とある依頼
私は舞台の控え室に置いてある大きな姿見鏡を覗くように見た。
「よし、今日も可愛い」
自信に満ち溢れた表情であるが、鏡に映り出されているのは実際の私の"顔"、"体"ではない。
この【キング・スレイバース】と呼ばれるゲーム内のアバターなのだ。
黒い髪に赤いメッシュの入ったツインテール。
着用しているのは黒のゴスロリ衣装とブラウンのブーツ。
これはアバターを含めて私にとっての戦闘服といっても過言では無い。
なにせアイドルという仕事は毎日が戦いと言ってもいいからだ。
こちらの世界では"夜桜カノン"という名前で有名になることができた。
もう少しで一番になれる……そう思った矢先に"ある事件"が起こった。
いや実際には起こる前と言っていいのだろうか?
大事なライブまで、あと一週間を切ったところでこんな出来事が起こるとは思いもよらなかった。
「なんでこんなことになったのよ……」
先ほどとは打って変わって表情は一気に暗くなる。
「でも、ほんとに大丈夫なんでしょうねぇ……」
今回の件をプロデューサーに相談すると"頼れる人物がいる"とのことで一緒に尋ねることになった。
その人物はプロデューサーの大学時代に所属していたサークルの後輩なのだという。
とにかく早急に今回の件を解決してライブに集中したい。
私は縋るような気持ちでプロデューサーと合流して、その人物の元へと向かった。
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ゲーム内時間は夕刻頃だ。
人里離れた山奥には広大な畑があり、そのど真ん中に私はいた。
「なによこれ」
もしかして仙人にでも会うのであろうか?
私の表情はさぞ引き攣っていることだろう。
しかし隣に立つプロデューサー兼マネージャーである白スーツ姿の"ネコシシ"は至って冷静だった。
黒縁メガネを軽く指で押し上げると、
「カノンさん、あちらですよ」
とだけ言って歩き出す。
私たちは畑のど真ん中を進んで、小さな木造りの平屋に辿り着いた。
窓からは灯りが漏れているところを見ると、中には人がいるのだろう。
私が息を呑むと同時にネコシシは『失礼します』と言って家の中へと入って行った。
それに私は続いた。
家の内装はシンプルな作りだった。
部屋の真ん中に木の長テーブル、両サイドにスツールが置かれている。
私とプロデューサー兼マネージャーのネコシシは隣同士に座った。
向かい側に座ったのは"仙人"というには些か若いアバターだった。
ほっそりとした痩せ型で背が高い。
安っぽい布の服を着用した青年だ。
「どうも、僕は"コブトリ"といいます」
私は暫くの間、沈黙した。
『いや、お前、どう見てもノッポだろ』……と思ったことが口から出そうになったが、なんとか堪える。
「はじめまして。私は夜桜カノンと申します」
少し首を傾けてニコリと笑って言った。
とびっきりの営業スマイルだ。
これで落ちない男などいない。
今のでこの男は確実に私の虜になったことだろう。
「それで本人から改めて要件をお聞きしてもよろしいですか?」
そうノッポ……いやコブトリが言った。
この男は視界に入れておくだけ無駄だと思ったので自然に顔を暗い表情に変えて俯く。
「それが……ストーカーに悩まされてて」
「ストーカーってゲーム内で?」
「はい。そうなんです」
「どいうふうにストーカーされているんですか?」
「ソロ配信でコメントに私のイン情報や行動を克明に記載してる人がいるんです。それが完全に私のスケジュール通りで……」
「それだけ?」
「いえ、"次のライブは歌うな"っていうコメントもありました」
「ふむふむ。それはいつからですか?」
「最近です」
「うーむ。カノンさんのスケジュールが外部に漏れてるのでは?」
この質問に答えたのは私の隣に座っていたネコシシだ。
黒縁メガネを指で軽く上げる動作をした後、すぐに口を開く。
「いやぁ、それは無いと思うよ。彼女たちアイドルのスケジュールを知ってるのは本人たちかマネージャーだけだからね」
「なるほど。じゃあ内部の人間の仕業だろうね。心当たりは?」
コブトリがそう言った瞬間、私の頭の中にはとある人間が思い浮かぶ。
「"あの女"しかいないわ……」
「"あの女"?」
聞き返したコブトリに反応したのはネコシシの方だった。
「いやいや、彼女は"あの一件"から十日以上ログインしてない。こちらでも確認済みだ」
「ログインしてなくても他の動画サイトとかで配信は見れると思いますけど」
「ゲーム運営側との契約があって、コロプロでやるゲーム配信は全てキンスレ内でおこなうことになってるんだ。つまり視聴者はこのゲームにログインしていなければ我々の配信は見ることができない」
「なるほど。言ってしまえばゲームへの呼び込み……宣伝って感じなんだね」
彼らの会話が本題から遠ざかっている気がして私の機嫌は悪くなる。
「とにかく!!あの女が他の誰かに頼みでもして私を脅かしてるのよ、それしか考えられないわ!!」
テーブルを勢いよく両手で叩くと、ドン!という音が部屋に響き渡った。
しまった……と思った時には唖然とした表情の2人は私を見つめていた。
少しだけ間があってコブトリが呟くように言った。
「なぜ、その女性が犯人だと思うのですか?」
「そ、それは……」
そこにすぐ割って入ったのは苦笑いを浮かべるネコシシだった。
「ま、まぁ、とりあえず明日からあるダンジョン攻略の配信企画はコブトリ君にも同行してもらってライブの日まで守ってもらうということで……カノンさんもそれでいいかな?」
「え、ええ」
「もし彼女だけでなくカノンさんもとなればライブは中止になっちゃいますからね」
正直、コブトリという人物は見た目からして頼りになるとは思えないがプロデューサーのことだから何か策を考えているのだろう。
明日から始まるダンジョン配信企画は、このゲームに興味がない私には全く気乗りしないものではあったが集客につながるなら仕方ない。
こうしてライブの日までコブトリと過ごすことになった。




