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「水の都」大垣初上陸

 彦根城で桜景色とひこにゃんの思い出に浸った後、駅へ戻って電車に乗って、一路東へ向かう。山あいに入った電車は、いつしか滋賀県から岐阜県へ。数日間過ごした関西を離れて、自宅のある中部地方へ戻ってきたわけだ。

 電車は古戦場としてあまりにも有名な関ヶ原を過ぎると、車窓は山あいから平野へと変わっていって、やがて町に入ると大垣駅へ着いた。


 大垣って聞いてピンとくる人は、いったいどれくらいいるだろう。岐阜県の南西部、県都岐阜市にほど近い主要都市だ。町としては、県内とか近場の人じゃないと知らないかもしれないが、大垣駅については、鉄道旅行者ならかなりの人が知っているんじゃなかろうか。


 最近まで、「ムーンライトながら」なる夜行の快速電車が、東京駅とこの大垣駅を結んで走っていた。快速だから18きっぷでも乗れるわけで、この電車で旅した思い出を持つ鉄道旅行者も多いだろう。

 18きっぷは1日乗り放題だから、その「おトク度」は1日にどれだけ進めるかに左右されることになる。そんなきっぷのユーザー、中でも特に首都圏民にとって、この夜行列車はおトク度大幅アップの切り札だった。


 そのムーンライトながらは、夜中に東京を出ると東海道線をひた走り、朝方この大垣駅に着く。着いたら、たいていの客は関西方面へ向かうので、大垣発の普通電車に乗りかえるのだが、その電車の席を確保すべく、みんな寝不足の体にムチ打って駅の階段をダッシュしたもんだ。

 一部では「大垣ダッシュ」なんて呼ばれていた、そんな光景といっしょに、大垣の名は旅人たちの思い出に刻まれていることだろう。


 当方も、旅を始めてからこのかた、夜行か昼間かにかかわらず、数限りなくこの駅での乗りかえを経験してきた。でも、この駅で降りてみたためしはない。きっと、これをお読みの鉄道旅行経験者諸氏も、ああ俺も私も、とうなずいていらっしゃるんじゃないだろうか?


 おおかたの旅人にとって、乗りかえるための駅であって降りるための駅じゃない、そんな大垣。でもここは、れっきとした城下町だ。城跡公園があれば、当然そこは桜名所。関西から地元への帰り道、通りすがりの立ち寄り花見にはおあつらえ向きの町じゃなかろうか。

 それだけでもこの町に降り立つ動機としては十分だが、もうひとつ、ささやかながら外せないポイントがある。

 それは、水だ。


 いつ頃知ったか覚えていないが、どうもこの大垣という町は、湧き水が豊富なところらしいのだ。そんなこと言ったって、どうせ駅から遠く離れた、車旅行者でもなければ縁がないようなところのハナシだろ……と思いきや、どうやら駅にほど近い市街地に、いくつも水くみ場があるんだとか。こりゃ行くっきゃない。


 当方、いつのころからか、飲める湧き水っていうものに妙に心惹かれるようになってしまった。

 山登りも好きなのだが、若い頃よく登った山の途中に水くみ場があって、空ボトルにくんで飲みながら登ったもんだ。湧き水はなかなかうまいし、ただでさえ水分が欲しくなる山登りに、飲み物を買っていく必要がないっていうあたりに味を占めてしまったらしい。


 以来、山登りに限らず、旅でもなんでも、出かける前に行く先々の水場を調べては、空ボトルを何本かカバンに入れて出かけて、飲み物代を浮かすのが常になっている。特に夏場の旅なんて、飲み物がいっくらあっても足りないくらいだが、その途中に水くみ場があればまさにオアシスだ。そんなオアシスが、大垣の町中に点在しているっていうのだ。


 お城の桜と、そして湧き水。そんなものに誘われて、通ってはいながら立ち寄ったことのなかった大垣へ、この旅のタイミングで初上陸と相成った次第。

 駅を出て、まずは手近な水くみ場へ行ってみることにする。なんせ水くみ場っていうヤツは、当たり外れがデカい。有名どころへ行ってみたものの、すくってみたらゴミだらけでくむ気にならなかった……なんてことも1度や2度じゃなかった。駅からお城くらいまでの範囲で、何か所か行ってみて、良さそうなところの水をいただいていくことにしよう。


 駅にほど近い神社の境内にあるようだ。駅前広場から信号を渡って、町中の道を進んでいくと、ほどなくささやかな鳥居が見えてきた。まわりの建物に囲まれた小ぢんまりした境内に、窮屈そうに神社が建っている。

 鳥居をくぐるとすぐに、ああこれが水くみ場か……っていうより、これ手水ちょうず場じゃないの??


 どうもこの水くみ場は、神社に付き物の手水場を兼ねているようだ。なかなか緑豊かな一角から流れだしていて、ゴミ混入の不安がよぎるが、手で2度3度すくってみても、1粒たりとも見当たらない。質のほどは問題ないようだ。さりとて、手水場の水をくむっていうあたりちょっと気が引けるのだが、ネットでも紹介されているスポットだし、せっかく来たからにはいただいていくまでだ。


 お参りを済ませた後、ザックからボトルを取りだして給水作業にかかる。

 うーん、ちょっと、水量が……。

 手水場としては十分すぎるくらいの水量だが、水くみ場としてはいささか頼りない。しかもここは町中、人通りは多いし、ときどきお参りの人も来る。たいした時間でもないのだが、なんだかとっても気を遣うし、後ろめたい気分になるしで、なんとも穏やかならぬ水くみタイムだった。

 ともかく、持っていたボトルはいっぱいになった。カバンにしまって、そそくさと立ち去る。


 とりあえず、ひとつの大きな目的はクリアした。さあ、次はお城だ。地図アプリの教える道を歩いていく。

 しばらく行くと、並木のある水路沿いの道に出て、さらに歩くと、その並木が桜へと変わった。ちょうどそのあたりに、水際へと降りる階段がある。どうやら大垣って町には水路めぐりの遊覧船があって、ここはその船着き場らしい。


 あたりはこれといっておもしろみもない、建てこんだ町中だし、船自体を見かけることもなかったが、水路があって、船着き場があって、そこに見頃の桜が寄り添っていたりすると、途端にそこだけ上質な春景色ができあがって、春旅ムードを演出してくれるから不思議なもんだ。しばし眺め浸ってから、先へ進む。


 水路を渡って町中の道をさらに歩いていくと、ついに城址公園に到着……なのだが、ここにはお堀もなければ城門も枡形もない。お城らしい石垣と白壁があるほかは、桜咲く広場が広がっているばかり。その石垣も白壁も、こう言ってはなんだが、サイズ感がだいぶ控えめだ。

 なんというか、「お城のまわりに公園がある」っていうより、「公園の傍らにお城がある」っていうイメージだろうか。とにかく、公園の印象のほうが、相対的に強い。


 とはいえ、旅人として目指すは、やっぱり公園よりお城でしょ……ってことで、石垣沿いに進んで、その切れ目から中へ入る。

 ゆるやかな石段を登っていくと、思いのほかあっけなく天守閣のふもとに着いた。ベンチがあったので、荷物を置いて腰かけて、見上げる。


 春の陽を受けて輝く白亜の天守閣は立派なのだが、これもやっぱりサイズ感は控えめ。ふもとには一応広場があるのだが、これまたこぢんまりとしていて、時折登ってきては過ぎていく見物客が、視界に入っていちいち気になるレベルだ。

 これまであちこちでお城を見てきたが、ここほどこぢんまりとしたところはちょっと記憶にないなあ……。


 いや、よそと比べちゃいけない。特に、つい数時間前に彦根城なんか見ちゃったからいけないんだ。向こうは泣く子も黙る天下の名城、あれと比べちゃ気の毒だろう。今見ているこれこそが、まさにほかでもない大垣城のリアルな姿だ。これでいいんだ……。

 そんなことを考えながら、しばらくのんびり眺めて過ごして、城址公園を後にした。


 後はブラブラ駅まで戻りながら、もう1か所くらい水くみ場に寄っていこう。

 また水路沿いの道に戻って歩いていくと、神社の前に着いた。この境内に水くみ場があるという。鳥居をくぐると、ああ、あったあった……。入ってすぐのところにあずまや風の屋根があって、その下にこんこんと清水の湧く井戸がある。その豊かな水量は、さっき水をくんだ神社の水場とは比べものにならない。手ですくってひと口いただくと、んー、冷たくてうまい!


 そうか、ここでくむのが正解だったのか……。

 さっきの手水場を兼ねた水場と打って変わって、ここはまさに水をくむために設えられた水場だ。水量だけでなくスペースにも余裕がある。ここなら、気を遣うことも後ろめたいこともひとっつもなく、心地穏やかに水くみできたわけだ。

 かといって、すでにくんじゃった水は、まだザックにこれでもかっていうほど入っている。わざわざ捨ててもらいなおす手もないだろう。


 目の前では、井の字型した枡の中から、さあ、ここで思う存分くんでいきなさいと言いながら、透き通った水がモリモリ湧きあがっている。でも、ここは、眺めるだけだな……。

 水ならザックにたっぷり入っているわけだが、なんだかたいそう惜しい気分になりながら、その豊かな水を目に焼き付けて、駅へと向かった。

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