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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第十五章

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歪ー29



 ――夜の王都を、一台の馬車がゆっくりと進んでいく。


 窓の外には、街灯に照らされた街並みが流れていた。


 俺は座席に背を預けながら、顔の上半分を覆う仮面を指先で軽く押さえる。


 向かいに座る男もまた、同じように仮面を身につけていた。


 「もうすぐ着きますよ」

 「分かりました」

 「今夜は私と一緒に回りましょう。初めてでは、誰がどこの家の者かも分からないでしょうから」

 「助かります」


  男は穏やかに頷くと、再び窓の外へ目を向けた。


  やがて馬車が角を曲がると、その先に大きな屋敷が見えてくる。


 「見えてきましたな」


 高い塀に囲まれた正門の前には何台もの馬車が列を作り、着飾った男女が次々と屋敷の中へ入っていく。


 馬車はそのまま列へ加わり、少しずつ正門へ近づいていくと、やがて玄関前まで進んだところで停まり、外から扉が開かれた。


「では、行きましょうか」

「はい」


 男が先に馬車を降り、俺もその後に続いた。


 バルドウィン伯爵の知人であるベルナー子爵には、今夜ここへ入るために協力してもらっている。


 もちろん、俺がオルメヴィーラ領の領主であることも、ここへ来た本当の目的も知らない。


 今夜の俺は、地方に領地を持つ貧しい貴族家の跡取り。


 そして王都の社交を学ぶためにやってきた、ベルナー子爵の甥ということになっている。


 正面にそびえる屋敷は、ローデン家のものとは比べものにならないほど大きかった。


 広い前庭の先には幾つもの明かりが灯された石造りの館が構え、その玄関へ向かって着飾った客たちが途切れることなく歩いている。


 俺はベルナー子爵と並び、その流れに加わった。


 入口には数人の使用人が立っており、訪れた客を順番に確認している。


 俺たちの番になると、ベルナー子爵は懐から二枚の招待状を取り出し、そのうち一枚を俺へ差し出した。

 これもベルナー子爵に用意してもらったものだ。


 受け取った招待状を使用人へ渡す。


 使用人は二枚の招待状へ目を通すと、そのまま俺たちへ一礼した。


 「――どうぞ、お入りください」


 ベルナー子爵とともに屋敷へ足を踏み入れると、玄関を抜けた先には、広々とした大広間が広がっていた。


 高い天井から幾つものシャンデリアが下がり、その下ではすでに大勢の男女がグラスを片手に談笑している。

 誰かと挨拶を交わしたかと思えば、そのまま別の輪へ加わる者もいる。


 広間のあちこちで人が行き交い、絶えず話し相手が入れ替わっていた。


 「まずは一回りしましょうか」

 「お願いします」


 ベルナー子爵とともに広間を進んでいく。


 途中、何人もの客が彼に声をかけてきた。


 「これは、ベルナー子爵。お久しぶりです」

 「ええ。そちらもお元気そうで」


 ベルナー子爵はそのたびに足を止め、挨拶を交わしていく。

 俺も傍らで相手に合わせて軽く頭を下げた。


 何人目かの男と話していたところで、その視線が俺へ向く。


 「ところで、ベルナー子爵。そちらの方は?」

 「私の甥です。今夜は王都の社交を学ばせようと思いましてね」

 「ほう、それで今夜はこちらへ」

 「ええ。まだこういった場には慣れておりませんが」


 ベルナー子爵がこちらを見る。


 「初めまして」


 俺は軽く頭を下げた。


 「叔父にはいつも世話になっています」

 「ははは、随分と真面目そうな甥御ですな」


 男も笑みを浮かべて会釈を返す。

 それから少し言葉を交わし、俺たちは再び広間を歩き始めた。


 「知らない相手がいても、無理に知っているふりをする必要はありません。気になる者がいれば私に聞いてください」

 「ありがとうございます」


 王都の貴族についてほとんど知らない俺には、その方がありがたい。


 ベルナー子爵は知り合いと挨拶を交わしながら、その合間に目についた者について教えてくれた。


 俺も紹介された相手とは言葉を交わし、聞かれたことにはそれとなく答えていく。


 しばらくして、ベルナー子爵が歩みを緩めた。


 「ああ、あちらにいるのはローデン男爵です」


 その名前を聞き、俺は足を止めることなく視線だけを向ける。

 少し離れたところで、数人の男たちが話していた。


 その中心にいるのがローデン男爵らしい。


 俺は何気ない素振りのまま、その姿を目に焼き付けた。


 「ローデン男爵も、よくこちらへ?」

 「ええ。ヴァレンティア家とは縁の深い家ですからね。こうした夜会では何度か見かけていますよ」

 「なるほど」


 俺はもう一度だけローデン男爵へ目を向けると、そのままベルナー子爵と歩き出した。


 それからも広間を回りながら、何人かの貴族を紹介してもらう。


 そのたびに甥として挨拶を交わし、時にはベルナー子爵から相手がどこの家の人間なのかを教えてもらった。


 しばらくすると、広間の奥がにわかに賑わい始める。


 それまで談笑していた者たちが次々と同じ方向へ目を向けた。


 「――どうやら、お見えになったようですな」


 ベルナー子爵も足を止める。

 俺もその視線を追った。


 広間の奥から、一人の男が姿を現す。


 五十を少し過ぎたくらいだろうか。


 仕立てのいい衣服に身を包み、ゆっくりと広間へ入ってくる。


 

 男が姿を見せると、それまで談笑していた者たちの何人かが会話を切り上げ、そのもとへ向かい始めた。


 「あの方がヴァレンティア侯爵です」


 俺は黙ってその姿を見つめた。


 ローデン家の本家にあたるヴァレンティア家の当主。


 そして、ロイヴァ・カフカから招待を受け、エルドルンのオークションに参加していた人物だ。


 侯爵のもとへ向かったのは、この場でも特に家格の高い者たちだった。


 一人が挨拶を終えると、次の者が前へ出る。


 誰でも侯爵へ挨拶できるわけではないらしく、その順番にも家格やヴァレンティア家との関係があるようだ。


 俺がその様子を眺めていると、ベルナー子爵が小さく口を開いた。


 「私はもう少ししたら侯爵へ挨拶に行ってきます」


 「分かりました」


 「少し時間がかかるでしょうから、その間は自由にしていてください」


 「そうさせてもらいます」


 それからしばらくして、ベルナー子爵の番が近づいた。


 「では、行ってきます」


 ベルナー子爵は俺を残し、侯爵のもとへ向かっていく。


 俺はその背中を見送りながら、手にしていたグラスへ口をつけた。


 ここまでベルナー子爵について回ったことで、ローデン男爵だけでなく、ヴァレンティア侯爵の顔も確認できた。


 そして今は、俺一人で動ける。


 俺は何気ない素振りで広間を見渡した。


 俺はグラスを近くのテーブルへ置くと、ベルナー子爵が侯爵への挨拶を終える前に、広間を離れた。




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