最後の夜は新幹線と名鉄に挟まれて
湧き水とお城を訪ねる大垣プチウォークを楽しんだ後、駅へ戻って、でも電車には乗らず、こんどは路線バスの客になる。向かう先は、岐阜羽島。
バスは途中、揖斐川・長良川と大河を2本渡りながら、2~30分くらいで岐阜羽島駅に着いた。
岐阜羽島駅。
ご存じの方も多いんじゃないだろうか。東海道新幹線の駅でありながらJRの在来線が通っていない、たった2つの駅のうちのひとつだ。
県都岐阜市とはだいぶ離れているが、名鉄の支線で結ばれていて、県内ただひとつの新幹線駅としてそれなりに親しまれているんじゃないだろうか。
そんな岐阜羽島へ、わざわざバスに乗ってやってきたのだが、なにもここから新幹線に乗ろうってわけじゃない。これまでさんざん鈍行で旅してきて、ここへきて突然新幹線を使うっていう手もないし、そもそも新幹線に乗ったところで地元へ帰れるわけでもない。
じゃあ、なんで今日、岐阜羽島へやってきたのか?
それは、泊まるため。この駅前に、格安のホテルがあるのだ。
ここ数日、関西の宿の高さにいいかげん苦しめられ続けたうえに、さらに今日は土曜日。宿予約サイトで検索するのも気が重いところ、恐る恐る見てみると、この宿が出てきて、意外にもまだ部屋に余裕があるって言っているし、しかもお値段リーズナブル。こいつは、「今日お前が泊まる宿は、ここだ」っていう旅神様のお告げに違いない。
かくして、新幹線に乗るでもなく、町そのものに特に見どころがあるでもなく、旅で立ち寄るうえで魅力もおもしろみも感じないこの岐阜羽島という町へ、ただ泊まるためだけに、バスに揺られてのこのこやって来たのだった。
駅前広場に着いたバスを降りると、当然すぐそこに駅の入り口があるが、駅にはなんの用もないので、横目で見ながら宿へ直行する。駅前広場の片端に、新幹線の高架と並ぶように名鉄の駅があって、その2つの高架線の間を進むとすぐ着くはずだ。
この岐阜羽島駅、新幹線の駅でありながら駅前に店というものが見当たらず、賑わいを感じないのだが、この通路に入るとますます寂しい感じになる。高架橋の足が無表情に並ぶ下に、駐車場やら駐輪場やらが続くばかり。
そんなところを歩いて行くと、行く先の高架線に挟まれた空間に、恐ろしく細長い建物が行儀よく収まっているのが見えてきた。これが、今宵の宿。
そう、この旅最後に泊まるのは、新幹線と名鉄、たいして離れていない2つの線路に挟まれたお宿だというわけだ。
新しくこぎれいなその建物に入っていって、フロントで受付を済ませると、あてがわれた部屋は、3階。エレベーターで昇っていって、部屋を探して入ると、シングルルーム正面の窓のカーテンが閉まっている。これをちょっと開けてみると……果せるかな、窓一面に新幹線のホームのパノラマが広がった。たしかに、ビルの3階といえば、ちょうど新幹線のホームと同じ高さ、なのかもしれない。
ああ、なるほど、だから安かったのか……。
それからというもの、明くる日にチェックアウトするまで、乗りもしない新幹線と、いやっていうほど向き合いつづけることになった。
鉄道旅行を好みながら、新幹線という乗り物にさほど興味のない私は、この窓からのパノラマを見た瞬間、めずらしい眺めではあるものの、夜遅くまで続く音と振動を約束されたようで、なんとも複雑な心持ちになったのだが、これ、新幹線大好き人間にとっては最高の部屋だよな……。
ときどき、空気を切り裂く音と地鳴りがセットで迫ってきたかと思うと、この駅の存在に気づきもしないかのようにトップスピードでのぞみが通過していったり、逆にこの上なく呑気なスピードでこだまが入ってきては、しばらく休んでいたりする。定期的に繰りかえすそんな営みを、眺めるともなく眺めながらの岐阜羽島ステイ。
このホテルがあるのは、長い長い新幹線のホームのだいぶ端寄りなので、もとより客の少ない岐阜羽島駅のこと、ホームに人がいるのを見かけることはほとんどなかった。だから思わずカーテンを開けっ放しにしたりするのだが、そんなホームの僻地にも、早めに来てホームで待っていたり、降りて歩いている人がたまにいて、それに気付くと焦って閉めるハメになる。
ホームに人がいなくたって、手前のホームに止まったこだまの乗客と、あの小さな新幹線の窓越しに目があっちゃうかもしれないし、うかうかしていられない。
格安ホテルだけにトイレが部屋にないので、たまに廊下に出るのだが、そうすると、こんどは廊下の窓の外から、名鉄の電車がゴトゴト入ってきたり、止まって発車の準備をしているような音が聞こえてくる。こっちの窓は換気用のささやかなヤツで、外を眺められるようなもんじゃないが、すぐそこに電車が止まっているフンイキは手に取るようだ。
レトルトのごはんを廊下の電子レンジで温めて、ささやかな晩飯を楽しむ間も、目の前には新幹線。大浴場でひとっプロ浴びて戻ってきても、目の前には新幹線。
日本の大動脈の活気と、暮れゆくほどにこうこうと輝くホームの明かりを浴びながら夜のひとときを過ごして、まだ終電には早いが、あきらめて寝ることにする。まあ、これだけ音と振動を味わえば、だいぶ慣れてきただろう。じゃあ、おやすみなさーい。
その後もちょくちょく地鳴りは感じたが、やっぱり慣れってものはあるらしく、終電を待たず寝入ることに成功したようだ。
夜中、ふと目が覚める。時計を見ると、4時。寝つきはよくても眠りの浅い当方にはよくあることだが、こんな時間なのに、窓の外が妙に明るい。それもそのはず、新幹線のホームの明かりが、寝る前と何も変わらずつきっぱなし。
ご存じの方も多いと思うが、新幹線ってヤツは、6時を過ぎないと走りはじめないことになっている。始発を迎える準備をするには、いくらなんでも早すぎるだろ……と思って、体を起こして窓の外を見てみると、そこに、新幹線。
夜中のホームに、新幹線が、止まっている。
……岐阜羽島始発の新幹線なんかあるのか?
それとも車庫代わりなのか??
さすがに車内の電気は消えているが、この電車を止めておくためだけに、ホームの明かりをひと晩つけっぱなしにしているんだろうか。寝ぼけた頭にはてなマークがいくつか浮かぶが、ともかく、こんなホテルに泊まりでもしなければ見ることもなかった、これはこれで貴重な光景ではある。
それをひとしきり眺めてからまた寝入ったが、しばらくすると、眠りが浅くなった夢うつつに、さっきは聞こえなかった、止まっている電車の床下でよく鳴っているような音が聞こえてきた。発車の準備をしているんだろうか。
そして朝、目を覚まして窓の外を見てみると、あの新幹線はもうそこにいなかった。ご出勤なさったらしい。さしずめ、名古屋始発の1番電車なんだろう。毎日、こうやって岐阜羽島駅で仮眠して、朝の仕事に出かけていっているんだなあ……。
朝飯を済ますときも、当然目の前に開けるは、新幹線ホームの大パノラマ。朝の陽を受けてこざっぱりと輝くその景色、はじめは静まりかえっていたものが、ほどなく、のぞみが駆け抜けていったりこだまがやってきたりが始まって、時を追うごとにそれがしげくなっていく。
食べ終えて支度を済ませ、荷物を背負った私は、その営みを眺め渡して、この旅最後の宿を後にした。
いやー、こりゃいっぺんに10年分くらい新幹線見たな……。
日本鉄道界のトップスターたる新幹線様、これからもめったに乗ることはないと思うけど、このたびは大変お世話になりました……。




