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桜に包まれる三輪の夢心地

 やっとの思いで三輪駅に着いて、いよいよ今日の山の辺の道歩き、スタート!


 まずは、駅からほど近い大神おおみわ神社にお参りする。日本最古の神社と言われているものの1つで、大和国の一宮だ。背後にそびえている三輪山がご神体なので、拝殿はあっても本殿がないそうで、これが古代の神まつりのスタイルなんだとか。


 駅を出て踏切を渡り、松並木の道路を歩いていくと立派な鳥居があって、そこから昼なお暗い常盤木ときわぎの中を、参道が奥へと続いている。しばらく歩いていくと木立を抜けて、階段の上に、木の柱に渡した太いしめ縄が見えてきた。これも一種の鳥居らしい。それをくぐると、正面に立派な拝殿がそびえたっている。


 この向こうに本殿がないっていうことなんだろうけど、あまりにも拝殿が立派すぎて、そう言われても目で見て確かめるすべがないのだが……。ともかく、拝殿に進んで、二礼二拍手。これから、ちょっとふもとを歩かせてもらいますよ。


 拝殿前の広場から山すその林のほうへ、小径が1本続いている。これがもう山の辺の道の一部で、秋はたいていここから歩きはじめるが、春は一旦参道を戻って、ちょっと寄り道していくのが常だ。今日も、さっき歩いてきた参道を鳥居のところまで戻る。


 鳥居を出て右に曲がると、ちょっとした門前町風の通りが続いていて、石垣と白壁が目に優しい。そこを抜けると、摂社の若宮社があるのでお参り。神社なのだが、お寺の本堂風の古風な建物で、緑に溶けこんだ眺めが心をなでる。


 さらに進むと、急に山すそののどかな眺めに変わって、すぐに石段が見えてくるのだが、その登り口に桜が何本かあって、ちょうど見頃だ。見上げると、バックの山の緑によく映えている。

 しばし見とれるが、こんなのはまだまだ序の口。この先に、それはそれは見事な桜の園が待っている。


 長い石段を登っていくと、知恵の神様をまつる久延彦くえひこ神社に着いて、ここもお参りする。

 そこからさらに進んで木立を抜けると、突然目の前に、春色満点のパノラマがパッと開けた。ちょっとした丘があって、その全体が色とりどりの桜たちに覆いつくされているのだ。

 それほど広い園地ではないのだが、大神神社エリアはもちろん、山の辺の道全体でも最高の花見スポットって言って間違いないだろう。これを楽しむために、わざわざ寄り道をしたわけだ。


 ここのことを知ったのは、いったいいつ頃だったろうか。

 はじめて山の辺の道を歩いたときは、すぐ近くを通ってはいても気付きすらしなかった。そもそも、どこもかしこも常盤木に深々と包まれた大神神社の、その境内に桜の名所があるなんて、想像もできなかった。


 これを読んでいるみなさんは、神社と桜、結びつくだろうか?

 そりゃあ、東京の靖国神社とか、京都の平野神社とか、鎌倉の鶴岡つるがおか八幡宮とか、世に桜の名所な神社は少なくない。それは知っている。

 でも、歴史ある大社ほど、年中青々とした常盤木に、しっとりと包まれて鎮まっているイメージを持っているのは、私だけだろうか。伊勢の神宮しかり、明治神宮しかり、奈良の春日大社しかり。


 それがある年、ネットで調べて知ったのか、試しにここに来てみたら、あに図らんや、超一級の桜景色。他の投資家が気付いていない超有望株を自分だけ見つけたような、たいそうトクした気分になったもんだ。

 それから毎年、春に歩くときは必ず立ち寄る定番花見スポットになった。そりゃそうなるよね。


 今年もまた、まあよく咲いてくれている。最盛期と言っていいんじゃなかろうか。

 さっき、「色とりどりの桜たち」なんて言ったが、ここはソメイヨシノだけじゃなくて、いろいろな種類の桜を混ぜて植えてある。パッと見ただけでも、ソメイヨシノとベニシダレがすぐに目につくが、そのどちらでもなさそうな桜もあるので、彼岸とか八重あたりも混ざっているのかもしれない。


 それだからか、ここへ来たとき、見頃に当たらなくて残念な思いをした記憶がない。今年はちょっと早すぎたかなとか、ちょっと遅くなっちゃったかなとか、気をもみながら来たことも少なくないのだが、いつも最高のコンディションで迎えてくれる。

 桜の種類によってちょっとずつ見頃のタイミングが違うので、それがいいんだろうけど、とにかく、このスポットは裏切らない。


 そんな春景色のただ中へ、庭を散歩する屋敷の主人のように、腰の後ろで手なんぞ組みながら、ゆっくりと足を踏み入れる。途端に、桜・桜・桜。枝が額にこするんじゃないかっていう勢いだ。

 右も桜、左も桜。見上げても桜、見下ろしても桜。丘の中ほどをめぐる小径を行けば、全身が桜に包まれる世界を味わえる。どんなに頑固に凝り固まった心でも、すぐにほぐされてしまうこと請け合いだ。


 例によって、何歩か歩いては立ち止まって、桜を見上げながら、うーん、なんてうなってみたり、また何歩か歩いては、立ち止まってあたりを見回しつつ、いやー、なんて無意識の独りごとを発したてみたり。たいして広い園地ではないのだが、なかなか先へ進まない。体の隅々まで、ひたすら春心地に満たされていく。


 ソメイヨシノのボリューム感に酔いしれるうち、ちょっと日が陰るなどして、その色の淡さに物足りなさを感じたころ、ちょうど目の前にベニシダレのピンクが現れる。こっちの心を先読みして植えてあるかのような、なんとも心憎いサービスだ。そんな道が、丘をめぐってずっと続いていく。


 牛歩戦術かっていうようなスピードでその道を歩き、だいたい一周したあたりのところに、頂上へ上る階段がある。登っていくと、ちょっとした展望台になっていて、駅の向こうのほうに建っている朱の大鳥居と、その彼方に、神話の舞台で万葉集にもうたわれた大和三山が見渡せる。


 いちばん眺めのいい一角にベンチもあって、みんなスマホを掲げて記録に余念がないが、どちらかというと眺めより花のほうが好きな私は、それを横目に反対の隅へ。ここに、ちょうど1人が腰を下ろせる大きさの石の椅子がいくつかあるので、そのひとつに陣取る。

 見上げると、そこにベニシダレ。朗らかな春の青空をバックに、白い陽を受けて輝いている。


 ああ、至福。

 至福。

 それしか言葉が出てこない。


 青空をバックに、見頃の桜。他に何が要るだろうか。この桜をオカズに、メシを山盛り2杯くらい食えそうだ。いくら眺めていても飽きる気がしない。

 とはいえ、上ばかり見ているとさすがに首が痛くなってくるので、ちょっとあたりを見回して、また見上げると、ああ、至福……。


 それに何より、こんなに見事な桜名所で、しかも見頃なのに、さほど人が多くないのがいい。ときどき階段を上がってきて、わあ、とか、ええなあ、なんて言いながら写真を撮っているが、たいした数じゃない。

 平日なせいもあるだろうけど、京都とか奈良の有名桜スポットだったら、平日だろうが何だろうが人だらけ。やっぱりここは、トクした気分になれる桜スポットだ。


 そんな至福の眺めに浸りきっているうち、ふと時計を見ると、この桜の園に着いてから、もう1時間近くたったらしい。牛歩戦術で丘をめぐったり、座ってのんびり見とれていたら、1時間なんてあっという間だ。今日は山の辺の道を歩きに来たわけだが、その前にずいぶんのんびりしてしまった。まあ、毎年のことなんだけどね……。


 さあ、そろそろ歩きはじめますか。

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