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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第十五章

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歪ー25



 ガラハッドたちと別れた俺は、逃げた男が消えていった方角へ足を速めた。


 「――ユシル、ヴェルのいる方角は分かるか?」


 「ちょっと待って。あれなに? お酒? なんかすっごく甘そうなんですけど」


 俺の頭の上で、ユシルが通りの向こうに並ぶ露店へ身を乗り出す。


 「ユシル」


  俺が嗜めるように名前を呼ぶと、ユシルは不満そうに視線を戻した。


 「分かってるって。あっちよ」


 ユシルが通りの先を指差す。


 「真っ直ぐ行って、次を右」

 「分かった」


 俺はユシルが示した方角へ足を速める。


 「ねえ、帰りにさっきのところ寄らない?」

 「また今度な」

 「えー……」


 すでに夜も深まりつつあるが、王都から人の姿が消えたわけではない。


 大通りにはまだ明かりを灯している店や露店が並び、酒場からは賑やかな声が漏れている。


 仕事を終えて家路につく者や、酒を片手に通りを歩く者の姿もちらほらと見えた。


 そんな夜の街を進み、ユシルに教えられた角を曲がる。


 しばらくすると、前方に見覚えのある小さな人影を見つけた。


 黒いマントを纏った少女は行き交う人々に紛れながら、男に気づかれないよう一定の距離を保って後を追っている。



 俺も気づかれないよう注意しながらヴェルの後を追い、ようやくその傍まで追いついた。


 「ヴェル」


 小さく声をかけると、ヴェルがこちらを振り返る。


 少女はすぐに前へ視線を戻すと、逃げた男を指差した。


 俺もその先へ目を向ける。


 「よし。このまま追おう」

 「うん」


 俺たちは男との距離を保ちながら、そのまま後を追う。


 男は時折後ろを振り返りながら、王都の通りを進んでいく。


 途中で何度か道を変え、そのたびに周囲を確認していた。


 やはり、追われることを警戒しているらしい。


 俺たちは距離を詰めすぎないよう注意しながら、その姿を見失わないようについていく。


 やがて大通りから離れるにつれ、店の明かりも少なくなり、周囲を歩く人の姿もまばらになっていった。


 男はそのまま細い路地へ入っていく。

 

 俺は気付かれぬよう路地の先を覗くと、男が途中で足を止めていた。


 男の前に、誰かいる。


 僅かな月明かりだけでは、顔まではよく見えない。


 だが、男が真っ直ぐそいつのところへ向かったところを見る限り、ここで偶然出会ったわけではなさそうだ。


 俺とヴェルは二人に気づかれない場所から、彼等の様子を窺った。


 「……どういうことだ」


 低い声が聞こえてくる。

 

 「また失敗したのか」


 その言葉に、俺は僅かに眉を寄せた。


 また――か。


 「聞いていた話と違う。あれは――」

 「言い訳はいい」


 男が刺客の言葉を遮る。


 「それでも腕利きか? これ以上、余計な手間を増やすな」


 やはり、こいつは前の襲撃についても知っている。

 少なくとも、ただの知り合いというわけではなさそうだ。


 「報酬はどうなる」


 刺客が低い声で尋ねる。


 「報酬だと?」


 男の声に苛立ちが混じった。


 「こっちは前金も払ってるんだ。仕事も果たしていない奴に払う金などない」

 「だが――」

 「もういい。お前たちに頼んだのが失敗だった」


 男はそう言って周囲を警戒するように視線を巡らせると、二人はそれぞれ別の方向へ歩き始めた。


 依頼人らしき男は王都の中心部へ続く大通りへ向かい、刺客はその反対側の通りへと足を進めていく。



 このまま二人とも行かせるわけにはいかない。


 俺はヴェルへ顔を寄せ、声を落とした。


 「あの依頼人の男を頼む。どこへ行くのか確かめてほしい。俺はあいつを追う」


 「うん、わかった」


 ヴェルは小さく頷くと、すぐに男の後を追っていく。


 その姿を見届けてから、俺も少し間を置き、反対方向へ向かった刺客の後を追った。



 俺は男との距離を保ちながら、夜の王都を進んでいく。


 先ほどまで何度も後ろを気にしていたが、仲介役らしき男と別れてからは、足早に歩き続けている。


 もう、追われているとは思っていないようだが、それでも念のため、すぐには距離を詰めない。


 やがて男は大通りから離れ、再び人気の少ない道へ入っていった。


 辺りには閉まった店が並び、通りを歩く者の姿もほとんどない。


 頃合いか。


 俺は歩調を速め、一気に男との距離を詰めた。


「――っ!」


 背後の気配に気づいた男が振り返る。


 だが、遅い。


 俺は剣へ手を伸ばすより先にその腕を掴み、近くの壁へ押さえつけた。


 「ぐっ……!」


 男が逃れようともがく。


 俺はその腕を捻り上げて動きを封じると、短剣を抜き、その刃を男の首筋へ当てがった。


 「――動くな」


 男の動きがピタリと止まる。


 「少し聞きたいことがある」


 男は口を閉ざしたまま、鋭い目で俺を睨みつけている。


 「さっき会っていた男は誰だ?」


 張り詰めた静寂の中、男の汗が刃を伝い、僅かに月明かりを返す。


 「男? さあ、知らないな」


 「……そうか。ならお前の依頼人は誰だ? 誰に俺を殺せと頼まれた?」


 「……」


 男は沈黙のまま一切表情を変えない。


 この状況でも動揺している様子は見られない。


 おそらく安銭で雇われたごろつきじゃない。


 「こいつ、答える気ないみたいね」


 頭の上からユシルの声が聞こえる。


 「……ああ、そうらしいな」


 「なら、どうするわけ?」


 「取り敢えず、騎士団に引き渡す」


 「まっ、それが無難よね」


 ここで尋問していても時間の無駄だ。


 ならとっとと騎士団に任せて方がヴェルと合流した方が良い。



 俺は壁際から連れ出すため、男の首筋に短剣を当てたまま、拘束していた腕を引いた。


 その瞬間だった。


 男が突然、左腕を強引に捻ると、肩が不自然に落ちた。


 そのまま左腕を掴まれた状態で、空いている右手を腰へ伸ばし、短剣を引き抜く。


 そして首筋に当てられた刃にも構わず、強引に身体を捻った。



 ――刃が男の首を浅く裂き、血が飛ぶ。


 俺は咄嗟に左腕の拘束を解き、男から距離を取ると、男もすぐに体勢を整え右手に握った短剣を構えた。



 街灯の明かりを受けた刃が、鈍く濡れたような光を返す。


 また毒か。


 おそらくさっき俺を襲った連中が使っていたものと同じだろう。



 男は左腕を庇うそぶりも見せず、そのまま一気に踏み込んできた。


 片腕が使えないとは思えないほど鋭い一撃。


 短剣でその刃を受け止めると甲高い金属音が路地に響いた。


 男はすぐさま刃を切り返し、そのまま俺の脇を抜けようとする。


 俺は身体をずらして進路を塞ぎながら、その一撃を弾いた。


 「くっ……!」


 男が再び短剣を振るう。

 だが、その動きはもう見切っていた。


 振り下ろされた刃を受け流し、そのまま男の短剣を横から打ち払った。

 

 「――っ!」


 男の手から短剣が弾き飛ばされ、乾いた音を立てて石畳を転がっていく。


 男は石畳に転がった短剣へ目を向けた後、続いて俺を見やった。


 一瞬の沈黙のあと、男の肩から力が抜ける。


 どうやら、これ以上抵抗しても逃げられないと悟ったらしい。


 「――賢明な判断だな」


 月明かりを背にした男の首筋から血がぽたりと石畳へ滴り落ちていく。


 「無駄な抵抗しなきゃ、痛い思いをせずに済んだのに。馬鹿な奴」


 俺は男を拘束するため、警戒しながら距離を詰める。


 もう男には抵抗する様子もなく、その場に立ったまま動かない。


 あと数歩。


 月明かりに伸びた男の影が、俺の足元に届こうとした、その時だった。


 男が不意に口元を歪めた。


 何を――。


 そう思った直後、男の顎に力が入る。


 何かを噛み砕くような小さな音。



 次の瞬間、男の身体は大きく揺れ、そのまま膝から崩れ落ちた。



 目は白目を剥き、口元からは泡が溢れ出している。


 「……自決用の毒か」


 「ホントにバカね」


 ユシルは呆れたように眉をひそめ、小さく息を吐いた。


 拘束して騎士団に引き渡せれば、何か情報が得られるかと期待したが……仕方ない。


 俺は男を見下ろし一瞬だけ目を伏せると、ヴェルと合流するため来た道を引き返した。


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