだ。
俺はカメラの終了ボタンを、祈るように、そしてそっと押し込んだ。
全身から力が抜け、膝からその場に崩れ落ちる。
(やってしまった……。取り返しのつかないことを……)
呆然と立ち尽くしていたが、リンリリンリと再び激しい着信音が鳴り響いた。
通話ボタンを押すと、紗奈の悲鳴に近い声が聞こえてくる。
『サク!! ヤバいって、今の!!』
「(……本当に、ごめん。……俺、もう終わったわ……)」
『違うの! 同接人数、見た!?』
「(……同接? いや、焦りすぎて消すことしか考えてなかった……)」
『最終的に1000人以上に見られてたんだよ!それも、コメント欄がめちゃくちゃ盛り上がってたの!』
「(……でも、それって、俺が研究機関に連れて行かれるリスクが……)」
強くなりたい。
外の飯が食いたい。
金も稼ぎたい。
だが、正体がバレて捕まるリスクは避けたい。
今の俺の胸中は、複雑なジレンマでぐちゃぐちゃにかき混ぜられていた。
『でも、やっちゃったものは仕方ないよ。最悪、私の「ペット作戦」もあるし! サクはどうしたい? 配信、やめる?』
紗奈の言葉に、俺は一度深く息を吐いた。
確かに、起きてしまったことは変えられない。
それに……正直に言えば、どこかで人との繋がりを求めていたのかもしれない。
あのコメント欄のガヤガヤした空気感が、羨ましかったのかもしれない。
「(……いや、続けるよ。研究上等だ。なんなら、記憶を取り戻してもらうくらいの気でいてやるよ。紗奈、お前を稼がせてやるくらいの勢いでやってやるわ)」
『……本当にヤバかったら、すぐに私に連絡するんだよ? もう、サクは私の友達なんだから。何かあったら、私、嫌だよ……』
彼女の真っ直ぐな言葉が、絶望していた心に温かく染み渡る。
「(……わかった。ありがとう。とりあえず、今流れたコメントを見てみるよ)」
俺は紗奈に感謝を伝え、通話を切った。
◇
:お、なんか始まったぞ
:サナサクちゃんねる? 初心者か?
:可愛い女の子の配信を希望する
「ギィ! ギギギギィ! ギィギ、ギギィギィィィィ!(はいどうも! 『サナサクちゃんねる』のサクでーーす!! 今日は俺の庭である池袋ダンジョン 1 層 から、攻略の実況をしていきたいと思いまーーーす! では、GO!!)」
:!?!!!??!???!?
:え? 何これ
:何が起きたんだ!?
:なんか鳴き声しか聞こえないんだが……
:ちょっと待て、こいつめちゃくちゃ喋ってるぞ
「ギィギィギ……(どうせ後でここはカットされるんだろうけどな……)」
:喋ってるというか鳴いてるんだが、何者だこれ
:テイマーのペットか?
:俺テイマーなんだけど、この鳴いてる子、めちゃくちゃ知性高いぞ。
:間違えてテイムモンスターがデバイスいじっちゃった説
:おちゃめさん、可愛いじゃねーか
:いや、そんなレベルじゃない。こいつ自身で配信始めやがったぞ!
:どういうこと? 通訳してくれ
:【通訳】最初はどこかの配信者みたいに「池袋ダンジョンを攻略していく」って言ってた。で、その後に「どうせ喋ってるところは後でカットされるだろう」って言ってる。
:頭良すぎwww
:何のモンスターだよ、これ
:ちょっと待て、このモンスター、強くねぇか?
:そもそもここはどこだよ。1層か?
:ゴブリンを二撃確殺……動きがモンスターのそれじゃないぞ
:わかる。というか、短剣の扱いがプロのシーフのそれだ
:モンスターのフリした狂人説?
:草。それなら不審者で即通報だろ
:いや、ちゃんとモンスターだと思うぞ。俺、テイマーだから聞き取れるんだもん
「ギィギィギィ(……この映像を観た奴らは、どんな反応をするんだろうな)」
:【通訳】「この映像を観た奴らは、どんな反応をするんだろうな」って言ってるわ。賢すぎる。
:かっこよ……
:おい、同接が増え続けてるぞ。
:当たり前だろ! Currentにも情報が流れ始めてるわ!
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