まさかの相談会
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
相談会の当日。
俺は玲司との待ち合わせ場所であるうちのエントランスで、彼が来るのを待っていた。
一昨日いきなり師匠から店は用意してあるからと住所が送られてきたのだ。
まさか師匠が店を用意してくれるなんて思わなかった。
まぁ、なんとなく察知していたようだし、男同士の人生の門出のお祝いとして、師匠なりに奮発して良い店を用意してくれたのかと予想する。
そうして待っていると、1台のタクシーが停まり、車内で玲司が手を挙げていた。
俺はそのままタクシーに乗り込むと、玲司が「久しぶりだな」と軽く声をかけてくる。
あの会談以来に会う玲司は元気そうで、彼が所属しているパーティ『レガリア』の活躍ぶりは耳に入っていた。
「それにしても、会長がわざわざ場所を用意するなんてな。朔、ここに行ったことはあるか?」
「いや、住所しか見ていないし、何のお店か調べてもないから分からないよ。……あ、確認だけど、今日のことは舞ちゃんには完全にバレてないだろうな?」
「……お、おう」
怪しい、非常に怪しい。
玲司は元々頭も切れるし、普段は極めて冷静沈着な男だ。
だけど、ごくたまに抜けた発言をしたり、何より『氷の女王』である舞ちゃんには滅法弱いという、致命的な弱点もあった。
「舞ちゃんの今日のスケジュールはどうなってるんだ?」
「今日は探索は無しで、他に個人の予定があるとは言っていたけどな……。いや、まあ大丈夫だろ」
「何か聞かれたか?」
「特には……どこかに行くのか?とは聞かれたけど、大事な予定があるとしか伝えてない」
「いや、あの『氷の女王』が『どこかに行くのか?』なんて他人に聞くか? 大丈夫か?」
「朔、考えすぎだ。昔のお前ならもっと能天気で気楽だったじゃないか。今日は男同士、時間が許す限り楽しもうな」
昔の玲司なら、こんなことは絶対に言うやつじゃなかった。
何か、玲司の方も再会を喜んでくれているみたいだし、良い意味で丸くなったんだなと実感を込めて笑う。
そして、タクシーが到着した目的地を眺めて、俺は思わず口を半開きにした。
「なんだこの店……」
目の前には、明らかに一見さんお断りのような格式高い、高級料亭があった。
「会長はわざわざ俺ら2人と話すためだけに、こんな場所を用意したのか?」と、玲司も驚きのあまり固まっている。
恐る恐る2人で店の暖簾をくぐると、「黒崎様、"高梨"様ですね。ご来店ありがとうございます。お連れ様はすでにお越しになっております。こちらへどうぞ」と、仲居さんが奥の個室へと案内してくれる。
「時間はまだ余裕あるよな? というか、師匠がこんな約束の時間より早くに来るわけないだろ」
「怪しい……。朔、なんか罠でもあるんじゃないか? 斥候だったんだから、先に入って探ってこいよ」
バカ野郎と軽く肩を小突いて笑い合いながら、俺たちは通された個室の襖を勢いよく開けた。
「お待たせしました。師匠……は?」
「どうした……え?」
個室の扉を開けた瞬間、俺と玲司はその場で完全に硬直した。
俺らの視線の先には、すでに上機嫌で酒を飲み始めている師匠。
そして、なぜかその横には絹川総理の姿があり、さらにその隣には、絶対にここにいるはずのない『氷の女王』がこちらを座って見ていた。
◇
「ほら、サク君! そんなところに突っ立っていないで早く座り給え! ガハハ!」
上機嫌な絹川総理に手招きで促され、俺と玲司は観念して対面の席へと並んで腰掛けた。
すると、なぜか俺のすぐ真横の位置へとピタッと隙間なく移動して座ってくる舞ちゃん。
向けられる視線が痛いし、何よりめちゃくちゃ怖い。
玲司も舞ちゃんの威圧感が余程怖いのか、完全に現実逃避をして遠くの天井の一点をじっと見つめていた。
「お前がわざわざ大事な話があるなんて連絡をしてくるからな。その話を総理に伝えたら、先の国際交渉の件も含めてぜひ坊主に直接会いたいと仰ってな」
「サク君おかげで、英国と米国とは実に良い形での国家関係を結べたからな。今後の実務の主導こそはアメリカ政府が握るが、我が国日本はその後ろ盾として常に中心のポジションに居座れる。謂わば最も実利のある、美味しい立場ってやつだな。ガハハ!! そうだ、堅苦しい話は後だ、とりあえず乾杯だな!」
まあ、その美味しい立場の絶対的な後ろ盾になっているのは、他でもない俺自身なんですけどね。
この表面の会話だけを聞いていれば、ただの計算高い嫌な政治家と思われるかもしれないけれど、俺は個人的に絹川総理のことが人間として好きだから、この人の放つ言葉の本質的な優しさをしっかりと理解できる。
そこで俺たちは、真横にいる舞ちゃんにグラスへお酒を注いでもらって、ようやく正式な相談会の開始となった。
「厄災側の認識としては、仮にニンゲン同士で何らかの諍いや戦争になっても、一切関知しないということになっています。『ニンゲンどもで上手くやれ』ということです。国としての今後の備えは本当に大丈夫ですか?」
「もちろんだとも。ただ、ダンジョンの資源を巡って多少の犠牲は今後の世界のどこかで出るだろうな。もちろん他国が不当に暴れれば国として抗議はするし、相応の対策も常に考える」
「そこは国のトップとして何卒お願いします。俺自身は、日本が無事なら他は何でもいいんですけどね。……で、師匠。なぜここに舞ちゃんがいるんですか?」
俺は、部屋に入った瞬間から一番気になっていた本題の疑問を口にした。
「いやな、お前の事前の話しぶりから色々と察してな。それなら舞香にも最初からここに来てもらったほうが、黒崎も来るんだし丁度いいかと思ってわざわざ呼んだんだよ。……何かダメだったか?」
「「ダメに決まっているでしょ!」」
俺と玲司の声が見事に綺麗にハモった。
「なんでよ、朔ちゃん! 私に対して、何か秘密にする気だったの!?」
頭を抱える俺の腕に容赦なく両手で絡みついて、身体を左右に激しく揺すってくる舞ちゃん。
「いやはや、あの『氷の女王』がこれほど感情豊かで元気だとはな! なかなか普段は見られない珍しい物を見せてもらったよ、ガハハ!!」
総理、他人事だと思って笑っている場合じゃないんですよ、本当に。
「舞香は昔から坊主のことが大のお気に入りでしてね。可愛い弟のように、それこそ昔からずっとこんな感じなんですよ」
「師匠、解説は結構です……。……あのですね、皆さん。俺から今日、お伝えしたい大事なお話が2つありまして。まず1つ目は、あのルミナスドラゴンの件です。『フロントライン』の仇であるあのトカゲを、6体目の新しい厄災が現れたら討伐することに決めました」
師匠には事前に軽く伝えていたけれど、総理や玲司たちは今の今まで初耳のはずだ。
「……サク、本当に大丈夫なの?」と、舞ちゃんが心配そうな声を漏らした。
だが、俺が「大丈夫。これでも俺、神様だからね」と告げると、彼女は「そっか」と短く納得してくれた。
「なるほどな、ついに因縁の仇討ちに向かうか。……サク君、その目的を果たしたその後は、一体どうするんだい?」
絹川総理が、真剣な眼差しで聞いてくる。
「その後は、アメリカにいるアストラ・エンドロードという厄災と協力して、世界の秩序を守るために動いていきますよ。ダンジョンの資源も、そこに生きるニンゲンの命も、守っていきます。俺たち厄災はこれからの寿命という概念が無いでしょうから、この先もずっと、永遠にです」
「……そうか。あえてこの場だからこそ呼ばせてもらうが、我が国の神様。どうか、末永くこの地球のことをよろしく頼みます」
総理としての立場を超え、一人のニンゲンとして静かに深く頭を下げる絹川総理。
「ちょっ、総理! そんな風に頭を下げるのはやめてくださいよ! 大丈夫です、自分の言葉に嘘はありませんから、必ず守ります」
「ガハハ! 心強いな、よろしく頼むよ。実は私の孫にも『私はサク君と仲が良いんだぞ』と言ったら、もの凄く羨ましがられてな。どうだね? 前にも一度軽く言ったが、私の孫を嫁にもらってくれないか? ガハハ!!」
豪快すぎる総理の直球な提案にタジタジとなりながら、俺は必死に隣の師匠に助けを求める視線を送ったが、当の師匠も「カカカ」と面白そうに笑っているだけだった。
「朔、……もう1つの大事な話というのは?」
玲司がここで真面目なトーンで切り出してきたが、俺の真横からの舞ちゃんの視線が本当に痛いんだよ。
「その……、俺自身の、今後の結婚についてなんですが……」
「「なに!? 私(孫)をもらってくれるの(か)!?」」
絹川総理と舞ちゃんによる見事なツインハーモニーが個室に響き渡る。
「いや、違います。ルミナスドラゴンを完全に倒してケジメをつけましたら、正式に結婚しようかと思いまして」
「ちょっと待って、朔ちゃん。私、そんな大切な話、今までに何も聞いてない。でも、私の心の準備なら最初からとっくに出来ているけれど」
ものすごく早口でまくし立ててくる舞ちゃん。
「舞ちゃん、ちょっと落ち着いて待ってね。……で、総理。俺が実際に結婚するとなると、法律や戸籍の手続きはどういう扱いになるんでしょうか」
「サク君、そもそもなんだがな。神様に、人間が作った法律なんていう既存の枠組みがそもそも関係あるのかい?」
「総理、貴方がそれを言ってしまったら元も子もないというか……」
「君はこの国の誇るべき唯一無二の公認神だ。私個人としては大いに結婚して人生を楽しんでもらいたい。それに、普通の人間は神の前で愛を誓う結婚式を挙げるだろう? 神である君自身は、一体誰に愛を誓うってんだい」
言われてみれば、それは本当にその通りなんだよね。
「なら、国としては俺が勝手に婚姻関係を結んでもいいと?」
「もちろん、君が新し法律を作れというなら私はいつでも動こう。
でもね、今の日本にはパートナー制度など、既存の柔軟な制度もある。
それらを適用すれば、国としても結婚に相当する正式な共同関係としていくらでも法的に認められるよ」
「……ありがとうございます。ただ、その結婚の相手なんですけれど、実は1人じゃないんです……」
俺の告白に、総理は一瞬だけ目を見張った後、すぐに豪快な笑みを浮かべた。
「……なるほどな、分かったよ。色々と動いてみようじゃないか。神様、なかなかやるじゃないか! ガハハ!!」
「坊主、それで、その相手は一体誰と誰なんだ?」
師匠がグラスを片手に聞いてくる。
俺は、真横から向けられている舞ちゃんのうるうるとした期待の視線をあえて躱し、ハッキリと言葉に出して答えた。
「――松田紗奈、そして、水瀬綾香です」
その俺の答えを聞いた瞬間、横にいた玲司が、突然ボロボロと大粒の涙を流してグスグスと泣き出し、「……ありがとう、本当にありがとう」と何度も小さく呟いて頭を下げてきた。
「綾香のやつ、ずっとお前の帰りを信じて待っていたからな……。本当によかった、本当によかったな、朔……」
「……む? 舞香……? おーい、大丈夫か?」
師匠が怪訝そうに声をかける。
俺の隣に座っていた舞ちゃんは、自分の名前呼ばれなかったショックのあまり、魂が抜けたようにその場で完全に固まってしまっていた。
「ほら、だから言ったじゃないですか。師匠が余計な気を利かせてここに連れてきちゃうから、こんな空気になるんですよ……」
「いやいや、私は良かれと思ってだな……。そうだ坊主、だったらこの際、舞香とも一緒に結婚しろ! これが師匠命令だ!!」
このオヤジ、もうすでに完全に酔っ払ってんのかよ。
「完全なパワハラすぎますよ! 総理、これ探索者協会会長による明確な権力ハラスメントですよね!?」
「いや、サク君なら、そのくらいの数の妻を娶る甲斐性は十分にあると思えるがなぁ……。あ、そのうち我が自慢の孫のこともよろしく頼むよ!」
ガハハと大声を上げて笑い合う、ツートップ。
だめだこりゃ、全く頼りにならない。
「……私、絶対に諦めないからね。私だって、この歳になるまで他の誰にも目をくれずにずっと待っていたんだから!」
いや、その舞ちゃんの純粋な気持ちは本当によく分かるし、ありがたいなとは思うんだけれども……。
「朔、……男なら、舞香さんのこともちゃんと責任持って頼むよ」
「玲司、お前一瞬で俺を裏切ったな?」
「ほら見て、玲司は本当によく分かっているわ!
」と、自分の味方をしてくれた玲司に対して、舞ちゃんは嬉しそうに自らお酒を注いで勢いよく飲ませる。
「朔、見たら分かるだろ? 綾香だけじゃなくて、この舞香さんもお前のことが大好きなんだから!!」
「……あぁ、もう、分かりましたよ」
俺は覚悟を決め、目の前に置かれていた冷えた酒を一気に飲み干した。
「舞ちゃんも、俺をずっと待ってくれていた。その想いを知っているのに、もう見ないふりはできません」
「だから――」
「紗奈も、綾香も、舞ちゃんも。俺が責任を持って、必ず幸せにします。総理、法律のあれこれは、そちらで何とかしてください」
酒の勢いでの言葉ではあるけれど、かつて舞ちゃんと16層のダンジョンの中で直接向き合って話してから、彼女がどれほど俺のことを心から大切に想ってくれていたのかは、俺自身が一番よく知っている。
それなら、男として、その想いに全て報いるだけの器量を持てばいいだけだ。
「……朔ちゃん、本当に、本当にいいの?」
瞳をこれ以上ないほどにうるうると輝かせて、愛おしそうに聞いてくる舞ちゃん。
「……多少の予定外な展開ではあったけれどね。トカゲの討伐をすべて無事に終えたら、この話は3人にするから。だから、もう少しだけ待っていてね」
「うんっ!!」
「カカカ! それなら、まずは仇討ちを頑張らねばならんな!! ほら、今日はお祝いだ! 無礼講で思いっきり飲もうじゃないか!」
まさかの3人同時婚という展開になってしまったけれど、まあ、決まったからには男として何とかするしかない。
決して、周囲の場の空気や酒の勢いに流されて、仕方がなくて舞ちゃんと一緒になるわけではないんだ。
あの事故で一度死んで、俺のためにそれこそとてつもなく深く悲しんでくれた舞ちゃんを、もう二度と見たくないし、これからは絶対に悲しませたくないんだ。
全体の流れとしては少々強引に流されている感じになってしまったけれど、一度自分の心でこうと決めたなら、これからは3人全員をちゃんと平等に大切にしよう。
誰にも文句は言わせない。
だって俺は神様だからね。
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