歪ー24
襲撃事件から数日が過ぎ、あの夜に逃がした刺客が再び姿を見せることはなく、死んだ二人についても、素性に繋がるような情報は見つからなかった。
一方、ハンス公たちは引き続き、ヘルメースのオークションに参加していた者たちを調べている。
招待された当主本人ではなく、代理人や息子を向かわせていた家もあるため、実際に誰がエルドルンへ行っていたのかを確認するだけでも時間がかかっているようだ。
俺を狙った連中にも、あれから動きはない。
一度失敗したことで警戒しているのか。それとも、次の機会を窺っているのか。
どちらにしても、このまま待っているだけでは何も進まない。
なら、こちらからもう一度、狙いやすい状況を作ってやればいい。
――その日の夜。
俺は一人で王都の通りを歩いていた。
大通りにはまだ人の姿が残っているが、一本脇道へ入れば途端に人通りは少なくなる。
俺は周囲を気にする素振りも見せず、そのまま人気の少ない道へ入った。
しばらく歩く。
何も起きない。
さすがに、そう簡単には――。
そう思っていると背後から微かな足音が聞こえてきた。
俺は振り返らず、そのまま歩き続ける。
足音は一つじゃない。
やがて前方の路地から二人の男が姿を現した。
それに合わせるように、背後からも四人。
……六人か。
俺が立ち止まると、男たちは逃げ道を塞ぐように広がった。
誰も何も言わない。
その手にはすでに剣が握られている。
月明かりを受けた刃が、妙に濡れていた。
……毒か。
よく見れば、どの剣にも同じものが塗られている。
人数を増やしたうえに毒まで用意してきたらしい。
今度こそ確実に仕留めるつもりなのだろう。
その時、不意に肌を刺すような殺気を感じた。
刺客たちからじゃない。
それどころか、その殺気は俺を取り囲む刺客たちへ向けられている。
姿は見えないが、誰なのかはすぐに分かった。
どうやら俺が囲まれたのを見て、心配したらしい。
俺は僅かに首を横へ振ると、刺客たちへ向けられていた殺気がすっと消えた。
どうやらすぐに今回の目的を思い出し自制してくれたようだ。
俺は何事もなかったように、目の前の男たちへ視線を戻すと、その中でも、一人だけ雰囲気の違う男がいた。
他の連中のようにすぐには動かず、少し離れた場所からこちらの様子を窺っている。
剣の構えにも隙がない。
少なくとも、前に来た連中よりは腕が立ちそうだ。
最初に二人が動いた。
左右からほとんど同時に剣が迫る。
一歩後ろへ下がって片方を躱し、もう一方の剣を弾く。
刃同士がぶつかり、甲高い音が路地に響いた。
すぐさま三人目が懐へ飛び込んでくる。
俺は身体を捻って剣先を躱すと、その腕を斬りつけた。
「ぐっ!」
男の手から剣が落ちる。
そこへ背後から別の気配が迫った。
振り返るより先に身を沈める。
頭上を剣が通り過ぎた。
そのまま男の足を払い、地面へ転がす。
前に来た連中よりも連携が取れている。
だが、それだけだ。
次々と迫る剣を捌きながら、一人ずつ動けなくしていく。
――その時だった。
「オルメヴィーラ公!」
聞き覚えのある声が突然路地に響いた。
振り向くと、路地の入口から一人の男が駆け込んでくる。
ガラハッド・パーシヴァル。
どうしてガラハッドがここに――。
そう考える間にも、ガラハッドは剣を抜き、俺へ斬りかかろうとしていた男の剣を受け止めた。
「何をしているっ!」
鋭い声と共に剣を弾き返す。
男が体勢を崩したところへ、ガラハッドが踏み込み、そのまま斬り伏せた。
まさか、ここでガラハッドが現れるとは思わなかった。
だが、今はこの男に事情を説明している場合じゃない。
残った男たちが俺とガラハッドを警戒するように距離を取る。
その中で、それまで後ろにいた男が動いた。
速い。
一気に間合いを詰め、俺の首を狙って剣を振り抜いてくる。
俺が剣で受け止めると甲高い音が辺り一帯に響く。
今までの連中とは明らかに違う。
男は弾かれた剣を素早く引き戻すと、間を置かず二撃目を繰り出してきた。
やはり、こいつが一番の手練れか。
とはいえ、この程度では俺の相手にはならない。
三撃目が来るより早く懐へ入り込むと、強烈な一撃をその腹へ蹴りを叩き込む。
「がっ……!」
男の身体が勢いよく吹き飛び、そのまま力なく崩れ落ちる。
残った一人が周囲を見回した。
仲間たちはすでに倒れ、まともに動けるのはその男だけ。
俺が剣先を向けると、男の顔が引きつった。
次の瞬間、男は俺たちに背を向けて走り出していた。
そのまま一目散に路地の奥へと逃げていく。
ガラハッドは逃げていく男を目で追ったが、無理に追いかけるようとはせず、手にしていた剣を鞘へ収めた。
「オルメヴィーラ公、ご無事ですか? 不審な者たちが後をつけているのが見えたので、気になって追ってきたのですが……間に合ってよかった」
「俺はなんとも」
「それは何よりです」
ガラハッドは俺に怪我がないことを確かめると、倒れている男たちへ視線を移した。
「それにしても、この神聖な王都でこのような襲撃を仕掛けるとは……。こいつらは一体?」
俺は何も答えず、分からないというように軽く首を横に振った。
ガラハッドは僅かに眉を寄せると、その場に屈み、倒れている男たちの身体を手早く調べ始めた。
懐や腰回りを順番に確認していく。
だが、それらしい物はなにも出てこなかった。
「身元が分かるような物は持っていないか」
ガラハッドは立ち上がると、俺に向き直った。
「オルメヴィーラ公、申し訳ありません。王都の警備を任されていながら、このような襲撃を許してしまうとは……」
「いや、ガラハッド卿が謝ることじゃないさ」
「そう言っていただけると助かります」
ガラハッドは再度頭を下げると、俺に尋ねてきた。
「ところで、オルメヴィーラ公はこれからどちらへ?」
「ああ、ハンス公の屋敷に――。評議会までハンス公の所で世話になっているんだ」
「でしたら、屋敷まで騎士団の者を護衛に付けましょう」
「いや、いいさ。さすがに今日はもう大丈夫だろ? それに、ここから屋敷まではそう遠くない」
俺がそう答えると、ガラハッドは少し考え、それ以上勧めることはなかった。
「……そうですか。分かりました」
ガラハッドは倒れている男たちへ視線を戻す。
すると間もなく、路地の向こうから複数の足音が近づいてきた。
「副隊長!」
白銀の鎧を身に纏った騎士たちが、慌ただしく路地へ駆け込んでくる。
どうやらガラハッドの部下たちらしい。
騎士たちは地面に倒れている男たちを見て一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにガラハッドの前で姿勢を正した。
「ちょうどいい。この者たちのことは騎士団の方で処理しておきます。何か分かれば、後日お知らせします」
「わかった」
「ではオルメヴィーラ公、お気をつけて」
「ああ、ガラハッド卿も」
駆けつけた騎士たちは、ガラハッドの指示を受けて倒れている男たちの処理を始める。
その前に、俺は足元に転がっていた短剣を一本拾い上げた。
刃には、まだ僅かに毒らしき液体が残っている。
念のため、これは持っておいた方がいいだろう。
俺はガラハッドたちに気づかれないよう短剣をしまうと、彼らに別れを告げ、その場を後にした。




