歪ー28
――それから数日が過ぎた。
ローデン家についてはハンスに調査を任せ、その間、俺たちは評議会に備えながら王都で過ごしていた。
そして、その日の午後。
これまでに分かった情報をバルドウィン伯爵とも共有するため、俺はハンスと共に彼の屋敷を訪れていた。
応接室へ通された俺たちは、向かい合うようにソファへ腰を下ろす。
まずはここ数日の間に起きた暗殺未遂と、その後の調査でローデン家へ辿り着いたことをバルドウィンに説明すると、老伯爵は険しい表情を浮かべたまま腕を組んだ。
「まさか、この王都で二度も命を狙われていたとはな」
「今のところ、誰が俺を狙っているのかまでは分かっていませんが」
「それで、ローデン家についても調べていたというわけか」
バルドウィンは小さく頷くと、今度はハンスへ視線を向けた。
「それでハンス公、君の方の調査はどうなっている?」
「いくつか分かったことがあります」
ハンスはそう答えると、持ってきた書類をテーブルの上へ広げた。
「まず、以前から調べていたエルドルンのオークション参加者についてですが、何人か確認が取れました」
ハンスはそう言って書類の一枚へ目を落とした。
「ヘルメースからオークションへ招待され、実際にエルドルンを訪れていた大派閥の貴族。その中で、現在王都へ戻っていることまで確認できた者がいます」
「どこの家の者だ?」
「ヴァレンティア家です」
その名を聞いた途端、バルドウィンの表情が僅かに険しくなった。
「……ヴァレンティア家か」
「知っているんですか?」
「無論だ。大派閥に属する大貴族だからな。派閥の筆頭ではないが、それに次ぐ有力な家の一つだ」
「ヴァレンティア家の当主は、自ら海洋都市を訪れ襲撃が始まる前にエルドルンを発っています。その後、王都へ戻ったことも確認できました」
ハンスの説明を聞きながら、俺も書類へ目を落とす。
大派閥に属するヴァレンティア家当主が、ロイヴァ・カフカから招待を受け、わざわざ王都からエルドルンまで足を運んでいる。
公式オークションに参加したこと自体には何の問題もないが、カフカが王都から招いていたのは、以前から懇意にしていた貴族たちだ。
そう考えれば、ヴァレンティア家とカフカの間にも、以前から何らかの繋がりがあった可能性は高い。
「ヴァレンティア家とカフカの関係は、さらに調べる必要がありそうだな」
バルドウィンが低く呟く。
「はい。私もそう考えています」
ハンスはそう答えると、もう一枚の書類を手に取った。
「それと、ラック公の暗殺に関わっていると思われるローデン家についても調べていたのですが……そこで、実に興味深い事実が浮かび上がりました」
「興味深い事実?」
俺が聞き返すと、ハンスは手にしていた書類をテーブルへ置いた。
「ローデン家が、ある大貴族から枝分かれした分家だったことが分かった」
「……どこの家だ?」
バルドウィンが僅かに眉を寄せて尋ねる。
ハンスは一呼吸置くと、静かにその名を告げた。
「――ヴァレンティア家です」
「……何?」
バルドウィンの表情が変わった。
俺も思わず、先ほどの書類へ目を落とす。
「ローデン家が、ヴァレンティア家の分家……?」
「ああ、そうだ。家として分かれたのは随分前のようだが、今でも本家との付き合いは残っている。人の行き来も確認できた」
そこで、これまで別々に進めていた二つの調査が繋がった。
大派閥に属し、ロイヴァ・カフカに招かれてエルドルンのオークションへ参加していたヴァレンティア家。
そして、その分家であるローデン家には、俺を襲った暗殺者たちと接触していたエドガーが仕えている。
ここまで繋がってくると、俺が狙われた理由についても一つの可能性が浮かんでくる。
評議会では、エルドルンで起きたことについて俺も証言することになっている。
そこで、もしロイヴァ・カフカと大派閥の繋がりを疑われるような話が出れば、大派閥にとってはかなり都合が悪い。
「……俺に余計なことを証言されたくない。そう考えれば、今回の件も一応筋が通りますね」
「可能性はあるだろうな」
バルドウィンが静かに頷いた。
「だが、まだヴァレンティア家が暗殺を指示したと決まったわけではない」
「そこは私も同意見です」
ハンスも表情を引き締める。
「ローデン家がヴァレンティア家の分家だというだけでは、本家から指示があった証拠にはなりません」
その通りだ。
ヴァレンティア家とロイヴァ・カフカに繋がりがあった可能性は高い。
ローデン家がその分家であることも分かった。
だが、その二つを結びつけて、ヴァレンティア家が俺の暗殺を命じたと断定するにはまだ足りない。
それでも、なぜ俺が王都へ来て早々命を狙われたのか。
その理由は、少しずつ見え始めていた。
「ヴァレンティア家について、もう少し詳しく調べた方がよさそうだな」
「はい。私もそう考えています」
ハンスが頷く。
バルドウィンはしばらくテーブルの上の書類を見つめていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。
「だが、相手は大派閥でもかなり力を持つ家だ。下手に探りを入れれば、こちらの動きを悟られるかもしれん」
「そうですね。ここはより慎重になるべきかと」
ハンスの言う通り、ここで焦って相手に警戒されるのは避けたい。
「とはいえ、評議会までもうあまり時間もない」
バルドウィンはそう言って、テーブルの端に置かれていた暦へ目を向けると、指先で日付を追いながら、しばらく何かを考えるように黙り込んだ。
「ヴァレンティア家か……」
バルドウィンはそう呟くと、ふと何かを思い出したように顔を上げてこちらを見やった。
「そういえば、近々ヴァレンティア家で夜会が開かれるという話を耳にした」
「夜会?」
「定期的に行われている貴族同士の交流の場だよ。まあ、実際は派閥に属する貴族たちから資金を集めるのが目的のようだがな。参加する者たちは、それぞれが属する大貴族へ金を納めることになっている」
「つまり上納金か」
「そう考えていいだろう。ヴァレンティア家の夜会も同じようなものだと聞いているが、実際のところは分からない。だが、大派閥の中でもヴァレンティア家ほどの家ともなれば、その下に連なる貴族も多い。おそらくローデン家も出席するはずだ」
それならヴァレンティア家だけでなく、そこに連なる貴族たちの動きも直接探ることができる。
ローデン家まで出席するのであれば、今回の暗殺について何か手掛かりを得られる可能性もあるだろう。
「上手く入り込めれば、外から探るより何か掴めるかもしれん」
そう言って、バルドウィンは思案するように僅かに目を細めた。




