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ひこにゃんお出かけ中……

 ノスタルジックトレインのプチ旅を終えて、やってきました彦根。滋賀県東部の中心都市にして、名城彦根城を擁する城下町だ。

 城跡ってところはたいてい桜の名所になっているもんで、彦根城も例外ではない。本日2か所目の花見スポットであるそこへ、彦根の町をたどっていく。


 駅からしばらくは、特におもしろみのない都市然とした景色が続くが、10分くらい歩いていくと、丁字路に出たのを合図に急に城下町っぽい町並みになって、松並木やらお堀やらが見えてきた。さすがは全国に名の知られた名城、お堀も石垣も堂々たるものだ。ここへ来るのは、10年以上前に来て以来2回目だが、なんかはじめて見るみたいに新鮮に目に映る。


 その先でお堀を渡ると、いよいよ彦根城に突入だ。いわゆる枡形ますがただろうか、道路がクランクになっているまわりを石垣と白壁が囲んでいて、城に来た!っていう気分を盛りあげてくれる。

 そしてほどなく、正面に内堀が現れて丁字路にぶつかった。左へ行けば天守閣への入園口、右へ行けば桜咲く公園ゾーン。


 彦根城の天守閣は、全国に5つしかない国宝の天守閣の1つだそうで、それはそれは見事だろうけど、入園料もかかるし、そもそも花見に来たわけだし、前回も行っていないけど、まあ、今回もパスするとしよう。だったらここで右に曲がって、まっすぐ公園ゾーンへ向かえばいいのだが、その前にちょっとチェックしたいものがあるので、一旦左へ進む。


 お堀沿いの桜を眺めながら行くと、橋が見えてきた。これを渡れば天守閣のほうへ行けるのだが、その渡り口のところに、立て看板が立っている。

 題して、「本日のひこにゃん」。


 そう、ひこにゃん。

 あの、ひこにゃんだ。

 彦根といえば、彦根城ともうひとつ、ひこにゃんの町だ!


 今さら説明の必要もなかろう。

 今や、ゆるキャラは全国津々浦々に広まりつくして、いないところを探すほうが難しいほどだが、そのブームの立役者ともいうべき、ゆるキャラ界のレジェンド・オブ・レジェンズ、ひこにゃん。ゆるキャラの歴史はひこにゃん抜きには語れない。


 そのひこにゃんは、毎日この彦根城にお出ましになる。ここに来れば、どんなカミナリおやじでも鬼教頭でも笑顔になるだろうという、あの愛くるしいお姿を拝めるのだ。そのお出ましの時間と場所が、この立て看板に書いてある。

 今はまだ10時前だが、さて、本日のご予定はいかがかな……。


 11時00分~11時30分:四番町スクエア

 13時30分~14時00分:天守前広場

 15時00分~15時30分:博物館(冠木門)


 四番町スクエア……どこだそれ??

 聞いたことも食ったこともない名前だが、響きからして、お城の中のどこかじゃないだろう。さしずめ、町中のちょっとした広場といったところか。つまり、ひこにゃん様は午前中はお出かけになっていて、お城ではお目にかかれないということらしい。


 四番町スクエアがどこだか知らないけど、いっそ、行っちゃうか?

 ……いや、ちょっと待て。今日ここへ何しに来たんだ?

 ……花見。そう、花見だ。ひこにゃん見じゃない。


 そりゃあひと目会いたいのはヤマヤマだが、そのために花見の時間を削るのは、なんか違う。あと、午後までここにいればお目にかかれるわけだが、今日これからのハシゴの予定を考えると、それもできない。つまり今回、ひこにゃんのお姿を拝することはかなわないということだ。


 まあいい。なにもひこにゃんに会いに彦根へ来たわけじゃない。でも、どうせなら見たかったなあ。ああ、思い出すあの姿……。


 手元の旅メモによると、ここへ初めて来たのは2009年。ひこにゃんのブレークからまだそれほどたっていないころだった。だからか、彦根城に着くと、そこはもうひこにゃん一色。


 ♪ひっこにゃん、ひっこにゃん、ひっこにゃんにゃん……。


 お城じゅうのスピーカーから、楽しげなテーマソングが流れていて、件の立て看板の傍らには、警備員スタイルのイベントスタッフの姿。ハンドマイクで盛んにアナウンスしている。

「えー、あと30分ほどしますと、こちらにひこにゃんのほう登場してまいります。本日最後の登場となっております……」


 そのときも目的は花見だったのだが、そう言うならと、時間まで公園ゾーンで花見を楽しんで、時間に合わせてお出まし会場へ。春の行楽シーズンのこと、着くと果せるかな、ちびっ子たちの熱気の渦がそこにあった。

 案内役のおねえさんが名前を呼ぶと、ひこにゃん様、おもむろにご登場。例のテーマソングにノるかのごとく、右足で2歩、左足で2歩と、とっても楽しそうに歩いていらっしゃる。


 ちびっ子だけじゃなく、大人も大喜び。そりゃそうだ、だってかわいいもん。

 オッサンだってオバハンだって、かわいいものはかわいい。あんな愛らしいお姿を目の当たりにして、幸せな気持ちにならない人なんているんだろうか?

 あえて口に出さなくたって、みんなかわいいものは好きなはず。かわいいは正義だ!


 そんなひこにゃんに、今回は、会えないんだよなあ……。

 いい。いいんだ。惜しいのはいくら考えてたって同じこと。当初の目的である花見を楽しもう。


 公園ゾーンのほうへ向かって、お堀沿いの道を行く。この道はずっと桜並木になっていて気分はいいが、人通りも多いし、ベンチがあるわけでもないし、咲きっぷりのいい木にはたいてい何人かずつスマホを向けているしで、なんとなく落ち着いて眺めていられない。この先に広場があるはずなので、そこまで行けば、腰かけてのんびり眺めるのにおあつらえ向きな木の1本や2本あるだろう。


 そう思って歩いていくと、ほどなくちょっとした園地然としたところが見えてきた。桜もよく咲いているのだが、肝心のベンチが見当たらない。仕方なく、さらに先へ。

 左にお堀と桜並木、右に入園料のかかる庭園の施設なんかを眺めながらしばらく歩くと、急に視界がパッと開けて、芝生の広がる「ザ・公園」っていう感じの広場に着いた。たしかにのんびりするには良さそうなところなのだが、今度は、桜が、あんまりないなあ……。


 ピクニックには申し分のない広場だが、こっちは花見に来たのだ。桜がなくちゃ話にならない。

 はて、こんな感じだったかなあ。たしか、どこかに腰かけて桜を眺めたような気がするんだけど……と、15年近く前の記憶へのアクセスを試みるが、腰かけて桜を眺めたこと自体はなんとなく思い出すのものの、それがどこだったかまではデータベースに残っていない。まあ、この先にそれっぽいところもなさそうだし、戻るとするか。


 またお堀沿いの道をたどって、行きに通った園地然としたところまで戻ってきた。さっきは道からちょっと眺めてみただけだったが、こんどはその中へ進んでみる。すると、ほどなく外堀の堤が見えてきて、その瞬間、15年近く前の記憶がにわかに鮮やかさを増してきた。

 ああ、こんなところに来た来た。そうか、ここだったのか……。


 その堤に登っていくと、腰かけるに手ごろな石もある。荷物を下ろして、どっこいしょ。あー、やっと落ち着いて桜を楽しめるや……。

 少し高いところから、桜咲く園地を眺め渡す。青空をバックに見上げるような楽しみ方はできないが、たまにはこういうのも悪くない。あとは、ここで時間の許す限り眺めていくことにしよう。


 はじめてここへ来たあの日も、このへんでこうやって桜を見てたんだろうなあ。でも、あの時賑やかに鳴り響いていたひこにゃんソングは、今は聞こえてこない。そういえば、ひこにゃんのお出まし回数も、もうちょっと多かったような気がする。そりゃブームは過ぎるよね……。


 彦根城へやってきて、桜は楽しめた。でも、ひこにゃんには会えなかった。満たされた心地とちょっぴり残念な気分とが、追い炊きしながら入っている風呂のお湯みたいにまだらに混ざったまま、しばらくのんびり過ごして、そしてお城を後にした。

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