歪ー38 真相
交易管理機関についての議論が終わると、議長は手元の書類に目を落とし、次の議題を告げた。
「続いて、海洋都市エルドルンで発生した魔族による襲撃事件について報告を行います。本件につきましては、現地で調査にあたったリヒテンシュタイン領主、ハンス公爵よりご説明いただきます」
その言葉を受け、隣に座るハンスが再び席を立った。
エルドルンが魔族に襲撃されたことは、すでに王都にも伝わっている。
しかし、被害の詳細まで把握している貴族は、そう多くない。
「――まず、今回の襲撃によって命を落とされた人々に哀悼の意を」
ハンスは静かに頭を下げると、議場を見渡した。
「海洋都市エルドルンは魔族による大規模な襲撃を受け、住民の大半が命を落としました。建造物や港湾施設には目立った損傷がなく、街並みそのものは残されています。しかし、都市としての機能は完全に失われている状態です」
議場が静まり返った。
「現在、エルドルンは封鎖しており、被害の全容については引き続き調査を進めています。また、王都へ帰還した商人や関係者についても確認しましたが、いずれも襲撃前にエルドルンを離れていた者たちでした。襲撃後に都市から脱出し、王都へ帰還した者は確認されておりません」
「なんてことだ……」
地方貴族の一人が、沈痛な面持ちで呟いた。
無理もない。
エルドルンは王国有数の交易都市だったが、今ではかつての賑わいを失い、人の気配すら感じられない死の街と化していた。
「そして、今回の事件について調査を進める中で、我々は看過できない事実を確認しました」
ハンスの声が、わずかに低くなった。
「エルドルンを拠点としていた商業ギルド『ヘルメース』の代表、ロイヴァ・カフカが魔族と結託していたことが判明したのです」
その瞬間、議場がざわめいた。
「魔族と結託だと?」
「まさか、ロイヴァ・カフカが……?」
当然の反応だろう。
ヘルメースは王国の西方交易を支えてきた大規模な商業ギルドだ。
交易の管理や徴税まで任されていたギルドのトップが魔族と手を組んでいたとなれば、単なる商会の不祥事では済まされない。
「静粛に」
議長が声を上げると、ざわめきは徐々に収まっていく。
「ハンス公、一つ確認させていただきたい」
中立派と思われる貴族が手を挙げた。
「ロイヴァ・カフカが魔族と結託していたというお話ですが、それを裏付ける証拠はあるのでしょうか?」
「もちろんです。その点については、現地で実際に魔族と遭遇した者から説明してもらうのがよいでしょう」
ハンスがこちらへ視線を向けた。
「今回、私とともに評議会へ出席しているラック公は、オルメヴィーラ領およびエンティナ領を統治する領主です。彼はエルドルンで魔族と遭遇し、今回の事件にも直接関わっています」
議場の視線が一斉に俺へと向けられた。
「議長、ラック公からも説明していただいてよろしいでしょうか」
「もちろんです。それではラック公、ご説明をお願いいたします」
議長に促され、俺は席を立った。
貴族ばかりが集まる場所で発言するのは、やはり慣れない。
とはいえ、ここで妙に取り繕う必要もないだろう。
「オルメヴィーラ領主のラックです。私がエルドルンで確認したことについて、ご報告いたします」
軽く頭を下げ、俺は話を始めた。
「まず、今回の襲撃には、少なくとも二人の魔族が関わっています。一人はメフィスト。もう一人は、エントマという魔族です」
「二人の魔族が?」
「はい。エントマは大量の魔虫を操る魔族で、メフィストの指示を受けてエルドルンを襲撃しました。その魔虫は人間を喰らい、痕跡すら残しません。住民の大半が命を落としたのも、その魔虫によるものです」
議場のあちこちから、息を呑む音が聞こえた。
「なぜ魔族の連中はエルドルンを?」
「エントマがメフィストの指示で動いていたことは確認していますが、襲撃の目的まではわかっていません」
俺がそう答えると、一人の貴族が手を挙げた。
「メフィスト……確か、以前エンティナ領で起きた魔族の事件にも、同じ名の魔族が関わっていたと記憶しているが……」
「はい、そのとおりです。奴はエンティナ領での事件にも関わっています」
「同じ魔族が、別の領地でも……」
「二つの事件にどのようなつながりがあるのかは、まだわかっていません。ただ、どちらにも同じ魔族が関わっている以上、まったく無関係とは考えにくいと思っています」
そこまで説明したところで、俺は話題を切り替えた。
「そして、今回の事件でもう一つ重要なのが、ロイヴァ・カフカとメフィストの関係です」
議場の空気がわずかに変わった。
「私はエルドルンで、カフカがメフィストを自らの協力者として紹介する場面に居合わせました。カフカはメフィストを同志とまで呼んでおり、二人が手を組んでいたことは間違いありません」
「なんと……」
「ロイヴァ・カフカが、自ら魔族を協力者として紹介したというのか?」
貴族たちは互いに顔を見合わせ、信じられないといった表情を浮かべていた。
先ほどまでは半信半疑だった者たちも、さすがに無関心ではいられないようだ。
「ラック公、一つよろしいかな」
声を上げたのは、大派閥の席に座る貴族だった。
「なるほど。ラック公のお話は理解しました。しかし、ロイヴァ・カフカが魔族と結託していたというのは、にわかには信じ難いことですな」
「私が嘘をついていると?」
「いえいえ、決してそのようなことを申し上げているわけではありません。ただ、今のお話を裏付けるものは、ラック公ご自身の証言だけなのでしょう?」
男は両手を軽く広げ、困ったような表情を浮かべた。
「これほど重大な問題を、一人の証言だけで判断してよいものかと思いましてな」
なるほど。
俺の話が嘘だと決めつけるつもりはないらしい。
だが、証拠が足りないという理由で、カフカへの追及をかわそうとしているわけか。
確かに、今の段階で俺が提示したのは、自分の目で見聞きしたことだけだ。
「おっしゃることは理解できます。私の証言だけでは、納得できない方もいらっしゃるでしょう」
俺がそう答えると、男は小さく頷いた。
「ただし、カフカが魔族と結託していたことは、私が直接確認した事実です。王国の交易を担う組織のトップに、そのような疑惑がある以上、詳しく調べる必要があるのではないでしょうか」
「……まあ、調査の必要性まで否定するつもりはありませんが」
男はそう答えると、腕を組んで席に座り直した。
ひとまず、これ以上の反論はないらしい。
俺は議場を見渡し、話を続けた。
「次に、商業ギルド『ヘルメース』については、もう一つご報告しておきたいことがあります」
「ほう。それは何ですかな?」
今度はロンド伯爵が尋ねた。
「皆様もご存じのとおり、魔族の襲撃があった際、エルドルンではヘルメース主催のオークションが開催されていました。しかし、実はその裏で、王国で取引が禁じられている品々を扱う闇オークションも開かれていたのです」
「闇オークションですと?」
「はい。通常のオークションとは異なり、招待された者だけが参加できる秘密の競売です。私自身、そこで違法な取引が行われていたことを確認しています」
その言葉に、貴族たちの表情が険しくなった。
「ヘルメースが、そのような取引を行っていたというのか……」
「事実であれば、到底見過ごせる話ではありませんな」
貴族たちが言葉を交わす中、一人の貴族が手を挙げた。
「ラック公、一つ確認させていただきたい。闇オークションが存在していたというお話ですが、ヘルメースがそれに関与していたという証拠はあるのでしょうか?」
「はい。その点についても、調査を行っています」
俺はそう答えると、説明を続けた。
「実は、以前からヘルメースによる禁忌品取引を疑っていたハンス公より、調査への協力を依頼されていました。そこで私は、オークションへの参加を機に情報を集め、闇オークションの会場へ潜入することができたのです」
「なるほど。それで、実際に闇オークションへ参加されたわけですな」
「はい。私はそこでとある品を落札しました。その際、あらかじめ特殊な細工を施しておいた白金貨で代金を支払ったのです。そして、その白金貨の行方を追跡したところ、ヘルメースが管理するオークション会場に運び込まれていたことが判明しました」
「なんと……。闇オークションで支払われた金が、ヘルメースの会場に?」
「はい。少なくとも、そこまで運び込まれたことは確認しています」
「しかし、それだけでヘルメースが関与していたと断定できるのでしょうか? 別の者が持ち込んだ可能性もあるのでは?」
「もちろん、その可能性を完全に否定することはできません。ただ、両者の関係を調べるうえで、重要な手掛かりになると考えています」
男はしばらく考え込んでいたが、やがて小さく頷いた。
「なるほど。確かに、それならば調査するだけの理由はありそうですな」
これだけでヘルメースの関与を完全に証明できるわけではない。
だが、闇オークションで使われた白金貨が、ヘルメースの管理する会場へ運び込まれていたという事実は大きい。
あとは取引記録などの裏付けを得られれば、言い逃れも難しくなるだろう。
「確かに由々しき問題ですな。――しかし、ラック公。今回のエルドルンの事件と、どのような関係があるのですか?」
今度は別の貴族が問いかけてきた。
もっともな疑問だ。
闇オークションで違法な取引が行われていたというだけなら、今回の襲撃事件とは直接関係がないように思えるだろう。
「実は、私が闇オークションへ潜入した際、私の侵入に気づいた魔族エントマが姿を現したのです」
「何ですと? 闇オークションに魔族が?」
「はい。しかも、司会進行役たちはエントマに従っていました」
俺の説明を聞き、貴族の一人が怪訝そうに眉をひそめた。
「つまり、闇オークションの関係者たちは、その魔族の存在を知っていたということか?」
「少なくとも、司会進行役たちはエントマの存在を知っていました。そして、もう一つ気になることがあります」
俺はそこでハンスへ視線を向けた。
「ハンス公は以前から闇オークションについて調査を進めておられました。しかし、潜入させた部下が次々と消息を絶ち、これまで取引の現場を押さえることができなかったのです」
「潜入した者たちが行方不明に……?」
「はい。しかも、何の痕跡も残さず姿を消していました」
貴族たちの視線がハンスへと向けられた。
「ラック公の説明に間違いはありません。私も以前から禁忌品取引について調査を続けていましたが、これまで潜入させた部下たちは誰一人として戻ってきませんでした。手を尽くして行方を捜したものの、足取りすらつかめなかったのです」
ハンスの言葉に、議場の空気が重くなった。
「そして、エントマは侵入者である私を排除しようとしただけでなく、正体を知られたことを理由に、司会進行役たちまで殺害しました。その際、奴の操る魔虫が人間を喰らい、痕跡すら残さないことを目の当たりにしています」
「まさか……調査に向かった者たちを、その魔族が始末していたと?」
「断定はできません。しかし、エントマが侵入者である私に気づいて姿を現したことを考えれば、以前から闇オークションに潜入しようとする者たちを排除していた可能性は十分にあります」
貴族たちの間に、重苦しい沈黙が広がった。
「つまり、その魔族は、襲撃事件以前からエルドルンに潜んでいた可能性があるということですか?」
「はい。闇オークションは今回初めて開かれたものではありません。ハンス公が以前から調査を続けていたにもかかわらず、潜入した者たちは次々と消息を絶っていました。もし、それがエントマの仕業だったとすれば、魔族は今回の襲撃よりも前からエルドルンで活動していたことになります」
俺は一度言葉を切り、議場を見渡した。
「そして、仮に闇オークションを取り仕切っていたのがロイヴァ・カフカだったとすれば、侵入者を排除していたエントマとも、以前から何らかのつながりがあった可能性があります。つまり、カフカと魔族の協力関係は、今回の襲撃よりずっと前から続いていたのかもしれません」
その言葉に、貴族たちは押し黙った。
「さらに、カフカが以前から魔族と協力関係にあったのであれば、今回の襲撃についても、事前に何らかの情報を得ていた、あるいは、襲撃そのものに協力していたことも考えられます」
俺はそこで言葉を切った。
「もちろん、現時点で断定できるものではありません。しかし、これまでに確認された事実を踏まえれば、カフカが今回の事件にどこまで関与していたのか、詳しく調べる必要があると思います」
「なるほど……。確かに、それだけの事実が重なっているとなれば、単なる偶然として片づけるわけにはいきませんな」
ロンド伯爵が口を開いた。
「であれば、ヘルメースの内部を詳しく調べる必要があります。もっとも、エルドルンの惨状を考えれば、現地で関係者から話を聞くのは難しいでしょう。残された取引記録や、襲撃前に都市を離れた参加者が手掛かりとなりそうですな」
「私もそう考えています」
俺はロンド伯爵の言葉に頷いた。




