綾香とのデート
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
豊島区――椎名町。
以前、池袋の服屋で適当に買った私服がこういう時に役に立ち、とりあえずはなんとか形にすることだけはできた。
と言っても、真っ白なTシャツに黒のシンプルなパンツを合わせただけの、どこまでもどシンプルな組み合わせだったのだけど。
とりあえずその上に綺麗めなジャケットだけを大慌てで羽織って部屋を飛び出してきたけれど、果たしてこれでコーディネートとして正解だったのか、デート経験の浅い俺には未だに正解が分かっていない。
自宅の前からタクシーを拾い、メッセージで送られてきた綾香のマンションの住所へと向かう。
一瞬で飛んでいってもよかったのだけど、どうせ地上の目的地へ女の子と移動するなら、このまま最初から車で向かったほうがスマートだしね。
窓の外を流れる東京の街並みをぼんやりと眺めながら、およそ20分くらいして、小さいけれど新しくて綺麗なマンションの前に到着した。
車内から綾香のスマートフォンへ「到着したよ」と短いメッセージを入れると、すぐにオートロックのエントランスの扉が開き、中から綾香が姿を現した。
「朔、お待たせ! ……ねえねえ、今日はこれからどこに行くの?」
「俺なりに、色々とプランを考えてきたからさ。……運転手さん、お願いした目的地までお願いします」
「かしこまりました」と丁寧に応えて、年配の運転手さんは静かに車を発進させてくれた。
タクシーの車内では、これから一体どこに連れて行かれるんだろうと、綾香は子供のように終始楽しそうにソワソワしている。
淡い栗色の髪の毛がふんわりと綺麗に巻かれていて、ガーリーな白いワンピースも彼女の雰囲気にとてもよく似合っている。
狭い車内で隣り合わせに座っているだけで、彼女の身体から花のような優しい甘い匂いが漂ってきて、俺はニンゲンだった頃から、実はこの匂いがとても好きだった。
タクシーが動き出してから、高速道路を経由しておよそ1時間もかからずに、最初の目的地へと到着した。
神奈川県横浜市――みなとみらい。
「うわぁ……! 風がとっても気持ちいいね、朔!」
綾香は潮風を浴びながらニコニコと嬉しそうに歩いているけれど、案内する側の俺は、この後のデートプランの順序のことで頭がいっぱいだった。
まずは、彼女の要望を叶えるための買い物だ。
目的としていた大型の商業施設はすぐ目の前だったので、並んでゆっくりと歩いて向かう。
「今日は、綾香の欲しいものを何でも買うよ」
「ええっ、いいよいいよ! 別にそんな、今すぐ具体的に欲しいものなんて何も無いし!」
「でも、お店を回る中で何か良いものが見つかったら遠慮なく言って。この前のお礼も兼ねているし、何より、今までずっと色々と待たせちゃってたからね」
俺がそう静かに告げると、「……本当に、待たせすぎだからね!」と、俺のジャケットの肩口をペシッと叩いてきた。
建物の中に入ると、そこには様々なジャンルの店舗が並んで入っており、それこそ丸1日を費やしても全く飽きないくらいの広さだった。
「ねえ、昔から服とかオシャレに全然興味ないよね?」
「……俺が昔から、そんなものに興味を持っていたように見える?」
「ううん、全然! 昔はいつも、ジャージっぽい楽な格好ばっかりだったわよね!」
昔の俺のダサい姿を思い出したのか、ケラケラと鈴を転がすように楽しそうに笑う綾香。
そうして賑やかにお店を巡っていると、彼女がとあるジュエリーショップのガラスのショーケースの前で、不意に足を止めた。
「うわぁ……。これ、とっても可愛い……」
綾香がガラス越しに熱心に覗き込んでいたのは、1本の美しいネックレスだった。雪の華のような形をしたトップに、きらきらとした小さな宝石が綺麗に装飾されている。
「へぇ……。これ、絶対に綾香に似合うわ。間違いないよ」
「いらっしゃいませ。お客様、そちらのネックレス、お客様の雰囲気にとてもよくお似合いですよ。よろしければ、ご試着されてみますか?」
こちらの様子に気づいた店員さんが、柔らかな笑顔で綾香に向かって試着を勧めてくれた。
「えぇ……。でも、どうしよう……」
気後れして迷っている彼女の背中を、俺は優しく押す。
「いいじゃん、せっかく勧めてくれてるんだし、試しにつけてみなよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」と、少し緊張しながら店内の鏡の前でネックレスを試着させてもらう綾香。
「わあ……素敵。本当に可愛い!」
「気に入った?」
「すっごく気に入ったんだけど、……でもね」
綾香は鏡の前から俺の元へと近寄ってくると、俺の耳元で「これ、ショーケースに値段が表示されてないタイプの高いやつなの」と、焦ったように小声で囁いてきた。
そんな彼女の戸惑いを余所に、俺はすぐに店員さんへと声を掛けた。
「すいません。これください」
「えっ!?」と、綾香が目を見開いて声を上げるけれど、彼女がそれほどまでに気に入ってくれたのなら、俺としては今すぐ買ってあげたい。
「誠にありがとうございます。では、お包みの準備をいたしますので、こちらへお掛けになってお待ちください」
店員さんに案内され、商品の梱包の準備をしている合間、俺と綾香は並んで待つことになった。
「ねえ、朔! 絶対にこれ高いって! もっと違う、別のお店のリーズナブルなもので本当にいいからさ」
「綾香、俺ってこれでも結構な額の収入を稼いでる方だと思うんだけどな」
「それはもちろん知ってるから分かってるけど……。でも、私って別に朔の彼女でも何でもないし……」
少しだけ寂しそうに、唇を不満げに尖らせて俯く綾香。
「それは……。だって、今の俺はもうニンゲンじゃないしね」
「別にそんなの関係ないもん。私は中身が朔なら、何にも気にしないもん」
まるで痴話喧嘩のようなやり取りを交わしていると、準備を終えた店員さんが、綺麗な小さな箱をトレーに載せて持ってきてくれた。
「大変お待たせいたしました。お品物はこちらになります」
そう言って、ネックレスの箱が綾香の手へと渡される。
お会計の時間になり、綾香にはそのままソファに座って待っていてもらい、俺はカウンターへと向かって支払いを済ませた。
請求された金額は、確かに普通に買えるような額ではなかったけれど、あの日のお礼でもあるし、俺の生存を信じて待ち続けてくれた大切な仲間なのだ。
これくらいのご褒美は、今の俺ならいくらでもしてあげたい。
店員さんにショップの入口まで丁寧に見送られ、俺たちはフロアの外へと出ていった。
「サク、素敵なプレゼントを本当にありがとう。……ねえ、もしよかったら、今ここでサクの手で直接つけてもらってもいい?」
「もちろんだよ」
俺は手渡された箱からネックレスを取り出すと、綾香の後ろへと回り込み、ふんわりとした髪を少しだけ手で避けながら、彼女の細い首元へと優しくネックレスをかけて留め具を止めた。
「うん、やっぱり想像通りにめちゃくちゃ似合ってる。とっても可愛いよ、綾香」
「もう……! 本当にありがと!」
今日一番の笑顔を見せてくれた彼女を見て、俺はひとまず最初のプランが成功したことにホッと胸を撫で下ろして安心した。
「じゃあ、そろそろ良い時間だし、ご飯を食べに行こうか」
「やったぁ! ……ちなみに、次のプランはどこに行くの??」
みなとみらいのこのエリアまでわざわざ買い物のために足を運んだということは、次に連れて行くべき場所なんて、もうあそこしかあり得ないよね。
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