ああ夕映えの「生駒降下」
春の花と無人売店が目を楽しませてくれる、この山の辺の道、終盤にさしかかると、ずっと歩いてきた田園を離れて、一旦山道へ。
ちょっとした峠然としたところを越えて一気に下ると、やがて池が見えてきて、まわりを囲む立派な桜の巨木も目に入る。江戸時代まで内山永久寺っていう大寺があった跡らしいが、跡形もなく、てんで想像もできない。ただただ、池の水面に指先を伸ばす桜が見事な、知る人ぞ知る花見の名所になっている。
そこを過ぎると、いよいよ山の辺の道歩きもグランドフィナーレ。10分くらい歩くと、終点の石上神宮に着く。ここも、大神神社と並んで日本最古と言われている神社のひとつだ。
神社というよりお寺を思わせる、2階建てのしゃれた楼門と、その左右に続く朱塗りの回廊、その中に鎮まる寝殿造風の拝殿など、雅やかな建物が目に優しい。
この神社、ユニークなことに、境内にニワトリが放し飼いされている。神社にある説明書きによると、ニワトリが神話に出てくるとか、鳥居の「鳥」っていうのはニワトリのことだとか、とにかく神道とかかわりの深い鳥らしい。そんなニワトリさんたちを眺めながら、ベンチに腰かけて歩き疲れた足を休める。
山の辺の道がここで終点だからって、今日の旅はまだ終わりじゃない。これから、あのはるか彼方の大阪まで帰らなきゃいけないのだ!
まずは、何よりひとまず駅へ向かわなきゃ始まらない。ここから天理駅までだって、2キロ以上の道のりだ。ほんとはもう少し春ウォークの余韻に浸っていたいところだが、この先に続く長い道のりと、それにかかる時間を思うと、途端に気忙しくなってくる。
さあ、歩くぞ、立ちませい!
神社の森を出た途端、建ちならぶ巨大な建物群が見えてくる。とはいっても、そんじょそこらにあるような、ふつうのビルやらマンションなんかではない。なんというか、古めかしくて、ものものしくて、不思議な世界に迷い込んだような、異様な雰囲気を感じる。
これらはみんな、天理教関係の建物だ。ここから駅まで、宗教都市・天理のただ中を突っ切っていくことになる。
そんな町中に入って、ほどなく見えてくるのは、天理教の本部。とてつもなく立派な純和風建築だ。
そこからは、駅まで延々1キロ以上、レトロなアーケード商店街が続く。おみやげ屋とか食事処に混ざって、「神具店」とか「衣装店」なんて店もあって興味深い。
そんな不思議の国のアーケード歩きにもいいかげん飽きてきたころ、ようやっと天理駅に着いた。あとはひたすら電車を乗りついで、大阪は新今宮を目指すわけだが、この天理っていうところは、大阪へのアクセスがどうにもよろしくない。
天理駅からはJRの桜井線と近鉄に乗れるのだが、どっちを選んでも、まっすぐに大阪へ向かう線がないのだ。一旦北か南かどっちかへ向かって、回っていくほかはない。
こういうとき、ネットでサッとベストルートを調べるもんなんだろうけど、そんなこともせず、思いつくままに、近鉄に乗って北の西大寺駅まわりで帰ることにした。西大寺から先の近鉄奈良線は、近鉄でも有数の、本数が多くて便利な路線だ。乗りかえは多いが、そんなに待たされることもないだろう。
きっぷを買って、近鉄の駅の中へ。やたら広々としているが、大阪までの道のりの中で、この近鉄天理線がいちばん本数が少ないし、まあのどかなもんだ。
がらんとした駅でしばらく待っていると、ほどなく電車がゆっくり入ってきて、乗りこむ。
さあ一路大阪へ、といきたいところだが、この電車は3つ先の駅止まり。走りはじめてものの5分で、さっそく1回乗りかえなきゃいけない。乗りかえた電車も、10分ちょっとで西大寺に着いて、また乗りかえ。
んー、やっぱり大阪から山の辺の道は遠いんだなあ……。
西大寺で大阪行きの急行に乗りかえて、これでようやく大阪は鶴橋までひとっ飛びだ。
この近鉄奈良線、奈良県内を西へ向かった後、大阪との県境にそびえる生駒山を長いトンネルでくぐっていくのだが、その先で、ちょっと楽しみなことがある。それに備えて、進行方向に向かって右側のつり革へ。
西大寺を出た電車は、丘陵地帯を快調に飛ばして、やがて生駒駅へ。そして駅を出ると、すぐにトンネルに入る。駅自体がトンネルの一部なんじゃないかっていうくらいの勢いだ。このトンネル、できた当時は日本でもトップクラスの長さだったとか。
その闇を駆ける電車は、やがてスピードを落とすとそれを抜けて、ほどなく石切駅に止まる。大阪府に入ったわけだ。
そして、石切駅を出ると、右側の車窓に、パッとソレが広がった。大阪平野の眺望だ。
ここは生駒山の西の中腹で、そこそこの急斜面。それをこなすために、線路は斜面をナナメに上り下りするように通っている。だから、石切から2駅分くらいの間、大阪の町を見下ろす眺めを楽しめるわけだ。
これはもう、絶景って言っていいだろう。
眼下に東大阪の住宅街が広がって、その彼方には、大阪中心部の摩天楼が霞んでそびえている。その右に遠く見えるのは六甲の山並みじゃなかろうか。それらすべてが、春の優しいたそがれに染まっている。
こんなに眺めのいい電車、関西中を探してもほかにないんじゃなかろうか。関西の電車を乗り尽くしたわけでもないが、ちょっとほかに思いつかない。関西だけでなく、関東にもなさそうだ。
そりゃ日本中を見わたせば、長野の姨捨とか山梨の勝沼ぶどう郷とかいくつもあるが、関西関東なんかは平野がメインだから、下界を見下ろすような車窓は求めるほうが無理ってもんだ。
この絶景をはじめて見たのはいつだったか忘れたが、それから何度か、大阪と奈良との行き来でこの線に乗ったときは、毎回楽しませてもらってきた。昼間だったこともあったし、夜だったこともあった。夜はまた見事な夜景を楽しめるが、この夕景は夕景で、狙ってもそうそうたやすくお目にかかれない、得難い縁というべきだろう。
つり革につかまりながら、鉄道好き少年のような眼差しで車窓を眺めていると、丘の上の住宅街然とした家並みを近景に、そのすき間から夕映えの下界が見え隠れして、そんな中を電車は、少しずつ下りながら走っていく。
さながら、大都市近くの空港に降りていくジェット旅客機から、空港のまわりの町並みを見下ろしているような風情だ。これを、「生駒降下」なんてひそかに呼んでいる。
電車は1つまた1つと駅を通り過ぎていって、それにつれて、はるかに見下ろしていた家並みが、みるみるうちに近付いてくる。そしてほどなく右に大きくカーブすると、近鉄航空の旅客機は東大阪の家並みの中に降り立って、生駒降下、完結。
心を満たす、なんとも言えない心地よさとあったかさ……。
考えてみれば、もしこれまでみたいに、昨日今日奈良に泊まれていたとしたら、今ここで、この絶景を満喫することはなかったし、心地よさに満たされることもなかったわけだ。
してみると、今朝からさんざん遠い遠い言って、降ってわいた災難でしかないように言い続けてきた大阪泊が、実はこの眺めの伏線だったっていうことか?
大阪から山の辺の道は、たしかに遠い。でも、思いがけず、心満たす絶景との再会へ導いたりする。
うーん、大阪泊、よかったんだか悪かったんだか……。




