歪ー23 襲撃
バルドウィン伯爵の屋敷へ戻るとハンス公とバルドウィン伯爵が俺たちの帰りを待っており、俺はさっそく大聖堂で仕入れた情報を二人に伝えた。
「――ガラハッドの話では、パーシヴァル家も最近は王都の貴族たちと頻繁に会っているそうです。それに、先日は大聖堂長とも会っていたとか」
話を聞き終えたハンス公が腕を組む。
「やはり教会も動き始めていたか」
「ただ、評議会でどうするかまでは、まだ決まっていないようでした」
「なら、こちらの思惑通りといったところか」
バルドウィン伯爵が静かに頷いた。
教会には、大派閥が今後不利な立場に追い込まれる可能性があることを伝えてある。
これで少なくとも、評議会が始まる前から大派閥への支持を明確にすることは躊躇うはずだ。
あとは俺たちが、ロイヴァ・カフカと大派閥の繋がりを証明できるかどうかだ。
「そちらの調査はどうですか?」
俺が尋ねると、ハンス公は机の上に置かれていた書類へ目を向けた。
「まだ途中だ」
「やはり、時間がかかりそうですか?」
ラフィテアが尋ねる。
「ヘルメースのオークションに招待されていた貴族は、それなりにいてな」
ハンス公が何枚かの書類を手に取る。
「それに、招待された当主本人がエルドルンへ行ったとは限らない。代理人を立てた者もいれば、子息を代わりに向かわせた家もある」
ハンス公はさらに別の書類へ目を移した。
「誰が実際にオークションへ参加していたのか。その者が襲撃後に王都へ戻っているのか。一つずつ確認しているところだ」
「何人かは、もう分かっておるのじゃろ?」
「ああ。だが、まだ全員ではない。すべて調べ終えるには、あと数日は必要だろう」
「焦って探りを入れれば、こちらの動きを悟られるかもしれん。時間がないとはいえ、ここは慎重に進めるべきだな」
バルドウィン伯爵の言葉に、俺も頷いた。
「分かりました。では、引き続きお願いします」
「ああ、何か分かればすぐに知らせるとしよう」
屋敷を出た頃には、すでに日が傾き始めていた。
しばらく王都に滞在することになった俺たちは、ハンス公と共に魔導帆船へ乗り込むと、彼の別邸へ向かった。
滞在中は、俺たちもそこで世話になることになっている。
王領の管理を任されている領主には、それぞれ王都に別邸が用意されているらしいのだが、新参者の俺にはそんなものは存在しない。
その辺りからも、王国が俺をどう扱っているのかがよく分かるというものだ。
しばらくして魔導帆船がハンス公の別邸へ到着すると、屋敷の前では数人の使用人が待っており、俺たちを丁寧に出迎えてくれた。
ハンス自身はほとんど王都にいないらしいが、別邸は隅々まで綺麗に整えられている。
屋敷のあちこちに飾られた花も、ついさっき生けられたように生き生きと咲いていた。
主が留守にしている間も、使用人たちがきちんと屋敷を管理しているのだろう。
俺たちは用意された部屋へ荷物を運び込み夕食を済ませると、その日は朝からあちこち歩き回っていたこともあり、皆早めに休むことにした。
――カタン。
微かな物音で目が覚めた。
どれくらい眠っていたのかは分からない。
部屋の中はまだ暗く、窓から差し込む月明かりだけが床を薄く照らしている。
俺は身体を起こさず、そのまま耳を澄ませた。
……誰かいる。
廊下じゃない。
部屋の中だ。
ちらりと枕元へ目を向ける。
そこではユシルが俺のすぐ傍で丸くなり、気持ちよさそうに眠っていた。
どうやら侵入者にはまるで気づいていないらしい。
……よく寝てるな、こいつ。
そう思った直後、枕元で黒い影が動いた。
俺は咄嗟に身体を横へ転がす。
直後、さっきまで頭のあった場所へ短剣が突き立った。
「……っ!」
男が短剣を引き抜くより早く、その腕を掴む。そのまま捻り上げると床へ叩きつけた。
鈍い音が響く。
だが、一人じゃない。
暗闇の中から、さらに二つの影が動いた。
一人が剣を抜き、もう一人は俺の背後へ回り込もうとしている。
俺はベッド脇に置いていた短剣を掴んだ。
金目の物が目的なら、寝ている俺をいきなり殺そうとはしない。
どうやらこいつらの狙いは最初から俺のようだ。
「――誰に頼まれた?」
返事はない。
男たちは無言のまま、同時に踏み込んできた。
正面から振り下ろされた剣を受け流し、そのまま懐へ潜り込む。
短剣を振り抜くと、男の胸から鮮血が噴き出した。
男は声を上げることもなく、その場に崩れ落ちる。
すぐさま背後から気配が迫った。
振り返りざまに剣を弾き、その勢いのまま男の首を斬り裂く。
二人目も床へ倒れた。
「んぅ……なに……?」
ここまで騒いで、ようやくユシルが目を覚ました。
眠そうに身体を起こし、ぼんやりと辺りを見回している。
「……はあ? なにこれ」
「やれやれ、今頃気づいたのか」
俺は残った男へ視線を戻す。
男は剣を構えたまま動かなかった。
足元に倒れた二人を見て、それから俺を見る。
さっきまでとは明らかに様子が違う。
「もう一度聞く。誰に頼まれた?」
男は答えない。
じりじりと後ろへ下がっていく。
そして次の瞬間、俺に背を向けて窓へ駆け出した。
追おうと思えば追える。
だが、俺はあえてその場から動かなかった。
――ガシャァン!
男は窓を突き破り、そのまま外へ飛び出した。
俺はゆっくりと窓際へ向かう。
下を覗くと、男は暗い路地へ向かって走っていた。
……俺を殺すために送り込まれた刺客なら、当然、こいつらに依頼した人物がいる。
「逃げた!」
ようやく状況を理解したユシルが、俺の傍へ飛んでくる。
やがて男の姿は暗闇の中へ消えていった。
その直後、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「パパ!」
勢いよく扉が開き、ヴェルが部屋へ飛び込んでくる。
その後ろからラフィテアとドワ娘、さらにハンス公も姿を見せた。
「ラック様!」
「なんじゃ、今の音は!」
「どうやら襲撃らしい。大丈夫、俺に怪我はない」
俺がそう答えると、全員の視線が荒れた室内へ向いた。
床には二人の男が倒れている。
一人は胸を斬られ、もう一人は首から血を流していた。
どちらもすでに動かない。
ハンス公は二人の死体を確認すると、今度は大きく割れた窓へ目を向けた。
「……襲われたのか?」
「はい。相手は三人。一人は逃がしました」
「逃がした?」
ラフィテアが聞き返す。
「ああ。こいつらは最初から俺を殺すつもりだった。だとしたら、誰かに頼まれてここに来た可能性が高い」
俺は割れた窓の向こうへ目を向ける。
「なるほどの。わざと逃がしたというわけか」
ドワ娘が納得したように頷く。
ハンスは割れた窓の向こうをしばらく見つめたあと、俺のベッドへ目を向けた。
枕元には、最初の男が突き立てた短剣が残っている。
「寝ているところを狙われたのか?」
「はい。最初から俺を殺すつもりだったようです」
ハンスは何も言わず、二人の死体へ目を落とした。
王都へ来て、まだそれほど経っていない。
それなのに、俺がハンス公の別邸にいることまで突き止めている。
いったい誰が俺を狙っているんだ?
「……妙だな」
ハンス公が低い声で呟いた。
「何がですか?」
「君たちがここに泊まると決まったのは今日だ。それなのに、刺客は迷わずこの部屋へ忍び込んできている」
そう言われて、俺も改めて気づく。
俺たちがこの別邸へ来たのは夕方になってからだ。
それから数時間もしないうちに、こいつらは俺の居場所を突き止めていたことになる。
「それに、狙われたのはラック様だけです」
ラフィテアが口を開く。
「同じ屋敷には私たちもハンス公もいます。それなのに、最初からラック様の部屋を狙っている」
「つまり、俺がここに泊まっていることだけじゃなく、部屋まで知っていたってことか」
「そういうことだな」
ハンスの表情がさらに険しくなる。
「リヒテンシュタイン領の領主の屋敷と分かっていて忍び込み、ラック公の部屋まで把握していた。やはり行き当たりばったりの襲撃ではないだろう」
「しかし、こやつを殺して何になるのじゃ?」
ドワ娘が腕を組みながら、床に転がる死体を見下ろした。
俺が狙われた理由。
そんなものは火を見るよりも明らかだろう。
「……評議会か」
ハンス公が呟いた。
「おそらくは。俺もそれ以外の理由が思いつきません」
「つまりラック様に証言されると困る人物がいるということですか?」
「ああ、そう考えれば、今夜彼だけが狙われたことにも説明はつく」
もしかすると、俺だけでなくハンス公も邪魔だったのかもしれない。
だが、領主が二人も王都で殺されれば、さすがに騒ぎが大きくなりすぎる。
それなら、辺境の領主で、しかも新参者の俺だけを狙った方が都合がいい。
俺さえいなくなれば、エルドルンで起きたことを直接証言できる人間が一人減る。
それに、俺が死んだところで王都で騒ぐような者はほとんどいないだろう。
狙う相手としては、ハンス公よりずっと都合がいいというわけだ。
「――パパ?」
俺の視線に気づいたヴェルが、小さく首を傾げた。
評議会まではまだ日数がある。
恐らく、依頼人は俺が評議会で証言する前に殺しておきたいのだろう。
だとすれば、一度失敗したくらいで諦めるとは思えない。
そして、俺が評議会で証言できなくなって一番得をする連中――。
そいつら黒幕なら、わざわざ向こうから尻尾を見せてくれることになる。
「――ヴェル、少し頼みたいことがある」
「なに?」
「もし、俺がつぎ襲われたら、今度は逃げた奴の後を追ってほしい」
「うん、分かった」
ハンス公はしばらく割れた窓の向こうを見つめていたが、やがて俺たちへ向き直った。
「こいつらのことはこちらで調べさせよう。おそらく素性は分からないだろうがな」
「お願いします」
「それと、このことはバルドウィン伯爵にも知らせておく。今回の襲撃が評議会に関係しているなら、伯爵にも無関係ではないからな」
ほどなくして、物音を聞きつけた使用人たちが部屋へ駆けつけてきた。
ハンス公は彼ら死体を運び出すよう指示すると、割れた窓にも目を向ける。
「この部屋はもう使えんな」
「なら、わらわの部屋に来るのはどうじゃ?」
ドワ娘がすかさず口を挟む。
「馬鹿言え」
「なんじゃ、遠慮せんでもよいぞ?」
そんなやり取りをしている間にも、使用人たちは死体を運び出し、割れた窓の片付けを始めていた。
結局、俺は別の部屋を用意してもらうことになり、俺たちもその場を後にした。




