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京の山門にやられた……

 大阪からはるばる山の辺の道くんだりまで歩きに行った明くる日は、ついに、関西の花見の本丸ともいうべき京都に乗りこむことにする。


 ――ちょっとダンナ、奈良の宿にすら泊まれないものが、この期に及んで京都ですかい??


 そんな声が聞こえてきそうではある。

 おっしゃる通り、京都の宿代のインフレっぷりに比べたら、奈良なんてまだかわいいもんだ。その奈良にも泊まれないような貧乏旅行者が京都に泊まろうなんて、噴飯の至りも甚だしいところだろう。小学生が司法試験に挑むがごとき、さように身の程知らずな過ちは、ハナっから考えちゃいない。


 でも、そうはいっても、せっかく来た春の関西、上質な京の桜をチラっとでも愛でたいところだ。

 慎重に検討を重ねた結果、大阪から京都へ出かけて、絞り込んだ花見スポットをサッと楽しんだ後、今日のうちに京都から滋賀へ移動して泊まることにした。言ってみれば、日帰りで京のプチ旅をかましてやろうという魂胆だ。


 あとは、花見スポットをどこに絞るか?だ。たとえ京都泊を避けたところで、この時期の京都に乗りこむなんて、わざわざ人の洪水に飲まれにいくようなもんだろう。個人的にいちばん苦手なやつだ。

 ただ、京都ってところは、なかなか広い。今これを読んでいらっしゃるそこのアナタが、もし京都に行き慣れていなかったとしたら、京都がどれくらい広いのか、ちょっと想像してみてほしい。


 どうだろうか?

 私にはテレパシーの能力はないので、アナタがどれくらいの広さを思い描いたか知る術もないのだが、でも、あえて断言しよう。実際の京都は、それよりずっと広い。

 そんな広大な京都には、あまたの桜スポットが点在していて、もちろん洪水スポットも多いのだが、中には思いのほか人の少ない、ナイスな名所もあるのだ。


 そんなナイススポットのひとつ、金戒こんかい光明寺から真如しんにょ堂にかけてのエリアへ出かけることにした。ここ最近は、京都に桜を見にいくとき、ほとんどここにしか行っていない気がするのだが……。


 金戒光明寺と真如堂、ご存じだろうか?

 知っているアナタはかなりの京都ツウ……と言いたいところだが、有名な某鉄道会社のCMで何度か紹介されているので、名前を知っている人は多いかもしれない。でも、行ったことがある人は、そう多くはないんじゃなかろうか。


 この2つのお寺、いわゆる東山エリアにある。京都の中でも特に有名スポットが集まっているエリアだ。その中のどのへんかっていうのを、有名どころを使っておおまかに表すと、平安神宮の北のほう、哲学の道の西のほうにあたる。

 でも、これらからちょっと離れていて、定番観光ルートから外れているせいか、人出はだいぶ控えめ。それでいて、そこは由緒正しき京都のお寺、上質な和の風景はバッチリ整っている。


 そこそこ人が少ない落ち着いたフンイキの中、そこそこ上質な桜を愛でられる、そんなナイスな京の花見スポットへ、いざ出発!


 大阪は京橋から京阪電車に乗って、三条駅に降り立った。

 目的地はここから2キロくらい離れているので、ふつうはバスに乗りかえて向かうところかもしれないが、京都って町は歩いたほうが楽しいもんだし、個人的にはこれくらい余裕で徒歩圏だし、なによりバス代がバカバカしい。ブラブラ歩いていくことにする。


 車も人もいっぱいの三条通りから、水路沿いのムードある小道を抜けて岡崎公園へ。平安神宮の大鳥居あたりの桜並木をチラッと眺めつつ、観光客タップリのそんなエリアは足早に通り過ぎ、落ち着いた住宅街を進むと、金戒光明寺の入り口に着いた。

 まるでお城のような、いかめしい木戸のついた門がお出迎え。


 それをくぐって、歩道に続く小ぶりな桜の並木に導かれて歩いていくと、やがて左側に石段が現れて、その上に、とてつもなく巨大な山門が、異様な迫力をたたえて鎮まっている。見上げていると、なんかこう、うしろざまに倒されちゃいそうだ。


 毎年のようにここへやってきて、数えきれないほど見上げてきたはずなのに、今さらのように「おお」なんて声を上げてしまった。たしかに、何度見ても圧倒されるような迫力満点な門なのだが、どういうわけか、今年はヤケに、その威容に心をつかまれる。この1年の間に、山門が成長したわけでも膨張したわけでもなかろうに……。


 いや、でも、デカいよな。京都に巨大な山門数あれど、ここまで立派なのはそうそうないんじゃないか? そういえば、京都三大門なんてのがあったと思ったけど、これ入ってたっけ?……なんて、思わず検索すると、東本願寺・知恩院・南禅寺って書いてあって、ああそうだったそうだった、やっぱりこれは入ってないよな……。

 門を前にして、そんな今さらなことをしてみたりして、でも、それくらい、心が奪われちゃってしょうがない。


 そして、あらためて思うに、この石段。これが、門の巨大性を演出する立役者なんだろう。山門自体、それだけで十分デカくて立派なのだが、この石段の上にそびえているせいで、実際よりさらにデカく、高く見えるわけだ。この配置は、門の威容を際立たせるための、心憎い演出なんじゃなかろうか。


 そこへもってきて、さらに、桜。石段の頂上の両脇に見頃の桜があって、両サイドから見事に山門を飾っている。

 黒っぽいシックな色合いの山門なので、それをバックにすると桜の色も引き立つし、桜があると門の黒もまた引き立つ。これまた、周到に計算された眺めなんじゃなかろうか。


 石段の下で、ひとしきり度肝抜かれたり眺め惚けたりしたうえで、おもむろに登りにかかる。登りながらも、当然視線は、山門。石段の下にいると、門の屋根と2階部分くらいしか見えなかったものが、1段また1段と登るごとに、残りの部分が地から湧きあがってきて、次々と印象を変えていく。


 石段の演出効果はなくなっていくわけだが、全容が見えてくるし、近付いてくるしで、また違った形で威容に圧倒されていくばかり。登るにつれて、桜の重なり具合が変わっていくのもおもしろい。

 さらに登っていくと、門の1階部分が少しずつ姿を現していって、登りきると、ついに大門の全体像が目の前に広がった。あらためて、その威容と、桜とのコントラストに見とれながら歩いていく。

 そうして門に近づくと、そのシックな板壁に囲まれた間口から、境内の風景が見えてきた。


 うん、これは、絵だ。名画だ。


 画面の真ん中にゆるやかな石段が続いていて、その向こうには安定感抜群の本堂。サイドには松の深緑と、そして、桜。今が盛りのその桜は、真ん中に寄りすぎることも端すぎることもなく、絶妙なポジショニングで絵に傘をさしかけている。

 そんな絵の全体が、ダークブラウンの額縁にお行儀よく収まって、目に飛び込んでくるのだ。


 額縁……そう、額縁だ。

 古都のお寺の風景は、どんなふうに眺めても、それだけで十分上質な和の風情に満ちている。でも、それを門の間口で切り取ると、途端にその風情が数段グレードアップして、名画になってしまうから不思議だ。

 見える範囲は狭くなるわけだが、視界が限られることで、かえって感覚が研ぎすまされて、その限られた風景がより鮮やかに瞳に染み入ってくるからだろう。ちょうど、電車の車窓から眺めた風景がいやに旅情を掻き立ててくる、あの感じに似ているかもしれない。


 それに、門のこの色合い。

 京都のお寺の門は、どこもシックなカラーリングで、古都ムード満点といったところだが、この金戒光明寺の門もまた、寂のきいたダークブラウンできまっている。門自体の重々しさとか古都らしい趣を演出するのがメインなんだろうけど、この色味のおかげで、切り取られた風景がさらにキリっと引き締まるのは間違いない。


 お寺の山門は、歴史と文化に磨かれた、この上なく優秀な景色の額縁だ。


 門の手前で、そんな名画に見とれるひとときを過ごしたところで、ようやくそこをくぐって向こう側へ。すると、今まで眺めていた境内の風景が、額縁から解き放たれてパッと開ける。何にも妨げられずに広く眺め渡せるようになるのだが、その代わり、眼に染み入る名画のごとき鮮やかさは、もう感じない。


 あとは、ふつうの花見に戻って、さっき絵の真ん中あたりに描かれていた石段を、サイドの桜を愛でつつ、ゆっくり登っていく。その途中で、ふと振り返ると、裏から見てもあいかわらず重々しくて趣深い山門と、その手前に、桜。


 ここから見ると、なんのことはない、門の真ん中に参道が伸びているので、それをよけて桜が立っている、ただそれだけに見える。でも、さっき門前から眺めた名画の、あの絶妙な桜のポジショニング……あれを思うと、この桜の植え方もまた、周到な計算によるものなのかもしれない。


 いやー、京の山門にやられたな、こりゃ。

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