ローカル私鉄=ノスタルジーの法則
短時間だけどいろいろあった、京都日帰り花見ツアーを終えて、京都駅へ。ここから電車……じゃなくて名神ハイウェイバスに乗りこんで、向かった先は、滋賀県の多賀サービスエリアだ。
ここはまぎれもなく高速道路のサービスエリアなのだが、その中にハイウェイバスのバス停がある。それだけなら、各地にいくらでもあるハナシで、さしてめずらしくはない。だが、このサービスエリアには、なんと宿泊施設まで整っている。こういうところは、さすがにそうあちこちにはないだろう。
で、そのお宿には大浴場があるのだが、その隣には健康ランドライクな仮眠室もあって、お手頃価格で朝まで過ごせるのだ。たとえハイウェイバスの止まるサービスエリアに宿があったって、どうせ高いんだろうから、例によって当方には無縁だが、健康ランド的に安く仮眠できるなら話は別だ。
しかも、滋賀県自体は京都府の隣だが、ここは滋賀の中でもだいぶ岐阜寄りのエリアにある。いくら京都の宿が高いからって、さすがにここまで逃げてきて泊まるような京都旅行者もいないだろう。この日の宿はここで決まりだ。
かくして、夜のハイウェイバスで多賀サービスエリアに降り立った私は、大浴場でひとっプロ浴びたうえで、仮眠室でインバウンド禍とは無縁な一夜を過ごした。
明くる朝、宿を引き払った後、今日の旅への準備を整えるべく、フードコートへ移動して朝飯を済ます。
滋賀までやってきたのは、なにも安く泊まるためだけじゃない。今日は、多賀大社から彦根城・大垣城と、滋賀から岐阜にかけての桜名所を巡ることにする。地元へ帰る方向へ少しずつ進みながら、花見スポットのハシゴをしようっていう寸法だ。
もうさんざん花見しただろ……読者諸氏のそんな声とあきれ顔が浮かんでくるようではあるが、ほら、校長先生も言ってたじゃない。「家に帰るまでが春旅です」って……。
まずは多賀大社へ向かうべく、サービスエリアの歩行者用出口から道路へ。
サービスエリアはだいたい町はずれにあるもんで、ここも例外ではないが、20分ちょっとブラブラ歩いていけば多賀大社へも行けるし、駅もある。旅の宿として悪くない立地じゃなかろうか。
高速道路とため池に挟まれた、殺風景な道路の歩道をしばらく歩いていくと、やがて田舎町へとたどり着き、それを抜ける通りをさらに進むと、突然レトロな家並みが現れた。多賀大社の門前町に入ったようだ。
進むごとにレトロムードを増していく町並みに気をよくして歩いていくと、多賀大社に到着。
大社というだけあって、社殿は壮麗そのもの。拝殿を中心に檜皮ぶきの建物が左右に伸びている姿を前にすると、身の引き締まる思いがする。
お参りを済ませて見わたすと、古社にありがちな、杉木立の深緑に包まれた境内なのだが、その中にいくつかベニシダレが咲き誇っていて、林をバックにやたらと目をひく。本数こそ控えめだが、純和風な神社建築とセットで眺めると、歴史に磨かれた極上のコンビネーションにうならされるばかり。ちょうど、あんこと抹茶みたいなもんだな……。
そんな雅やかなひとときを過ごしたら、さあ、次なるスポットへと移動しよう。
レトロな門前町を逆向きにたどって、10分くらい歩くと多賀大社前駅に着いた。ここから、近江鉄道というローカル私鉄に揺られて、次の目的地・彦根を目指す。
ローカル線の駅らしく、駅舎も改札もホームも全部地上にあるので、駅の外からでも、ドアを開けて待っている電車がすぐそこによく見える。駅舎には駅員もいなければきっぷの販売機もなく、そのまま改札を通って電車に乗って、整理券マシンから1枚取って、席へ。これまたローカル線ではよくあることだ。
近江鉄道は西武の子会社だそうで、昔西武で走っていた電車のおさがりをもらって走らせているらしいが、この電車もそうなんだろう。なんとなく、見覚えがある気もする。
あたりを見回すと、窓が上下2段に分かれていたり、ドアの窓のまわりが黒いゴムで囲まれていたりと、昔の電車のスタイルがよく残っていて、懐古趣味人間にはとっても心地いい。
車内には乗客も少なくて、春の田舎らしいのどかな時間が流れていく。そのうち発車時間がやってきて、懐かしい音をたててドアが閉まると、懐かしいモーター音を響かせて、ゆっくり走りはじめた。
走りっぷりもまたのどかなもんだ。よその電車がどんなスピードで走っているかなんて知ったことか!と言わんばかりに、マイペースを貫いて近江の田園を行く。
この電車は、2つ先の高宮駅止まり。彦根までそんなに距離はないのだが、1回乗りかえなきゃいけない。マイペースな走りっぷりといえども、走りはじめてものの5分ちょっとで、高宮駅に着いた。
着いて目に入る、その駅の風景。
うーん、ノスタルジック……。
さっき乗った多賀大社前駅は、サイズこそローカル線らしい小ぢんまりとした駅だったが、最近建て替えた建物らしく、特に印象に残るようなものじゃなかった。ところがこの高宮駅は、ホームといわず屋根といわず待合室といわず、レトロなムードに満ちている。
線路側の側面が石積み状になったホーム。木の柱にトタン板が載った屋根。くすんだモルタルむき出しの待合室。構内全体にノスタルジーがあふれているのだ。
彦根方面の電車の乗り場は線路を挟んだ向かい側にあるのだが、跨線橋じゃなくて踏切を渡っていくスタイルもまたレトロ。
渡るべく、ホームから古めかしい階段を降りると、底は一部石畳になっている。都合3本のレールを渡るのだが、ホームのない真ん中のレールはさびていて、なかば草に埋もれながら続いていく。そして渡る先のホームの側面を見ると、下半分がレンガでできているのだ。
これは、たまらない。
駅の出口もそのホームにあるので、多賀大社前から乗ってきた乗客たちは、みんなその踏切を渡っていく。お年寄りが杖をつきながらゆっくり歩けば、その後ろの人もそれに合わせてゆっくり。彦根へ向かう電車が来るまでちょっと時間があるようで、お年寄りを中心にみんなホームのベンチに腰かけて、和やかにおしゃべりに興じている。そういう光景のひとつひとつが、いちいちノスタルジックだ。
そういえば、この旅の序盤でお世話になった、神奈川を走る江ノ電も、同じようなフンイキをたたえていた。駅によって多少違いはあるが、ホームの屋根を木の柱が支えている駅も多いし、電車もレトロなものが目立つ。トンネルがレンガ造りなのも見逃せないポイントだ。
そのほか、これまであちこちでローカル私鉄に乗ったが、程度の差こそあれ、大手私鉄じゃなかなか味わえないノスタルジーを感じる点で、どこか相似たものが流れている気がする。茨城の関東鉄道しかり、静岡の大井川鐵道しかり、京都の叡山電車しかり。
そうなると、ここにひとつ、
ローカル私鉄=ノスタルジーの法則
なるものを見出すことができるんじゃないだろうか。
「およそローカル私鉄というものは、大手私鉄と比べて、ノスタルジックな風景に富んでいる」といったものだ。
なぜだろう?
ひとくちにローカル私鉄って言ったって、走っているエリアの環境は千差万別だ。都市近郊なこともあれば、ド田舎もある。海沿いもあれば山あいもある。利用者数も客層もいろいろであるはずだ。なにも、「ローカル私鉄はすべからくノスタルジックでなければならない」なんていう法律があるわけでもなかろう。
にもかかわらず、相似たにおいをそこに漂わす、共通したファクターとは?
……お金が、ないのか……。
考えるまでもなく、ただそれだけのことかもしれない。お金がなけりゃ新車も作れないし、屋根も待合室もリフォームできないだろう。至極ごもっともなハナシだ。そう考えると、途端に気の毒になってくるし、一抹の寂しさも感じる。
でも、それでもやっぱり、ここに漂っているノスタルジーはとてつもなく心地いい。地元の人はなんとも感じないかもしれないが、よそから来た旅人にとっては、これを目的に来たくなるくらいの価値を感じる。いつまでもこのままであってほしい。
そんなフンイキに浸っていると、ようやく電車がやってきた。さっきのと同じ電車かどうかよくわからないが、窓は上下2段、ドア窓は黒ぶちの懐かしいヤツだ。みんなゾロゾロと乗りこむと、彦根へ向けて走りだした。
ここまで乗ってきたのは支線だったのに対して、こんどは本線だけあって乗客はだいぶ多いのだが、走りっぷりはたいして変わらない。途中2駅に止まりながら、10分近く乗っていると、車窓がだんだん町中っぽくなってきて、やがて彦根駅に到着。
ここはJRの駅と並んでいることもあって、さすがに出口がホーム直結ではなく、階段を登る必要があるのだが、その手前、ホームの上に改札口がある。そこで整理券を渡して運賃を払って通ると、切符売り場もまたホーム上。たいして広いホームでもないのだが、駅のすべてがホーム上にコンパクトに収まっているわけだ。
2階にあるJRの駅の建物を出入口として借りているような格好なので、こんなスタイルもむべなるかなだが、これはこれで、どことなくノスタルジック。
ローカル私鉄=ノスタルジーの法則……その当否やいかに??




