歪ー27 点と点
――あれから残りの店をすべて回ってみたが、ネブラ草を扱っているところは他になかった。
すべての店を確認し終えた頃には日も傾き始め、屋敷へ戻る頃には空はすっかり茜色に染まっていた。
部屋で一息ついているうちに日は落ち、やがて夕食の時間を迎える。
食堂へ向かうと、すでにハンスの姿があり、俺たちもそれぞれ席についた。
しばらくして料理が並び、食事が始まったところでハンスが徐に口を開く。
「――それで、昨日の毒については何か分かったのか?」
ハンスがこちらへ視線を向けるのを見て、俺は手にしていたグラスをテーブルへ置いた。
「あれはおそらくネブラ草から作られた猛毒」
「ネブラ草?」
「山間部に自生する薬草です。通常は解毒に使われる薬草ですが、精製の仕方によっては強い毒にもなる」
「それで今日は、そのネブラ草の入手先を調べていたというわけか」
「はい。ネブラ草は扱いが難しい薬草。おそらく王都でも置いている店はそう多くはない」
「……で、目的の店は見つかったのか?」
「一軒だけ。可能性のある他の店も全部回ってみましたが、扱っていたのはそこだけでした」
「そうか」
「ええ。ただ、残念ながら今は品切れで、先日、最後の在庫が売れたそうです」
そう答えながら、俺は僅かに口元を緩めた。
それを見たハンスが、すぐに意図を察したように目を細める。
「なるほど――」
そこまで言ったところで、ハンスがふと何かを思い出したように手を止めた。
「そういえば、こちらも昨夜の件について一つ分かったことがある」
「昨夜の?」
「ああ。君たちが昨晩追っていた男の身元が判明した」
ハンスはそう言うと、傍らに置いていた一枚の紙を取り上げ、こちらへ差し出した。
受け取って目を落とすと、そこには男の名前と簡単な素性が記されている。
「エドガー・ベルク。ローデン家に長く仕えている使用人の男らしい」
「エドガー・ベルク……」
「ローデン家に仕えているメイドの一人と接触できてな」
「その情報はどこまで信用できるのですか?」
それまで黙って話を聞いていたラフィテアが、ハンスへ尋ねる。
「それなりに金を握らせて聞き出した情報だ。話の内容は信用していいだろう」
ハンスは俺が手にしている紙へ視線を向けながら、話を続ける。
「君たちから聞いた男の特徴を伝えたところ、すぐに心当たりがあると言ったそうだ。それに、ここ数日は普段より外へ出ることが増えていたらしい。昨夜も一度屋敷を出て、しばらくしてから戻ってきたそうだ」
「時間は?」
「正確な時間までは分からん。ただ、かなり遅い時間だったようだ。君たちがあの屋敷まで追った時間とも、大きくは食い違わない」
少なくとも、昨夜俺たちが追った男がエドガーだという話には筋が通っている。
俺は改めて、手元の紙に記された名前へ目を落とした。
エドガー・ベルク――。
そこで、不意に何かが引っかかった。
この名前、どこかで――。
「……待ってください」
ふと、懐に入れたままの紙を思い出した。
俺はハンスから受け取った紙をテーブルへ置くと、折り畳んでいた紙を懐から取り出して開いた。
今日、薬屋から持ち出したネブラ草の販売記録。
そこに記された購入者の欄へ目を落とすと、乱雑な字で名前が殴り書きされていた。
――エドガー。
「……同じだ」
俺の呟きに、ハンスが訝しげに眉を寄せ、こちらの手元へ視線を向ける。
「何がだ?」
「この名前です」
俺は販売記録をハンスの方へ向け、殴り書きされた名前を指差した。
「今日、ネブラ草を扱っている店で手に入れた販売記録です。ここに購入者の名前が残ってる」
ハンスは紙を受け取ると、そこに記された名前と、先ほど俺に渡した報告書を見比べた。
「……エドガー、か」
「名字までは書かれていないが、偶然にしては出来すぎてる」
昨夜、暗殺者と接触していた男はローデン家の使用人。
その男の名はエドガー。
そして、襲撃に使われた毒の原料と思われるネブラ草を購入した人間の名も、エドガー。
別々に追っていた二つの手掛かりが、ここで一つに繋がった。
ハンスは二枚の紙を見比べたまま、しばらく黙り込んでいた。
「これで、ローデン家が今回の襲撃に関わっている可能性はかなり高くなったな」
「……ただ、ローデン男爵本人が暗殺を命じたかどうかは」
「そうだな」
ハンスは頷くと、二枚の紙をテーブルの上へ並べた。
「エドガーが暗殺者と接触していたこと。そして、そのエドガーと同じ名前の人間がネブラ草を購入している。ここまでは繋がった。だが、エドガーが誰の指示で動いていたのかは別の話だ」
俺も同意するように頷いた。
エドガーがローデン家の使用人だからといって、それだけでローデン男爵が暗殺を命じたとは限らない。
まして、俺にはローデン男爵から命を狙われるような心当たりがなかった。
「やはり、ローデン家についてもう少し調べる必要がありそうですね」
「ああ。男爵本人だけではなく、普段どの貴族と付き合いがあるのかも含めて調べさせよう」
「後ろに誰かいると考えておるのか?」
それまで料理を口に運びながら話を聞いていたドワ娘が、ハンスへ顔を向ける。
「その可能性はあるだろうな」
ハンスはそう答えると、僅かに目を細めた。
「ローデン男爵は下級貴族だ。もちろん、それだけで誰かの指示を受けているとは言えんが、ラック公とはこれまで何の接点もない。それにもかかわらず暗殺に関わっているのだとすれば、その理由は調べる必要がある」
「今回の評議会が関係している可能性もありますしね」
「ああ」
ハンスは短く答え、テーブルに置かれた報告書へ視線を落とした。
「ローデン家がどの派閥に近いのか。それから、特に懇意にしている家がないか。その辺りから洗ってみるとしよう」
そこまで話したところで、俺はふともう一つ気になっていたことを思い出した。
「ハンス公」
「なんだ?」
「ローデン男爵は、エルドルンには?」
ハンスの視線がこちらへ向く。
「……それはまだ分からん」
そう答えると、ハンスは少し考えるように顎へ手を添えた。
「今調べている参加者の中に、ローデンという名があった覚えはない。だが、当主本人が参加していたとは限らんからな」
「代理の人間が出ていた可能性もあるってことですね」
「ああ。そちらも併せて確認しておこう」
もしローデン家がヘルメースとも繋がっているなら、今回の襲撃と評議会、そしてロイヴァ・カフカまで一つの線で繋がる可能性がある。
とはいえ、今の段階ではまだ推測に過ぎない。
まずはローデン家とエドガーについて、もう少し確かな情報が必要だ。
「――ねえ、話終わった?」
不意に頭上から声が落ちてきた。
見るまでもなくユシルだ。
「なんだよ」
「そのお肉、食べないなら私がもらってあげる」
「まだ食べてる」
「ずっと喋ってるじゃない」
「だからって勝手に狙うな」
「けち」
そう言いながらも、ユシルの視線は俺の皿から離れない。
俺は小さく息を吐くと、取られる前に残っていた肉を口へ運んだ。




